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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第八章 終幕、帰郷編

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79話目 報復と享受


 見藤はただ、佇んでいた。泥中に沈んでいくかのような意識。テレビの音が遠のき、耳鳴りが襲う。


 今しがた目にした、画面の向こうで起きた怪奇事件。それはどこか別の世界のことのような錯覚に陥る。――しかし、映像と重なる記憶は事実であると告げていた。


「――(まこと)


 不意に呼ばれた名。見藤は弾かれたように、現実へ引き戻される。冷え切った指先に触れる、少し低めの体温がじんわりと分けられていく。はたと視線をやれば、そこには心配そうな表情を浮かべた霧子が寄り添っていた。


 見藤は乾いた喉から、どうにか音を捻りだす。


「霧子さん……」

「あんたが何を考えているのか、分かるわ。――あんたに責任はないもの」


 間髪入れず返ってきた言葉は肯定だった。霧子も同様に、先程の報道を見て思い当たることがあったのだろう。しかし――、見藤ほどその心情は優しくない。テレビに向けた視線は冷ややかで、()()()()()には興味がないとでもいうようだ。


 霧子が心配しているのは、あくまでも見藤の心情。


 すると、おずおずと掛けられた声。その言葉を掛けたのは東雲だった。久保と東雲が心配そうに、振り返っている。


「あの……、見藤さん。顔色が悪いですけど、大丈夫ですか……?」

「あ、あぁ……少し、な」


 誤魔化すように眉間を押さえ、掠れた声で返事をした。ふらつく足でなんとか体を支え、ソファーに腰を下ろす。

 

 すると――、ピピピピ……。スマートフォンの着信音が鳴った。

 ただの着信音がけたたましく感じられ、見藤は嫌悪感に眉を寄せた。ポケットからスマートフォンを取り出す。そこに表示されていたのは――「斑鳩」の文字。


「悪い、少し外す」


 そう言い残して、見藤は事務所の隅へと移動した。久保と東雲の怪訝な視線が彼を見送る。

 電話を取ると、すぐさま斑鳩の声が届いた。


『よお、見藤。無事か?』

「斑鳩……。開口一番になんだ」

『報道、観ていないのか? 片田舎の一家無理心中。氏名は伏せられていたが、あれはどう()()も――』


 斑鳩の言葉は見藤の身の安全を心配したものだった。そこで言葉を切った斑鳩に対し、見藤は彼が同じ報道を目にしていたのだと察する。見藤ほど()()()()とは言えない斑鳩でさえ、『神異』の痕跡を目の当たりにしたようだ。


 見藤は喉が(つか)える感覚を押し殺し、言葉を発した。


「…………今しがた、知った」

『そうか……』


 斑鳩の声音は弱々しい。見藤の事情を知らぬとは言え、それでも思う所はあるのだろう。

 そこで、ふと気付く。斑鳩家の本来の役目は怪異事件の情報統制も含まれている。だが、目にしたのは「一家無理心中の怪奇事件」だ。見藤は苛立ちを隠さず、斑鳩に尋ねる。


「斑鳩家の情報規制はどうしたんだ? 機能していないぞ」

『……間に合わなかったんだよ。情報の巡りが早かった。見藤本家は俺たちの監視外だろ? それに――、発見したのは近隣住民だからな』


 見藤は息を呑む。立ち去り際に垣間見た、屋敷を襲う『神異』との攻防が脳裏に浮かぶ。悲惨な現場が容易に想像できてしまった――。やっとの思いで口を開く。


「はぁ……。それにしても――」

『あぁ。見藤家は『神異』の襲撃によって壊滅、だ。生存者はいない』

「…………」


 生存者はいない、その言葉が重くのしかかる。


 見藤は目を伏せた。胸に渦巻くのは複雑な感情。――本家のことを恨みはしない。だが、(ゆる)しもしない。ただ、人生に無関係であればよかった。彼らが己の知らぬうちに、怪異や『神異』に襲われたとしても関心を寄せることはなかっただろう。


 だが、見藤は言葉を交わしてしまった。ほんの僅かでも人となりを知ってしまえば、抱くのは同情。――特別、鏡花に関しては彼女の境遇を自分と重ねてしまったこともある。


 霧子に掛けられた鏡花による、言葉の(のろ)いを癒した今。見藤の中に残ったのは僅かな憐憫(れんびん)の情。


 見藤は深い溜め息をつく。すると、電話口から声が上がる。


『おい? 何かあったのか?』

「なん、でもない」


 斑鳩の問いに、言葉を詰まらせながら、そう答える他なかった。

 すると、斑鳩は普段の豪快さから想像がつかないほど声音弱々しく、言葉を続ける。


『……そうか。おっと、お前に報告しないといけないことが他にもある』

「何だ……?」

『芦屋家、賀茂家、道満家にも被害が出ている。目、口の『神異』による襲撃は続いているようだ。これは――、由々しき事態だ』

「それは、どういう――」


 斑鳩の報告は予想だにしていないものだった。しかし、見藤は言葉を(つぐ)み、はたと思い当たることが脳裏に浮かぶ。――それは鏡花の言葉。


あれ(『神異』)は貴方を追ってきたと同時に、わたくし共もあれの標的です」


 標的となった者に共通すること――、皆等しく見藤家の血筋であること。


 見藤は重々しく口を開く。


「……斑鳩。家系図を辿れ。もしかしたら、どこかで見藤家の血筋が混ざっているかもしれない」

『おいおい……、それじゃあまるで――』


 斑鳩は言い掛けた言葉を(つぐ)み、見藤による提案の真意を悟ったのだろう。息を吞む音が微かに電話口から漏れる。


 会合において、過去を(さかの)れば、他家による見藤家の()の取り込みは言及されていた。婚姻による家同士の結び付きの他にも、当主が非人道的だと揶揄したことが本当に行われていたのだとしたら――。


 無言の肯定。


「……」

『そうなのか……?』


 戸惑いながらも、斑鳩は見藤の提案を受け入れる決断をしたようだ。彼の声が少し電話口から離れ、指示を出す声が聞こえて来た。

 電話口の喧騒が治まると、斑鳩は真剣な声音で言葉を紡ぐ。


『見藤、気を付けろよ』

「あぁ……」

『分かり次第、連絡する』


 斑鳩は力強く言葉を紡いだ。だが、そこで通話を終えることはなく――。


『そうだ、見藤』

「何だ……。まだ何かあるのか?」


 見藤の問いかけに、斑鳩はすぐに答えず。どうやら、どう言葉を選べばいいのか迷っているようであった。

 しばしの静寂。すると、斑鳩が大きく息を吸う音が聞こえたかと思うと――。


『……義弟(おとうと)が、すまなかった。……迷惑をかけたな』


 それは芦屋の暴挙を詫びる言葉だった。彼の言葉に、見藤は目を見開く。どのようにして彼が芦屋の暴挙を知り得たのか、疑問は尽きない。だが、それも今は考えることでもないだろう。

 見藤はこれでもかという程、大きな溜め息をついた。そうして――。


「別に」


 素っ気なく、そう返事をしたのだった。――芦屋を(ゆる)したのは霧子であり、見藤ではない。せめてもの、感情の落としどころだ。


 電話口から漏れる安堵の溜め息。少なからず、斑鳩は罪悪感を抱いていたのだろう。多くは語らない、これが見藤と斑鳩の友としての形だった。


 気を取り直してと言わんばかりに、斑鳩は咳払いをひとつ。そうして、そっと言葉を掛ける。


『それじゃ、また』

「ああ」


 斑鳩の別れと再会を約束した言葉に、力強く返事をしたのだった。通話を終えた見藤は、スマートフォンを握った手を力なく下ろす。


 もたらされた情報、他家にも及ぶ口と目の『神異』による被害。脳裏を占めるのは「謎」。


(なぜ、あれらの『神異』は見藤家の血を狙うんだ……)


 見藤は振り返り、テレビを見やった。コメンテーターと思しき人物が、先程の報道に対して過激な言葉を並べている。その言葉は頭に入ってこない。ただ、雑音として見藤の耳に届く。


(そうだ、煙谷……。癪に障るが、あいつなら何か知っているかもしれない――)


 ふと、思い浮かんだ煙谷の顔。そもそも、人によって祀られた怪異が逸脱した行動をとるものを『神異』と呼んだのは煙谷だ。


 見藤はスマートフォンをしまい込み、出掛ける準備を始めた――。



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