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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第三章 夢の深淵編

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21話目 藪の中の荊の生さぬ仲③


 見藤が事情を聞けば、沙織は元々、来年の春から全寮制の高校へ進学を決めていたというのだ。学費や寮の生活費などは心配いらないという。


 例の身勝手な養父が親の責任を果たすのか怪しんでいた見藤は、訝しげな表情を浮かべた。そんな彼の胸中を読んだのか、沙織は悪戯な表情をして「隠し財産」と少しだけ笑って見せたのだった。


 養父には、母方の親戚が支援を申し出てくれたと説明しているらしい。その話をすんなりと信じるものだから、彼女の進学のことなど頭の片隅にも置いていないようだ。隠し財産というのも、恐らく彼女の母が人間社会で過ごしていたうちに用意していたものだろう。


 人間社会で生きるには金がいる。人も妖怪も、それこそ平等に。彼女達はそれを十分に理解していたのだ。

 

 沙織は語る。入寮までは今まで通り養父の元での生活になる。それは仕方のないことだと割り切っている。


 彼女なりに人間社会で生きて行くには、どうすればいいのか模索していたようだ。見藤は「余計なお節介をしたな」と謝罪する。しかし、彼女は見藤の言葉に首を横に振った。


「ううん。心配してくれて嬉しかった。時々、ここに来てもいい?」

「ん?」

「おじさんと話すと気持ちが少し、楽になるから」

「そうか、構わない。一度、助手達に会ってみるといい。いい奴らだ」

「ありがとう。ちょっと、楽しみ」


 見藤と沙織、二人が和やかに会話をしていた。

 その時――。屋内であれば、立ち込めるはずのない霧が充満していく。それは見藤がよく知る、霧。


 立ち込めていた霧が薄くなったかと思えば、(あらわ)れる艶やかな黒髪が見藤の目を引く。しかし、その動きは穏やかではない。――霧子が沙織に掴みかかろうとしたのだ。


 それに気付いた見藤は慌てて立ち上がり、沙織を背に庇うように前に出た。そこまでは良かった。


 見藤が目の前に出てきたと気付いた霧子は咄嗟に、動きを止めようとした。だが、体は突然に止まれない。大きく態勢を崩した霧子。

 それを見た見藤は、これまた咄嗟に抱き留めようと腕を広げた。


「霧子さん、危なっ……!」

「わっ、!」

「ぶっ!!?」


 体格に恵まれた見藤でも、長身である霧子を抱き留めるには些か困難。彼女を抱き留めると、そのまま押しつぶされるように、床へ倒れ込んでしまった。

 衝撃が治まると腕の中に感じる霧子の存在。見藤は慌てて彼女を見上げる。


「怪我は!?」

「ある訳ないじゃない……」

「よかった……」


 返答を聞いてほっとした表情浮かべる見藤に、ばつが悪そうに霧子は顔を背けた。


 霧子を抱き留めていた腕をそっと、どかす。彼女はこれまた気まずそうに体を起こし、見藤から離れた。

 一連の流れを眺めていた見藤は少し視線を横に逸らす。すると、鋭利な木の角に目が留まった。危うくローテーブルの角に頭をぶつける所だったと、人知れず冷や汗を流した。



 そうして、二人が体を起こし終えると、心配そうに見やる沙織がいた。沙織は突然のことで理解が追いついていないのだろう。なんと声をかければいいのか迷っている様子だ。


 そんな沙織を一瞥(いちべつ)すると、霧子は言い放つ。


「私は嫌よ。……この子がここに来ること」

「なん――」

「あんたの心に入り込むから」


 間髪いれず答える霧子。

――心に入り込む。それは見当違いだと、見藤は彼女に訴える。


「霧子さん、違う。心を読んでいるだけだ」

「それがっ、嫌なのよ!!」


 霧子の声は悲痛に満ちていた。

 どうしてそこまで、この幼い(さとり)を拒否するのか、見藤は分からない。霧子を落ち着かせようと、手を伸ばすが――、その手は無情にも振り払われる。


 それは()()。初めて霧子に拒絶されたのだ。その事実が、普段であれば決して抱かないであろう霧子への苛立ちを、見藤の心に抱かせた。

 見藤は声を上げる。


「この子はまだ子どもだ!!」

「ふざけないで!! ちゃんと、()()()()よ!? どうみても()()じゃない!」


 珍しく霧子に対し声を荒げる見藤。

 それに負けじと声を張る霧子は、そう言って沙織を指差した。突然のことで、体を強張らせる沙織。


 怪異と妖怪。人ならざるモノ同士、通じるものがあるのだろうか。霧子の目に視える沙織は成体。要は人でいう大人だという。

 そうだとすれば、沙織の母親である(さとり)が彼女を置き去りにしたことも、妖怪の尺度で物事を考えるならばある程度頷ける。

 妖怪の世であれば、独り立ちするには十分な齢とでもいうのだろうか。


 霧子の剣幕に、怯えた表情をする沙織を見藤は背に庇う。その行動が余計に霧子の感情を逆撫でする。だが、見藤は気付かない。

 霧子の感情は、怪異らしく異常なまでの独占欲だ。


 人の物事の尺度と、怪異の物事の尺度。

 それが顕著に異なることを示している。だが、頭に血が上っている二人は互いに気付かない。それとも、長く共にいた時間が、その違いを忘れさせているのか。最早、どちらなのか分からない。


 見藤は霧子を見据えて、言葉を続ける。


「それでも人間社会では子どもだ。この子が人間社会で生きると決めたなら、俺は人の物事の尺度でこの子を見なければいけない」

「屁理屈よ!」


 霧子は一向に見藤の言葉に耳を貸そうとしない。


「怪異を知る俺は、この子の手助けをしなければならない」


――どうしてそこまで断定的に話すのか。霧子は見藤の考えが理解できず、唇を噛んでいる。


 それは「大人は無条件に子どもを守るものだ」という見藤の矜持だった。それが人であれ、怪異であれ。見藤にとって、その違いは些細なことでしかない。


 見藤は目を伏せる――。

 あの忌々しい村を出た後に訪ねたキヨの元。あの時のキヨがどうして自分を「子どもだ」と言い聞かせ、庇護したのか。今ならその考えが理解できる。

 そして、沙織の養父が責任を放棄するのであれば。少しでもその責任を負うことができるのは、怪異・妖怪と言う人ならざる存在を理解できる自分だけなのではないか。


 妖怪である牛鬼が見藤を育てたように。キヨが少年だった見藤にそうしたように。大人となった見藤が似たような境遇の子にできること。

 それは人間社会に慣れるまでの手助けだと、責任感に縛られる。それが例え、ほんの少しの間。彼女の心の拠り所となることだとしても――。


「今回ばかりは、譲れん」


 見藤に強い口調で言われてしまえば、折れるのは霧子だ。


「っ……! もう、馬鹿!!」


 霧子が吐き捨てた言葉は、酷く切なげだった。

――そうして、霧子は姿を消してしまった。


 その場に残された見藤は、大きく溜め息をつく。いくら霧子であっても今回ばかりは、見藤が折れる訳にはいかなかった。しかし、それは余りにも互いに言葉足らずだった。


 見藤がどうしたものかと眉間を押さえていると、後ろから控えめにジャケットの裾を引っ張られる。振り返ると、不安そうな表情を浮かべる沙織がいた。子どもの目の前で大人げもなく喧嘩をしてしまったと、はっとする。

 見藤はなるべく柔らかな口調で語り掛ける。


「…………悪い。怖がらせたな」

「大丈夫」


 そうは言うが、沙織はジャケットの裾を掴んだ手を離さなかった。


 それから、沙織を自宅へ返した。その折、遊びに来る以外でも困った事があれば、いつでも事務所を訪ねるといいと伝えておいた。



 事務所に一人となった見藤は、全身の力が一気に抜けたようにソファーに座り、体を沈める。その頃には、霧子とのひと悶着が胸のわだかまりを更に大きくしていた。


 霧子は時折、少年だったあの頃から随分と時間が経っていることを忘れているような節がある、と見藤は感じていた。


 姿を取り戻す前の、欲に呑まれた白澤(はくたく)に眼を奪われようとしたとき然り。どこまでも、怪異や妖怪の類いから見藤を守ろうとする。


「いつまでもガキ扱いか……」


 少し悔しそうに呟いた声は静まり返った事務所にはえらく大きく響いた。



* * *


 それから数日後。

 見藤は霧子と何度も話し合いを行い、彼女を説得しようと努めた結果――。事務所には沙織の姿があった。


 見藤は沙織を皆に紹介する。


「えー。しばらくうちの事務所に出入りするから、よろしく頼む」

「沙織です」


 沙織は霧子を前にして多少、萎縮してしまっている。だが、その表情は心なしか明るいように窺える。


 そして、仏頂面でそう話した見藤の頬には、平手打ちをされたであろう赤い痕が痛々しく残っていた。そんな見藤に対してソファーに座り腕組みをしている、あからさまに機嫌が悪い霧子。


 これは誰がどう見ても、見藤の頬に平手打ちの痕を残したのは霧子だろうと理解できる。


 目の前の状況に目を白黒させているのは、久保と東雲の二人と猫一匹だ。如何せん、頭で処理する情報が多すぎる。

 ただ、一言。東雲の言葉が全てを物語っていた。


「余計に拗れとる」

「ばっか、正直に言うなよ!」


 東雲の容赦のない言葉が、見藤と霧子に突き刺さる。慌てて久保が東雲を咎めるが、時すでに遅し。

 猫宮は久しぶりに事務所に戻ると、新たに居ついた怪異を一瞥(いちべつ)する。その次には大きく溜め息をつく。


「見藤ォ……お前またやらかしたのか。怪異たらしめ」

「違う。今回ばかりは、俺は悪くない」

「お前がはっきりそう言うとは珍しいなァ」


 猫宮の茶化しにも応じない見藤は依然、仏頂面だ。見藤のその言葉を聞いた霧子は、おもむろに立ち上がり、瞬く間に姿を消してしまった。


 見藤と霧子。二人の険悪な雰囲気に久保は、あわあわと動揺している。そして、流石に沙織も思う所があったのだろう。事務机に向かっている見藤を振り返ると、少女らしからぬ助言を贈るのだった。


「思っていることは伝えられるうちに、伝えておいた方がいいよ」


 沙織の言葉を受け、気まずそうに見藤は小さく呟く。


「……まぁ、いずれな」


 見藤は心情を誤魔化すように首の後ろを掻いた。しかし、沙織は言葉を続ける。


「ちゃんと言わないと伝わらない。伝えようとしたときには、傍にいないかもしれない。本当はおじさんがお姉さんのこと、すごく大切に思ってるってこと。でも人には人の、譲れない何かがあるってこと」

「ん、……お高いカステラで勘弁してくれ。霧子さんには言うな」

「了解」


 こうして見藤は沙織に高い口止め料を払うことになった。


 今日は沙織を久保と東雲に紹介する場だったのだが、意図せず険悪な雰囲気にしてしまったと、見藤は皆に謝罪する。すると、またもや東雲から厳しいお言葉が飛んできた。


「早う、霧子さんと仲直りして下さいね」

「全くですよ」


 見藤から出されたカステラを頬張りながら、そう悪態をつく久保と東雲は一体誰に似たのやら。


 久保と東雲は新しくできた妹分とも呼べる沙織が可愛いのか、さっそく世話を焼いている。カステラを分け与えようとしたり、飲み物はいならいか、など甲斐甲斐しい。そんな裏表のない好意が嬉しいのか、沙織も満更でもなさそうだ。


「……できた助手達だな」


 机に頬杖をつきながらそう呟いた見藤は、彼らがこの先も今のまま心穏やかに過ごせるように願うのだった。


 しかし、それは自分が直面している、霧子と喧嘩別れをしてしまったという難題に目を背けているだけだ。その難題を思い返すと、見藤は頭を抱えてしまう。


 そんな見藤を尻目に、沙織を温かに迎え入れた久保と東雲は楽しそうに交流を深めている。前回タルトを食べ損なった猫宮に東雲が気を利かせ、猫缶を開けてやろうと、少しその場を離れる。

 すると、沙織は久保を見つめて何やら意味深な言葉を投げかけていた。


「お兄さんは、私と同じだったんだね」

「ん?」

「孤独を抱えてた」

「…………()()、違うよ」

「そうみたいだね」

「大丈夫だよ、心配ありがとう」


 そう言って笑う久保はいつも通り、好奇心旺盛で怪異事件に首を突っ込みがちな見藤の助手、そういう顔をしていた。


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― 新着の感想 ―
こんばんは。続きを拝読しました。私は物語を読みながら感想文を書いているので、いつにも増して読みにくい文になってしまっているかもしれません。すみません。 東雲ちゃん、推しに思われる推しが好き、みたいな…
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