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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第八章 終幕、帰郷編

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78話目 引かれ者の小唄

※非常にダークな回になっております。

苦手な方はご注意ください。


 見藤が本家の屋敷を去った後。


 残されたのは、混迷を極める『神異』との攻防だった。依然として、屋敷を覆う結界を食い千切ろうとする口の『神異』によって結界が揺らぐように脈打つ。

 目の『神異』が結界をこじ開けようとすれば、ガラスを引っ掻くような甲高い音が響く。澱みを纏い、腐臭を帯びた風が分家の者たちを怯ませる。


 分家の術者は必死に呪文を唱えるが、戦況は膠着したままだった。


「早く、早く去ってくれ――」


 祈るような呟きも、『神異』が放つ胴間声(どうまごえ)によってかき消される。それはまるで地獄の底から響く、呪詛のようだった。


 ◇


 そこは地下牢。

 鏡花は座り込みながら力なく項垂れ、冷たい石壁にもたれかかっていた。彼女の虚ろな眼差しは失望を物語る。――呪縛から己を救ってくれるのではないか、という願い。所詮、願いは幻想でしかなかったのだと知った。


 時折、揺れる天井が時間の流れを知らせる。それは『神異』の襲撃が続いていることを示していた。

 おもむろに天井を仰ぎ、ぽつりと呟く。


「わたくしの撒いた種は、きっと上手くいくはず――。()だけが見藤家の呪縛を逃れ、怪異と幸せになるなんて、あまりにも酷い」


 それは八尺様――、霧子という名を持つ怪異に仕掛けた言葉の(のろ)い。それがほんの僅かでも、彼女の心を(むしば)む毒となればいい、とほくそ笑む。


 鏡花の心に渦巻くのは、愛を知る怪異への(ねた)(そね)み。そして、実父に婚姻の道具として示された人生への静かな怒りだった。


 彼女はふと、幼い頃の記憶を辿る。母の優しい手、姉や(女中)の温かな声。それらが見藤家の再興のために、という傲慢な理由で奪われた瞬間――。


「母はわたくしを愛してくれた……。それなのに、父は――」


 死別した母と姉や(女中)(しの)ぶ。


 鏡花の手が、床に落ちた封印の札を無意識に握り潰す。そこで脳裏に浮かぶ、()の言葉――。


「君はそういう生き方しか知らないだけだ。ほんの少しで良い、自分から外を向いてみるといい」


 鏡花の心に(くさび)を打ち込んだ。本家の呪縛に従うのか、己の本心に従うのか――。あの言葉は彼女に初めて「選択」の可能性を示したのだった。


「わたくしのやりたいこと。最後にその勇気を下さったことは感謝すべきなのでしょう……」


 鏡花は立ち上がる。壁に手を添わせながら、震える足に力を込め、なんとか歩みを進めた。――これから自身が起こす凶事に恐怖し、息は上がり、足はすくんでいた。しかし尚、決意は揺らがない。




 ようやく辿り着いたのは、屋敷を覆う封印の要となる場所。幾重にも書き連ねた紋様と図式、中央に鎮座する札。


 鏡花はその手で結界の要となる札に触れる。握っていた札を押し付け、効力を相殺する。――奇しくも彼女が握った札は、(見藤)が書き換えた札だった。


 目を閉じ、記憶も朧げな母の笑顔を思い浮かべる。父の野望、賀茂家への反抗心。それら全てを己の手で(くじ)く覚悟が、彼女の胸に宿っていた。


「さて、これで……。晴れて自由の身です」


――ピシリ。亀裂の入る音が、屋敷中に響く。

 鏡花は屋敷に張られた結界を解呪したのだった。その音を一身に浴びながら、天を仰ぐ。


「もし、あの世で会うことができれば、その時は……。いいえ、わたくし()()は地獄に落ちる。そのような願い、叶わない……」


 笑みをたたえながら、そう言葉を溢した――。


「鏡花……!」


 突然の声に、鏡花は振り返る。


 そこにいたのは――、床を這いずりながら進む、哀れな当主()の姿だった。恐らく『神異』との攻防で揺れる屋敷の中、転倒したのだ。車椅子から転げ落ちながら、結界をどうにか維持しようと、ここまで這いずってきたのだろう。


 そのような姿を目の前にしながらも、鏡花はこともなげに返事をする。


「あら、お父様」

「屋敷の結界を解いたのか!? 一体、何を考えている!」


 怒りを(あら)わにし、声を荒げる当主。


「これはわたくし達が受けるべき報いでしょう? わたくしの母も、姉や(女中)も犠牲になった……」

「お前っ……! いつから知って――」


 鏡花は当主()の怒声を冷静に受け止め、静かに答えた。


「なんとなく、察してはいました……。母は病死ではなく、()()()()()のだと――」


 屋敷の一角が崩れ落ちる音が、鏡花の耳に届く。外で応戦していた分家の術者の声がぴたりと止んだ。

 だが、鏡花は気にする素振りもなく、淡々と言葉を続ける。


「言わざる『神異』、見ざる『神異』、聞かざる『神異』が見藤家の血を狙うのは当然のこと。()()の報復は当然の権利……」


 当主の顔が恐怖に歪む。鏡花は足を踏み出し、床を這う当主の目の前で屈んだ。子どもじみた仕草で首を傾げると、そっと口を開く。


「わたくしたちが足掻くのは、もう終わり」


 屋敷の天井から、さらなる振動と砂埃が降り注ぐ。口の『神異』と目の『神異』の胴間声が、勝利の咆哮のように響き渡った――。



 * * *


 それから数日後――。


 事務所の壊れたままの扉をくぐり抜けて、一目散に駆けつけたのは東雲だった。彼女はソファーに座る霧子を見るや否や、その顔に安堵と嬉しさを滲ませる。駆け出したそのままの勢いで霧子に抱き着いた。


「うわぁあん! 霧子さん、お帰りなさい!!」

「し、東雲ちゃん……」


 東雲を抱き留めた霧子は照れくさそうに微笑む。東雲の言葉は霧子に何が起こっていたのか――、それを知るもので。霧子は向かいに座っていた見藤へ困ったような視線を送る。


 見藤は気まずそうに頬を掻くと、躊躇(ためら)いがちに口を開いた。


「いや、その……。少し、相談にのってもらってだな」

「相談どころじゃないですよ、全く」

「久保くん……」


 唐突に掛けられた声。声がした方を見やれば、壊れた扉をくぐる久保の姿があった。(わずら)わしそうにしながら、くぐり抜けた後には応急処置として置いているベニヤ板を戻す。


 久保は呆れたように言葉を溢した。


「いつ直すんですか、これ……。防犯の観点から言えば最悪ですよ」

「まあ……、追々だな。色々立て込んでて、つい後回しに――」


 見藤はまたも頬を掻いたのだった。

 すると、久保は何かを探すように視線を巡らせる。しかし、探し物は見つけられなかったようで、首を傾げながら尋ねた。


「あれ? 猫宮はどうしたんですか?」

「ああ。なんでも、縄張りの一部を譲った子分らしき怪異がいるそうだ。最近はそいつとつるんでるらしい。黒猫の――」

「へぇ……、ん? 黒猫……?」


 見藤の答えに、どうやら久保は思い当たる節があったようだ。ひとり呟きながら、見藤の隣に腰を下ろす。

 すると、向かいに座る東雲が芝居じみた声を上げた。


「愛憎劇に巻き込まれた霧子さん、なんて可哀想に……」

「……まだ続いてたんだ、その設定」

「む! 久保には複雑な女心は分からんよ」

「分からなくて良いデス」


 久保の指摘に、口を尖らせながら抗議の声を上げる東雲。それは束の間の休息と呼べるに相応しい。

 いつものように漫談を繰り広げる二人を眺めながら、見藤と霧子は久々の団欒を享受した。


 ◇


 団欒の時間はゆったりと過ぎていく――。

 すると、見藤は久保がテレビを食い入るように眺めていることに気付く。運んできたコーヒーカップを手渡し、声を掛ける。


「何をそんな熱心に観てるんだ?」

「えっと、少し気になるニュースがあったので」

「珍しいな、久保くんが」


 彼は学生で、就活中でもある。時事に関するものなのだろうか、と考えて気に留めなかった。


『――田舎で起きた、奇怪な事件の続報です。遺体で発見されたのは二十代女性と六十代男性と判明。さらに身元不明の数名の遺体が確認されています』


 テレビから流れる報道。抑揚のない音声が事務所に響き渡る。すると、東雲が久保に声を掛けた。


「なあ、久保……。最近、変なニュースが多いと思わへん? それに、これ……視えてる?」

「あまり、よく視えないけど……。何か、もやもやしてる?」

「そう」


 テレビ画面を食い入るように見つめる久保と東雲。会話の内容からして、怪奇なものが映り込んでいるのだろうか。

 見藤は二人に声を掛けようと、席を立つ。怪奇な事件に興味を持つものではない、と忠告するべく、口を開いた。


「君たち何を()()――」


 しかし、ぴたりと動きを止めた。画面に映るのは――、映像の一部。見藤の目に映るのは、事件現場と思しき家屋にへばりつくようにして留まる濃い澱み。

 そして――、『神異』の痕跡のようなもの。その光景は澱んだ気配がテレビ越しにも伝わるようで――。見藤の脳裏に、『神異』の胴間声が蘇った。


 アナウンサーの原稿を読み上げる声が流れる。


『地域住民による取材によれば、遺体で発見された二十代女性と六十代男性は介護疲れによる一家無理心中と思われていました。しかし、性別が判明していない遺体との家族関係は不明。遺体は一部、損傷が激しく、野生動物による遺体損壊も視野に入れ――捜査している状況です。続きまして――』


 途切れることなく、淡々と読み上げられていく報道内容。一言一句が、見藤の耳にへばりつく。


 微動だにしない見藤を不思議に思ったのだろう。久保が振り向き、そっと声を掛ける。


「見藤さん……?」

「なん、でもない――」


 言葉を詰まらせながら答えた。――見覚えがある田舎風景、規制線が貼られブルーシートに覆われた屋敷。報道された被害者の年齢、性別。全てが記憶と繋がる。

 それを理解したとき、見藤の脳裏に蘇ったのは――小さく肩を震わせていた鏡花の姿だった。別れ際、彼女はようやく本家の呪縛を振りほどき、選択の自由を掴もうとしていたはずだ。


 だが、結果は――。

 見藤が想像できるのは『神異』の強襲によって、その道は絶たれてしまったことだけ。


()()、俺だけが逃げたのか……?)


 自問自答の中、泥中に沈んでいくかのような意識。徐々に冷えて行く指先が――、現実であることを告げていた。


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