15話目 動き出す、凶兆②
檜山が語った情報はこうだ。
昔、その村では村人が一人、また一人と惨殺されるという事件が起こった。そして、それは必ず体の一部の臓器が綺麗になくなっていた、というのだ。
村人たちは恐怖し、団結を強めたが、これは村の内部で起こった話だ。
その当時、まだ交通など人の足か馬の時代だ。それほど人が行き来するような土地ではない。よそ者が来ればすぐに分かる、来客と言っても村人の監視がついている。ということは、その犯人は村の中に潜んでいるということになろうか。
村には面倒見のいい若い男がいたそうだ。村人達はその男をとても頼りにしていたという。しかし、ある時。その怪奇殺人の犯人が捕まったとされ、村人達はその犯人の顔を見て驚愕した。犯人は、その面倒見のいい若い男だった。
なんでも、惨殺した遺体から臓器を取り出して、臓器売買を行っていたというのだ。そして、その臓器を買っていたのはどこの誰なのか、真相は分からないまま、その男一時は逮捕された。
しかし当時、精神状態の異常をきたしているとされ、結果釈放。その村に帰されたと。その後、どうなったのかは記録にも残っていない。
◇
「そんな臓器売買と言った、いわくのある田舎で行方不明者、あからさま過ぎるような気がしますが……、何かあるかと。記者の勘ってやつです」
鼻を鳴らしながら、檜山は話を締めくくった。
見藤は眉間を押えながらも、彼女の話を静かに聞いていた。見藤にとって村というのは忌まわしい物の対象だ。ましてや人にまつわる、そのようないわくが残っている村など、既に嫌な予感で頭痛がするというものだ。
檜山の話を聞き終えた見藤は大きな溜め息をつき、率直な疑問を煙谷に投げかけた。
「それは……、怪異絡みである確証は? どちらかと言えば、過去人間が起こした事件、今回は事故、という線は?」
「怪異の間で人間の臓器は生薬として重宝される、と噂話があると言ったら?」
「……少し話は変わってくるな。だが、そんな話は聞いたことがない。その事件は大分昔の話だろう、昔からそんな話があれば俺の耳にも入る」
そう断言できるのは、見藤の特殊な育ちからだろう。
見藤の言葉を聞いた煙谷は肩を竦めながら、自らの意見を述べる。
「それは分からない。あぁ、勿論そんな人間の臓器が怪異に効くなんて嘘だと思うよ。というか、そもそも怪異……妖怪の類が病気になるって、少なくとも僕は聞いたことがない」
「そんな物が出回っているとして……何故、怪異が嘘をつける」
「さぁ、僕も分からない」
分からないことだらけだな、と煙谷を見て皮肉に笑う見藤。
例のおしゃべりな鳴釜も、怪異は嘘をつけないと断言していた。それよりも前に見藤の経験から言わせても、怪異は嘘をつくことはできないという制約は確かだろう。それは人で言う、言霊だというのだ。
嘘を現実にしなければならなくなる。例えそれが自身で無理だと分かっていても。そうしなければ、その制約を破った罰がその者を待ち受けるのは想像に容易い。
皮肉に笑った見藤とは対照に、不意に煙谷は真面目な口調で話し始めた。
「婆さんはこの一件と、この夏の事象を切り離して考えているようだけど……。僕は違うと踏んでる」
「あれか、霊魂を喰らう認知の浅い怪異」
「それだけじゃない、」
煙谷のその言葉に見藤はこれまで視てきた変異した怪異を思い出した。
――飢えに呑まれた妖怪、姿を取り戻そうと人の贄を欲し続ける怪異。そして煙谷の、怪異に効くと流説された人間の臓器を生薬とするという話。そして、あの鳴釜の話だ。
それら全てに共通することはただ一つ。自然の流れ、摂理に沿って起きたことではないということだ。逆にそれ以外ではなんら共通点が見当たらない。一つひとつが何も干渉していない、それは不自然だ。
――怪異や妖怪といった存在は人の認知、そして自然と共にある。
見藤は思い当たる言葉を口にする。
「誰かの、入れ知恵だと言っていた」
「あぁ、鳴釜の話ね」
「……お前なぁ」
平然と鳴釜の話をする煙谷にあの迷惑を被った三日間が思い出され、見藤の咎めるような視線に煙谷は肩を竦める。
見藤からすれば今回、煙谷はどこか先を見据えて行動しているような気がしてならない。それを問いただした所で、彼はいつものように、のらりくらりと飄々とした態度で逃げるのだろう。見藤が本題とは違ったことを考えていると、煙谷の言葉で意識を引き戻された。
このとき、他に意識を向けていた見藤は、事務所の扉の向こう側からした僅かな物音。そして、それに気付いた煙谷など眼中になかったのだった。
「と、まぁ。今日はこれくらいかな。これはあの婆さんからの依頼じゃない、僕からの共同調査依頼だ」
「あぁ、構わん。俺も気になっていた事象だ」
「また追って連絡寄こすよ」
仕事の話となるとこうもスムーズに会話が進むのか、と二人の様子を伺っていた檜山は驚いた表情を浮かべていた。先程、目にした犬猿の仲とは程遠い二人の掛け合いだったのだ。
檜山からすれば、二人の会話の内容は分からず、要は蚊帳の外であった。しかし、不思議と悪い気分ではなかったのだ。己の情報がきっかけとなり――なんでも良い、少しでも彼らの助けになった、という事実が檜山の記者である性分を満たすのだ。
見藤と煙谷、二人の会話に目途がたった頃だろうか。その折り合いを見計らって檜山は見藤に熱い視線を送る。
「あのぅ、見藤さん……やっぱり一度、怪異事件の取材を――」
「お断りします」
見藤、間髪入れずの拒否。
予測はしていたが、やはりこうも面と向かって拒絶されると、流石の檜山も落ち込むものだろうか。彼女は少し項垂れている。
「まぁ、情報は感謝しますよ」
いつになく営業スマイルで対応した見藤を見る、煙谷の辟易とした表情は面白いものがあった。
そして、その後。煙谷と檜山は事務所を後にした。
二人を見送った見藤は椅子に腰かけ、事務机の上に寝そべっている猫宮の背を撫でる。そして、気配を消していた霧子は、椅子に座る見藤の肩に手を添えて傍に寄り添っていた。
見藤が不思議に思い、霧子の名前を呼んだ。
「……霧子さん?」
「胸騒ぎがするのよ」
「……そうか。無茶はしないさ」
普段は強気な霧子だが、今日は珍しく弱気だ。そんな彼女を安心させるように、見藤は肩に置かれた手の上に自らの手を重ねたのだった。




