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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第八章 終幕、帰郷編

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76話目 望まぬ愛逢月③


 先を歩いていた鏡花はぴたりと歩みを止める。肩を震わせながら、見藤を振り返った。彼女の瞳は――、哀しみをたたえていた。


「怪異を、愛する……? なにを馬鹿なことを――」


 声を震わせながら、怒りを(あら)わにし始める。


「所詮、怪異である八尺様が抱く愛情は、人々の認知によって生まれたもの! 真に、貴方を愛している訳ではないわ!」

「君には、そう視えるんだな……」


 鏡花の言葉など、信用するに値しないと言わんばかりに――。見藤は憐れんだ眼差しで彼女を見つめた。その次には目元を綻ばせながら、言葉を紡ぐ。


「俺にとっては八尺様――、霧子さんが感じたこと、抱いた怒り。全てが彼女のものだと断言できる」


 脳裏に浮かぶのは、共に過ごした霧子の表情や声音、照れた仕草。そのどれもが生き生きとしていて、乾いた心を満たしてくれた。彼女に抱く愛情は怪異や、人という種の枠組みを超えたものだった。


「それに……。そうでなければ、あんな可愛らしい嫉妬はしないだろう」


 ふっと短く笑みを溢しながら語る。――霧子は見藤に怪異の痕跡が憑くことを極端に嫌う。それを思い出し、満更でもないと目を細めた。


 見藤は鏡花を見つめる。気丈に振る舞っているものの、彼女は――幼い少女のままなのだろう。


「君は、誰かに愛されたかったんだな……」


 諭すような声音で紡がれた見藤の言葉。鏡花は目を見開き、僅かに震える唇を噛み締めている。

 さらに、言葉を重ねた。


「俺が君を愛することはない。俺が霧子さん以外を愛することはないんだ。寧ろ、俺みたいに面倒な人間に捕まってしまった霧子さんの方が――。これは自虐が過ぎるな」


 自嘲するかのように、鼻を鳴らしてみせる。しかし、その次には表情を変え、真剣な眼差しを鏡花へ送った。


「鏡花さん。君はそういう生き方しか知らないだけだ。ほんの少しで良い、自分から外を向いてみるといい」


 はっと、息を呑む音が見藤の耳に届く。


「村の外は――、広かった。もちろん、善人ばかりじゃない。どうしようもない奴もいる。でも、それなりに……悪くない」


 目元を下げながら、口にした言葉は見藤の本心だった。


「もし、誰かに愛された記憶があるなら、それを胸の内で大切にしておくといい。その記憶があれば、寂しくもないだろう」


 見藤は霧子の髪の束を懐から取り出し、そっと握りしめる。自ら触れたいと願うのは霧子だけだ。

 さらに、牛鬼から受けた愛情のことを思い出す。あれは親の愛情だった。村を出た先でキヨと出会い、斑鳩と出会った。

 そうして――、久保や東雲との出会いと日常が、人に対して懐疑的だった自分を変えたのだ。


 鏡花にもそのような記憶があれば――。ほんの少しでも救いになるのだろうか、と目を伏せた。


 見藤の言葉に、鏡花は震える唇をそっと動かす。


「母と姉や(女中)は……わたくしを大切にしてくれていました。でも、死別してしまった……」


 そこで言葉を切り、吐露する心情をせき止めるかのように首を横に振る。彼女は戸惑いの表情を浮かべていたが、鋭い視線で見藤を睨み付けた。


「貴方はあの怪異に名を与え――、男女の契りを交わしているのですね」

「…………」


 問い掛けに、見藤は無言を貫く。それは無言の肯定だ。

 鏡花は小さく溜め息をつくと、じっとりとした視線を送る。


「貴方に愛される怪異なんて……心底、(ねた)ましい。……私では駄目なのですか?」

「霧子さんだから、だ」

「そう、ですか……」


 見藤の揺るぎない心を悟ったのだろうか――。

 鏡花は力なく言葉を溢した。対話は終わったと言わんばかりに、勢いよく背を向けて歩き出す。


「あと少しになります。よく、ご覧下さいね。貴方の選択が、正しいのかどうか――」


 暗がりに、鏡花の冷ややかな声音が木霊した。


 ◇


 辿り着いたのは、地下の最下層。そこは地下牢のような造りをしているが、異様な光景を晒していた。壁中に封印の札が張り巡らされ、数枚が床に落ちている。


 最奥の座敷牢、そこに体を横たえているのは――。その姿を目にした瞬間、見藤は弾かれたように駆け出した。


「霧子さん……!」


 渇望に満ちた声音で、彼女の名を呼んだ。駆け出した勢いそのままに、彼女の元まで辿り着く。衣服が汚れることも気にせず、膝を着いた。石畳の冷たい感触が伝わってくる。二人を隔てる檻を握り締め、霧子の様子を(うかが)う。


 見藤の声と気配を感じ取ったのだろうか――。

 霧子の閉じられていた瞼が僅かに震え、花紺青(はなこんじょう)の瞳が(あら)わになる。そっと口を開くと、掠れた声が見藤の耳に届いた。


「どうして、ここに――」


 戸惑いならがらも、見藤の存在を確かめるかのように手を伸ばす霧子。しかし、その手は虚空を掴む。彼女は床を這いずりながら、格子の傍まで辿り着こうとした矢先――。くん、と体を引かれ、引き離されてしまう。


 見藤は目を疑った。先程まではなかったはずの、霧子の体を這うような呪いの紋様。それは絞痕(こうこん)をつくり、彼女の皮膚は鬱血している。霧子の体を牢へ引き戻したのは、この紋様だと理解した。

 

 紋様は意思を持つかのように、霧子の体を締め上げる。それはまるで、罰だと言わんばかりだ。

 見藤は振り返ることなく、低い声音で鏡花に問う。


「君が、やったのか……?」

「ええ、貴方を惑わす怪異には相応しい()()だと思いまして」


 さも正しい行いをしたと言わんばかりに、鏡花は答えた。見藤は怒りに眉を寄せたが、優先させるべきは霧子だと首を横に振る。

 

 霧子は力ない笑みを溢し、そっと口を開く。

 

「ふふっ、無様よね……。小娘に、してやられるなんて……。聞いたでしょ……? あの子の恋心……」

「霧子さん、馬鹿なことを考えないでくれよ」


 見藤はそう言いながら自身の喉元を擦る。そこは霧子が執着の現れとして、噛み痕をつけた場所だ。――霧子だけを想っている、それを暗に伝える。

 それを目にした霧子は、はっと目を見開く。傷つきながらも体を動かそうと、腕をもたげた。霧子の花紺青の瞳は決意に揺らめく。


「この、女だけは――、消さないと」

「もう、大丈夫だ。霧子さんが手を下す必要なない」

「そう……」


 力なく答えた霧子はそっと瞼を下ろす。見藤の言葉に安心したようだ。憔悴しきった表情に、僅かな安らぎが宿る。

 見藤はそれを見届けると、口を開いた。


「本家の連中の意向は十分、理解した。だが――」


 そこで言葉を切り、振り返る。そっと立ち上がると、地下牢一帯を見渡した。見藤の目に映るのは呪いの痕跡。石畳に落ちた札と、壁に貼られた札を手に取る。

 それらを霧子が囚われている座敷牢の前に並べ、矢継ぎ早に祝詞を唱えた。ポケットに忍ばせていた剃刀刃を取り出し、指先にあてがう。少し手前に引けば、血が滴った。血を吸った札は――、雷に打たれたようにのたうち回る。


 それを合図とし、壁一面に貼られた封印の札は一斉に剥がれ落ちた。札が紙吹雪のように舞う中、霧子を囲っていた檻は姿を消した。見藤の呪いによって、封印の呪いは効力を失ったようだ。


 その光景を眺めていた鏡花は感嘆するように声を漏らす。


「……こんなに、あっさり」


 何も手を出すことなく、ことの成り行きを傍観していた彼女に、見藤は一抹の希望を抱く。――鏡花が本家の呪縛から解放されるようにと。

 見藤は鏡花を振り返り、そっと口を開く。


「鏡花さん、もし――。俺の言葉がほんの少しでも、君に届けばいいと願うよ……」


 それは本心。ここに辿り着くまでに、交わした言葉は無駄ではないと思いたい――、と見藤は目を少しだけ伏せる。


「多分、俺と君は似ていたんだ。ただ、違ったのは――知識を与え、空っぽだった心を満たしてくれた相手がいたか、どうかだった。こんなおっさんが、ご高説垂れるなんざ。君にとっては迷惑かもしれないが――」

「いいえ。なんとなく、分かりました……。わたくしが、成すべきこと……。わたくしの本当の気持ち……」


 鏡花は見藤の言葉を遮った。両手を胸元で固く組み、決意を宿した瞳で見藤を見つめている。


「わたくしは初めて、自分で何かを選択し、行動しようと思います」


 はっきりとした口調で、堅固に言葉を紡いだ。先程と打って変わったような鏡花の雰囲気、声音、口調。


 見藤は言葉を失い、じっと鏡花を見つめる。何かが彼女の中で変わろうとしているのだろうか――。それがいい方向であればいいと願い、目を伏せた。しかし、そんな見藤の心情を否定するかのように、背後から苦し気な声が聞こえて来た。


「しん、ようしちゃ……駄目よ」

「霧子さん……」


 弾かれたように、振り返る。見藤が解呪したことによって、二人を隔ていた檻は取り払われていた。見藤は足早に霧子の元へ向かう。だが、彼女の体を這う紋様は未だに蠢いていた。

 八尺もの体を横たえた霧子は苦しげに顔を歪ませる。見藤はその光景に、悲痛な表情を浮かべた。だが、その次には安心させるように優しい声音で声を掛ける。


「今はいい。一旦、眠ろう」

「ええ……。そう、……するわ」

「次に目が覚めたら、いつもの事務所だ。安心してくれ」


 見藤は膝を着き、霧子の顔へ身を寄せた。顔に掛かる、痛んだ髪を優しくよけてやる。


「……おやすみ、霧子さん」


 そっと呟き、彼女の額へ唇を寄せた。霧子は安らぎに満ちた表情を浮かべ、目を閉じる。


 見藤は立ち上がると、霧子を縛る紋様の一点に、切った指先を当てた――。すると、まるでそこが脆弱であったかのように、崩れ去る。その次には紋様に取って代わり、淡い光が霧子の体を包み込んだ。


 淡い光はまるで傷ついた霧子を癒すかのようで――。光は徐々に形を成していき、最後には匣となった。

 見藤は傷ついた霧子を守り、連れて帰る箱舟として、封印の匣を書き換えたのだった。


鏡花の恋心。実は全く恋でも愛でもないのが推しポイント。

幼い頃から父や家の者はいもしない「少年」の話で持ち切りで、その関心を自分にも向けて欲しいという感情が歪んだ末、狂愛と錯覚した結果です。うまい。

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