4話目 出張、京都旅。人を呪わば穴二つ
お守りの一件以来。東雲は事務所を訪れるようになった。きちんと久保を介し、見藤の許可を得てから尋ねて来る。
そんな東雲に、初めは警戒していた見藤も、次第に彼女の訪問が日常の一部となった。
その折、東雲がめげずにアプローチし、見藤が断る――という、珍妙な場面がよく見られた。見藤としては「色恋沙汰は若い二人で勝手にやってくれ」と言うが、当人たちはその気がない。思わぬ言葉に、久保と東雲は苦い顔を見合わせたものだ。
やがて、世間では大型連休とされる頃に差し掛かろうとしていた――。
事務所では見藤が今日も机に向かい、作業をしていた。そんな中、久保は見藤から告げられた言葉を繰り返す。
「出張ですか?」
「あぁ、少しな。京都でちょっとした仕事だ」
大型連休を利用して、見藤は京都に赴くようだ。――仕事、つまりは怪異に関する調査なのだろうか。
現代において都市伝説の怪異、妖怪といったオカルト的概念は根強い。そのため、この手の怪奇事件が全国に及ぶと想像に容易い。
その依頼は一体、どこから持ち込まれるのか。久保の好奇心は底を尽きない。
(同行したい、けど――。見藤さん、秘密主義だからなぁ……)
心の内に呟くと、ばちりと見藤と視線がかち合った。すると、見藤は小さく溜め息をついて、意外な言葉を口にする。
「……来るか?」
「え、良いんですか!?」
思いがけない提案に、久保は驚きの声を上げた。すると、見藤はいつもの仏頂面から一転。頬杖をつき、にやりと笑ってみせたのだ。
「旅費は自分で払えよ?」
「やった! ありがとうございます!」
「助手として頑張ってもらうぞ」
ただのアルバイトから、怪奇事件の謎を調査する助手へ昇格だ。
久保は心が躍るようだった。――見藤から信用されている、頼られている、そんな気持ちになったのだ。
しかし――、出立の当日。
久保の目の前に差し出されたのは、アタッシュケースのような形をした木箱だ。上等な品なのだろう。木目が美しい。
にやりと笑う見藤。何故、同行を許されたのか理解した瞬間だった。
久保はわっと声を上げる。
「助手って――、ただの荷物持ちじゃないですか!」
「ははっ、そんなことはないぞ。――多分」
「もう!」
悪態をつき、木箱を受け取った。そのまま言葉を続ける。
「猫宮はお土産を要求してくるし、東雲さんは実家に帰るって言うし。皆、思い思いに……!」
「君もそうだろう」
「そうですけど!」
他愛ない会話をしつつ、新幹線で向かう先は京都だ。
気を取り直し、久保は旅行気分を満喫していた。しかし――、県境を越えた途端。窓に張り付き、ぎょろぎょろと、こちらを覗き込む怪異が出迎えた。
久保は驚き、叫んでしまう。そうなれば、周囲の奇異な目に晒されるのは必然。久保はその空気感に堪え切れず、意気消沈したのであった。
見藤は呆れたように鼻を鳴らす。
「目を合わせるなと言っただろうが」
「だって……」
ぐうの音も出ず、久保は口ごもる。すると、見藤は小さな溜め息をつき、言葉を続けた。
「古都というのは昔から怪異が多い。そういう伝承が多いからな。認知の力も働きやすいし、それによって怪異もそれなりに力を持つ。そういった奴は特に視えやすい」
「それは……。事前に言っておいて欲しかったです……」
久保は抱えた木箱に顎を乗せて、拗ねた態度をとる。木箱のひんやりとした感触が、せめてもの慰めだ。
そうして――、二人は駅に降り立つ。
久保は傷心さながら、とぼとぼと見藤の後をついて行く。そこでふと、木箱の中身が気になった。先を歩く見藤の背に向かって、声を掛ける。
「ところで、この箱はなんですか?」
「あぁ、俺の呪い道具だ。今回の目的は道具の修繕と補充だな」
――呪い。その言葉を再び耳にした久保は首を傾げる。
そんな久保を目にした見藤は、少し渋い顔をしながらも答えた。
「……まぁ、呪いと似たようなものだ。呪いと呪いは表裏一体。良い事にも、悪い事にも使われる」
「え……っ!?」
「あ、おい、落とすなよ」
見藤の言葉に驚いた久保。危うく木箱から手を滑らす所だった。慌てて抱え直す。
呪いと聞いて抱くイメージは、呪術や蟲毒。さらに呪いの藁人形、その他諸々。それに使用する道具が、この木箱に入っていると言うのだろうか――。
(でも、見藤さんは人のために使っていたような……)
久保が目にしてきた見藤の「呪い」は人を助けるものだった。久保を迷い家から連れ戻した時、東雲のお守りを直した時。
そう考えると、悪いものではないような気持ちになった。
* * *
京町屋が軒を連ねる伝統的な風景に胸を躍らせながら、人で賑わう街道を闊歩する。
久保は見藤の後を追う。目的地は中心街から少し外れた場所にあり、【小野小道具店】と看板を掲げていた。藤棚の咲く中庭が覗く、歴史ある京町屋だ。
赴きある店の佇まい。久保は見藤に向かい、尋ねる。
「お土産屋さん、ですか?」
「表向きは、な。よく視ておいてくれ」
見藤はそう言うと、屋根を指差した。屋根の上に鎮座するのは鍾馗と呼ばれる、大きな眼に髭を蓄えた老人の姿をした魔除けの像だ。
鍾馗は向かいの店を睨んでしまわないよう、視線を上方向にずらしたものが多いらしい――しかし、この鍾馗はじっとこちらを睨んでいる。
見藤の言葉通り、久保が注視していると――。
「うわっ、動いた……!?」
「よし、入るぞ」
「え、ちょっと! 見藤さん……!」
鍾馗が一回転した瞬間。見藤は店の中へと入って行く。久保も慌ててそれに続いた。
店内に足を踏み入れると、そこは土産屋と呼ぶにはかけ離れた内装をしていた。壁一面に木製の薬棚が置かれており、所々に乾燥させた植物が吊り下げられている。それと、変な置物。カウンターには牛柄をした老描が一匹、日向ぼっこをしていた。
見藤は平然とした様子で語り始める。
「表向きは土産屋、裏の顔は怪異事件を総括する情報屋ってところだ」
「へ、へぇ……」
思いがけない奇妙な体験に、久保は間の抜けた返事をする他なかった。
すると、二人の来店に気付いた店主が、声を掛けてきた。
「あぁ、いらっしゃい。事前に言われた物なら揃っているよ」
「悪いな、キヨさん」
「いいさ」
キヨと呼ばれた店主。彼女は気品ある老婆だった。白髪と言うには綺麗な銀髪を後ろで結わえ、着物の上に割烹着。その背筋はまっすぐ伸びている。
二人は顔馴染であるようで、親しげに話している。すると、店主は久保に気付くと軽く会釈をした。つられて久保も会釈を返す。
すると、店主はしみじみとした様子で見藤に話し掛けた。
「お前さんが人を連れて来るなんて珍しいねぇ」
「彼は助手だな」
「まぁ、丸くなったもんだ」
「……からかわんでくれ」
見藤は店主に久保を紹介した。――二人のやりとりからして、見藤は店主に頭が上がらないようだ。すると、店主は意味深な笑みを浮かべながら久保に声を掛けた。
「こき使われると思うけど、頑張って」
「はは……」
それは見藤の書類仕事のことだろうか、と思い至る。久保の口から、乾いた笑いが溢れた。そこではたと、店主に尋ねる。
「情報屋とお聞きしたんですが……」
「あぁ、それはねぇ――」
途中、見藤が「まずい」という表情をした。しかし、時すでに遅し――、年寄りの話は長いものだ。
小野小道具店は代々、何世代も受け継がれてきたそうだ。見藤のように怪異を相手とする仕事を生業とする者。祈祷師、拝み屋、霊媒師。そういった者たちが呪いに使う道具を求めてやってくるのだという。
――怪異や妖怪、心霊現象の情報も、そのひとつだ。時に、情報は何物にも代え難い武器となる。
「この店は情報のハブだ」
長話の合間、見藤がそっと久保に耳打ちする。
「俺が怪異事件の調査に駆り出されるのは、この婆さんのせいだ」
彼は嫌味ったらしく、辟易とした表情で語った。
久保は驚き、店主を見た。彼女はなんら普通の老婆だ。そんな老婆が世にも奇妙な世界の情報を統括し、呪い道具を扱う専門店を切り盛りしている。この店主は一体、何者なのだろうか。
――そんな久保の疑問と好奇心に応えるように、店主の長話は続く。
何故、そういう店となった経緯だが。京都には小野篁という人物の、あの世にまつわる伝説が残されているのは有名な話。この店主、名を小野キヨと言う。
小野妹子の子孫であるとされる小野篁。彼の子孫とされる小野小町。その小野小町の子孫が切り盛りしているのが、ここ小野小道具だ、そうだ。
古より呪いが盛んだったと伝わる京都と、あの世とこの世を行き来し、夜は地獄の裁判官の補佐官をしていたと伝えられている小野篁。その子孫の子孫が、こうして呪い道具店を営む。それは代々受け継がれて来た役目だという。
――まさか歴史上の人物の名をここまで列挙されるとは思わなかった。
久保の呟きは素直な感想だった。
「小野さんが多すぎて、全く説明が頭に入ってこないんですが……」
「とどのつまり。ここは歴史ある呪い道具屋だってことだ」
要約すると、見藤の言う通りだろう。
久保がキヨの長話を聞かされているうちに、見藤は道具の確認を終えた様子だ。パチン、と木箱を閉じる音が店内に響いた。
すると、老猫が見藤の足元に擦り寄った。見藤もまんざらでもなさそうに、老猫の顔を撫でている。
キヨは微笑ましそうにしながらも、何か思い出したことがあったのだろう。その次には心配そうな表情を浮かべ、見藤へ声を掛けた。
「今年の夏は少し大変そうだねぇ」
「まぁ、何とかやるよ」
「十分、気を付けるんだよ。まぁ、調査が終わったら情報は買い取るから」
「あぁ、よろしく頼む」
二人の会話から察するに、見藤は怪異による事件・事故の実地調査をし、その情報をキヨに買い取って貰っている。見藤の元に持ち込まれる依頼と言うのは、彼女からの斡旋だ。それ故、報告書という膨大な書類仕事に追われる羽目になっている。
キヨの長話は続く。
「そうそう、この間は煙谷さんがうちに寄ってねぇ」
「……あいつの話はやめてくれ」
「まぁ、そう言わずに。そうだ、お前さんがうちに寄ったからには、お願いしたいことがあって ――」
なんとも口が達者な店主だ。
続く長話。久保は次第に時間を持て余し、手元で観光地を調べ始める。出張の目的は達成されたため、残り時間は観光できると息巻いていた。
すると――。
「知り合いの神社の境内に藁人形が数体、見つかってねぇ。ここ最近、頻発しているみたいで。知り合いも高齢なものだから、呪いを解くのも一苦労なのさ」
「そういうのは俺の仕事じゃ……」
「お前さんじゃないと太刀打ちできないよ。まぁ、お礼はするから」
「……お礼」
久保の耳に、なんとも不穏な会話が聞こえてきた。
久保は知っている。現実主義である見藤に「お礼をする」という言葉は絶大な効果を発揮する。それも長年世話になっているであろうキヨからの頼み。見藤が断れないことは目に見えていた。
見藤は悩んだ素振りを見せた後、渋るように口を開いた。
「はぁ……分かったよ」
「まぁ、助かるよ。紙に住所を書いておくから。それと、知り合いにも伝えておくよ」
「お願いしマス」
見藤の顔に疲れが見えたのは、気のせいではないだろう。
こうして、久保の京都観光計画は潰え、代わりに呪いの藁人形を回収する、という物騒な予定変更となった。
※小野 篁の子孫が小野小町というのは色々諸説あり。