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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第三章 夢の深淵編

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26話目 夢の深淵②


 見藤と白沢は最寄り駅へと足早に向かう。

 現実的な移動手段に、白沢は焦りの表情を見せていた。そんな彼の様子に、見藤はことの大きさを知る。

 

 駅構内へとたどり着くと――、強烈な違和感が見藤を襲った。思わず、鼻を手の甲で覆う。

 駅周辺が甘い香りに包まれていたのだ。この匂いには覚えがある。悪夢を見たときに嗅いだ、夢にしては鮮明に感じられた例の甘い香りだ。


 例の暴漢事件の折、斑鳩が言っていた伝播する夢を見ている者は共通して甘い香りを嗅いでいると。それだ、と見藤は直感的に思う。


 駅構内ですれ違う人々の流れ。その流れに乗って、甘い香りは人から人へ移る。そして、香りが人を悪夢へと落とすのだろうか。いや、初めはSNSから派生した伝播する夢だったはずだ。それを認識した者にこの香りは吸い寄せられているのか――、巡る思考と鼻につく甘い香りに頭痛がした見藤は眉を(ひそ)める。


「あんま嗅ぐな。夢に堕とされるで」

「っ……」


 白沢の言葉と軽快なリズムで肩を叩かれ、見藤は、はっと意識をしかと保つ。


 白沢は駅構内の光景を目にして、どこか納得したように呟く。


「随分と広がっとる……。相当、力を得たみたいやな」

「くそっ……、後で聞きたいことがある」

「お手柔らかにな」


 そう言って白沢は、随分と申し訳なさそうな表情をした。彼の言葉は、一連の事象を起こしている存在を知っている口ぶりだ。

 見藤は大きく溜め息をつくと、歩みを進めた。



 そうして、二人は久保の下宿先へと辿り着く。

 そこは周辺に学生が住まうアパートが集中して立ち並んでいる場所だった。その一角にあるアパートの一階。古くもなく、新しくもなく、簡素な造りをしていた。白沢が先導し、見藤に知らせる。


「ここや。俺が視たのは」


 見藤と白沢が久保の下宿先である部屋の前に立つ。ポストには何日も放置されていることが分かる程、郵便物が詰め込まれていた。


 見藤は遠慮がちにドアノブを回して扉を開こうとするが、扉は開かない。やはりと言うべきか、見藤は溜め息をつきながら言葉を溢す。


「まぁ、そうだよな……。施錠されてるよな」

「何とかならんか? こう、力技で」

「できる訳ないだろうが。管理会社に連絡する」


 人をなんだと思っているんだこの神獣は、と見藤は白沢を睨みつける。すぐさま管理会社に連絡をとった。


 部屋の住人と数日連絡が取れていないこと、部屋の中でその住人が倒れている可能性があることを説明すると、管理会社の職員がすぐさま駆けつけてくれた。


 かちゃり、と音を立てて解錠される。勢いよく扉を開くと、見藤はうっ、と眉を(ひそ)めた。――あの匂いだ。例の甘い香りが部屋に充満している。


 見藤が後ろを振り返れば、管理会社の職員は何も感じていない様子だ。職員は白沢が適当な事を言って少し離れた場所へ誘導し、終いには帰してしまった。


 見藤はそれを見届けると手で鼻を覆いながら、部屋へ足を踏み入れる――――。

 そこで見たのは、廊下に倒れ込んでいる久保の姿だった。うつ伏せに倒れており、その表情はおろか呼吸さえも遠目からでは確認できない。


「っ……、久保くん!!?」


 見藤は思わず名を呼び、慌てて靴を脱ぎ散らかしながら駆け寄った。うつ伏せの状態から仰向けにする。幸い、呼吸はしている。

 規則正しい呼吸を繰り返しているものの、呼びかけに反応しない。眠っているだけであれば、多少なりとも覚醒するはずなのだが一向にその気配はない。


 見藤はとりあえず安静にできる場所へと運ぼうと久保を背負う。そして、遅れて部屋に入って来た白沢には、窓を開けて空気を換気するように指示を出した。


 見藤は部屋を見渡す。大学生の独り暮らしらしく、こじんまりとした造りになっている。視界の先にベッドを見つけ、彼を横たえた。そのまま、久保の首元へ手を伸ばす。脈は正常範囲だが、少し遅い。下肢をつまむと、浮腫みが酷いことが確認できた。

 見藤は白沢に背を向けたまま、尋ねる。


「脱水と軽い低栄養状態かもしれない。……おい、何日前からこうだった?」

「俺が視たのは昨日、一昨日やけど……。下手をしたらもっと前から……」

「くそっ……、東雲さんに連絡はきていたはずだが……」


 そこで、見藤はふと気付く。もし、久保が疑似的な夢遊病を発症し、夢か現実かの区別がついていなかったとして。彼は夢現うめうつつ彷徨さまよいながらも、たまたま意識が戻っているときに、東雲へ連絡をしていたとすれば何も不思議ではない。


(忘れていた。最悪な状況というのは重なるものだ)


 見藤は目を伏せる。霧子を襲った集団認知による禍害にすっかり気を取られていた。こうして久保を危ない目に遭わせてしまうとは ――、見藤は後悔から唇を噛んだ。


 見藤の背から久保の容態を覗いていた白沢は、その位置を代わるよう言う。そして、そっと彼の額に手を置いた。白沢の額には第三の眼が開眼しており、久保を凝視している。 見藤の射殺すような視線を背に感じた白沢は、引き攣った笑みを浮かべながら弁明した。


「問題ないて。ちと、久保の夢を覗くだけや」




――気付けば、自身の手は幼く小さな手をしていた。不思議に思い、手を見た視線を上げ辺りを見渡せば、そこは見慣れた屋内。と言っても、その場所はものの一年で離れることになったと記憶している。そうして、胸に溢れて来るのは寂しさだった。


 幼い姿をした久保は、廊下を進む。――この先は誰もいない。そう、いつも独りだった。


 彼の両親は共に仕事で忙しく、幼い頃からひとりでいることが多かった。そして、転校を繰り返していた。そんな両親の負い目からなのか、比較的なんでも与えられてきた。遊びも、習い事も好きなことをさせてもらえ、進学先も自由だった。


 授業参観や大きな行事は、両親共に不在では可哀そうだという事で、遠方にも関わらず、年に一度や二度ほど祖父母が参加してくれた。しかし、それも学年が上がるにつれ、なくなった。


 多忙な両親の邪魔をしてはいけない、と幼心に考え「いい子」を演じていた。友人達と過ごす時間だけが、人との繋がりを感じられた。

 だが、それも転校という形で繋がりは絶ち切られてきた。新天地で新しく人との繋がりを結ぼうと努力し続け、心が疲れた時期もあった。だが、幸いに出会う人には恵まれていたようだ。こうして、人としての道を踏み外すさず、今日(こんにち)まで来た。


 そうして、都会の大学へ進学を決めたとき。一人暮らしをしたいと言えば、二つ返事で許可が降りた。


――なんてことのない、平凡な人生だ。

 両親が健在で、こうして自身は健康で、大学にも通わせてもらえている。それは幸せなことだと、彼は自覚している。誤魔化すように、心にぽっかりと空いた穴はそのままに、成長した。


 彼の両親の()()は逆を言えば無関心、子を持つ親として社会的な責任を全うしたにすぎない。心は、寄り添ってはいなかった。だが、彼はそれが「平凡」だと思っている。寂しさには蓋をして、外に人との繋がりを求めた。


 そうして、彼の強運がもたらした不思議な出会い。初めは、そんな不思議な世界への好奇心から、見藤の元に留まることを望んだ。

 しかし、見藤は孤立を選び、他人との距離を置こうとする。あまつさえ、怪異と言う不思議な存在に心を砕く――、そんな不思議な人。


 人との繋がりを求めてきた彼にとって、見藤の信条は理解できなかった。見藤はどんどん()()()()に足を踏み入れているような気がしていた。それを引き留めたい、そんな気持ちを抱いたのはいつ頃か。

 人は人との繋がりの中で、生きていく。そう思うのだ。



 場面は変わり、そこは見藤の事務所へ繋がる廊下だった。

 久保はそこに佇んでいる。手を見ると、それはまだ幼く小さい。彼は不思議に思い、首を傾げる。


 すると、廊下は突如として距離を伸ばし、事務所への扉が遠ざかった。

 あの扉を開ければ、いつも難しい顔をしている見藤、飼い主に茶々を入れる化け猫の猫宮、稀に遊びに来ては見藤と痴話喧嘩を繰り広げる霧子。そして、気の置けない友人である、表情豊かな東雲。

 皆が集う居場所へ繋がる扉が遠のいた。久保は、はっとして扉を追う。しかし、追えば追う程、扉は遠ざかっていく。しかし、幼い足では扉に追いつけない。


(待って、行かないで欲しい)


 それは初めて、彼が抱いた我儘だった。




 白沢が久保の夢を覗く、と言ってからしばらくの静寂。見藤は痺れを切らし、状況を問う。


「…………どうだ?」

「うーん……、あかん。どんどん夢に堕ちて行っとる」

「夢に介入することは?」

「おっさん、俺を誰や思うてんねん」


 白沢は一瞬、間を置いてふっと不敵に笑った。そして、白沢の次の言葉は――。


「無理や」


 その瞬間、見藤の力強い拳が白沢の頭に叩き込まれた。白沢は痛みに呻き、目には涙を溜めている。


「……いっだい!!! その拳骨はごっつい効く!!!」

「うるさい」


 白沢の呑気な言動に、見藤は苛立ちを隠せない。期待させるような素振りをしておいて成す術なしだとは――、見藤は役立たずを見る目で白沢を睨み付ける。

 それには流石の白沢も、申し訳なさそうに肩を縮めていた。しかし、はっと思いついたように見藤を見上げた。


「おっさんのとこに(さとり)が来とるやろ? その子なら、久保を夢から引き上げられる」

「覚りにそんな力は――」

「あの子なら、ある。あの子は先祖返りしとる」


 白沢の目はいつになく真剣だった。神獣であり、千里眼を持つ白沢であればそれは確かなのだろう。

 見藤は彼から与えられた情報を信じる他なかった。


評価のほどありがとうございます!

楽しんで頂けるよう精進して参ります。

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