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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第八章 終幕、帰郷編

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79話目 報復と享受②

* * *


 見藤は煙谷の事務所へ向かっていた。事務所に久保と東雲、霧子を残してきてしまったが、斑鳩の知らせは急を要するだろう。


 足取りは重い。煙谷の事務所は遠方だ。事務所を発ったときは昼間だったにも関わらず、時刻は既に夕刻間近。――大禍時が迫っていた。


(直接会って、話をした方が早いだろう。あいつはそういう奴だ)


 脳裏に浮かんだ、煙谷の顔に辟易とする。

 電話を寄越そうにも、まさに煙のように自由奔放な煙谷のことだ。面倒だと思われれば、一方的に電話を切られることも想定済み。煙の怪異である煙谷を、事務所に呼び寄せようものなら霧子の制裁が待っている。


 見藤が自らの足で、彼の事務所に赴くのは必須だった。


(それにしても、斑鳩の忠告を受けた手前。こんな時間に出歩くのは無謀のような気もするが……)


 そう思った矢先。悪寒が背筋を這い、思わず足を速めた。――最初、『神異』と邂逅したのも大禍時だったと思い出す。


 不意に、背後から風が吹く。頬を撫でる湿った風。目の前が霞むような濃い澱み――。それは見藤に『神異』の存在を知らせるには十分で――。


()()()()が過ぎるなっ……!」


 悪態を吐き捨てながら、振り返る。そこで目にしたモノに、見藤はぴたりと動きを止めた。

 そこにいたのは――。


(口でも、目でもない『神異』――?)


 これまで目にしてきた『神異』の姿ではない。あれらは人の肉体の一部を模したものであり言葉にするにも、おぞましい異形の姿形をしていた。だが、目の前にいるのは――。


「耳を塞いだ、地蔵……?」


 澱みを(まと)い人を襲う『神異』と、人々の信仰対象となっている地蔵。それらは相反する存在のはずだ。

 見藤は理解が追い付かないまま、得体の知れない存在と対峙する。ただ、不意に脳裏を掠めたのは――。


(霧子さん……、出て来るなよ……!)


 拳を握り締め、心の内に呟く。

 先の『神異』との対峙で澱みにあてられた霧子だ。見藤がそう強く念じれば、まるで返事のように微かな霧が頬を撫でた。


 地蔵は不気味なほどに、柔和な笑みを浮かべている。だが、目を凝らすと、その笑みとは対照的なおぞましい光景があった。石でできているはずの体は黒々とした血管が浮き出ている。規則的に脈打つ血管は異常性を示す。


 ――ごとり、地蔵が体をもたげた。


 見藤は思わず後退る。砂利を踏みしめる音が僅かに響くと――、柔和な笑みを浮かべていたはずの地蔵の目が見開かれた。黒い涙を流し、地蔵の体が戦慄(わなな)く。


 それと同時に、地蔵が口を開き、胴間声(どうまごえ)を上げた。耳をつんざくような奇声。まるで見藤の血を求める呪詛のように響く。


「くっ……! うるさっ――」


 直接、鼓膜を揺らすような衝撃。見藤は耳痛に顔を歪め、耳を両手で塞ぐ。――それが隙を生んだ。

 気付いたときには、地蔵から伸びた肉塊の腕が目前に迫っていた。(ただ)れた皮膚を纏った腕は見藤の首を狙う。


(しまった――!)


 咄嗟に首を庇おうと腕をもたげたが、それだけでは抵抗も虚しく。見藤に残されたのは――、待ち受ける痛みを享受することだけ。


(ほう)けるな! 油断しおってからに!」


 唐突に、耳に届いた叱咤。


 見藤は、はっと目を見開き、声の主を探した。視界を遮るように現れた影が、足元から伸びて肉塊の腕を弾き返す。そのまま影は実体を現し、地面に足をつけた。


 すらりとした黒猫の姿。彼は見藤を守るかのように、前に出る。全身の毛を逆立たせながら、地蔵を威嚇した。

 意外な助け手の姿に、見藤は目を丸くし、戸惑いながらも口を開く。


「黒猫……。お前は……?」

「今はどうでもよかろう!? 構えい!」

「くそっ……!!」


 黒猫の叱咤に悪態を大きくつくと、目前の地蔵を見据えた。地蔵の姿を(かたど)っているものの、その正体は『神異』なのだろう。見目のおぞましさが、それを物語っている。

 

(今までの『神異』は見た目通りの特徴を持っていた。だが、この『神異』は……?)


 これまで対峙した『神異』。口であればよく喋り、目であれば視界を頼りに動く。


「生憎、そろそろ『神異』の封じ込めに慣れてきた頃だ!」


 叫び、己に発破をかける。これまでの『神異』との対峙で、一時しのぎではあるが時間を稼ぐ手段は分かっている。弱点さえ見抜ければ『神異』とて、並みの怪異と変わらない。

 

 見藤が一歩、後退る。すると、地蔵は閉じていた目を見開き、黒い涙を流す。黒い涙が地面に落ちるたび澱みが地面を這い、見藤の嫌悪感を引き出す。肉塊の腕が動くたび、爛れた皮膚から腐臭が漂い、路地を満たした。


(違う、耳がいいんだ……。耳を塞いだ地蔵――、すなわち「聞かざる」を反転させた)


 思考による分析は勝機を見出すために必須だ。

 しかし――。


【戻ッテオイデ】

「はっ……?」


 一瞬、思考が止まる。

 地蔵から発せられたのは、慈しみを込めたような声音。しかし、見藤にしてみれば全身の産毛が逆立つほどの嫌悪感と、本能が拒絶を示す。一気に血の気が引き、視界が回る。


 途端、足元の黒猫が見藤の足を引っ搔いた。見藤は弾かれたように意識を取り戻し、痛みでなんとか正気を保つ。

 黒猫は呆れたように鼻を鳴らした。――どうやら、先程の声は黒猫には聞こえていないようだ。


「小僧、しっかりせんか!」

「ああ! くそっ……! 考えるのは後だ!」


 見藤は懐から、(まじな)いの札を取り出す。せめて、動きだけでも封じることができれば、退路は確保できるだろう。


 黒猫は影を移動する。見藤の影から電柱の影へ瞬時に移動し、鋭い爪で地蔵から生え出た腕を切り裂いた。


 影が揺らめき、地蔵の胴間声が一瞬、途切れる。だが、黒猫の加害だけで『神異』を退けることは不可能だった。



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