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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第三章 夢の深淵編

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25話目 帰路と婦女たちの茶会


『馬鹿野郎!!! そんな危険な目に遭ってたんなら、さっさと連絡を寄こせ!!』

「…………」

『ったく、見藤よぉ……』


 キーーーーン……、と電話越しに聞こえる音割れの不協和音にも慣れてしまいそうだ、と見藤は遠い目をする。斑鳩からの電話は見藤の身を案じたが故の罵倒から始まった。


 霧子による神隠しに遭った見藤。猫宮が見藤と霧子、二人の元へ到着するまでの間、彼らは離れていた時間を埋めるようにゆっくりと話をすることができた。

 その頃には、お互いのわだかまりは解消されたようだ。霧子も少し申し訳なさそうに、沙織のことを気にするようになっていた。


 そうして猫宮と合流し、財布を手に神社を後にしたはいいものの。見ず知らずの土地で、帰路につこうとすれば道に迷うのは必然か。


 神社は山間に建てられていたため、道なりに山を下ったのはよかった。そこから、見藤自らの足で車道を歩き、人が住む町まで下るしかなかったのだ。しかし、人が住む町が存在するとはいえ、そこはなにぶん田舎だった。


 下るまで相当な時間を費やしていた為、時刻的に人の往来は期待できず。駅までの場所を聞こうにも、それを尋ねられる人間の姿がなかったのだ。

 そうして、なんとか駅まで辿り着いた見藤だったが、夕方にはなんとその日の電車はすでにその勤めを終えていた。


 この寒空の時期に駅で夜を明かすしかない、そんな絶望の表情を見せた見藤に吉報か。斑鳩からの電話だった。霧子との時間、そして久保と東雲との電話で、彼の存在をすっかり忘れていたのだ。

 画面を見れば、神隠しに遭っている最中。斑鳩は何度も連絡を取ろうとしてくれていたようで、後から不在着信の通知が何件もあったのだと知った。

 そうして、電話を取り斑鳩に事情を説明したのだが、冒頭に戻る。


『大体よぉ、俺が忠告しようとした矢先に神隠しに見舞われるなんざ、ついてないな』

「あぁ」

『怪異は認知に左右される。まさか、ここまでとは。…………お前が生きててよかったよ』

「……あぁ」


 斑鳩はそう言うと深い溜め息をついたのだろう、電話越しでも伝わる安堵の雰囲気。

 しかし、「生きててよかった」彼のその言葉の先にあるものを読み取ってしまった見藤は複雑な表情を浮かべる。


 斑鳩は親友を殺めた怪異を許しはしないだろう、あの男の正義感と見藤を親友と呼ぶほどの間柄だ。一歩間違えば最悪の結果になっていた、とも言いたいのだろう。しかし、皆まで言うほど無神経な男でもない。


 斑鳩も、見藤にある怪異が取り憑いていることは昔から知っていた。だが、それがどんな怪異でどのような認知を持つ怪異なのか知らなかったのだ。見藤もわざわざ教えるようなことはしなかった。


 そうして、広まってしまったあの動画だ。斑鳩はその動画を見たとき、見藤に取り憑いている怪異の姿を目にした。それは何なのか調べ上げた後にあの時、彼の身を案じ電話を寄こしてきたのだ。

――奇しくも、それは間に合わなかった。



 斑鳩は何か調べているようで、タップ音が電話越しに聞こえて来る。見藤が不思議に思っていると、これほどまでにない助け船が出された。


『近くに駐在所があるはずだ。そこの奴を寄こすから少し待ってろ。大きな駅まで案内させる』

「……悪いな」

『いや、いい。寄り道してないで、さっさと帰ってこい』


 職権乱用もいい所だが、断る理由もない。見藤は有難く、その好意を受け取ることにした。


 電話越しに聞こえた斑鳩の言葉に「嘘だろ……」と衝撃を受けている猫宮の表情は、霧子を笑わせるには十分だったようだ。見藤はそんな猫宮を安心させるように、頭を撫でながら電話を続ける。

 すると、斑鳩の声音が変わり得意げに言った。


『で、俺に頼むことがあるだろう?』


 その言葉を聞いた見藤は、ニヤリと笑う斑鳩の表情が脳裏に浮かんだ。こちらも同じことを考えていたのだ、寧ろ都合がよいと見藤は珍しく口角を上げる。


「あぁ、それも規模が大きいからな。夢の件、今回の依頼料はそれでチャラにしてやる」

『ははっ、偉そうに。まぁ、任せておけ』

「頼んだぞ」


 見藤はそう答えると電話を終える。二人はどこまでも悪友であるようだ。


 突発的に世間に広がってしまった、霧子の怪異の認知。それを収めるには斑鳩の力が必要不可欠だった。

 認知の操作を得意とする斑鳩家、その力を持ってすればこの移り行く情報の中、霧子の認知を分散させるような、それにとって代わるものなどいくらでも作り出せるというものだ。


 一度、爆発的に高まった認知を元に戻す事は容易ではないが徐々にその話題が下火になれば、時間はかかるだろうが可能だろう。


 別の話題――。例えばそれが怪異であったとしても斑鳩家の認知の操作により、その怪異が力をつける前にまた別の怪異の話題へ世間の目を逸らして行けば、一定の所で認知の力は止まる。

 そうして世間の集団認知と怪異の力とのバランスを取っていたのだ ――――、今回の一件はそれほどまでに異例だったのだ。



 しばらく経つと、瞬く間に辺りは暗闇に呑まれる。駅に設置された簡易的な長椅子に腰かけ、迎えを待つ見藤。その隣には霧子、反対には猫宮が座り顔を洗っている。


 流石に肌寒くなってきたのか、見藤は隣でくつろいでいた猫宮を抱き上げると膝に乗せる。そんな勝手をする見藤に猫宮は抗議の声をあげた。


「おい。俺は湯たんぽか」

「まぁ、そう言うな」


 じろりと見藤を見上げ睨みつけるが、猫宮は満更でもなさそうに既に彼の膝に腰を下ろしている。


 それを見ていた霧子は、そっと見藤との距離を詰める。見藤は一瞬目を見開いたが、その目はふっと優しい眼差しに変わった。霧子は気恥ずかしいのか視線を合わせようとしない。

 だが、彼女のその耳は少し赤く色を変えていた。そうして見藤と霧子、二人の肩が少しずれた位置で触れる。


「ははーん、機嫌がいいな。やっと仲直りしたのか」

「…………、ほっとけ」


 そんな二人を膝から見上げていた猫宮が茶々を入れた。心なしか、その表情はにやついている。


 見藤はぶっきらぼうに答えると、仕返しと言わんばかりに猫宮の尾を握る。みぎゃっ、と鳴き声を上げ、掴まれた尾を見ようと後ろを振り返る。


 すると、その視線の先に赤色灯が光るのを見た。どうやら迎えのようだ。


 駅の脇道に赤色灯を灯しながらゆっくりと停車した一台のパトカー。降りてきたのは若い警官だった。彼は見藤を見ると、あっ、と声を上げてこちらです、と案内してくれた。


 見藤は申し訳なさから、よそよしい態度を取りながらも言われるがまま車に乗り込んだ。すると、見藤の様子に若い警官は気を利かせてなのか、名を名乗った。


「自分も斑鳩なので。事情はある程度、理解しております」

「……そう、助かります」


 若い警官は誇らしげにそう言った。

 どうやら斑鳩家は、全国の駐在所などにこうして人を置いているようだ。そうすれば怪異による事件、事故などにも事情を知る者をすぐさま派遣できるという手筈なのだろう。

 見藤が知ろうとしないだけで思いの外、世は裏でこうして繋がっているのかもしれない。


 そうして、見藤達は最寄りの大きな駅まで乗せてもらう事になった。だが、若い警官は徐々にバックミラーを見る回数が増え、次第にその表情は曇っていった。


 そのバックミラーに映っていたのは、大きな化け猫と亭々たる長身の女怪異がすし詰め状態になりながらも乗り合う姿だったのだ。そして目的地に着いた先で何を食べるのか言い争っている。


 いくら怪異が身近な呪いの家に生まれようと、経験の少ない者が目にすれば猫宮と霧子の存在に対して恐れを抱くのは必然的だ。

 しかし、その会話の内容がその姿と醸し出す雰囲気に不釣り合いで、最早一周回って不気味に思えて来るのだろう。


 見藤は少し気まずそうにしながらも追及されまいと、器用に頬杖を付きながら目的地に到着するまで、外の暗闇を眺めていた。


◇ 


 そうして辿り着いたのは、ある程度人通りのある駅だった。見藤は「お世話になりました」と、軽く頭を下げたのだが、若い警官は恐れ多いという素振りを見せて早々に立ち去ってしまった。


 彼のそんな様子に申し訳なく思う見藤を余所に、猫宮と霧子は夕食の相談を終えたようだ。早く行こうと言わんばかりに、急かすような視線を送っている。


(流石に今日は一泊か……)


 どうにも斑鳩の言いつけは守れないらしい。


 そんなこんなで、見藤が事務所に帰り着くまで二日を要した。

 出迎えた久保と東雲に泣きつかれた見藤は、二人を宥めるのに苦労していた。だが、心なしかその表情は柔らかった。

 



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