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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第八章 終幕、帰郷編

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後日談:こんにちは


 半年後――。


 京に店をかまえる小野小道具店は改装準備に追われていた。それに相反するかのように、看板猫ともう一匹。小太りな茶トラ柄の猫は忙しさを気にする素振りもなく、外の景色を眺めている。


 依然として、廃ることのない世間におけるオカルトや都市伝説の流行。それにより、生まれ()でる怪異の数は計り知れない。事態を重く捉えた斑鳩家の協力要請により、情報屋および道具屋として彼らへの支援を拡充するためだ。



 キヨは店内に置いていた品々を、箱に詰め込んでいく。天井近くまである棚に置かれた物は、彼女の背丈では到底手が届くものではなく――。梯子を掛けて登るにしても、老体には難しいだろう。どうしたものかと、小さく溜め息をついたときだ。


「キヨさん。高いところの物は俺が取るよ」

「――ああ、そうかい。頼んだよ」


 背後から掛けられた声に、目を細めながら答える。振り返れば、()()の姿が目に入った。


 彼が梯子を掛けて、棚の高いものを手に取る。キヨは下でそれを受け取っていく。彼女は視線を彼に向けた。――思い出すのは半年前のこと。

 キヨは呆れたように口を開いた。


「全く……。()()()、連絡もなにも寄越さないから、てっきりあの世にでも渡ったのかと思ったよ」

「ははっ、それはスミマセンでした。だが、自分でも往生際が悪いのは自覚しているからな」


 冗談めかして笑い飛ばす彼に、キヨはまたも小さく溜め息をつく。


「あの別嬪さんがよく許したねぇ」

「まぁ……、悪神を鎮めるなんて――無謀だったと反省はした。霧子さんを危険な目に遭わせたくなかったからな」

「そういうのは本人に言うもんだよ」


 彼の口から告げられた名に目を細めながらも、キヨは助言を送った。すると、彼は気恥ずかしそうに頬を掻く。その仕草に、随分と素直に感情を示すようになったのだと、肩をすくめたのだった――。


 ◇


 しばしの沈黙の後。


 彼は品を下ろす手を止める。あの山で起きた凶事を思い出し、真剣な表情を浮かべた。


「それに――、霧子さんがあの山に再び足を踏み入れたとしても、状況は悪化しただろう」


 独白のように呟かれた言葉は、僅かに掠れていた。

 彼の脳裏に浮かぶのは凄惨な光景。濃い澱みを身に受ければ、怪異はその影響を受ける。その実、裏路地で初めて『神異』と対峙したとき――、霧子は今までにないほど取り乱していた。


 それに思い当たることを胸の内に呟く。


(怪異は存在を認知に左右される……。都市伝説では、八尺様を封印したのは地蔵だと……そうなっているからな。そもそも相手が悪すぎた)


 最後に目にした悪神の姿を思い出し、鼻を鳴らした。――あれに霧子を近付けたくもなかった、という方が正しいだろうか。

 思いふけっていると、キヨの視線が自身に注がれていることに気付く。どうしたのかと、軽く首を傾げた。


 すると、キヨは鎮痛な面持ちで口を開く。


「それにしても――、大きな代償を払ったもんだ」


 それが何を指すのか、すぐに察した。小さく息を吐き出し、そっと左目に触れる。そこにあるはずのものは既になく、指に触れるのはただのくぼみ。目じりには弾けたような傷跡を残している。

 失ったものを憂うことはないと、軽快に言葉を並べる。


「別に。視界が狭いのも慣れて来た頃だ。これで晴れて後腐れなく、キヨさんの跡を引き継げる」

「全く、お前さんって子は」


 キヨの呆れたような、それでいても嬉しそうな声音。それを耳にしながら、彼は作業を再開させる。

 すると、思い出したかのようにキヨが声を上げた。


「ああ、そうだ。言い忘れていたけれど――」

「こんにちは」


 彼女の言葉を引き継ぐようにして、店内に響き渡った声。その声には聞き覚えがあった。


「ん……?」

「そうそう。土産屋としても、忙しくなるからねぇ。人を雇ったんだ」


 その言葉と共に、キヨは扉の方を見やる。僅かに開いた扉の先に佇む人影。


 つられるように、彼も同じ方向を見やった。しかし、訪ねて来た人物の姿がよく見えず、梯子を下りる。そのとき、失った視野に隠れていたものに気付かなかった。天井から吊り下げられた鈴の付喪神に、おどかされたのだ。


 予期せぬことに、思わず声を上げる。


「うわっ……」

「ほら、お前さんの目のこともある。目が多いに越したことはない」


 その光景を眺めていたキヨは、したり顔をして見せた。それは底知れぬ手腕を持つ、彼女の()()()を告げるには十分だった。


 すると、声の主は店の中に足を踏み入れたようだ。近付く足音と共に、見覚えのある顔を目にした彼は言葉を失う。


 二人の前で足を止めたのは青年。人当たりの良い雰囲気を纏い、にこやかに声を上げた。


「キヨさん! ご無沙汰してます」

「ああ、よく来たねぇ。待っていたよ」


 キヨは頷く共に、青年の訪問を知っていた口ぶりだ。 青年はじっと見据えた後、にこりと笑みを浮かべた。


「また、会えましたね。()()()()

「久保くん――」


 見藤は青年の名を呼ぶ。突然の再会に、言葉が見つからず呆気に取られる。

 ようやく開いた口から出た言葉は――。


「進路は……?」

「え? 何、言っているんですか? 土産屋(ここ)に就職したんですよ」


 こともなげに告げられた久保の言葉に、片方しかない目を見開く。別れのあの日。久保には日常へ戻るよう、念押ししたはずだった。


 見藤は咎めるような視線をキヨへ送る。


「キヨさん?」

「ああ、彼の強運はうちに持って来いだろう? 煙谷さんからの()()もあってねぇ」

「あいつ……」

「それに――、最終的な決断をしたのはあの子自身だ」


 そう言われてしまえば、見藤に口をはさむ余地はない。大きな溜め息をつく他なかった。

 久保は見藤の苦い反応を予測していたのだろう。肩をすくめながらも、その背景を語った。


「実はキヨさんから電話をもらった時、怪奇な世界に戻れると思ったんです」

「俺がせっかく追い返したんだが……?」

「まぁまぁ。お陰でこうして会えたんですから。それに――、文句のひとつでも言わせてもらおうかと。あの時は、東雲に邪魔されて何も言えませんでしたから」


 すると、またも店に響くはつらつとした声。


「こんにちはー! キヨさん、手伝いに来ましたよ~」


 その声にも聞き覚えがあり、見藤は怪訝に眉をひそめた。すぐさま久保が口を開く。


「あ、そうだ。東雲もいますよ? なんでも、神社を継ぐそうで――」


 店内に足を運んだのは東雲だった。彼女はキヨと見藤、久保の姿を見るなり、満面の笑みを浮かべる。どうやら、東雲もここに集う面々を知っていたようだ。

 見藤は呆気に取られながらも、そっと口を開いた。


「もしかして…………知らなかったのは、俺だけか?」

「「そうなりますね」」


 こともなげに答えた二人の言葉は見事に重なった。


 その後、久保はじっとりとした視線を見藤に送る。睨まれた見藤は思わず身を固めた。


「全く……。キヨさんから話を聞くまで、あの日――僕が街中で見かけた見藤さんは幽霊なんじゃないかって、後から怖くなって。相当、肝を冷やしましたよ?」

「生きてるぞ」


 こともなげに答えた見藤。すると、久保はわっと声を上げ、東雲を指差した。


「だから! そういう所ですって! 東雲は僕の話を聞いて大泣きするし!」

「いやぁ、面目ない。私も霧子さんの神棚を任されたとき、覚悟しとったんで。正直、私も久保が視たのは見藤さんの幽霊かと」


 照れ隠しのように頬を掻く東雲。しかし、彼女の言葉はその様子と正反対のものだ。

 見藤は申し訳なさから眉を下げた。


「それは……、すまないことをしたな」

「おいおい! 俺にも謝罪が必要だろォ?」


 足元から上がった声に、はっとする。そこにいたのは、窓辺で日向ぼっこをしていたはずの猫――、猫宮だ。彼は二又に裂けた尾を苛立ったように揺らしている。彼は見藤の目線の高さに合わせて、ぴょんと棚の上に飛び乗った。


「骨は拾ってやるとは言ったが、文字通りに誰があんなこと頼まれていい気がするってもンだ! ったくよォ!」

「それは本当にすまなかった……」


 猫宮の訴えに、見藤はこれでもかという程眉を下げた。

 すると、またも店内に響くのは新たな人物の訪問を知らせる声。


「お邪魔するわよ」


 凛とした声に、見藤の目元は緩む。扉を見やれば、真っ先に声を上げたのは東雲だった。


「霧子さん~」

「東雲ちゃん! やっぱりここに来てたのね! これから時間あるかしら? 行きたいカフェがあって――」

「もちろんですよ!」


 彼女たちの和気あいあいとした会話。賑やかさが一気に増した店内。――東雲は改装作業を手伝いに来たのでは? という久保のじっとりとした視線などお構いなしに、彼女たちの予定が決まってしまった。


 東雲を連れて、店を出ようとした霧子。しかし、彼女は何かを思い出したかのように、ぴたりと足を止めた。振り返り、人差し指を立てて口を開く。


「あ、そう言えば。私の神棚は店内をよく見渡せる位置にしてよ?」

「……俺たちの住まいじゃ駄目なのか」

「駄目よ! ()()だもの! 新しい拠点を見守るのも一興でしょ?」

「ソウデスネ……」


 それは霧子からの要求だった。彼女が可愛らしく首を傾げてみせれば、見藤は肯定するしかなくなる。

 すると、二人のやり取りを眺めていた東雲は戦慄(わなな)きながら、久保の服の裾を引っ張った。


「なぁなぁ! 見藤さんが惚気とる……!!」

「もう! 準備に忙しいんで、外でやってもらえます!?」


 途切れることない会話に、久保の叫び声が響き渡る。その声に驚いた猫宮が飛び跳ねて、うず高く積まれていた品を倒す始末で――。


「うわっ! 猫宮~!」

「うニャっ!! そこに置く方が悪いだろっ! ほら、婆さんが睨んでるぞ!」

「それはお前が店の中で暴れるからだ!」


 見藤は目の前の光景に目元を綻ばせながら、そっと口を開く。


「まぁ……、怪奇な(えにし)も悪くない」


 そう呟いた言葉は、賑やかな店内の喧騒によってかき消された――。



 日常と非日常が交わるとき、怪奇な出会いと別れは繰り返される。奇絶怪絶、奇々怪々。怪異が起こる、そのどれもが似たような意味を持つ。世にも奇妙な、常識では起こり得ない不思議な()()


 それらを情報統括する、不思議な顔を持つ小道具店は、名を改め――。


「怪異蒐集(かいしゅう)堂はどうだ? 久保くん」

「却下で」


 新装開店準備中である。





【禁色たちの怪異奇譚 ~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~ 完結】


ここまでご覧いただき、誠にありがとうございました。

処女作であるこの作品を無事に完結できたのも、ひとえに読んで下さった方々のお陰です。


少しだけ、あとがきもあります。よければご覧ください。

評価★や感想、レビューなど頂けましたら、今後の活力に繋がりますので、どうかよろしくお願いします。

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