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4話目 出張、京都旅。人を呪わば穴二つ③


 社務所に残された、久保と東雲は時間を持て余していた。

 すると、先に口を開いたのは東雲だ。


「丑の刻参りってさ、叶うと思う?」

「さ、さぁ……?」


 突拍子もない会話。どうやら彼女は、祖父が見藤へ依頼した内容について思うところがあったようだ。久保は要領を得ず、曖昧な返事をする。


 東雲はそのまま言葉を続けた。


「そもそも、人を呪い殺したいと思うほどの執念や怨念が神社の中に溜まるとな? 結果はともかく。こう、黒いモヤモヤが集まって、変な生き物みたいに喋り始めて――。生霊っていうんかな? 思い出しただけでも鳥肌が立つ……」


 それは霊感体質である東雲だからこそ、語ることのできる体験談だろう。それらを寄せ付けないほどまでに、見藤が直したお守りは彼女を守っているようだ。


 久保は同情の眼差しを送る。


「それは、相当……嫌なモノを視たんだね」

「うん。だから、丑の刻参りをされると、非常に迷惑な訳で……」

「そ、そう……。見藤さんはそんな危ない物を……。大丈夫かな……」


 そう言葉を溢し、俯く。すると、東雲は弾かれたように顔を上げ、ひとつの可能性を語り始めた。


「見藤さんが呪いの藁人形を回収したとして。もし今後、丑の刻参りをしている場面に遭遇、なんてことになったら――」

「ちょっ、やめてくれよ……。夜、出歩けなくなる! これから帰らないといけないのに!」


 脅かすような彼女の言葉に、久保はわっと声を上げた。社務所を照らす夕陽の光は低く、夜が直ぐそこまで迫っていることを知らせていた。

 東雲は考える素振りを見せると、ぱっと顔を上げる。


「あ、そうだ。久保君、この後の予定は?」

「ん? 特にないはずだけど――」

「ふむふむ。だったら、うちに提案があるんやけど――」


 見藤の不在をいいことに、東雲と久保はとある計画を練る――。

 

 しばらくして、見藤が社務所へ戻ってきた。祖父も後に続く。見藤は二人に声を掛けた。


「お待たせ」

「お帰りなさい。……それは?」

「ん? あぁ、回収した藁人形だ。不用意に近付かない方がいい」

 

 見藤が抱えている木箱。久保が尋ねると、やはりという答えが返ってきた。

 これにて依頼完了だ、と言わんばかりに見藤は木箱を軽く叩いてみせる。そうして、そそくさと帰るための身支度を始めたのだ。


 久保と東雲は互いに顔を見合わせ、ほぼ同時に声を上げた。


「今日はうちに泊まって下さい!!」

「見藤さん、今日は東雲さんのお宅にお邪魔しましょう!?」

 

 見藤が知らぬうちに、東雲宅で一泊することになっていたのだ。その話を聞かされるや否や、見藤は間髪入れずに断りを入れる。


「えっ……。いや、遠慮します」

「そういうことでしたら、儂も歓迎しますぞ。今から帰られようにも、夜遅くなります。せっかくなので、是非」


 東雲の祖父が間に入る。――思わぬところから援護射撃だ。久保はここぞと畳み掛けた。


「見藤さん! ここは、お言葉に甘えましょうよ!」

「………………はぁ」


 見藤は大きな溜め息をつく。――さしずめ、京都観光を諦めていなかった久保と、見藤に好意を寄せる東雲が共謀したのだ。それに乗りかかるように、祖父の善意が上乗せされたのだろう。


 見藤に許されたのは沈黙の承諾だけだった。


 ◇


 そうして、夜を迎える。

 皆で食事を終えた後。見藤と久保は東雲宅へ案内された。皆で談笑し、各々身支度を終え、就寝時間を迎える。それはなんら変哲もない日々の一幕であった。


 夜はさらに深まり――――。久保は見藤と共に、来客用として用意されていた部屋に泊まっていた。


 夜中、ふと目が覚めた久保は寝返りを打つ。目にしたのは、綺麗に畳まれた布団。


(見藤さんがいない……。どこへ行ったのかな……?)


 そこに就寝したはずの見藤の姿はなかった。不思議に思うも、深く考えず。もう一度眠りにつこうとするが――、目が冴えてしまっては寝付くこともできない。

 しばらく、見藤を待っていようと時間を過ごす。しかし、いつまで経っても彼は帰って来なかった。


 久保は意を決して起き上がる。元々、軽装だったのだ。見藤を探しに行こうと思い至る。

 そこでふと、時計を見やれば――。


(深夜一時半って……、もうすぐ丑三つ時だ……。それに、何だか胸騒ぎがする……)


 昼間、東雲から聞かされた話が脳裏をよぎった。

 客間を出た瞬間、久保が遭遇したのは軽装に身を包んだ東雲だった。久保は思わず、声を上げる。


「あっ、東雲さん!?」

「久保君……!? あの、少し前に見藤さんが――!」

「見藤さんの姿が見当たらなくて――、嫌な予感がするんだよ!」


 どうやら、彼女も見藤の行方を心配していたようだ。久保の中に渦巻く、漠然とした不安。それは迷い家での出来事を彷彿とさせるような、胸のざわめきだった。久保の口から見藤の名が告げられると、顔を青ざめさせたのだ。


「まさか――」

「東雲さん! 一旦、神社へ探しに行こう!」


 久保の言葉に東雲は頷き、二人は家を飛び出した。


 ◇


 昼間は活気に満ちていた神社の境内。しかし、深夜ともなれば打って変わった雰囲気となり、不気味さを醸し出していた。

 そこにあるのは人の往来ではなく――、闇夜に紛れる黒い(もや)。それは霧のように周囲に充満し、月明かりに照らされながら、その異様な姿を久保と東雲に晒していた。それは彼女が話していた、生霊のような物なのだろう。


 久保はそこではたと思い至る。


「東雲さん! お守りは!?」

「…………ない」

「はぁっ!?」

「い、急いで出て来てしもうたからっ――!」


 東雲は蚊の鳴くような声を上げた。

 二人は目前の光景に視線を向ける。彼女の話によれば、黒い(もや)――つまり生霊は話しかけて来るというが――。


 久保が一歩踏み出すと、黒い(もや)は蜘蛛の巣を散らしたように散った。その光景に目を見開き、小さな声を溢す。


「……何も、起こらない?」

「ら、ラッキー……?」

「今のうちだ、行こう」


 久保がそう促すと、東雲は涙目になりながらも、激しく頷いた。彼はそこで思い至ることがあった。


(そうか……、見藤さん。霊の類は視えないって――、生霊も同じだとすれば)


 境内の異質な光景。見藤はそれを目に映すことなく、足を進めたのならば――。彼が行きつく先は藁人形が打ち付けられていた場所だ。


 その場所を知る東雲の案内の元、二人は足早に進む。


 そうして、境内の林付近まで辿り着くと――。月明かりを背に受け、佇む見藤の姿があった。彼を目にした瞬間、久保の中にあった漠然とした不安が少しだけ和らいだ。


 久保は弾かれたように、大きく声を上げる。


「いた! 見藤さん! こんな時間に、どこへ行くんですか!?」

「久保くん……。と、東雲さんか」


 その声に見藤はびくりと肩を震わせ、振り返った。

 しかし――、次の瞬間。見藤は目を見開き、血相を変えて叫ぶ。


「君たち、何を連れて来た……!!」

「えっ……!?」


 二人の戸惑う声が重なった。


 久保と東雲が、恐る恐る振り返ると――――。

 鈍器を振り下ろす人影が目に飛び込んできた。馬と牛、鶏のような鳴き声を掛け合わせた、形容しがたい叫び声を上げる異形。――生霊ではない、ナニか。


「くっそ!」


 見藤の悪態が耳に届く――と、同時に。二人を庇うようにして見藤が前に出た。


(駄目だ! 見藤さんが――)


 このままでは、見藤を凶器が襲うだろう。久保は咄嗟に、見藤へ手を伸ばす。しかし、――その手は空を掴んだ。


 すると、突如として、境内の草陰の中から小さな白蛇が這い出て来たのだ。その数は一匹ではない。

 ぴたり、と異形の動きが止まった。異形はすぐさま四つん這いになり、周囲を警戒するかのように地面を這う。――動き、声は人のそれではない。

 振り上げられていたはずの鈍器が地面に落下し、鈍い音が上がった。


 それに連なるように、蛇の腹が摺れる音が暗闇に響き渡り、目に視える小さな白蛇は数を増やしていく。みるみるうちに白蛇の群れが、異形の行く手を遮ったのだ。


 久保と東雲は呆気に取られていると、見藤がそっと呟いた。


「白蛇の怪異……。東雲さんを守ろうとしているのか……?」


 その言葉に、久保の脳裏に思い出されること。昼間の会話だ。

 ――東雲の祖父が語った。この神社の神は大層、彼女を気に入っている、と。それは身を呈して彼女を守るほどなのだろう。


 しかし――、異形は行く手を阻む白蛇を鷲掴みにし、喰らい始めた。ぶちぶち、と肉片を噛みちぎる音が辺りに響く。――得体の知れないモノが、怪異を喰らっている。

 白蛇を食い千切っては捨て、また違う白蛇を食い千切る。それを何度も繰り返す。


 久保と東雲が咀嚼音、その光景に嘔気を催すのは必然だった。だが、見藤だけは違った。


「あいつ……!」


 彼の怒りが籠った声が辺りに響く。


 肉を絶つ音、咀嚼音がしなくなった、と思った瞬間――。

 異形は物凄い勢いで振り返り、奇妙な声で再び大きく吠えた。その耳障りな声に、三人は耳を塞ぐ。

 その瞬間を隙と捉えたのだろうか。異形は四つん這いのまま、見藤に飛びかかる――。


「見藤さんっ……!!」


 久保の悲痛な叫びが木霊した――。

「ちょっと! 半端モノ風情が、手を出していい奴じゃないわよ!」


 暗闇の中で突如として響く、凛とした声。

 久保はこの声を知っている。そうして、目撃した。見藤を守るように佇む、亭々たる長身を晒す者。隣にいた東雲も同じだ。目を見開き、現れたその姿を凝視している。


 すると――、異形は耳障りな声を上げながら、その亭々たる姿に怯え始めたのだ。

 現れたその影はぎろりと、睨みを利かせた。


「半端モノには――お灸を据えないと、ね!」


 途端、異形は奇妙な声を上げながら、どこかに消えてしまった。

 見藤は亭々たる影に抱きかかえられ、異形の報復を免れたようだ。沈黙し、気恥ずかしそうに、頬を掻いている。


 一方、二人の視線を感じ取ったのだろう。亭々たる影は身をもたげると、抱き込んでいた見藤を解放した。彼女は気まずそうに、頬を掻く。


「あら、やだ……。久保くんと東雲ちゃんも一緒だったのね。私の正体、バレちゃった」

「霧子さん……。不用意に出て来るなと、言っておいただろう?」

「もう! せっかく、助けてあげたのに!」


 見藤と言い争っているのは――、紛れもなく霧子だ。しかし、その姿は人の背丈よりも遥かに大きい。


「霧子さん……、怪異だったんですね」


 新たに知った怪奇。蚊の鳴くような声を上げた久保。

 霧子は悪戯な表情で微笑んでみせた。


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