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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第二章 怪異変異編

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11話目 過去編 幽愁暗根

過去編、始まります。


 木々が生い茂る森の中を走りながら、無我夢中で前進する。頬が葉で切れ、木の根に足が取られ、転げそうになったとしても足を止めてはならない――。少年は己の胸の内にそう言い聞かせ、不意に振り返る。後を追いかけている足音と影が増えている。


 少年は悪態をつく。


「くっそ、今日も無理か……!」


 所詮、子どもの足ではそう遠くへ逃げられない。突然、腕を引かれ体の自由を奪われる。


 少年は相手を睨みつけるが、心底嫌そうに睨み返された。少年の腕を掴み上げ、片手に縄を持つのは中年の男だった。その後ろから、何人もの人影が茂みから姿を現す。


 すると突然に、男は怒鳴り声を上げた。


「今月で何度目だ! こっちも迷惑してるんだ、村から出ようなんてするな。無駄だ」

「うるせぇ、この糞野郎が」

「おい、その目を向けるな! 気味が悪い……」


 そう言い放つ男の忌々しそうな視線の先にある少年の眼は、深い紫色をしていた。少年が顔を逸らすと、日の光が反射し、藤の花のような淡い色に変える。――なんとも不思議な眼だった。


 男が早く歩けと言わんばかりに、少年の背中を小突く。その不快感と苛立ちから、少年はせめてもの抵抗で舌打ちをする。少年は無理やり軽トラックに押し込まれ、頭をぶつけた。恨めしそうに男を睨みつけると、今度は頭を拳で叩かれる。


 少年は鈍い痛みに耐えながら、頭の中では強かに次の脱走計画を練る。


(まぁ、今日は想定内の時間だな。もう少し道筋を考えないと、この村から()()()を連れて出られない)


 ――そうして、少年の脱走劇は幕を閉じ、再び村に連れ戻された。



 村に戻ると、あちらこちらに浮遊する認知の残滓、怪異の姿がある。人に似た姿をした者、異形の姿をした者、その姿形は様々だ。すれ違う村人は平然と言葉を交わしている。――ここの村人達は怪異を視ることに長けている。


 村では、奇々怪々なことに人間と怪異が共に暮らしていた。ただ、少年にとって共に暮らすと言う言葉は語弊がある。少年はその光景を愁いを帯びた表情で眺めていた。


 村の中心部には大きな屋敷がある。敷地の中にはいくつもの蔵が建っており、この辺鄙(へんぴ)な村の中で随一の権力を誇っていることが建物からして分かる。


 一行が立派な石垣に構えられた門をくぐると、上等な着物を着た初老の女が待ち構えていた。この屋敷の女主人だ。少年の姿を目にした女主人の表情は厳しく、口元を歪ませている。

 だが、少年を連れて来た男に話し掛ける時には、その形相はなりを潜め、柔和に声を掛けたのだった。


「手間をかけて申し訳ないね」

「いやぁ、()()()()。こいつの躾をしっかり、お願いしますよ」

「私も困っているのよ、反抗期かしらねぇ。まぁ所詮、分家の子どもだから育ちが知れていて……。ごめんなさいね」


 少年はそんな会話をしている大人達を辟易として見やる。すると、不意に女主人と視線が合い、突然に怒鳴られた。その少年は眉を寄せ、反抗的な態度を取るのが精一杯だった。



 そうして、少年は屋敷に連れ戻された後。女中に無理やり風呂へ入れられた。一人にしてくれと言ったとしても、その脱走癖故なのか聞き入れられない。

 少年は身を清めた後、上等な着物に着替えよう言いつけられた。そして、とある部屋に呼びつけられる。


 少年は女中に連れられ、呼ばれた部屋に赴く。そこは昼間だというのに薄暗く、蝋燭の炎が怪しげに揺らめいている。そして、廊下と比べて空気が冷たく、煙たい。


(また、香か……。相変わらず、煙たい)


 少年は疎ましそうに眉を寄せる。香の匂いに咳き込み、顔を(しか)めた。煙が肺に(まと)わりつき、呼吸を浅くする。

 畳には和紙と筆、酒、動物の死骸など、不思議な道具が並ぶ。その傍には、女主人が鎮座していた。


 少年は一瞬、躊躇する。しかし、女中に促され、畳に膝をついた。

 女主人は少年を見やると、冷たい視線と声音で彼を呼びつけた理由を告げる。


()()(まじな)いの贄に」

「…………」


 無言の拒否。しかし、女主人には通用しないようだ。彼女は再び口を開く。


「やらねば、お前が大事にしている――、()()()()()はどうなる? それとも、今日のように自分だけ逃げるかい?」


 それは脅しだ。少年は声を捻りだす。


「下衆が」

「本当に躾がなってないねぇ。分家の者は」

「……っ」


 少年は不意に左頬に熱を感じ、打たれたのだと気付くには少し時間がかかった。奥歯を噛みしめながらも、目前の怪異に視線を落とす。


 女主人から差し出されたのは小さな怪異。認知の残滓であれば、空間を漂うだけの苔のような存在だ。だが、この怪異は既に自我を持ち、一個体として成立している。それを「贄」と呼ぶのだから、求められていることは想像できるだろう。


 自然の摂理を無視した人の介入によって、その存在を消滅させる。それは少年の意思に反していた。

 だが、大切にしている者を引き合いに出された以上、拒否する術を持たない。胸の内に渦巻く、不快感に眉を寄せることで精一杯だった。


(……この村の連中は異常だ)


 少年はこの村が異常であることを理解している。


 村の外では(まじな)いなど、とうの昔に廃れていることを知っている。しかし、この村では日常に(まじな)いが溢れている。なんなら、村の外部から依頼を受け、それによって莫大な富を得ていることも知っていた。

 もちろん、この村ではその依頼内容が人道に反していようがお構いなしだ。寧ろ、そういった依頼内容であればあるほど報酬は弾む。


(人の欲深さは底知れない……)


 少年は震える手を、小さな怪異に伸ばした。心に、懺悔と悔恨を抱えながら――。


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― 新着の感想 ―
この頃は霊が見える、と。制限か、代償か。面白いですね。
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