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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第三章 夢の深淵編

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27話目 蟄居閉門に処す


 本来、神獣はそこに在るだけで、その役目を全うしていた。しかし、(ばく)は他の同胞とは違った。悪夢を食らい、いい夢を見せる。それが獏に与えられた役割だった。


 現代人は時間に追われ、あまり夢をみなくなった。休息もままならない現代。

 悪夢を食らうはずだった(ばく)の役割は、ほとほと少なくなってしまった。すると、その存在はもう用済みであるかのように力は衰えた。


 そして、人の見る夢というのは精神状態に起因する。日常抱く希望と現実の溝は大きくなり、決して埋まることはない。そうした精神状態が良い夢も、悪夢も見せなくなった。


 (ばく)の役割は、もうない。なければ、役割を作ればいいと白澤(はくたく)の案に乗りかかった。ところが、摂理を滅茶苦茶にした白澤はヘマをして地獄の監視者共に捕縛されてしまった。



 獏は力と崇高な存在を維持できるようなものはないか画策していた。試しに、白澤を追い込んだ人間の夢を覗いた。

 彼はなんとも美味な悪夢をみていた。しかし、その悪夢は突然、何者かによって阻まれる。獲物を見失った悔しさと、怒りでその身が焼ききれそうだった。


 そうして、偶然にも流行した夢日記。夢という人が踏み入れない領域であるが、それを他者に教えると広がる、夢の内容。その認知は獏にとって好都合だったのだ。

 いつしか夢は伝播し、悪夢へとその姿を変えた。すると不思議なことに、獏の役割が与えられたかのように力を取り戻していった。


 悪夢は認知の力を得たためか、獏にとって大変美味であった。いつの間にかそれを求め、人に悪夢を見せるようになる。更なる力を求め、際限なく欲が湧いた。


 すると、どうだろう――、夢の深淵。

 それは隠された人の本性や欲望、過去の悔恨が垣間見える領域にまで達した。夢の深淵に辿り着いた人は、夢から抜け出せず、夢と現実の区別がつかなくなる。獏がそれを食らうと、筆舌に表現し難い恍惚な味をしていたのだ。


 そして、獏は食らう。今までの役割に縛られた行動ではなく、己の欲のために。



* * *


 久保を入院させた後、見藤と白沢は事務所に帰り着いた。そして、見藤による尋問が再開されたのだった。


 見藤の厳しい追及に、白沢は項垂れている。白沢は地べたに正座をさせられ、腕を組んだ見藤がそれを見下ろしているような状況だ。


「で?」

「えぇと……、その……つまりは――」

「それはお前らの都合だ。根源となる要因が人間であったとしても、だ。それに久保くんを巻き込んだ」

「……それは不本意やったんや」


 力なく言葉を溢した白沢を睨み付ける見藤。

 見藤の傍には、彼を護るように佇む霧子の姿があった。猫宮も事務机の上でその小太りな体をはべらせているが、鋭い視線はしっかり白沢を捉え、妙な動きをしないか監視をしている。


「獏のような神獣がその力を維持しようとするのは、もっともな行動だろうが……。理解はしない」

「あぁ、それでええ」

「並みの怪異と違い、お前らはその存在が消えることはない。少々、力に固執し過ぎだ」


 白沢は、見藤の言う事はもっともだと言わんばかりに頷いた。


 神獣と人間、互いの存在意義を理解し合える可能性など端から持ち合わせていない。それがさらに役割に縛られる存在ともなると、その関係性は余計に拗れるだろう。


 離れ行く信仰によって力が衰えれば、神獣にとって約束を反故(ほご)にされたと捉えられても致し方ない。しかし、だからと言って、人間社会にここまでの被害を及ぼされれば、こちらとて手は打たねばならない、と見藤は顔を(しか)めている。


 小難しい話が続く中、猫宮は面白くなさそうに欠伸をした。のそっと起き上がると、机の上で猫らしく優雅に伸びをする。


「神獣っていうのも面倒な存在だなァ、自由気ままな方がいいに決まってる。俺みたいになァ」

「……せやな」


 珍しく猫宮の言葉に同調する白沢の表情は、憂いを感じさせるものだった。しかし、そんな白沢の心中など関係ないと言わんばかりに、見藤の厳しい声音が事務所内に響く。


「おい。今、見返りをもらう。白沢、お前の本来の姿を取り戻してやった見返りだ」

「うっ、なんや……?」


 ぎくり、と肩をびくつかせた白沢は、恐る恐る見藤を見上げた。

 神獣と言えど、与えられた恩義にはそれ相応の対価を支払わなければならない。例の事件の折、早々に地獄へと連行された白沢は、その事をすっかり忘れていたのだ。

――まさかここで、その対価を求められることになろうとは。どのような無理難題を言われるのか、と冷や汗が背を伝う。


 しかし、見藤から出された要求は意外なものだった。


「獏を取っ捕まえる。それには俺が囮になる、その時に夢から獏を引きずり出せ。それが見返りだ」

「そ、れは……ええけど……」

「生憎、そこら辺の人間よりはマシな餌になるだろう」


 拍子抜けする白沢を尻目に、見藤は自嘲するかのように笑ったのだった。

――獏は悪夢を酷く好む。だとすれば、見藤が見る悪夢は獏にとって至極の餌になるだろう。


 悪夢であれば見藤自身も既に見ている。そして、あの甘い香りを嗅いでいる。条件は揃っているはずだ。見藤は少し考える仕草をした後、目的を果たすため、計略を伝えた。獏の捕縛を決行する日が早ければ早いほど、元凶となるものがなくなる。そうすれば、久保の目覚めも早いだろうと考えたのだ。


「少し前準備が必要だが……、決行は明後日だ」

「わ、分かった」


 そうして、次に伝えられた言葉に白沢は驚きの悲鳴を上げた。


「それまでお前は、煙谷の所で一時預かりだ」

「うえっ!!?? 勘弁してや! あの兄さんごっつい怖いんやで!!!」

「知らん」


 神獣の威厳など何処へやら。情けなく泣きつく白沢を容赦なく突っぱねる見藤。


 そんな二人を遠巻きに眺めていた猫宮は、どこか複雑そうな表情を浮かべる霧子の元へとやってきた。そして、尋ねる。


「いいのか、姐さん。あいつ、囮になるんだとよ」

「………何も言わないわ。あいつ自身が決めたことだもの」

「そうかァ」


 少しばかり長い沈黙の後に返って来た答えは、今までの霧子とは少し違っていた。


 先の霧子を襲った禍害の果て。二人の関係に少なからず変化があったのだろうと、どこか納得したように猫宮は頷いた。見藤の選択を尊重し、ただ無条件に彼を守るだけではないということだ。

 猫宮はふぁあ、と大きな欠伸をひとつ、したのだった。



* * *


 そうして(ばく)の捕縛、決行の日。

 昼間、人のほとんどが活動し、夢を見ている者の数は少ない時間帯。獏は悪夢を見る者の元へやってくる。それは酷い悪夢であればあるほど、獏にとって極上の餌だ。見藤はそれを利用する。


「この日の為に徹夜だぞ……ふぁ……」

「まだ眠らないで」

「分かってる……」


 寝不足のため、機嫌が悪い見藤。彼の隣にいるのは沙織だ。彼女の足元には、朱赤の匣が描かれた大きな紙が置かれている。その大きさは、沙織が傍に立ちながらも、見藤ひとりが胡座をかいて座っていても、まだ大きい。


 そして、今度は見藤とその紙を取り囲むように、もう一つ長い紙が四方に敷かれている。さらに、四隅には香が炊かれている。それは白沢が用意したもので、彼も準備に追われていた。白沢はどうやら手際が悪いらしい。


 大掛かりな(まじな)いの儀式をするため、事務所の内装は少しばかり変わっていた。いつもなら皆が談笑する、部屋の中央に置かれているはずのローテーブルやソファーは壁際へ寄せられ、肩身の狭い思いをしている。


 (さとり)は悪夢を見せることは出来ない。しかし、夢というのは精神状態に左右される。その精神状態が劣悪であればあるほど、悪夢を見る確率は上がるだろう。

 そして、(さとり)である沙織は過去の記憶を呼び起こすことができるという。本来であれば、そのような能力は持っていないはずだ。だが、白沢曰く、沙織は先祖返りをしているという。その能力を用い、見藤に悪夢を見せようというのだ。


 これから起こす獏をおびき寄せる計略のために、着々と準備をする見藤。そんな彼を心配そうに見つめる霧子の姿があった。その視線に気付いたのか、沙織が霧子に忠告する。


「あ、霧子姉さんはおじさんに触れたら駄目だから」

「……どうしてよ」

「だって姉さん。無意識におじさんを守ろうとして、悪いものをはね除けるから。それじゃあ囮にならない」

「…………」


 霧子は思い当たる節があったのだろう。沙織に何か言おうとしたのだが、ぐっと唇を噛んで黙った。

 肝心の見藤は睡魔に抗えず、うつらうつらと船を漕ぎ始める。


「も、限界だ……眠い……」

「あっ!! 待って待って!」


 慌てる沙織を他所に、見藤は頭を垂れて胡座をかいたまま器用に眠ってしまった。沙織は急ぎ、見藤の額に手を当てた。すると、見藤は眠っているはずだが、少し眉を寄せた。――かと思うと、胡座をかいた姿勢から崩れ、そのまま横向けに倒れ込む。


 一瞬、見藤に触れた沙織を霧子は睨み付けた。だが、倒れ込んだ見藤を目にした霧子は心配そうな表情を浮かべ、そわそわと落ち着きがない。

 そんな霧子を気遣い、沙織はそっと声を掛ける。


「心配?」

「ま、まぁ、それはそうよ……」

「ちょっと過激なやり方だから、心構えをしておいてね」

「えっ」


 霧子が沙織の言葉を理解するよりも前に、横たわる見藤はうなされ始めた。そして、横たわった姿勢から少し身を丸めた。それは――、少年だった見藤がよくしていた寝相だ。

 そのことに気付いた霧子は思わず手を伸ばしかけた。だが、沙織の言葉を思い出し、自身の手をぎゅっと握る。あとは、ことが動くまで見守るしかない。


「はぁあぁ、あかん! 待ってや、まだこっちは準備しとんのに……!!」


 一方の白沢は――――、未だ準備に手間取っていた。


ブクマ、ありがとうございます!励みになります!

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