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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第八章 終幕、帰郷編

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83話 出立のとき、死生命あり


 事務所の閉業を告げ、翌日からというもの――。


 見藤は身辺整理に追われていた。目まぐるしく変化した、事務所の状況を語るには十分だ。


(事務机も、壊れたままで都合がよかったな。処分するだけで済む。そもそも……、身の回り品は少ない)


 徐々に閑散としていく事務所内を見渡しながら、思い出に浸る。


 

 ――怪異の相談事を請け負う事務所として立ち上げたのは、贖罪のためだった。


 人と関わることを避けていた。斑鳩との関係も、歳を重ねるにつれて、次第に連絡を取り合わなくなり――。キヨから斡旋された依頼をこなす日々。


 猫宮とは相棒として、よき関係を築いていた。霧子との関係も、ただ時間を共にするだけで満たされていた。


 そこへやって来たのは、平凡な青年。不思議と――、彼との出会いに(えにし)を感じた。

 久保は、東雲との再会の縁を繋ぎ、事務所は賑やかさを増す。彼らと過ごす、充実した日々は何ものにも代えがたく――。


 それを皮切りに。希薄となっていたはずの繋がりは、再び糸を紡ぎ始めたのだ。



 見藤は、はたと手を止めた。(まじな)い道具を保管してた、木目が美しい箱。

 その隅に顔を覗かせているのは、久保と東雲に持たせた身代わり木札を掘り起こした木片だ。木が稀少なものだったが故に、残していたのだと思い出す。


(何があっても、あれが二人を守ってくれるだろう)


 ――それはさながら、生前整理のようだと。どこか他人事のように感じていた。


 パチン、と呪い道具箱の蓋を閉めた音が響く。


 猫宮のために整理整頓していた資料棚も、徐々に空になっていった。書類を段ボールに詰め終えると、伸びをひとつ。


(怪異事件の資料も、キヨさんの所へ送れば情報統括するには丁度いい)


 後はこれらを送るだけだと、力強く頷いた。


 すると、神棚の紙垂が揺れ、霧子の顕現を知らせる。降り立った霧子は、閑散とした事務所内を見渡すと、そっと声を掛ける。


「心は変わらない?」

「ああ」


 見藤は力強く頷く。作業をしていた手を止め、霧子に向き直る。彼女は悲しみを隠そうとしていなかった。

 

 霧子は揺れる瞳をしながら、ぽつりと言葉を溢す。


「……そう」

「俺の我儘に、付き合わせてしまうな」


 自嘲じみた言葉と笑みを霧子へ向ける。しかし、彼女は首を横に振ってみせた。肩に掛かっていた、艷やかな髪がはらりと落ちる。


「別に、構わないわ。その時が来るまで、好きにしていいって言ったのは――私の方だもの」


 見藤は思い出す。いつだったか、霧子とそんな会話をしたものだと笑みを溢す。


 ――人と怪異では、共に過ごす時間は同じでも、流れる時間は違う。彼女はそれを十分に理解しているのだろう。だからこそ、選択を尊重し、背中を見送ろうというのだ。


 霧子は震える手で、使い古されたスーツの裾を引っ張る。一度、きつく唇を結ぶと、意を決したように言葉を重ねた。


「それに離れてしまっても、どんなに時間がかかっても――、また見つけるから」

「きっと大丈夫だ」


 彼女の誓いにも似た言葉に、見藤は力強く答える。口ではそう語るが、力なく下ろされた手は虚空を掴む。いつもなら、霧子を引き寄せ、抱き締めていただろう――。だが、彼女を抱き締めることは叶わない。


 そう言葉を口にして、目を伏せる。自身に視線を向ければ、あの日に祓ったはずの澱みが纏わりつくようにして、姿を現していた。

 ――霧子は澱みに怯えながらも、見藤に手を伸ばしたのだ。


 彼女は自身を落ち着かせるように、深呼吸をする。そうして、力強い眼差しを見藤へ送る。


「私のことは心配しないで。東雲ちゃんに、キヨちゃんの所まで連れて行ってもらうから」

「そうか――。三猿の『神異』の澱みを受けた俺じゃ、霧子さんの神棚には触れられない――。悔しいが……」

「――仕方ないわ」


 どうやら、霧子と東雲は密に連絡を取り合っているようだ。――半ば、喧嘩別れのようにして久保と離れてしまった後悔が、見藤の脳裏をよぎる。しかし、彼の身の安全を思えば致し方のないことだったと、己を無理やり納得させた。


 すると、霧子は拗ねたように口を尖らせて語気を強める。


「ふん、最後まで強がるのね」

「ふはっ……! こんなときだからこそ、格好つけさせてくれ」


 笑い飛ばした心情とは裏腹に、見藤は哀しみに満ちた表情を浮かべる。依然として、霧子の手は震え、徐々に顔色が悪くなっていた。


 見藤は手を離すように、そっと伝える。すると、彼女は弾かれたように目を見開く。だが、拒否するように首を横に振った。


 少しでも、時間を共にしたい――。それはお互いに抱く願い。それを想えば、霧子に抱く愛念を強く自覚する。

 しかし――、見藤の方から彼女に触れることは叶わない。その事実に、項垂れるようにして視線を落とした。悔しさを滲ませながら、ぽつりと呟く。


「これじゃ……別れの抱擁もできないな」

「……意地悪、言わないでよ」


 霧子から消え入る声で溢れた言葉は、互いに唇を噛み締めるには十分だった。

 そうして、ようやく見藤が口にした言葉は――。


「大丈夫、きっと()()から――」


 どんなカタチであれ、霧子との再会を誓うものだった。



 * * *


 スマートフォンの画面に映し出されたのは、珍しい名前。電話線も引き払っているため、連絡手段はスマートフォンだけだ。

 見藤は気まずいと言わんばかりに、眉を寄せる。しかし、電話に出ない訳にもいかないだろう。


 ようやく、電話に出たのは着信が鳴り始めてから、数秒後だった。

 

「もしもし、キヨさん?」

『煙谷さんから聞いたよ。……あの山へ――、お前さんの故郷へ行くそうだね』


 電話に出るや否や、キヨはそう語った。

 見藤は思い切り顔をしかめる。耳にした煙谷の名に、彼がことの流れを話したに違いないと思い至る。


(あいつ……、余計なことを――)


 心の内に悪態をついた。――キヨに知られてしまえば、()()()を言われるのが関の山だろう。

 しかし、見藤の予想に反して、キヨは言葉を詰まらせながら、話の先を続けたのだ。


『こんな日が来ようとは、思ってもみなかったさ』

「それは――、スミマセン」

『帰って来たら、次期当主としてみっちり心得を説く。いいね?』

「――はい」


 強い言葉とは裏腹に、震える声音で彼女の胸中を察することができる。

 見藤は申し訳なさで、胸が詰まる思いだった。力強く返事をすることしかできない己に、不甲斐なさから眉を寄せる。


 すると、束の間の沈黙の後。時間を要しながらも、電話口から意を決したような声が聞こえて来た。


『お前さんに、知らせておくべき情報(こと)がある』


 そうして――、見藤はキヨから告げられた言葉を反芻する。


「禁足地……」

『ああ。そうさ、あの山は立ち入り禁止にしてある。小野家(うち)の権限でね』


 そうして、キヨは語った。

 少年であった見藤との邂逅を終えた後。彼女は調査のため、件の山へ足を踏み入れようとした――が、それは叶わず。溢れ出る澱みに阻まれ、引き返すことを余儀なくされたそうだ。


 周囲の草木は澱みに侵され、枯れ果てていた。それだけでなく、山の麓に流れる川の水も濁り、生き物は死滅していた。おおよそ、澱みだけが原因ではないだろう、と話すキヨに見藤の心臓が跳ねた。


(牛鬼の祟りも、未だ尽きることなく――。そうか)


 それは二十年前。師である牛鬼が、本家の所業に(いか)り、死の間際に祟ったものだ。――その祟りは薄れることなく、当主の体に病を落とし、蝕んでいた。


 キヨは語る。


『斑鳩家の協力もあって、今まであの山から澱みを抑えていたが――。それももう、限界のようだね』


 それは初めて知った事実。見藤は目を見開く。それと同時に、自身がどれ程までに過去から逃げていたのか――思い知らされた。

 電話口から聞こえてきたのは、小さく呟かれた言葉。


『なんの因果かねぇ……』

「それは――」


 その先を(つぐ)む。キヨに伝えていない事実、真実が脳裏をよぎった。しかし、今更伝えるべきではないと、首を横に振る。

 電話口から、呆れたような溜め息が聞こえる。


『その場所へ、行くというのなら――』

「問題ない。あの山なら、熟知しているからな」


 悪戯に笑って見せる。電話越しではそれすらも伝わらないだろうが、キヨは何も語らず。電話越しに、短い笑い声が聞こえて来た。


 そうして、旅立ちの時はすぐにやってくる――。


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