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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第三章 夢の深淵編

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27話目 蟄居閉門に処す③


 瞬く間に封印された獏を目にした白沢。彼は顔を引き()らせながら言葉を溢す。


「うわぁ……俺はマシな方やったんかぁ……」

「そうだな。はっ、……利己的だと(わら)うか?」

「いんやぁ、別に。こっちの方が人間らしくて好感持てるわ」


 見藤は自嘲し、ふっと視線を伏せた。視線の先には、ただの物体となった封印の匣が握られている。


 白澤事件の時とは打って変わり、神獣封じの匣に獏を閉じ込めてしまった見藤。奥底にある記憶を悪夢という形で(もてあそ)び、助手である久保という身近な存在を危険に晒した獏を許しはしない。――それは見藤にしては珍しく人間的で、利己的であった。


 白沢はじっと見藤を見据える。――自らは人でありながら、人よりも怪異に重きを置く節がある、この男。そのような特異な男を人との繋がりでそうさせた久保はやはり面白い。



 見藤は白沢を一瞥(いちべつ)すると、ことり、と事務机に匣を置いた。そして、尻から落ちるように椅子に座る。背もたれに体を預けると天を仰いだ。


 見藤が椅子に座るのを目にした沙織は、床に敷かれていた紙を回収する。彼女はそれを見藤の元まで運ぶ。その紙に描かれていたはずの朱赤の匣は姿を消し、白紙となっていた。


 見藤は大きく溜め息をつき、ぽつりと言葉を溢す。


「はぁ、疲れた……」

「これにて一件落着、かな?」

「……そうだな、ひとまずって所か。……すまんな。手間をかけた」

「ふふ、いいってこと」


 見藤の役に立てたことが嬉しいのか、沙織は表情を(ほころ)ばせている。そして、見藤は彼女の頭をぽんぽん、と撫でた。その光景は微笑ましくもあり、霧子は僅かに目を細めていた。


 白沢もその様子を目にして、気が抜けたようだ。いそいそと四隅に置いた香や、紙を手元に手繰り寄せている。一方の猫宮と霧子は、移動させていたローテーブルやソファーを押しながら元の位置へと戻す。

 あとはこれで、日常が戻るのを待つだけである。封印された獏の力は夢に及ばず、伝播していた夢は消えるだろう。疑似的な夢遊病も、昏睡状態も徐々に解消していくに違いない。


 すると、どこからともなく声が響く。――煙谷だ。


「やぁ。そうしたら、これにて仮釈放は終わりだな」

「うげぇ!?」


 その声に思わず悲鳴を上げたのは白沢だ。瞬く間に、煙谷の手によって地獄へと連れ戻されたのであった。

 騒がしい神獣が退室したのを見届けて、そろそろ沙織も帰宅するようだ。


「ちゃんと寝てね。おじさんなんだから」

「ははは……、そうさせてもらう。気を付けて帰るんだぞ」

「うん。霧子姉さんも、またね」

「えぇ」


 そう言って霧子と沙織は手を振って別れた。それを見届けると、今度は猫宮が久保の様子を見て来ると言い残し、姿を消してしまった。


 あとは久保が目覚め、回復するのを待つだけだ。彼は沙織の力によって、夢の深淵まで堕ちることは食い止められたはずだ。そして、久保にとって良い記憶を呼び起こすよう、彼女の力を借りたのだ。そうすれば自ずと夢から覚めるのも早くなるだろう。


 大仕事を終えた見藤はその安堵感からか、何度目か分からない溜め息をついた。そして、霧子に視線を送る。


「霧子さん」

「なによ」

「ありがとう」


 そう言って霧子に微笑んだ見藤の眼差しはとても柔らかい。

 その言葉は何に対するものなのだろうか、と霧子は首を傾げる。彼女が見藤の意思を尊重し、その行く末を見守ったことか、それとも、見藤の身を案じ続けたことなのだろうか。

 柔らかい眼差しが歯がゆく思えて、霧子は少しだけ視線を逸らしてしまった。


「……っ、久保君にも言われてたでしょ、無茶するなって。ほんと、ばか」

「ははっ、面目ない……」


 そう言って今度は困ったように眉を下げる見藤。

 すると、霧子は近くに寄ると、彼の手を握った。そして、背もたれに体重を預けている見藤に覆い被さるような形で腰をかがめた。すっ、と霧子の鼻先が、見藤の鼻先を掠める。それは口付けを交わす仕草だ。

 しかし――――。


「え……、噓でしょ」


 がくん、と見藤はその首を折った。その鼻先はゆっくりと霧子の肩へ吸い寄せられて行き、彼女が見藤を抱き留める形になってしまった。


 徹夜と悪夢を見たことによる疲労から、見藤は限界を迎えたようだ。なんと、霧子の腕の中で規則正しい寝息を立て始めたのだ。その手にしっかりと霧子の手を握って。彼の寝顔は、どこか安心したような表情をしている。


 寝落ちを決め込んだ見藤に対し、霧子はわなわなと震え――――――。


「~~~~~~っ、もう!!」


 この怒りと恥ずかしさを誰にぶつければいいのか。やり場のない思いが叫びとなり、事務所に木霊したのであった。


 霧子が垣間見た見藤の夢の深淵、隠された人の本性。幼い姿をしながらも、小さな背で怪異たちを守ろうとしていた。そして、あの小さな怪異たちは、これまで見藤が守れなかった怪異たちなのだろう。

 人の手によって贄とされ、若しくは少年だった見藤自身が贄としてしまった怪異。それは罪の意識なのか、後悔なのか、はたまた懺悔によるものなのだろうか。それは霧子には分からない。


 ただ、ひとつ分かる事。思いがけず、彼の生来を垣間見た怪異である霧子は、愛しさから唇のひとつでも寄せたくなったのだ。



 猫宮は病院を訪れていた。大仕事を終えたばかりの見藤に代わって、久保の様子を見に来たのだ。ふらり、と病床に姿を現すと軽快に跳躍し、枕元に飛び乗る。

 ベッドに寝かされている久保は依然、目を覚ましていない。猫宮は一瞥(いちべつ)すると、大きな溜め息をついた。


「人のために、あいつ自ら囮になるとはなァ」


 思い浮かべたのは見藤の姿だ。怪異に心を砕きこそすれ、見藤が人のために囮となることは今までなかった。人から持ち込まれた依頼でも、彼の矜持に反する場合や納得できなければ、依頼を請け負わないことが多い。

 猫宮は興味深そうに、しばらくの間、眠る久保を眺めていた。




 眠る久保の呼吸が一層深くなる――。


 扉を追いかけて、ひたすらに幼い足で走った。けれどもその扉は遠のくばかりで、一向に距離は縮まらない。また置いて行かれてしまう、そんな焦燥感に胸が締め付けられる。

 しかし、突如として日が差す。あまりの眩しさに思わず目を瞑った。太陽のような温かく心地よい光だった。


 気付けば久保は事務所にある、いつものソファーに座っていた。慌てて自身の手を見ると、それは幼く小さな手ではなくなっていた。顔を勢いよく上げて、辺りを見回す。


「どうした? 久保くん」


 気遣うように声を掛けてくれたのは見藤だ。彼の隣には、同じように心配そうな表情を浮かべる霧子。

 そして、久保の向かいのソファーに座るのは、余所見をしている久保の茶菓子に手を出そうとしている東雲。「ばれた」と小さく呟き、ぎくりと彼女の肩が跳ねた。そんな状況などお構い無しに、久保の隣で寝転ぶ猫宮。

 すると、久保は気付く。嘘のように、あの焦燥感が消えている――。


(この、居場所を……大切にしたい)


――――久保の目覚めはもうすぐだ。




 ぺしぺし、久保の頬を容赦なく短い前足でつつく猫宮。前足を下ろすと、大きく溜め息をついた。猫宮がしばらく久保の様子を眺めていると、彼に変化があったようだ。


「こいつ、にやけながら寝てやがる。……病人じゃないのかよ」


 呆れた様子で呟いた猫宮。心なしか嬉しそうに声を弾ませる。


「全く。早く起きろよ、寝坊助」


 言い残して、猫宮は再び姿を消したのであった。――久保の瞼が、ぴくり、と動いた。



* * *


 久保 祐貴(ひろたか)、ネームプレートが掲げられた病室。見藤と東雲はそこへ足を運んでいた。

 (ばく)を封印した翌々日には、久保が目覚めたという病院からの一報を受け、二人は早々に様子を見に来たのだ。


 久保は体を起こしてベッドに座り、二人を出迎えた。ベッドサイドに設けられた椅子には東雲が座り、その後方に見藤は佇んでいる。


 久保は脱水と軽度の低栄養状態で発見され、その後も点滴での栄養補給が続いた。そのため、少し体力が落ちているようだ。少し会話をするだけでも疲労が見え隠れしている。

 頬は少し痩けている。だが、決して顔色は悪くない。目覚めてから、食事と適度な睡眠はとれているようだ。そう(うかが)える容体まで回復したのだと、見藤はほっと息をつく。あとは消耗した体力と気力を取り戻すだけだ。



 見藤から久保の容態を聞き及んでいた東雲は、心配の裏返しともとれる怒りを露にしている。病み上がりの久保に対して感情をぶつけており、大きな声が病室に響いていた。


「全く! 人の心配しとる場合やないやろう!! こんなことになって!」

「……はい。スミマセン」


 久保の謝罪も聞く耳を持たず。東雲は自身の膝に乗せている見舞いの品が入った箱を、ぺしぺしと叩いている。

 すると、東雲の声が余程大きかったのだろう。巡回していた看護師に咎められた。


「お静かに!」

「あ、すみません……」


 肩を落とす東雲。そんな彼女に、久保は申し訳なさそうにしながらも、力なく笑ってみせた。


「あはは……見藤さんのこと、言えたもんじゃないですね」

「はぁ……、君も大概……。まぁ、こうして無事に目覚めたんだ。あとは体力回復のために療養だ」

「……はい」


 見藤の言葉に、久保は眉を下げる。すると、東雲は膝に乗せていた箱を開けた。


「これでも食べて、元気つけんと」


 見藤と東雲から見舞いの品はゼリーだった。食べやすいようにと、二人で吟味したのだろう。――久保は目尻を下げた。その光景を思い浮かべると、自然と口許が緩む。


 久保は気付く。見藤の格好だ。大仕事を終えたばかりだというのに、彼はいつものスーツに身を包んでいる。

 すると、見藤は久保の怪訝そうな視線に気付いだのだろう。心配いらないといった様子でこれからの予定を話してくれた。


「ん? あぁ、これから少しばかりキヨさんの所へな」

「そう、なんですか」


 そうして、久保は見藤の手に提げられた荷物に視線を向ける。すると、さっと背後へ隠されてしまった。怪しい動きに疑念を抱かない訳でははない。だが、自分は療養が優先だ、今回は見なかったことにしよう、と見藤への追及を諦めたのであった。


 すると、大部屋の入り口がノックされた。どうやら面会時間はそろそろ終わりを迎えるようだ。

 見藤は入り口を振り返り、気難しそうな看護師が立っているのを確認すると、東雲にも退室を促す。そして、東雲も椅子から立ち上がる。


「また来る」「またね」

「はい。ありがとうございました」


 見藤の言葉を合図に、二人は病室を後にした。一人、病室に残された久保はいつまでも、その背中を見送っていた。


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