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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第八章 終幕、帰郷編

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76話目 望まぬ愛逢月


 事務所に届く、一通の茶封筒。投函されるべき郵便受けは破損したままだ。


 見藤は床へ無造作に置かれた茶封筒を、そっと拾い上げる。茶封筒にはキヨからの情報であることを示す紋様が刻まれている。これは見藤が照会した情報だ。


(流石、キヨさん……。仕事が早い)


 心の内に感嘆し、茶封筒を手に事務所内へ戻ろうと振り返ったとき――、見計らったかのように事務所の電話が鳴る。


 見藤は誰だと言わんばかりに眉を寄せ、慌ただしく受話器を手にした。


「はい、もしもし」

『情報の照会が終わった。資料はそっちへ届いている頃だろう』

「ああ、受け取りマシタ」


 電話の相手はキヨだった。

 見藤は受話器を器用に耳と肩で挟むと、手早く封筒を開封する。中身を取り出し、目を通した。

 

(会合で(まみ)えた見藤家現当主と、その娘……。付き人の役目を担っていた娘だろうか? 分家筋の人間が数名と共に同居……。賀茂家と根強い癒着があるようだな)


 資料には見藤本家の家族構成、本家の所在。そして、その屋敷に住む分家筋の人間が記されていた。


 過去、見藤家が祀っていた山神が悪神へと堕ちたとき。澱みに呑まれた故郷を脱した彼らに手を差し伸べたのは、賀茂家だという情報が目に留まった。さらに一時期を境として、分家筋の人間が極端に数を減らしたという、不可解な出来事の情報も――。


 見藤は弾かれたように視線を上げた。熟考するのは後だ、と首を横に振る。

 そうして、そっと目元を下げて口にしたのは、キヨへの感謝の言葉だ。


「キヨさん、ありがとうございました」


 電話口から、息を呑むような音が僅かに聞こえる。彼女は感謝の言葉をどのように受け取ったのだろうか――。

 少しの間をおいて、キヨの声が耳に届く。それは心配と、呆れが入り混じった複雑な心境を宿していていた。

 

『お前さんが素直な言葉を口にするなんて――。縁起が悪いよ、全く』

「ははっ、酷い言われようだ」


 いつものように、少しだけ捻くれた言葉を互いに口にしながらも。見藤は彼女の言葉を笑い飛ばす。

 次に電話口から聞こえたキヨの声は、強い意志を宿していた。

  

『しっかりおしよ』

「はい」


 キヨの言葉に、力強い返事をしたのだった――。

  

 ◇


 キヨとの電話を終えた見藤は短く息を吐く。視線を上げ、何もないはずの空間へ声を掛ける。


「さてと……、猫宮。留守を頼むぞ」

「あいよ。全く、世話が焼けるなァ」


 見藤の呼び掛けに呼応するように、猫宮がふらりと姿を現した。篝火をちらつかせながら、事務机の上に飛び乗る。任せておけと言わんばかりに、二又に割けた尾をゆらゆらと動かしていた。


 見藤は猫宮の頭をひとしきり撫でた後。本家の情報が書かれた書類に再び目を通す。


(目的は対話だ。霧子さんを取り戻すためにも――。まぁ、話をしただけで折れる連中じゃないが……。俺に利用価値がないと分かれば、諦めるはずだ)


 それは目算でしかない。しかし、そうなるようにと願わずにはいられなかった。


 見藤は事務机の引き出しから包みを取り出す。そっと開くと、そこには痛んだ髪の毛を見つめる。手にした髪の毛は、本家によって届けられた物。まるで、霧子が人質とでも言うように、その所在を証明するために彼女の体の一部を寄越したのだ。


 

「霧子さん……」


 焦がれるように彼女の名を呼んだ。しかし、神棚の紙垂は揺れることなく沈黙している。

  

 唇をぐっと噛み締め、想いを馳せた。霧子の身を案じる。


――いくら怪異と言えど、彼女は感情豊かなひとだ。心ない言葉を浴びせられはしないだろうか。傷ついていないだろうか。

 彼女は人の手によって、傷付けられていいはずがない。


 脳裏に蘇るのは霧子と触れ合った、温かな感情に満たされた時間。


(迎えに行くから――。どうか、それまで……)


 見藤は祈るように、霧子の髪の毛を握りしめた。祈りを聞き届ける、神はいないというのに――。



 * * *


 そうして、見藤が赴いたのは片田舎。珍しい夏の霧が出迎えた。視界を遮る、ぼんやりとした霧は辺りを浸す。


 キヨの情報と届いた招待状の案内を頼りに、本家があると(おぼ)しき場所へ辿り着くまでに左程、苦労はしなかった。山々に囲われていた故郷のように一風、変わった様子はない。


 しかし――。


(澱みが酷い……。これは祟りの影響なのか……?)


 見藤の目に映る、濃い澱み。真っ白な霧と混ざり合うかのように、黒い(もや)が渦を巻いている。さっと頬を撫でた風が、重たく肌に纏わりつく。


――その影響だろうか。目前にした、本家の屋敷には幾重にも結界が張られている。


 怪異を囲うことに長ける見藤家だ。その術を己に転用すれば、何者にも破られない結界を張ることなど造作もないだろう。


(だが、それだけじゃない……。ナニかを警戒しているのか……? 澱みが濃ければ『神異』を引き寄せやすいだろうに)


 見藤は怪訝に思い、屋敷を注視する。ふと脳裏に浮かんだのは、これまで対峙した『神異』の存在。あれらは澱みを纏っていた。そうなれば、必然的に澱みが濃い場所にも現れると推察できるのだが――。しかし、その疑問に対する答えは見つけられず。


 今は重要なことではない、と首を横に振った。再び、目にした屋敷は昔ながらの日本家屋を模し、没落寸前と思えないほどに、荘厳さを醸し出していた。


 小さく溜め息をつき、そっと結界に触れた。すると、指先から弧を描き、水面(みなも)のように広がっていく。それはまるで、見藤家の血筋だと証明するかのように、調和されていく――。

 それを合図としたように、見藤を出迎えたのは妙齢の女性だ。彼女には覚えがあった。


 彼女は見藤を目にすると、しおらしく微笑みながら一礼した。そうして、姿勢を直すとそっと口を開く。


「お待ちしておりました」

「君は――」


 見藤は(いぶか)しみ、口を閉ざす。

 彼女の声音、微笑みに得も言われぬ不快感を抱いたのだ。


 それは過去、経験したことのある――、色を帯びた視線だ。それに気付いたとき、背筋を駆け巡るのは厭悪(えんお)。冷や汗が額に浮かび、無意識に手を握り締めていた。


 すると、見藤の様子など気にも留めない様子で、彼女はさらに言葉を続ける。

 

「会合では、好奇の視線から助けて頂いたお礼を申し上げる機会もなく――。その節はありがとうございました。どうか、鏡花(きょうか)とお呼び下さい」

「…………」


 名家が集った、会合。その席で見藤家当主の付き人の役目を担っていた女性だ。鏡花は振袖を身に纏い、さながらお相手探しと言わんばかりの出で立ちをしていた。


 そして、言わずもがな――、怪異がよく視える見藤家の特異体質を取り込みたい名家の格好の餌食となっていた。見藤が彼女を好奇の視線から助け出したのは、自身の過去の自己投影に過ぎなかった。ただ、彼女には違うように映ってしまったのだろうか。


 見藤は険しい表情のまま、冷たい視線を投げかける。すると、鏡花は添えるような手招きをした。


「それでは、こちらへ。当主と対談の席をご用意しております」

「それは――」

「大丈夫です。見藤家の今後の方針をご相談するだけですから」


 間髪入れず、言葉を遮られた見藤は眉間に皺を寄せる。しかし、彼女の言葉に従う他なく――。


(くそっ……。下手に行動して、霧子さんに何かあったら(ろく)でもない……。大人しく言うことを聞くしかないのか)


 途端、無力感が見藤を襲う。きつく唇を噛み締め、しっかりしろと己を鼓舞する。優先するべきは霧子を取り戻すことだと、本来の目的を再確認する。



 鏡花は屋敷への扉を開き、見藤を振り返った。


「こちらです」


 (あで)やかな声音で、見藤を誘うように言葉を紡ぐ。――見藤の瞳は、凍てついていた。


 ◇


 屋敷に足を踏み入れると、分家筋と思しき住人が出迎えた。――と、言っても。その視線は嘲弄(ちょうろう)や軽蔑といったものが含まれた、非常に分かりやすいものだった。だが、その程度の視線など見藤にとって、気に留めるに値しない。

 

 鏡花の背を追い、案内に従う。日本家屋ながらも、車椅子を必要とする当主のために洋室が主な造りとなっているようだ。


 そうして、辿り着いたのは一室。


 扉を開くや否や、見藤の耳に届いたのは男の声だった。


「良く、戻った」

「…………」

「ふん。何も話すことはない……、か。お前は昔から生意気だった」


 男は車椅子に身を委ねながらも、その瞳は野心に燃えている。会合のときに(まみ)えた、現当主だ。

 見藤は用意されていた席に腰を下ろすこともなく、声音冷ややかに、要件だけを伝える。


「単刀直入に聞く。俺に憑いた怪異、八尺様をどこへ囲った?」

「口を開けば、怪異のことか。全く……。私の娘が丁重にもてなしている。心配はいらない」

「…………ちっ」


 暗喩された言葉に、見藤は大きく舌打ちをした。その一言だけで、霧子がどのような仕打ちを受けているのか――想像できてしまう。途端、腹の底から湧き上がる怒りに、奥歯をぐっと噛み締める。感情を押し殺し、頃合いを探った。


 一方、当主は世間話をするかのように、軽快に口を開く。


「さて、早々に本題に入ろう――」


 そこで言葉を切る。見藤は怪訝に眉を寄せた。再び、彼の口が開かれたとき――。

 

「お前たち、結婚しなさい」


 軽やかな口調で放たれた言葉。その口調とは裏腹に、言葉は重かった――。


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