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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第八章 終幕、帰郷編

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82話目 閑古鳥が鳴く


 それから、数日後――。


 事務所には久保と東雲の姿があった。珍しく、見藤が彼らを呼んだのだ。見藤はソファーに腰かけ、二人と向かい合う。その隣には猫宮が丸くなって眠っていた。

 

 秋めいた風が事務所の窓から吹き抜ける。それはどこか哀愁を感じさせ、夏の終わりを告げていた。

 その風を頬に受けながら、久保と東雲は不安げに瞳を揺らす。見藤は二人を目の前にしながら、重々しく口を開いた。


「実はその――、この事務所をたたむことにした」


 突然の言葉に、彼らは瞬きを忘れているようだ。徐々に見開かれていく目。東雲は両手を握り締め、久保は怪訝に眉を寄せている。眠っていたはずの猫宮は、ぴくりと耳を動かした。


 そうして、ようやく彼らの口から発せられた声は震えていた。


「えっ……」

「どうして……?」


 東雲は言葉にならない声で、久保は疑問を口にする。二人とも、事務所で過ごす日々が終わりを迎えることなど、少しも疑っていなかったのだろう。


 見藤は彼らの反応を目にして、申し訳なさから眉を下げる。ばつが悪そうに頬を掻いた後、久保へ封筒を手渡した。それは数日前、事務所に届けられたものだ。


 久保が封筒から書類を取り出し、目を通し始める。隣に座る東雲も、その書類を覗き込んだ。視線が下がっていくと、徐々に眉を寄せた二人。


 見藤はそっと口を開く。


「このビルの老朽化もあってな。解体が決まったそうだ。実際、雨漏りも酷い。いっそのこと、これを機に……退去しようと思ってな」

「そう、ですか……。雨漏りなんて、一度もなかったですけどね」


 見藤は久保の嫌味を聞き流すことしか出来なかった。久保は大げさに鼻を鳴らし、態度で不服だと訴えている。

 しかし――、既に見藤の心は決まっていた。じっと、黒紫色の瞳が久保と東雲を見据える。発した声は意外にも冷静だった。


「だから、君たちは今日で最後だ」

「――解雇ってことですか?」

「そうだ」


 久保の問いに、見藤は力強く答え、頷いた。


 みるみるうちに、久保の表情は悲しみに呑まれていく。まさか、見藤から解雇を切り出されるとは思ってもみなかったのだろう。この古びたビルの一室を退去したとしても、移転先で見藤との関係は続いていく――、そんな甘い目算がたった一言で覆されたのだ。


 肯定された言葉。揺らぐことのない見藤の視線。それらは久保に事実を突きつける。

 久保は力なく呟く。それに合わさるように、手にしていた書類がはらりと床に落ちた。


「そんな……、あっさり」

「あっさりも何も……。この事務所自体がなくなるんだ。――()()()()日常に戻るだけだ」


 久保の呟きを聞き、見藤は首を横に振る。久保の心情が理解できないと言わんばかりに、態度で示す。

 互いに沈黙して、何も語らない時間が生まれた。


 静けさに包まれた事務所に、大きな溜め息がひとつ。久保と見藤がはたとして瞬きをすると、東雲が落ちた書類を拾い上げようとしていた。どうやら、先程の溜め息は東雲がついたようだ。


 彼女は書類を拾い上げると、そっと口を開く。


「分かりました」

「東雲っ……!?」


 久保が驚きの声を上げた。驚愕の表情を浮かべた久保とは反対に、東雲は冷静なようだ。

 彼女はひと息吸うと、意を決したように口を開く。


「見藤さんが決めたことやもの。うちらに何か言う資格はない」

「東雲はそれでいいの……?」

「よくない」

「それなら! 文句のひとつでも――」


 間髪入れず返ってきた東雲の本心。それを聞いた久保は、弾かれたように声を荒げた。しかし――、東雲の表情を目にした久保はその先の言葉を失う。その次には口を噤み、足元に視線を落とした。


 東雲は拾い上げた書類を丁寧に折りたたむと、小さく溜め息をつく。彼女の視線は見藤へ向けられ、それと共に書類を差し出した。


「見藤さんの、こんな顔を見たら……。うちは何も言えんよ……」


 そっと呟かれた言葉に、見藤は目を見開く。東雲から差し出された書類を受け取ると、困ったように眉を下げた。


「そんなに酷い顔、してるのか……」

「はい。本当はこんなこと言いたくない、っていう顔してました」


 東雲は肩をすくませながら、笑ってみせる。だが、その笑みは、心情とは裏腹に無理やり浮かべたものだと一目見て分かるものだった。

 彼女の健気さを目の当たりにして、見藤は不甲斐なさから居たたまれなくなり、視線を逸らした。


 再び、沈黙がその場を覆う。

 すると、それまで大人しく会話を聞いていた猫宮が途端に激しく耳を動かし、体を起こしたとき――。


「やあやあ、お揃いかな?」

「ンにゃ、やっぱり来たな」


 軽快な挨拶と共に、姿を現したのは煙谷だ。煙の怪異らしく、足元はまだ煙として(くすぶ)っていて、形を成していない。

 それに呆れたように言葉を溢した猫宮。二又に分かれた尾が、ゆらゆらと揺れた。


 すると、流石の煙谷も、事務所に流れている暗い雰囲気を感じ取ったのだろう。怪訝そうに首を傾げてみせると、 飄々と言い放つ。


「なに、この辛気臭い雰囲気」

「お前な……。何しに来た」


 見藤は眉間に皺を寄せ、吐き捨てるように言い放った。

 しかし、それに怯む彼ではない。煙谷はその場にいる久保や東雲に構うことなく、話を進める。


「そうだ。ちょっとした依頼があってね」

「依頼だと? もう、依頼は受け付けていない。うちの事務所は閉業だ」


 煙谷の言葉に、見藤は苛ついた素振りを隠すこともしない。

 閉業、その言葉が見藤の口から告げられると、久保と東雲は先程の会話が覆されることのない事実だと悟ったようだ。口を閉ざし、俯いた。


 しかし、そんな彼らを気にする素振りもなく。煙谷はいつもの調子で言ってのける。


「あ、たたむの? この事務所。えぇ~、面倒な依頼を押し付ける相手がいなくなるのは困るなぁ」

「はぁ……」


 見藤は眩暈を覚えた。彼の真意が掴めないのはいつものことだが、今日はやけに顕著なようだ。呆れ混じりに、見藤が小さく溜め息をついたときだ。


 周囲の空気が冷え切るような感覚に襲われる。それは久保と東雲も同じのようで、勢いよく煙谷を見やった。


 煙谷は飄々とした雰囲気から一変。鋭い視線を見藤に向け、口を開く。


「だけど、この依頼はただの依頼じゃない。これは――、君の血族からの依頼でもある。あの世から、死者の未練を僕が伝える」


 その言葉に、見藤は息を呑む。――死者の未練を伝える。それは現世に居憑く、獄卒としての役目なのだろうか。


 見藤の脳裏に、悲惨な事件の結末が蘇る。襲い来る『神異』を退けようとしていた本家。奇しくもそれは叶わず、凄惨な末路を辿った。それに同情しないと言えば嘘になるだろう。


 煙谷は死者の未練を口にする。


「あの山の悪神を鎮めて欲しいと、切実な依頼だ」


 その一言一句が、見藤の耳にへばりついた。

 煙谷はさらに言葉を重ねる。


「言うなれば文字通り最後の依頼、かな?」


 悪戯に告げられた内容にしては、随分重たい言葉だった。

 最後の依頼。その言葉が、見藤の胸に重くのしかかる――。



 口を閉ざした見藤に代わり、煙谷は飄々と言ってのける。


「――とまぁ、仰々しく言ってみたけれど。別に、この依頼を受けるか、受けないかは君次第だ。こないだも言ったけどね」


 重苦しい雰囲気を払拭するかのような軽い口調。形を成していなかった足はいつの間にか、人のそれを模っていた。


 煙谷は悠々とソファーまで歩みを進める。ソファーで寝そべっていた猫宮とばちり、と視線を合わせると、おもむろに彼を抱きかかえた。


 伸びた猫宮の胴体は腹を無防備に晒して、苛立ちを隠さない二又の尾は激しく左右に揺れた。

 猫宮は抗議の声を上げる。ぞんざいな扱いに、我慢できなくなったようだ。


「何すンだ!」

「どうどう」


 煙谷は猫宮が寝そべっていたはずのソファーに腰を下ろす。抱き上げたままの猫宮を膝に乗せ、まるで身動きが取れないように抱きかかえたのだ。

 そうして、煙谷はじっと見藤を見据える。まるで同意を求めるかのように、しかし、呆れたように言い放つ。


「厚顔無恥とはこのことだよね。唯一残った君に、一族の後始末をさせようって言うんだ」


 その言葉を聞くや否や。怒りを露わにして、火車の姿をとろうとした猫宮。しかし、それは煙谷によって阻止されてしまった。どうやら、煙谷は猫宮の行動を予測していたようだ。


 猫宮は首根っこを掴まれ、篝火が行き場をなくして彷徨っている。低く唸ると、またもや抗議の声を上げる。


「オイ、煙谷!」

「猫宮。君はこの件に関して、口を挟むことはできないはずだよ?」

「チッ……」


 煙谷は冷静に言い放った。猫宮は上手く言い返すことができず、舌打ちをすると、不貞腐れたように丸くなった。


 火車でもある猫宮は、魂をあの世まで届ける役目を担うことがある。この世を去った見藤家の霊から、事情を耳にしていても何ら不思議ではない。また、煙谷とは旧知の仲だ。見藤が知らないあの世のことも、熟知していることだろう。


 目の前で繰り広げられた煙谷と猫宮のやり取り。見藤は重い口を開く――。


「俺は――」

「一応、言っておくけど――僕は君に責任はないと、説明はしたからね。僕としても、この依頼は不本意だよ」


 言葉を遮ったのは煙谷だ。彼なりに、役目と心情は別だと訴えているのかしれない。


 すると、そこに割って入ったのは久保だ。彼はわなわなと唇を震わせている。


「どういう、ことですか……? 悪神って? 呼び名だけでも、まずいモノなんじゃ――」

「久保くん、君たちは戻るんだ。怪奇なんて何も知らない、日常に。これ以上、俺に関わらない方がいい」


 見藤は間髪入れず、言葉を重ねた。――その言葉は拒絶ではなく、真に彼らを思ったものだった。

 忠告、警告。見藤自らが、(のろ)われた血筋であると自覚するには十分な出来事だったのだ。


(彼らを遠ざけないと――)


 今、起こっている凶事に対し、そう思い至る。


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