3話目 東雲あかりの探しモノ②
後日。ことの詳細は省き、久保は東雲に、見藤の元を訪ねようと提案した。
初めは驚いていた東雲。だが、事情を話すと、彼女もお守りを度々紛失することに頭を悩ませていたのだろう。遠慮がちに口を開いた。
「え、久保君のバイト先にお邪魔してもいいの?」
「うん。お守りの件、相談したら遊びにおいでって。見藤さんも構わないって言ってくれたから」
「見藤さん……って言うんだ」
「そういう事に詳しい人みたいだから、きっとなんとかしてくれるよ」
「へ、へぇ……」
久保の最後の言葉は東雲の顔を引き攣らせた。聞こえようによっては、久保は霊感商法に騙されているカモだ。しかし、背に腹は代えられないと、東雲は提案を受け入れる。
そうして、二人で事務所へ向かうのだった。
* * *
事務所の扉を開いた瞬間。誰も予想できなかった事態が起こった。
―― 阿鼻叫喚という言葉が、その状況を提言するには最も相応しかっただろう。
東雲は見藤を見るや否や、耳をつんざくような悲鳴を上げて、気を失った。猫宮はその声の大きさに驚いて、脱兎のごとく逃げ出す。その脚力の犠牲になった書類が、辺りに散乱した。
見藤は慌てて東雲を抱きとめようとしたが、遠くに居たため間に合わず。久保の愚鈍な反射神経では間に合わず。結果、近くにいた霧子が持ち前の反射神経で東雲を抱きとめたのだった。
東雲はソファーに寝かされ、青白い顔でうなされている。そんな彼女を心配そうに見つめるのは見藤と霧子だ。久保は少し離れた所で見守っていた。
見藤はどうしたものかと、頬を掻きながら口を開く。
「どうして、こうなったんだ……?」
「この子、大丈夫かしら?」
その問いに返事をする者は誰もいなかった。
ソファーの下に逃げ込んだ猫宮が、ようやく顔を少し覗かせたときだ。何かに気付いたように、見藤は久保へ声を掛ける。
「なぁ、久保くん。この子のお守りはあるか?」
「お守り……あ、そうだ!」
衝撃的な出来事に忘れかけていたが、東雲が持つお守りの件で見藤の元を訪ねたのだ。
久保は東雲の鞄からお守りを探し、見藤に手渡す。彼女から予め場所を聞いていたのが幸いだった。
「ん」
見藤は短く返事をすると、お守りを手に取り、指で軽く弾く。その次には、お守りの口紐を緩め、中身を出し始めた。
見藤の思わぬ行動に、久保は驚きの表情を浮かべる。
「えっ……!? 罰が当たりそう……」
「俺には当たらん」
見藤は軽く笑い、久保の率直な感想に軽口を叩く。遂にはお守りの中身を完全に出してしまった。それは御神璽と呼ばれるもので、神が宿るお札とされている。
見藤は御神璽を広げた。折り畳まれた紙には文字が書かれていたが、一部が黒く滲み、端にはかじられたような痕跡がある。見藤の目が一瞬鋭くなり、久保は背筋に冷たいものを感じた。
じっと、御神璽を眺めていた見藤は納得したように頷いた。
「これか」
「見藤さん、それって……?」
「まぁ、呪いは得意な方でな。なんとかなる」
―― 呪い。その言葉に久保は首を傾げる。
呪いと言うと聞き覚えはある。しかし、呪いと言えば、人が人の不幸を願うよくないもの、という印象が強い。
しかし、見藤の口ぶりは軽やかだ。彼は事務机に向かい、ものの数分で作業を終えたようだ。見藤は新しくなった御神璽をお守りに収めた。
そのとき、東雲が勢いよく目を覚ました。
「はっ……!?」
彼女は髪の毛をぼさぼさにしながら、勢いよく起き上がる。放心したまま数分が過ぎ、ようやく意識がはっきりしたようだ。
周囲を見回し、久保で視線が止まる。すると、気絶してしまったことを思い出したようで、ばつが悪そうな表情を浮かべる。しかし、見藤に視線を移すと顔を青くしたのだ。
久保は東雲の目線を追ってみる。東雲の視線は見藤の背後に注がれている。
すると、見藤は申し訳なさそうに眉を下げ、彼女の傍らにしゃがむ。差し出した、東雲のお守り。
「すまなかったな。これで大丈夫だ。お嬢さん、君のお守りだ」
お守りを手渡されると、東雲の顔に血色が戻ったようだ。彼女は見藤の穏やかな笑みに、目をぱちくりさせていた。
そうして――、東雲は小さく呟く。
「お守りのおにいさん?」
「ははっ、俺はお兄さんという歳じゃないな」
見藤は冗談めかして笑い、穏やかに続けた。
「君は、視えるんだな」
その言葉に、東雲は小さく頷く。――他者に霊感体質を言い当てられたのは初めてだった。お守りを握っていると、あの黒い靄は視えない。それが、彼女に確信を与えた。
幼い頃に神社の神様に祈った願い。お守りを拾ってくれたお兄さんへお礼を言いたい ――、それは久保を介して縁を繋ぎ、彼女の願いを叶えたのだ。
縁による再会。稀有な事象を見藤は知る由もなく、時間が過ぎる。
すると、ソファーの下から這い出したのは猫宮だ。ようやく気分を落ち着かせ、気を取り直したかのように言った。
「それで見藤に驚いたのか。こいつには憑いてるからなァ。あー、耳がキーンとするぜ」
「…………ひっ!?」
「げっ!? 妖怪も視えるのか、この小娘」
東雲が再び悲鳴を上げ、気を失う。猫宮の軽口により、冒頭の再現となってしまったのだった。
見藤が猫宮を睨み、霧子が困ったように笑う。久保はただ肩をすくめるだけ。
「いやァ、悪い……」
皆の視線を一身に受け、珍しく縮こまる猫宮だった。
◇
「本っ当に、申し訳ありませんでした!」
そうして、目を覚ました東雲は盛大な謝罪をしたのだった。彼女は事情を語る。―― 実家が神社であること、霊感体質であること。祖父からのお守り、頻繁な紛失。
対面したソファーに各々が腰掛け、静かに話を聞いていた。
見藤は静かに頷き、ひとつの可能性を語る。
「霊感体質の人間は、霊や怪異に好かれやすい。お守りを頻繁に紛失していたのも、守りが邪魔だったんだろう。今後も肌身離さず、持っておきなさい」
「はい……」
頷いた東雲は話の折々で、見藤へちらちらと視線を送っている。まだ怖がられていると思ったのだろうか、見藤は申し訳なさそうに眉を下げるばかりだった。
すると、そこへ声を掛けたのは霧子だ。
「怖かったわね、もう大丈夫よ」
「霧子さん……!」
その言葉に、東雲は目を輝かせる。ソファーに並んで座って身を寄せ合う程に、東雲はすっかり霧子に懐いていた。女性同士の安心感もあるのか、すっかり打ち解けている。
久保は、ほっと胸を撫で下ろした。
「これで解決ですね。ありがとうございます、見藤さん」
「久保くんはバイト代から依頼料天引きだからな」
「えぇー……」
「当然だ」
繰り広げられる、アルバイト代を巡る攻防。霧子がくすくすと笑う中、東雲が意を決したように口を開いた。
「あ、あの……失礼を承知でお聞きしますが! 見藤さんはご結婚されていますか!? いえ、この際、恋人とか!?」
「…………………………はい?」
一同は目を丸くする。見藤はどうにか聞き返すが、声が裏返っていた。
その次には、捲し立てるように喋り始める東雲を誰も止められなかった。
「いや、あの、うち実家が神社なんですけど、私一人っ子なものでして……。神社を継いでくれそうな人を探しとるんです!! できれば、霊なんてのが視える人がいいなぁ思うてて。多分、お祓いとかあるんで!? どうですか、見藤さん!! お婿に来てください!」
―― なんとも頓珍漢で、熱烈な告白だった。
最後の言葉は「どうですか」と聞いておきながら断定的な物言いだ。熱の入りように、方言が出ていることに、東雲は気付いていないようだ。
一同が東雲の剣幕に圧倒され、何も言えずにいる中――。
「どうですか、見藤さん!!!!」
ダァン――!!! と、東雲は見藤とを隔てるローテーブルを両手で強く叩いた。感情もさることながら、物凄い勢いで前のめりになっている。
見藤と霧子、久保でさえ、出会った時の怯えた印象と全く異なる東雲。その姿を目にして、本当に同一人物かと混乱しているようだ。
――霊感体質により、暗く俯きがちになっていたために抑圧していた、東雲の本来の行動力。その抑圧が解き放たれ、爆発した彼女の行動力は恐ろしい。
しばらく放心していた一同だったが、真っ先に東雲の言葉を理解したのは見藤だった。怪異に遭遇しても、平常心を失わない彼が、珍しく慌てふためいている。
「…………え、えぇ!? お断りします!」
「なぜですか!」
「いや、駄目だ……! 俺は犯罪者にはなりたくないぞ!」
「私、とっくに成人していますよ!!」
「そういう問題じゃないデス……! そもそも、俺は霧子さんを大事に ――」
間を許さない東雲の追及。見藤はその先の言葉を噤んでしまった。霧子に助けてくれと目線を送っている。
だが、霧子は目の前で何が起こっているのか理解できておらず、顔を赤らめ、放心状態。どうやら助け船は期待できないようだ。
足元で猫宮がケタケタと笑っている。東雲の爆弾発言によって右往左往している見藤が、あまりにもおかしかったようだ。
そんな猫宮を恨めしそうに見やりながらも、見藤は東雲にはっきりと断りを入れる。
「いや……いやいや! 君の幸せを第一に考えなさい! 若い行動力が怖い!」
「正直言って、見藤さん。私の好みです!」
「いや、お断りさせて頂きます!」
東雲の押しようは凄まじく。見藤、年甲斐もなく渾身の悲鳴である。彼は堪らず、霧子の名を目一杯、叫ぶ。
「き、霧子さん!」
「はっ……!? えっ……? そ、そうよ! こいつはダメなの!」
会話の内容がワンテンポ遅れているが、ようやく覚醒した霧子が参戦した。
「どうして、霧子さんの方が動揺してるんですか……」
霧子の慌てた様子に、久保の率直な感想は誰も聞いていなかった。
この一連のやり取りをみれば、見藤と霧子の関係性は示されたようなものだ。だが、行動力の化身である東雲には通用しなかったようだ。
「見藤さんと霧子さんは、どういったご関係で!?」
「それ聞いちゃうんだ!?」
空気を読まない東雲に、久保はツッコミを入れる。しかし、そもそも気になっていた見藤と霧子の関係。久保の好奇心も相まって、東雲の追及を本気で止める気はなかった。――薄情者である。
白黒はっきりと答えを求められた二人。だが、見藤は現実逃避をしているのか目を瞑って眉間を押さえている。一方の霧子は顔を赤く染めて「えっと、あの」と、その後に言葉が続かない。
すると、見藤は深い溜め息をつき――。
「まず、そういうことなら君のお眼鏡には敵わない。……残念ながら、霊は視えない。視えるのは怪異、妖怪の類だけだ」
「え……、でも、お守りのお兄さん……。どうしてですか……?」
「どうしてって、言われてもな……」
食い下がる東雲に、説明するのが面倒になったであろう見藤は、霧子に視線を送る。
すると、霧子はさらに顔を赤らめながら、口を開く。
「えっ、それは、その……。こいつのことは、私が一番よく知っているけど……」
「その言い方は勘弁してくれ……」
再び頭を抱えることになった見藤。―――― こうして、怪異相談事務所に賑やかな面子がひとり、増えたのだった。