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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第三章 夢の深淵編

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26話目 夢の深淵


 秋が過ぎ去ろうとしている頃。朝は冷え込むことが多くなった。

 清々しい空気は、見藤に色々な物を思い出させる。冷えた空気を胸いっぱいに吸い込み、ひとつ深呼吸をした。


 見藤の格好はいつもの使い古したスーツ姿ではない。例の夢に関する事象の解決に専念するため、今日はラフな普段着。しばらく、他の依頼も受けないでいるつもりだ。人が来なければ、わざわざ堅苦しい格好をする必要もないというもの。


 日課となっている竜胆(リンドウ)の植木鉢に水をやり、咲き終えて枯れた花を間引く。それから、事務所の窓を開けて換気をする。

 見藤の事務所に霧子の(やしろ)となる神棚が設けられてから、朝の日課が一つ増えた。


「これで、よし」


 新たな日課となったのは、神棚のお供え物を取り替えること。怪異である霧子には必要ないはずのものだが、これは見藤の気持ちの問題だった。

 米、塩、そして――、酒。通常であればそこは水が置かれるはずだが、これは霧子たっての希望だった。単純に、怪異や妖怪の類は酒を好むのだ。



 見藤は一通り日課を終えると机に向かう。だが、早々に頭を悩ませる。


 先日の斑鳩との詮議によって、突発的に増長された霧子の認知は収束に向かうとの報告を受けた。これで彼女に降りかかった禍害は終わりを迎えることだろう。しかし、ことの発端は未だ野放しだ。


 発端となっているのは夢を伝播させ、悪夢へと誘う怪異。その存在は神獣である、と見当がついている。ここまで社会現象となるような力の及び方は、そうでなければ説明がつかない。


 そして、恐らく。神獣 白澤(はくたく)がそうであったように、かの神獣も何かしらの要因によってその存在を悪しきものに貶めている可能性が高い。本来、神獣というものは人への祝福、吉兆を授ける神の一端である。


 しかしながら、その所在は未だ掴めない。何せ夢を媒体に人へ影響を及ぼしている。実態が掴めないのだ。

 白澤の時のように、人の姿でのこのこと現れるような事はしないのだろう。なんとも計略的な性格をしているものだ、と見藤は溜め息をつく。


(霧子さんの認知の分散と、この夢の件……。依頼料をチャラにするには割に合わない気がしてきた)


 まさに後悔先に立たずだ。斑鳩という、組織立って行動する彼らと違い、見藤の体と頭は一つしかない。もちろん、その分の負担は大きい。

 依頼料をチャラにしてやってもいい、などと口走ってしまったあの時。現実主義であるはずだが、霧子との距離が縮まり、多少なりとも浮かれていたのかもしれないと反省する。


「はぁ……」


 見藤は一際大きな溜め息をついた。


 見藤はおもむろに立ち上がると、郵便受けへと向かった。そろそろ、キヨに照会した情報資料が届いているかもしれない。


 見藤が郵便受けを覗くと、分厚く太った茶封筒が顔を覗かせていた。これで少しは事が動くだろう、と力強く頷きその茶封筒に手を伸ばす。


 すると、事務所に吹く僅かな空気の流れ。そして、鼻を掠める清々しい香り。


「霧子さん、おはよう……。……っ!?」


 見藤は朝の挨拶を交わそうと、後ろを振り返った。だが、ぴしりとその動きを止めた。視線の先には、今しがた起き出してきた霧子が欠伸をしながら伸びをしている。


「ふぁ……、寝すぎたわ。今、何時……?」

「……霧子さん。その格好で出て来るのは如何なものかと思うぞ」


 呆れかえったような見藤の声音。

 指摘を受けた霧子は何のことか理解できず、眉を(ひそ)めている。そしてまだ眠たいのか目を擦っているが、そこでふと視線を落とすと――。


「あら」


 それは寝間着というよりも、化粧着。いわゆるネグリジェだろう。化粧着に身を包んだままであったことに、霧子は今更ながらに気付いたのだ。


 霧子が(まと)う化粧着は胸元が大きく開いていた。その周辺を綺麗な刺繍とレースで装飾され、袖や裾にもレース装飾が施されている。それは彼女の優雅さを醸し出しており、色は淡い紫色で彼女の白い肌によく似合う。


 背丈のある霧子が身に着ければ、その脚の長さによって必然的に裾丈は短くなってしまう。その情緒的な姿は人並の男であれば目のやり場に困ることだろう。

 しかしながら、見藤は全く違ったことを思っていた。寧ろ、怒っている。


 (やしろ)から顕現し、その格好というのは頂けない。見藤にとっては非常に困った状況だ。

 こうして来客がないと断定できるときならばいいが、そうでなければ霧子のこのような姿。他人に見られでもしたら、堪ったものではない。思わず先程の溜め息とは、また違った意味の溜め息が出る見藤。


「はぁ……」

「……次から気を付けるわ」

「お願いしマス」


 片言になりながらも、見藤は少し首を傾げた。その化粧着に見覚えがなかったのだ。

 霧子が身に着ける、大抵のものは見藤の財布から出している。一緒に買いに行った覚えもなければ、彼女に強請(ねだ)られて購入した記憶もなかった。見藤が自身の身なりに無頓着なのは、霧子を優先させているに他ならない。


 首を傾げた見藤に、霧子は合点がいったようだ。化粧着がよく見えるよう、くるりと一周その場で回る。ひらひらとレースが揺れてなんとも可愛らしい。

 見藤の視線を奪うと、霧子は楽しそうに口を開いた。


「あぁ、これ? 夏に東雲ちゃんと一緒にお買い物に行ったでしょ? その時に勧められたのよ。可愛いし、寝心地もよくって、ついついこればかり着てしまうのよね」

「ソウデスカ」


 それは東雲のお節介なのか。ただ単純に彼女が霧子の化粧着姿を見たかっただけなのか。何も考えないようにしようと――、見藤は手に取った茶封筒を力任せに開封していた。


 そうこうしているうちに時刻は昼下がり。あの後、霧子は一旦、(やしろ)に戻り着替えてきたようだ。今は深い緑色のブラウスにパンツスタイルだ。あの小さな神棚の中にある彼女の領域とは一体どのような空間になっているのか不思議なものだ。


 それはさておき、見藤の事務所へ送られてきたキヨからの情報資料。それに目を通す見藤の表情はいつになく険しい。ばさり、と少々乱暴に机へ資料を投げ捨てた。

 その行動を目にした霧子は見藤に声を掛ける。


「どうしたのよ」

「……、相性が悪すぎてな。辟易としている所だ」

「……そう」

「恐らく奴は夢を媒体にその中を移動する。実体がない分、こちらから手を出せない」


 どうしたものか、と腕を組み考え込む見藤。


 そんな彼を見つめる霧子は心配そうに眉を下げている。自身は怪異であるものの、見藤が悩んでいる事象を解決してやる知識も力も持ち合わせていない。それが少し歯がゆく思えたのだろう。


 すると、猫宮がふらっと事務所に帰ってきた。僅かな空気の揺らぎに篝火の揺らめきが同調する。

 猫宮は事務所内をきょろきょろと見回した。だが、いつも賑やかな雰囲気とは打って変わり、静けさが目立つ。そして、静かに机に向かっている見藤を不思議そうに見やった。


「なんだ、今日は誰も来ていないのかァ?」

「あぁ、こちらが少しばかり取り込み中でな」

「ふむ」


 猫宮が納得したように頷くのと同時だった。事務所の外から何やら慌ただしい足音が聞こえてきた。

 足音は廊下を走っていることが分かる。その音はこちらへ徐々に近付いている。流石の見藤も訝しげに眉を(ひそ)めた。


「なんだァ?」


 猫宮が事務所の扉を振り返り、首を傾げると――――。


「おっさん!!! いるかぁ!?」

「おい! そこの馬鹿を捕まえろ!」


 扉を勢いよく開けたのは、人の姿をした白沢(はくたく)。その後に続くのは――、彼を捕まえようと後を追ってきたのだろう。苛ついた様子を隠しもせず、咥え煙草をした煙谷だった。


 珍客に見藤は「また面倒事を持ってきた」と言わんばかりに、顔をしかめて大きく溜め息をついた。


 猫宮は驚きのあまり火車の姿をとり、白沢を威嚇している。そして、霧子は白沢の姿を見るや否や。姿を霧に変えて瞬時に見藤の元へと寄り添い、白沢を睨みつけている。

 そんな彼女に見藤は大丈夫だ、と言うように手で合図をした。


 白沢は見藤の姿を視界に捉えたようで、駆け寄ろうと足を踏み出す。だが、奇しくも追いついた煙谷に襟首を掴まれ拘束されてしまった。ぐえっと、蛙を踏みつぶしたかのような声が事務所に響く。


「どうした?」


 見藤が静かに尋ねた。すると、白沢は煙谷の拘束を振りほどき、勢いそのままに机の前まで走り寄る。珍しく、酷く焦っているようだ。

 事務机に前のめりになりながら、白沢は口を開いた。


「久保は!? どないしとる!?」

「どうした、落ち着け。久保くんは少しここを休んでる」

「…………、あかん」

「何が――」


 見藤がそう尋ねるのと、白沢の表情が曇るのは同時だった。


()()()()()しとる」


 白沢の言葉に一瞬、見藤は理解が追い付かず。何の話だと、言いかけたのだが――。それよりも早く、白沢が口を開いた。


「はよう、あいつの所へ様子を見に行ってやってくれ。夢に呑まれて戻って来れんようになる」

「……視たのか」

「うっ、不可抗力や。ここ最近は不穏な空気やったし、心配やったんや!」


 見藤は問い詰めるような視線を送る。白沢は気まずそうにしながらも否定はしない。


 白沢の九つの目は千里眼だ。ありとあらゆる物を見通す。それを用い、久保の様子を垣間見たのだろう。人の世を見通すとは、あまり善しとされる行為ではない。

 しかし、地獄にいながらも久保の身を案じ、追手となる煙谷の追跡を受けながら、ここまでやって来たのは称賛に値する。


 それにしても、夢に感染とはまるで疾病のような物言いをする白沢。見藤は疑問を抱きつつも、言われた通り久保の元へ向かう準備をする。

 隣に立つ霧子に出掛ける旨を伝え、最低限の所持品を乱雑にポケットに突っ込んで立ち上がった。


「猫宮、お前は東雲さんの所へ向かってくれ。一応、彼女の安全確認を頼む」

「はぁ、仕方ねぇなァ」


 猫宮はそう言うや否や、篝火を残して姿を消してしまった。


 東雲と直接的な連絡手段を持たない見藤はこうするしかない。夢に感染する、その言葉通りであれば東雲にもその害が及んでいる可能性も捨てきれない、と判断したのだ。


 今回の事象、二人に持たせている身代わり木札では防げない。身代わり木札は直接的な他害にのみ効力を持つ。

 しかし、夢とは自分自身が見るもので、夢を媒体にされればその効果は発揮できない。見藤が言う、相性の悪さ。それはこのような所に影響していた。


 見藤は久保の下宿先の場所までは把握していなかった。あくまでも、一般的に見れば雇い主と助手の関係性などこの程度だろう。不幸中の幸いか、ここには千里眼を持つ白沢がいる。彼に案内させれば事足りる。


 見藤は白沢を睨み付け、同行を促す。そして、彼の監視者でもある煙谷にも視線を送った。


「おい、お前には同行してもらう。煙谷、こいつは借りていくぞ」

「はぁ……分かったよ。全く、上司に怒られる僕の事も考えて欲しいものだね」

「それは知らん」

「あー、やだやだ。早く行きなよ。手綱はしっかり握っておけよ」


 いつもの調子で見藤をあしらう煙谷に、少なからず感謝する見藤だった。


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― 新着の感想 ―
白沢氏が女性であれば、久保氏とのフラグがたったのですが…友人枠ですからねぇ。複雑です。
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