表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/270

4話目 出張、京都旅。人を呪わば穴二つ②


 キヨから渡された紙には神社の住所と行き方が書かれていた。その住所に覚えがあった久保は、すぐさまスマートフォンで調べ始める。


「やっぱり」


 小さく呟くと、画面を見藤に見せた。彼は画面が見づらいのか、眉を寄せている。

 久保はそのまま言葉の先を続けた。


「ここ、人気の縁切り神社ですよね。悪縁がスパッと切れるって噂で――人間関係だったり、浪費癖だったり」

「そうなのか?」

「らしいですよ? とにかく、自分が切りたい縁を神様に願うと本当に縁が切れるって口コミで」


 見藤は首を傾げ、久保を見やっている。流行に疎い彼らしい反応だ。


 そこで久保はふと気になった。怪異や霊は存在していると認識している。と、すると神社に祀られている神はどうなのだろうか。久保は好奇心に任せ、見藤に尋ねた。


 すると、そんな問いにも、見藤は丁寧に答えてくれた。


「まぁ、いるだろうな。生きている人間が懇切丁寧に祀り上げれば、怪異が神にも成り得るんだ。土地神もそれに相当する。正真正銘、古から存在してきた――生まれながらにしての神というのは……。現代に存在しているのか、どうか知らんが」

「へぇ……」

「それも信仰によるエネルギーと認知の集約の関係だろう」


 要するに。人間の信仰心によって、人々が神と呼ぶ怪異の力は左右されるらしい。

 ひとまずは考えても仕方がないと、目的地へ向かうことにした。


 ◇


 到着した頃には、すっかり夕刻となっていた。それにも関わらず、神社は参拝客で賑わっている。

 悪縁を断ち切ろうとする人々の姿に、久保は人の悩みの深さを思う。見藤は時折、何かを目で追い、首を傾げていた。


「この神社……。見覚えがあるような……、ないような」


 小さく呟いた見藤。すると、その声をかき消すかのように、大きな声が境内に響き渡る。


「見藤さん!?」


 聞き慣れた声に振り返ると、巫女装束に身を包んだ東雲が駆けてくる。――そういえば、東雲はこの大型連休は実家に帰省すると話していたことを、久保は思い出す。


「え、東雲さんの実家って……。というか、僕もいるんだけど」

「ここだったみたいだな。縁を切る神社で(えにし)手繰(たぐ)り寄せるなんぞ……冗談だろ」


 見藤の言う通り、なんとも皮肉の効いた冗談だろう。


 東雲は二人の元まで辿り着くと、きらきらと目を輝かせて見藤へにじり寄る。見藤は未だ東雲に苦手意識があるのだろう。久保を盾にして、その陰に隠れる。中年のなんとも情けない姿を晒していた。


 彼女は興奮冷めやらぬ様子で声を上げる。


「ここで会えるなんて! 偶然ですか? それとも必然ですか?」

「いや、出張ついでに突然の依頼があってだな……」


 東雲の質問責めに、見藤は恐怖を覚えているようだ。体格に見合わず、久保の背に隠れようと身を縮こまらせていた。


 そうして、東雲が平静さを取り戻した頃。

 見藤は依頼について差し障りなく説明し、神主の所在を尋ねる。すると、東雲は頷いてみせた。


「そういうことでしたら、うちの祖父を呼んできますね」

「あぁ、すまない。頼めるか?」

「もちろんです!」


 元気に返事をした彼女の背を見送った。


 すると、しばらくして。優しい雰囲気を纏った老人がこちらへと歩いてくる。彼が東雲の祖父であり、ここの神主なのだろう。


 見藤と軽く挨拶を交わすと、祖父は口を開いた。


「キヨさんから聞いております。まさか、あなたに来てもらえるとは思わなんだ」

「いえ、キヨさんから頼まれたものですから」

「ほほ、有難いです。ではこちらへ、社務所にご案内致します。詳しい話はそこで」

「お願いします」


 交わされる会話。

 久保と東雲は互いに顔を見合わせ、首を傾げた。


(本当、見藤さんって何者なんだろ……。こういう界隈では有名な人なのかな?)


 久保の疑問に対する答えは出なかった。



 * * *


 そうして、見藤と久保は社務所に案内された。

 久保は助手として同席を許された。見藤は東雲の同席に渋い顔をしたが、彼女の「婿が来るまで神社を支える」という、尤もらしい理由に押し切られてしまったようだ。


 東雲の強引さに、祖父は驚いていた。彼女の見藤へ送る視線が物語る恋心に、どうやら祖父も勘づいたようだ。

 東雲がお守りの一件について説明すると、祖父は何かに納得したように頷いたのだった。


「ご存知だと思いますが、この子は幼い頃から人ならざる存在が視えてしまう体質でしてな。お守りがなければ悪いモノが寄ってくる――、そんな体質でもありました」


 だからこそ、東雲はお守りを肌身離さず身に付けていたのだろう。しかし、先の一件同様に、お守りを紛失したことがあったと祖父は語る。

 祖父は見藤を見るなり、微笑んだ。


「昔、キヨさんに連れられて、神社を訪ねて下さったことを覚えておいでではないですか? その時ですよ、あなたがこの子のお守りを届けて下さったのは」

「そう、でしたかね……?」


 見藤は身に覚えがないとでも言うように、曖昧な返事をした。どうやら彼は、他人のことになると記憶が曖昧になるようだ。


 祖父は言葉の先を続ける。


「あなたが届けて下さったお守りは、守護が強くなっておりました。それこそ、儂でもその違いが分かるほどに」


 それは先の出来事と同様に、若かりし頃の見藤が東雲のお守りを直した――、と推察できるだろう。思わぬ縁に、東雲は目を輝かせている。

 祖父の語らいは続く。


「そのお守りを身に着けるようになって。この子に悪いモノは、寄り憑かないようになっておりました」


 ですが――、と祖父は言葉を続ける。


「ある時から、うちの神社は縁切り神社として有名になりましてな。その頃からです、お守りの守護が徐々に薄れていったのは――。その頃、幼いこの子は儂に言ったのですよ」


 そこでひと呼吸おくと、ゆっくり口を開く。


「お守りを拾ってくれた人に、また会えるようにお願いをしていると」


 東雲は、はっと目を見開いた。それは長年、彼女が祈っていた願いだ。

 その言葉を聞いた見藤は興味深そうに表情を変えた。そして、辿り着いた答えを口にする。


「はぁ……。縁を切る神に、縁結びを願ったのか」

「そうなります。縁切り神社と言うと、悪縁を断ち切り、良縁を結ぶ。そのように解釈されがちですが、良縁が結ばれたのはあくまでも結果論なのです。ここの神様にそのような力はありません」


 祖父はそこで言葉を切ると、東雲を見やった。その眼差しは柔らかい。


「ですが、この子はここの神様に大層、気に入られておるのでしょう。こうして、あなたとの(えにし)手繰(たぐ)り寄せたのですから」


 すると、見藤は点と線が繋がったような表情をしてみせた。お守りの御神璽(ごしんじ)が、何かにかじられたような痕跡があったのは――。


「東雲さんの願いと参拝客の願いは真逆だ。相反する願いに応えようとした、ここの神様はお守りの効力を贄にすることで、東雲さんの願いを叶えたのか……。不思議なもんだな」

「ええ、全く。その通りですな」


 見藤と祖父は互いに頷き合った。

 一方の東雲は、自分が過去にやらかしたと察して、冷や汗を隠し切れていない。沈黙するに限る、と一言も発していない。


 久保はというと――、完全に蚊帳の外だった。


(縁って、不思議だな……)


 漠然とした感想を心の内に呟いていた。


 ◇


 そうして、祖父と見藤の間で話が進んでいく――。

 祖父は困ったように口を開いた。


「先ほどの話に戻りますが……。丑の刻参りに使用されたと思われる、藁人形の回収を依頼したいのです」

「分かりました。ひとまず、回収は可能だと思います」

「ありがとうございます」


 縁切り神社での丑の刻参り。それは相手の死をもってして、縁を断ち切るということを意味するのだろう。そして、数ある神社の中でも縁切りとして有名なこの神社を選ぶあたり、なんとも気味の悪い話だ。


 見藤は仏頂面を晒しながら呟いた。


「困ったもんだな。人間の恨みや嫉みっていうのは……」

「全くです。それでは、その場所へご案内しますので――」

「よろしくお願いします」


 見藤はそう言うと、おもむろに立ち上がった。祖父もそれに続き、藁人形が打ち付けられている場所へと案内するという。


 そこで、久保と東雲は留守番を言い渡された。久保は不服そうな顔をする。しかし、見藤に釘を刺されるような視線を向けられれば、それに従う他なかった。


(見藤さん、他人とどこか一線を引いている――。それは仕方のないことだけど……でも――)


 久保が抱いた僅かな違和感。それは言葉にするには、とても小さなものだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ