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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第三章 夢の深淵編

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23話目 異変④


 斑鳩を見送った後、見藤は調査の続きをしようと事務机に向かう。すると、机に置かれたままになっていたスマートフォンに表示されている久保からのメッセージ。

 背もたれに背中を預けて深く腰かけ、少し短めの息を吐く。そして、意を決したかのように口を開き、その名前を呼んだ。


「霧子さん……?」


 誰もいない事務所に響くのは見藤の声だけだ。いつもなら見藤がその名を呼ぶと、何かしら返答をしてくれるはずなのだが、今日も反応は期待できそうにない。未だ霧子の機嫌は直っていないようだ。


「もう少しすれば、久保くんと東雲さんがうちへ顔を出してくれるらしい。……それだけだ」


 再び事務所に響く、見藤の独り言。

 その頃には斑鳩が言いかけたことは何だったのか、すっかり忘れてしまっていた。



* * *


 そうして数日後。事務所には久しぶりに皆が顔を揃えていた。


 霧子はしかと見藤の独り言を聞いていたようだ。相変わらず見藤との会話はなく、雰囲気は悪いままだが、こうして久保と東雲を出迎えてくれた。


 見藤とのことは置いておくが、霧子の変わらない様子にほっと胸を撫で下ろした久保だった。


 見藤はいつも通りネクタイを省いたスーツ姿に身を包み、事務机に寄りかかるように立っている。久保と東雲はそんな彼の向かいに佇み、霧子は三人から少し離れた所でその様子を眺めている。


 東雲から見藤へ手渡されたのは、クリーニングに出され綺麗になった彼のジャケットだった。


「見藤さん、これ。ありがとうございました」

「ん? あぁ、わざわざ……すまないな」


 見藤は受け取ると礼を述べる。これくらいのことしかしてやれない、と見藤は彼女との間に線引くのだった。

 二人を眺めていた猫宮はぴょん、と軽快に事務机に上ると東雲に声をかける。


「大変だったな、小娘」

「猫宮ちゃん……」

「うぎゃっ!」


 東雲を気遣う猫宮。どうやら見藤から話を聞いていたようだ。

 そんな猫宮は瞬く間に東雲に捕まり、肉球を揉まれている。普段であれば肉球を触られるとなると、断固拒否するであろう猫宮が随分とされるがままだ。東雲と猫宮はソファーへと移動し、久しぶりの再会を喜んでいる。


 すると、その様子を目にした霧子がそっと口を開く。


「久保君と東雲ちゃん、二人とも元気そうで安心したわ」

「霧子さん……!」


 ソファーに座り猫宮を膝に抱いている東雲。そんな彼女に霧子は安心した表情を浮かべている。霧子は久保にも視線を送り、よかったと言うように頷く。


 久保へ向けた視線の延長、霧子は思わずして見藤と目が合ったようだ。一瞬、気まずいとでもいうような表情を浮かべ、さっと視線を逸らした。


 一方の見藤は、未だ霧子と言葉を交わす素振りがない。


 そんな二人の様子に、久保と東雲は「まだ和解していなかったのか」と、じっとりとした目で見藤を見やる。

 見藤はすかさず、二人の視線から逃れるように目を逸らしたのは言うまでもない。


「あぁ!! 久保君、こうしとる場合やない、あの動画!」

「あ、そうだ!!」


 すると、唐突に何か思い出したかのように東雲が声を発し、同じく久保も声を上げる。

 東雲は猫宮を解放すると、自身のスマートフォンを取り出して、見藤へそれを見せようと立ち上がった。


 二人の様子に見藤は「どうした」?と首を傾げる。だが、まるでタイミングを見計らったかのように、今度は見藤のスマートフォンに着信が入った。斑鳩からだ。


「あ、いや、少し待ってくれ」


 見藤はスマートフォンを片手に、背を向けて少し皆から離れた場所へ移動する。


 斑鳩からの連絡となると、件の事象についての可能性が非常に高い。今、優先すべきは、伝播する夢とそれによって引き起こされる疑似的な夢遊病を引き起こしていると(おぼ)しき、神獣の居場所を突き止めることだ。


 見藤の様子から仕事の内容だろうと察し、久保と東雲は口を閉じるしかなかった。そして、三人の後方で佇んでいる霧子の方を見やる。実のところ彼女も見藤のことが心配で堪らないのだろう、そんな様子だ。



 見藤と霧子、言葉を交わすことはない。だが、こうしてお互い想い合っている事は分かりきっているというのに、なんとも強情な二人だと、久保と東雲は肩を落とす。

 東雲は思わず、呟くのだった。


「はよう、仲直りすればええのに」


――その時は何の前触れもなく訪れる。


「え……?」


 唐突に、何かに違和感を孕んだ霧子の声が聞こえた。


 異変に気付いた見藤が霧子を振り返るのと、同時か。突然、霧子に腕を掴まれ、視界が暗転する。

 見藤の名を叫ぶ、久保と東雲の声だけが耳に残っていた―――――。


 霧子を襲ったのは強烈な違和感。自分が自分でなくなる感覚。見藤と名で繋がりを得た「霧子」ではない、何か。

 それは見藤に与えられた名と共に過ごした時間による繋がりでさえも、書き換えてしまう。集団認知が、彼女を襲った瞬間だった。


 小さな異変が積み重なり、それは必然的な事象となった。


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