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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第八章 終幕、帰郷編

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75話目 目覚める怒り②


 久保と東雲を見送った見藤は、壊れた事務机に置かれたままの電話を持ち上げた。幸い、電話線は切れていないようだ。受話器を手に取ると、すぐさま連絡をとる。

 もちろん、相手は――芦屋だ。


『はい』

「ご当主……」

『いかがされました?』


 電話口に出た彼は至って普段通りだ。――疑念が揺らぐ。だが、彼は()なのだ。

 見藤は当たり障りのない会話をしつつ、会う約束を取り付けた――。霧子に何が起こったのか、知るために。



* * *


 見藤が赴いたのは、芦屋家が所有する教会。そこは教会の大広間。

 重苦しい見藤の胸中とは裏腹に。五月晴れの日差しがステンドグラスを通り、広間の床に幻想的な色彩を浮かび上がらせる。 


 広間に佇むのは見藤と芦屋。見藤は険しい表情を浮かべながら、口を開く。


「ご当主、単刀直入に聞きます。俺に憑いた怪異――、彼女に何をした?」


 徐々に粗暴になる口調。怒気を含んだ声は広間に反響し、静寂を切り裂く。しかし、芦屋は気にする素振りを見せず、穏やかな微笑を浮かべたまま答える。


「おや……。『枯れない牛鬼の手』を保管していた箱に何を仕掛けた、とは聞かないのですか?」


 その軽やかな声に、見藤の眉がわずかに動く。まるで試すような芦屋の言葉に、苛立ちが一層募る。


「答えてくれ」


 低く、怒りを押し殺した声。無駄話をする時間はない、と答えを急かす。

 すると、芦屋は眉を寄せながら、先程と打って変わり重々しく口を開いた。


「あなたは――、あの怪異に依存している」


 声音は震え、怒りを滲ませている。握られた拳は白くなる程に力を込めているようだ。

 見藤は小さな溜め息をひとつ。そっと、口を開いた。


「何を言い出すかと思ったら……、そんなことか」

「そんなこと?」


 見藤の一言に、芦屋の表情は一変する。穏やかな笑みは消え去り、その瞳には憎悪と哀しみが浮かび上がった。わなわなと唇を震わせながら、声を上げる。 


「それ程までの手腕と知識を持ちながら! あなたは何故、怪異に心を許し、怪異に心を砕くのか! だから、あなたと怪異を引き離すのです」


 彼の声は熱を帯び、広間に響き渡った。 


「あの日、私はあなたに救われた。賀茂の傀儡と成り果てた芦屋家を、あなたが解放して下さった」 


 感情に身を任せ、言葉を並べる芦屋。その言葉は、まるで告白のように吐露される。心情を示すかのように、彼の手は胸元で握りしめられていた。

 その姿に、見藤の視線はより一層冷たくなる。広間の光が傾き、二人の間に影を落とす。まるで彼らの溝を象徴するかのようだった。


 しかし、芦屋は冷たい視線に気付かないまま、言葉を続ける。


「それならば! 怪異に心を囚われた、あなたを救うのは私の役目です!!」

「ご当主」


 低く、諭すような声が大広間に響く。

 芦屋の言葉を遮った見藤は、じっと彼の白緑色の瞳を見据えていた。紫黒色の瞳が芦屋を射抜く。そっと開いた口から紡がれた言葉。


「俺が一度でも、それを望んだか?」

「…………っ!?」


 その言葉に、芦屋は弾かれたように目を見開いている。握りしめていた手が緩やかに解かれる。

 一瞬、広間に沈黙が訪れた――。見藤の瞳は氷のように冷たく、芦屋を射抜く。


「人が他人(ひと)を救うなんぞ――、思い上がりも甚だしい」


 見藤に対する恩義と、彼を救いたいという願いが、芦屋の心を突き動かしてきたようだ。見藤に憑く怪異を引き離すことができれば、彼は人に寄り添う心を取り戻す――、そう信じて疑わなかった。

 怪異は人に(あら)ず、人は人を想うべきなのだと。だが、見藤の言葉はその願いが独りよがりな幻想に過ぎなかったのだと突きつけた。

 

 広間に差し込む光がさらに傾き、二人の影を長く伸ばす。ステンドグラスの色彩は変わらず美しく輝く。だが、その光は彼らの心を包み込むことなく、ただ床を照らすだけだ。

 

 見藤は思い返すように、ふっと目を伏せた。

 

「霧子さんは、君を(ゆる)したんだろう。だから、俺に黙って君に接触した」


 胸中を占めるのは霧子だ。彼女が何を想い、何を考えたのか――。


「彼女の気遣いを無下にしたくない……。きっと俺が気を許した――、()()疑うような真似をさせたくなかったんだろう」


 見藤は鼻で笑ってみせる。それは芦屋の真意を見抜けなかった自嘲。そして、怪異であるはずの霧子の配慮。芦屋からしてみれば、忌み嫌う存在からの配慮など、屈辱だろう。


「皮肉なもんだな」

「わ、私は――」


 芦屋は弁明しようと、何かを言い掛けた。しかし、見藤は言葉を遮る。


「構わない。今後は斑鳩を通してくれれば、君の依頼も、協力にも応じよう」

「………………」

「まぁ、その前に――」


 そこで言葉を切ると、見藤は足早に芦屋へ駆け寄った。怒りに震える手で、彼の胸倉を引っ掴む。勢いそのまま、美麗な顔が近付き――。思い切り、頭突きを喰らわせた。

 骨と骨がぶつかる衝撃、衝突音。


「いっ――!?」


 芦屋の短い悲鳴が大広間に響く。その次には床に崩れ落ち、衣服が擦れる音が大きく反響する。

 見藤は倒れ込んだ芦屋を見下ろしながら、言い放つ。


「このくらいで、俺の気が晴れることはないが――。まぁ、義弟(おとうと)の躾はしっかりしろ、と斑鳩に愚痴るとする」


 鋭い眼光で睨みつけながら、斑鳩の名を口にした。すると、芦屋は幼子のように眉を寄せ、唇をきつく結んでいる。彼なりに考え、行動したのだろう。しかし、それは悪意なき善意と呼ぶには加害が大きすぎた。


 見藤が頭突きをしたのは、要するに痛み分けだ。芦屋を信用したが故に、霧子への加害を許してしまった不甲斐ない自分。行き場のない怒りと、芦屋への制裁の意味も込めて――。


 しかし、次の瞬間。首元に冷たい物があてがわれたことに気付く。視線をやれば、芦屋の付き人が鬼のような形相でこちらを睨み付けている。手には暗器。どうやら、芦屋に頭突きをお見舞いしたことで、()()の逆鱗に触れたようだ。


 芦屋は弾かれたように声を上げる。


「おやめなさい!」

「しかし、坊ちゃん……!」


 芦屋の付き人は反論しようとしたが、それは芦屋の鋭い視線によって叶わず。彼はそっと、見藤の首元へ突き付けていた暗器を下ろした。彼はそのまま立ち尽くす。


 見藤は視線を芦屋へ戻す。周囲には、彼を護る盾のように芦屋家の者達が馳せ参じていた。芦屋は、自身が考えているよりも遥かに慕われているようだ、と鼻を鳴らす。

 そうして、見藤は付き人の行いを気にする素振りも見せず、悪態をつく。


「はぁ……、くそっ。流石に痛いな……」


 悪態をつき、額を(さす)る。思いの外、額が痛んだ。手を見やれば血痕は付着していない。幸いにも皮膚は切れていないようだ。


 見藤は視線を上げた。すると、芦屋は人をかきわけながら、見藤の前に躍り出る。彼は憔悴した表情を浮かべ、三つ指をついた。深々と頭を下げ、心の内を示す。


 消え入るような声で呟かれた芦屋の言葉は、しかと見藤の耳に届く。


「その赦し、感謝します……」

「勘違いするな。赦しはしない」


 間髪入れず、低く怒気を含んだ声音で言い放つ。芦屋の肩が大きく震えた。


「君を赦したのは、怪異である彼女だ。俺は――、君を赦すことはできない」


 この言葉をどう受け止めるのか――、それは芦屋次第だろう。


「君には、ことの経緯を洗い(ざら)いはいてもらう」

「えぇ……、もちろんです――」


 力なく答えた芦屋。彼の表情(カオ)は憑き物が落ちたようだった。


 そうして、見藤は知る。

 芦屋家が置かれていた状況、賀茂家派閥離反の代償。そのための見藤本家への助力。鏡花と名乗る、本家の刺客。彼女に封印された霧子。それは見藤を本家に連れ戻すための()()に過ぎないこと。


(今更、戻ることになるなんてな――)


 見藤は深い溜め息をつき、思考を巡らせた。来るべき対峙に備えて――。


 ◇


 全てを話し終えた芦屋は俯き、項垂(うなだ)れていた。ステンドグラスの光だけが、彼を包み込むように背を照らしていた。

 見藤は彼を一瞥(いちべつ)すると、背を向ける。


「それでは」


 そう言い残し、きびすを返す。

 大広間の重い扉を開けると、湿った風が頬を撫でた。広間の静寂から解放された外の音。木々の葉が擦れる音が、怒りで乱れた心を少しずつ整えていく。長い廊下を行き、教会の外へ足を踏み出した――。


 見藤は足早に道を行く。スマートフォンを片手に、連絡をとった相手がいた。


「もしもし、キヨさん……?」

『なんだい? 騒々しいねぇ……』

「欲しい情報がある」


 矢継ぎ早に要件を伝えた。すると、電話口のキヨはことの大きさを察したようだ。遠くから物音が聞こえて来た。

 見藤は物音が止むのを待ち、口を開く。


「今の見藤家についての情報だ」

『お前さん――』

「お願いします」


 キヨが言い切る前に、言葉を遮った。彼女のことだ、何も言わずとも伝わることがある。


『はぁ……。お前さんに何があったのか、想像つくよ』

「……すみません」

『これだけは覚えておいで。お前さんは小野家(うち)(せがれ)だと』

「はい」


 キヨから掛けられた言葉に、力強く返事をした。そこで気付く、彼女の思惑。――会合において、キヨは付き人の役目を担っていた見藤を小野家次期当主だ、と各名家に示した。

 それは最後の盾。盾は見藤を守るためのものだ。名家の後継に推された者へ不用意に手出しは出来ないだろう。


 キヨの親心を知った見藤はぐっと唇を噛み締める。


『照会が終われば、直ちに便りを寄越す。掛かって一日だ』

「……はい」


 そうして、通話を終える。スマートフォンを尻ポケットへ乱雑にしまい込み、駆け出した――。


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