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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第三章 夢の深淵編

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19話目 夢に揮毫を求む


 夏もとうに過ぎ去り心霊・怪談といった娯楽のほとぼりが冷めると、人々は新たな刺激を欲する。一定周期で流行する諸説(しょせつ)紛紛(ふんぷん)な都市伝説が、時に社会現象となることがあるのはその為だろう。


 特にそれは若年層に顕著で、情報伝達の速さが尋常ではない。流行れば廃り、また違うものが流行る。そうして残ったものの認知の力は計り知れない。


 秋の風が清々しく事務所の中を通り抜ける昼下がり。柔らかな風が、窓際に置かれた植木鉢に咲く、見ごろを迎えた竜胆の花を撫でる。


「夢日記……?」

「そうなんです、突然SNS上で流行り始めて」


 久保と見藤はそんな会話をしていた。

 事務所のソファーに座りながら頻りにスマートフォンを操作する久保と、向かい合う位置に座りソファーにもたれかかり、眼鏡をかけて書類に目を通している見藤。その隣には猫宮が暇そうにその短い前足で顔をあらっていた。


 そして、事務所の奥に設置されている給湯室の役割を果たしているシンクの傍には東雲と霧子の姿。彼女達はああでもないこうでもないと言いながら、宝石のような果物が盛り付けられたタルトを切り分けようと奮闘している。


 久保は先の話題について、話を進める。


「自分が夢の中で見た内容をスマホにメモ書き出しただけの投稿なんですけど、それがなかなか面白いそうですよ。支離滅裂な内容だったり、空想じみている内容だったり」

「……それは昔にも流行っていただろう。日記として紙に書くやつだろう?」

「今ではそれもスマホですね」

「えらく現代的だな……」

「はは、そんなものですよ」


 見藤が言うように、睡眠中に見た夢の内容を日記につけるという行為は過去に一度、世間で流行していた時期があったようだ。

 それは夢日記と呼ばれ時代と共に廃れたはずだ。都市伝説として夢日記をつけていると精神に異常をきたすという認知を残して――。


 それが今では形を変え、夢をみた内容をスマートフォンに書き残し、SNS上へ投稿するという近代化をみせているというのだから、流行とは不思議なものだ。二人の会話に興味がないのか、猫宮は大きく欠伸をしている。


 見藤は久保との会話を終えると、後ろを振り返った。東雲と霧子の声が止んのだ。そういう時は少なからず、何かしら良くないことが起こっている、というのが見藤の経験則だ。


「霧子さん? 東雲さん?」


 二人は見藤の呼びかけにも反応しない。――嫌な予感と言うものは当たるものだ。


 見藤と久保が恐る恐る身を乗り出して、彼女らの手元を見る。綺麗に盛り付けられていたタルトは東雲と霧子、二人の奮闘も空しく一角だけではあるものの無残に崩れ落ちていた。


「……ごめんなさい」

「……、東雲ちゃんは悪くないのよ」

「いや、別にそこまで落ち込まなくても……」


 東雲が見藤に対し謝罪の言葉を口にする。霧子はそんな東雲を庇い、首を横に振った。


 誰も責めはしない見藤の言葉はその通りなのだが、二人が言うにはスイーツは見た目も味のうち、だという。そこに更に、見藤が皆にと買ってきたタルトという付加価値の影響がある。だが、見藤本人はそれに気づかない鈍感加減。


 二人のあまりの落ち込み様に見藤は心配する素振りをみせると、そっとソファーから立ち上がり、東雲と霧子が立ち尽くしているシンクへと移動した。

 すると、見藤は東雲から包丁をもらい受ける。そこから見藤が器用にタルトを切り分ける光景に、彼女達は釘付けになっていた。


「と、こうすれば綺麗に切れるはずだ。綺麗な所は皆で食べるといい」

「……あんたってほんと、こういう事だけは器用よね」

「霧子さんの言葉に棘を感じるんだが……」


 そう言って霧子に(たし)められている見藤は完全に眉を下げている。その手には見事なまでに綺麗に切り分けられたタルトを乗せた皿が二人に差し出されていた。

 二人が苦戦したタルトの切り分けを難なくやってのけた見藤に霧子は悔しそうに頬を膨らませていて、反対に東雲はその綺麗なタルトに感激し目を輝かせている。


「はい、東雲さん」

「え、いいんですか!?」

「あと、久保くんにも持って行ってやってくれ」

「分かりました!」


 もう一皿、見藤が差し出すと東雲はぱっと明るい笑顔を浮かべた。そうして両手に皿を受け取ると、ソファーで待つ久保の元へと運んで行った。

 そんな東雲の背中を見送りながら、見藤は最後の綺麗な一切れをのせた皿を霧子に手渡すと、今度はケーキボックスに残されている崩れたタルトをせっせと皿に盛り始めた。


「俺はこっちでいい。霧子さんが取り分けようとしてくれたんだろ」

「それは、そうだけど……」


 珍しく言いよどむ霧子に見藤は目を細めている。見藤からしてみれば霧子が何かしてくれようとしていた事実だけでも、その気持ちだけで十分嬉しいのだ。

 しかし、それを言葉に絶対にしない不器用さは先ほどの手先の器用さと相反していて、それも見藤らしさなのだろう。


 一方、久保の元へタルトを運んだ東雲はというと、先ほど見藤と久保が話していた内容について興味を持ったようだ。その皿をローテーブルへと置くと久保の隣に座り、一緒になってスマートフォンを眺めている。


「夢占い、なんてのもあったよね?」

「あ、確かに」

「丁度、タルト食べとるし、スイーツにまつわる夢占いってどんな?」


 東雲の一言で久保は操作するスマートフォンで新たに検索をかけていた。そうして見る検索結果の中に、二人が納得するような内容はあったのだろうか。


 主に吉夢とされるものが多いのだがその中に、誘惑や甘い罠と言った良くない方向に進むことを暗示している、という内容が二人の目に留まることはなかった。

 そんな二人を一瞥すると、猫宮は顔を洗っていた手を止め、ソファーから降りる。そして向こうで何やら小声で話す見藤と霧子に痺れを切らしたのか、のそのそと猫宮は見藤の足元へと移動する。


「俺の分は?」

「……猫は食べたら駄目だろ」

「俺をただの猫扱いするな!」


 綺麗な形を保ったピースは既に人数分取り分けられており、残るは見藤が持つ崩れたタルトだけだ。残念ながら猫宮の取り分はなかった。そして、見藤の正論に猫宮は渋々とソファーに戻るのだった。

 猫宮の寂れた背中を目にした見藤は、せめてもの言葉を掛ける。


「……いい猫缶、買ってくるから勘弁しろ」

「おう」


 ぶっきらぼうに言い放った猫宮の背中は寂しげだった。


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― 新着の感想 ―
あー、なるほど。認知によって人間をどうこうは出来ませんが、人間の生理現象には認知が適用される、と。これまた面白いですねぇ。そういえば、久保氏も怪異はいるという認知を得て、見えるようになってましたね。案…
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