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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第八章 終幕、帰郷編

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79話目 報復と享受③


 夕闇の路地に胴間声が木霊し、街灯がチカチカと揺れた。濃い澱みが地面を這う。


【待ッテイルヨ】


 地蔵は黒い涙を流しながら、何の前触れもなく姿を消した。佇んでいたはずの地面には黒い染みがじんわりと広がっているだけ。


 突然の出来事に、見藤は肩を上下しながら粗く呼吸を繰り返す。地蔵の言葉が耳にへばりついていた――。


 ◇


 ただ、茫然とその場に立ち尽くす。『神異』の襲撃を受けたにも関わらず、周囲は平凡であるかのように時を進めていた。


 見藤は、はたと足元にいる黒猫を見やる。すると、黒猫は視線の意味を察したのだろう。小さな溜め息をつくと、人の姿に形を変えた。

 それは――、見藤がよく知る久保の姿。だが、その姿で言葉を発することはない。


 人の姿に化ける怪異――、見藤の中で思い当たることがあった。


「お前、あの時のドッペルゲンガーだったのか……」


 見藤の呟きに、久保の姿を模していた彼はすぐさま黒猫の姿へ戻る。


「ふん! どうでもよかろう」

「助けてもらったが、礼はなしだぞ。あの時、お前が霧子さんにしたことを俺は許しちゃいない」


 見藤は少しだけ怒りを滲ませながら、黒猫に話し掛ける。


 それは初めて彼と邂逅したときのこと。彼は見藤の姿を模して、霧子に「ちょっかい」を掛けた。見藤はそのことを根に持っていた。


 年甲斐もなく、怪異を牽制した見藤。だが、その次には気を取り直して、と言わんばかりに鼻を鳴らした。


「それで? どうして、俺の影から現れた?」

「なんだ、猫又や小僧から聞いとらんのか」

「どういう意味だ……?」


 黒猫の言葉に、見藤は首を傾げる。そこでどうして、猫宮や久保の名が挙がるのだろう。

 すると、黒猫はじっと見藤を見つめる。


「吾は猫又から、縄張りの一部を譲り受けた。お主を、見守れるように」

「猫宮が……? それに、どうして俺を……?」

「まぁ、よい。見せてやろう。そちらの方が早い」


 黒猫はそう言うと、一度見藤の影に潜る。そうして、次に姿を現したときには――。

 見藤は言葉に詰まりながらも、なんとか音を口にする。


「お前、その姿は……」


 黒猫が次に姿を変えたのは、少年時代の見藤の姿だった。短く乱雑に切られた髪、丸みを帯びた額は幼さを残し、瞳は深紫(こきむらさき)色に輝いている。

 その姿を見せ終えた彼は、再び見藤の影に身を落とす。すると、姿を黒猫に戻して、現れた。

 黒猫はそっと口を開く。


「そうだ。いつぞやのお主の姿だ。吾は認知の残滓であった頃の記憶を持つ。そのまま、人々の認知を得て怪異と成った」

「斑鳩の言っていた、残滓の記憶を持つ怪異――。そうだとすれば、お前は」

「そうだ。吾はあの村を知っている」

「っ……」


 黒猫の告白に、見藤は息を呑んだ。「あの村」とは見藤家が興した村のことで間違いないだろう。そうだとすれば、彼はあの村に囚われていたことになる。その彼が何故、己を守ろうとしているのか理解が及ばす。だが、今は考えるべきではないと思考を放棄した。


 そのまま、黒猫は言葉を続ける。


「あの村は長いこと外の世界と断絶されていたからな。それこそ、人の子が神話と呼ぶ時代から――」

「おい、待て――。理解が追いつかない……」

「どうしたのだ。持ち前の賢さはどこへ消えた?」

「頭を……整理させてくれ。神の残滓は――」

「あぁ。あの山間一帯にならば、あっただろうな。お前たちの一族は長らく、あの山に籠っていた」


 次々と見藤の理解が及ばない情報を口にする黒猫。


「まぁそれも、不浄の地と堕ちたがな」


(神の残滓を喰らった怪異が、神と似た力を持つ怪異に変化した――? 神降ろしとも似た事象か? 成る程、だから煙谷は『神異』と言ったのか……。あいつ、何を知っている……? これは早く、煙谷に話を聞きに行かないと――)


 見藤の推察が正しければ、その怪異はさらに力を持ち、人の世に過大な影響を及ぼす。それが、神と違わぬ力を持てば――。並みの(まじな)い師では到底、御することはできない。――これは『神異』に対して、怪異封じが効かない要因となるだろう。

 

「最悪だ」


 結論に至った見藤は吐き捨てるように呟く。そこでふと、思い起こすことがあった。


「山神は……どうなった? あの日、悪神に堕ちたはずだ」

「さぁ、そこまでは知らぬよ。ただ、悪神と成り果てた先に待つものなど――」

(ろく)なことはないな」


 黒猫の言葉を引き継いだ見藤。


「そういうことだ。かの存在は未だ、あの山に居座っていることだろう。悪神に堕ちたと言っても、その存在はお主らが『神異』と呼ぶものと変わらんよ」


 黒猫は呆れたように鼻を鳴らすと、さらに言葉を続けた。


「油断するな、気をつけろ」

「……肝に銘じておくよ」


 そう答えると、黒猫の言葉を咀嚼する。彼の言うことはもっともだと、強く頷いた。


 見藤は黒猫――、ドッペルゲンガーを見やる。彼はドッペルゲンガーという現代の怪異として姿を得たが、その思考や知識は見藤の比にならない程、聡明だろう。猫宮が彼に縄張りの一部を分け与えたというのも頷ける。


 思わずして得た縁に、安堵の溜め息をついた。すると、黒猫は不意に声を上げる。


「して、お主」

「ん?」


 先を急ごうとしていた見藤は呼び止められ、足を止めた。黒猫が見藤をじっと見据えている。

 何か言いたいことでもあるのだろうか、と見藤が首を傾げたとき――。


「あの女怪異と(つが)ったのか?」

「…………」


 どこかで聞いたような台詞を口にした黒猫。見藤は辟易とした表情を浮かべる他なかった。


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