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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第二章 怪異変異編

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13話目 過去編 心情、血煙を上げる

※この回には、性的な因習を描いた表現があります。苦手な方はご注意下さい。読み飛ばして頂いても、支障はありません。


 怪異である()()を名で呼び始めてしばらく経った頃。出会った当初は朧気だった意識も徐々にはっきりしてきたのだろうか、彼女は様々な表情をするようになった。


 会えると嬉しい、冗談を言うと少し怒ったように拗ねる、別れ際に見せる少し寂しげな表情――、感情を包み隠さず(あらわ)になる彼女の表情。それは少年にとって、いつしか心の拠り所になっていた。


 ◇


 少年は彼女に語る。彼女には封印されていた長い時間を埋めるように、これから色々な場所に行って、色々な景色を見て欲しい。そうすればきっと、今よりも輝いた表情をするだろう。と、少年が面と向かっていうものだから、照れくさそうに彼女は顔を背けてしまった。


 彼女は気付いている。無論、そこに少年自身は勘定に入っていない。そして、いつでもここではないどこかへ行くといい、と話す少年に彼女は思うのだ。


(本当に、人というものは……いじらしくて愛おしいのね)


 夕暮れ時を迎え、村へと帰る少年の背を見ながら、密かに想う。そして、少年と出会った時を少し思い出す。




 彼女は目が覚めると、見知らぬ土地を彷徨(さまよ)っていた。静寂が不自然で気味が悪かった。

 ナニカに呼ばれたような錯覚。意識が混濁する中、山を登った。すると、遠目でも分かるほどの大きな鳥居がある。それは嫌な気配を放っていたが、その奥から呼ばれている。足を進めようとすると、不意に声をかけられた。


 彼女は自身が怪異であることを自認していた。己の姿が視えるということは、まだ現実に存在しているということなのか。その実感に安堵したのか、それとも残された孤独感からなのか、涙で前がぼやけた。思わず返事をした声は涙声だった。


 声の主である少年を見ると、なんとも綺麗な顔立ちをしていた。紫の瞳がとても印象的だった。そして、彼の魂はこの不穏な土地に似つかわしくない、優しさに溢れとても高潔だった。――それは酷く手を伸ばしたくなるほど。


 彼女が目を奪われていると、少年は忠告だけを残し立ち去ってしまった。何故、彼が気になるのか分からない。それから、少年を探しに山の麓へ下った。


「あんた! 村には入るな! 昨日言ったばかりだろ!」


 背後から声がすると、突然に背後から手を引かれた。彼女の目に映ったのは、あの綺麗な顔立ちの少年だった。


()()()()


 直感的にそう感じたのは何故か。それが分からず、ただ茫然と立ち尽くす。

 すると、少年がこちらを見上げている。彼女は昨日と同じほどの背丈に姿を変えた。そして、少年に洞穴へと案内された。


 それから少しずつ色々な話をした。少年の話、自身の昔話。そうして言葉を交わし、時間を共にすると、少しずつ意識がはっきりとしてくるのが分かった。この目の前の少年に個と認知されたことで得たものだろうか。


「霧子さん」


 少年にそう呼ばれた時、やっと己を取り戻したような感覚に浸った。――その魂が欲しいと、欲を抱いたのは怪異としての性分なのだろうか。彼女には分からなかった。



 * * *


「そう言えば最近、何か楽しそうだな」

「えっ」


 少年が離れ座敷の庭で洗濯物を干していると、牛鬼から唐突にそんな言葉を投げかけられた。


 少年自身、すぐ思い当たる事はある。怪異である彼女、最近は「霧子」と名を呼ぶようになった。霧子と出会い、感情のままに移ろう彼女をみていると不思議と心が満たされるのだ。


 そして、今では少し違った感情を抱くようになった。それは慈しみや恋慕と呼ばれるものなのだろうが、まだ少年の彼には心の内の感情を表現する言葉は持ち合わせていない。

 人と怪異、なんとも歪な関係になる間柄だ。それを牛鬼に話すことはできない。


 少年は牛鬼からの問いかけの真意が分からず、聞き返す。


「なにが?」

「いやぁ、なんだか誰かに懸想しているような雰囲気でな」

「け、懸想……」

「なんだ、違うのか?」

「知らん!!!」


 少年は牛鬼の言葉に動揺し、柄にでもなくそっぽを向いた。


 誰かに好意を抱いている、それを違うとは否定しない、そんな少年に牛鬼は嬉しそうに頷いている。このような歪んだ環境の下でも相手を想う、そんな気持ちを抱くことができるこの少年に幸せと呼べるものが訪れるように、牛鬼は妖怪らしからぬ願いを抱く。


 すると、少年はぽつりと言葉を溢す。


「別に、そんなんじゃない……多分。あのひとにはもっと色んなものを見て、色んな表情をして欲しいと思っただけで。こんな場所にいたら、駄目だ」


 自分を納得させるかのように呟く少年に、何かを察した牛鬼は溜め息をついた。この少年は自分の感情に蓋をすることに慣れてしまったのだ。そう思うとやりきれない、と目を伏せた。


「俺は牛鬼がいれば、それでいい」

「それと、これとは話が違うだろうに」


 ――親愛と他人への愛情は似て非なるものだろう。

 それを怪異である牛鬼が説くというのも妙な話だ。困ったものだと首を捻る牛鬼を目にした少年はくすりと笑っていた。


 そんな和やかな雰囲気だったが、一変。本家からの使いが姿を現すと、それは張り詰めた雰囲気へと変わる。


 使用人は少年の元へ足を運ぶと、夕刻には母屋へ向かうように。そして、今日は離れ座敷へ帰れないだろうと話す。用件を端的に述べた使用人に対して、少年は睨みを利かせる。


「はぁ?」

「そう、言付(ことづ)かっております」

「また何かさせようって魂胆か」

「お伝え出来かねます」


 澄ました顔の使用人の言葉に、少年は呆れて鼻を鳴らした。


(最近は(まじな)いをさせられるのも落ち着いていたんだが……)


 少年は辟易とする。選択肢は承諾のみだろう、と諦めたように返事をしたのであった。




 そうして夕刻となり、再び使いが訪れる。


 帰るのは翌日になる、と言われていたため、少年は牛鬼に食事や風呂は済ませて先に寝ておくように念を押す。この心配性な牛鬼はそう言っておかないと、いつまでも待ち続ける。


 少年は大丈夫だと、軽く手を振って別れた。


 母屋に呼ばれるや否や、いつぞやと同じく風呂に入れられる。流石に一人にしてくれと声を荒げるが、これまた聞き入れてもらえない。大人へ近付いた体を他人に見られるなど、気分は悪くなる。


(勘弁してくれ……)


 少年は悪態をつく他なかった。

 風呂を終えた後。用意されていた着物、といっても今日は肌襦袢だった。少年はそれに袖を通す。


 そうして、これまで通されたことがない部屋へと案内された。部屋には香が焚かれている。


(この、香の匂いっ……! 苦手だ)


 甘い香りに、顔を顰めた。煙を深く吸い込んでしまい、大きく咳き込む。煙の薄い場所を探し、そこへ座った。

 しばらくすると、身体に異変が訪れる。過剰な咳の影響か、それとも香の作用か。ぴりっ、と手指を走る電流。朦朧とする意識、腹に溜まる熱。違和感に首を傾げていると、襖が開く。


 入って来たのは、言伝を担った使用人の男だった。


「お待たせ致しました」

「お前は……」


 少年の言葉を遮るようにして、彼は言葉を発する。

  

「誠に喜ばしいことです」

「な、にが――」

「今後は夜伽のお役目も務めよ、と。ご当主様から仰せつかりました」


 少年の疑問に答えた使用人の言葉。

 それを聞くや否や、少年は肩を大きく震わせた。それと同時に何故、前準備をさせられたのか腑に落ちた。膝に乗せた手をきつく握りしめ、震えを誤魔化す。


 言葉の意味を理解して、これから起こる凶事に恐怖と嫌悪感を抱いたのだ。


 しかし――、そんな少年の心情など、お構いなしとでも言うように使用人はしみじみと語る。


「もう立派な大人の仲間入りです。あなた様の才能。そして、持って生まれたもの全てを、本家の為にお役立て下さい」


 尊厳など、あってないようなものだと告げられた。さらに、使用人は流暢にその先の言葉を口にする。


「そして、いずれは――。その眼を受け継ぐ子が生まれれば、この村も安泰でしょう」

「お、俺はっ――」


 使用人の言葉を受け、弾かれたように顔を上げた。しかし、使用人の表情を目にした瞬間。反論など無駄だと、悟った。

 ――逃げ出したい。しかし、いつものように連れ戻られることは目に見えている。躾と称して、何をされるのか分かったものではない。

 牛鬼を、彼を守るためには――従順に成らざるを得ない。そうであるならば――、端から抵抗しない方が賢明だろう。


 それは諦め。意志を放棄する。

 常日頃から、意に沿わない呪いを行ってきた。そのお役目が変わるだけだ、と己に言い聞かせる。


 少年は震える唇を噛み締めた。すると、使用人は呆れた素振りをみせながら、口を開く。

 

「あなた様が拒否権をお持ちでないのは――。ご自身が理解していることでしょう」


 彼の言葉は、まさにその通りだった。

 名家とは言え、山に隠れ住む一族。それも分家の身であり、妖怪と共に暮らし、不思議な瞳を持つ。そんな少年が不遇な扱いを受けるのは最早、必然だった。


 使用人は朗らかに笑ってみせる。


「ご不安でしょう。ですが、心配ありません。しばらくのうちは、私めが手解きを務めますので」


 言い終える前に、少年の手を握る使用人。視線を手に落としていた少年がはっと、顔を上げたときには――、得も言われぬ表情を浮かべるモノがそこにいた。再び、襖が開く。ゆらりと現れたのは女だった。


 縋れるものは、何もなく――。ただ、孤独に心を殺した。


 そうして、解放されたのは、あまりの精神的負荷によって意識を手放してからだった。





「…………」


 少年が目を覚ますと、外から朝日が差し込んでいた。秋も終わりに近付き、空気はとても澄んでいる。澄んだ空気の清涼感は、昨晩の出来事が嘘のようだった。

 しかし、手首に視線を落とせば、残る絞痕(こうこん)。頭では理解していたつもりでも、心は必死に抵抗しようとしたのだろう。


 少年は嘔気を催す。しかし、出るのは胃液だけだ。気が済むまで吐いた。喉が疼痛を訴える。


「はっ……」


 やっと、呼吸をした。澄んだ空気が肺を冷やす。その冷たさが少年に平静さを取り戻させる。だが、疲労感と(くすぶ)る熱は昨晩の出来事を思い起こさせ、また嘔気つく。その繰り返しだ。


 そうしていると、少年が目を覚ましたことに気付いたのだろうか。部屋の襖が開き、使用人が現れた。

 少年は彼を睨み付けながら、胃酸でひりつく喉からやっとの思いで声を捻り出す。


「こ、れで満足か……っ」


 手負いの狼が牙を剥くように、拒絶の意思を示す。

 しかし、使用人は困ったように眉を下げるばかりだ。しばらくの間をおき、使用人はそっと口を開く。


「大人なら誰しも通る道です。それに、今後は作法も学んでいくのですよ」


 彼が発した言葉に、少年は頭を殴れたような衝撃と絶望を抱く。――踏みにじられ続ける尊厳。

 少年の頭に一抹の選択がよぎった。それならばいっそ、この目を潰してしまおうかと。だが、そう易々とできる事ではなかった。少年は悔しさのあまり唇を噛む。口の中には血の味が広がった。


 ◇


 少年が母屋から戻ると、幸いなことに牛鬼は起き出していない。離れの水場に行き、頭から思い切り水を被った。早朝の空気は少し冷たく、肺と体を冷やし、水に濡れた肌を少し赤くする。

 着ていた服を脱ぎ捨てる。水で濡らして体を擦る。その体に汚れはついてない。だが、そうしなければ錯乱してしまいそうだ、と唇を噛む。


「くそ、くそっ……」


 悪態をつきながら何度も体を擦る、擦られた肌は真っ赤になっていた。


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