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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第八章 終幕、帰郷編

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75話目 目覚める怒り


「見藤さん、どういうことですか!」

「霧子さんに、何があったんですか!?」


 再び上がった久保と東雲の声が、見藤を現実に引き戻す。しかし、彼らからの問いに、答えられるものは何もなく――。見藤は、ばつが悪そうに視線を逸らす。


 ようやく開いた口からは、掠れた声が溢れた。


「……家の事情というやつだ。それに霧子さんを――、巻き込んでしまった」


 それが精一杯の言葉だった。手にした、霧子の髪の束に視線を落とす。痛んだ髪は霧子の現状を知らしめるための物だろう。それは、まるで霧子が最後に残した悲痛な叫びのようだった。


――霧子は本家に囚われた。そう考えるのが妥当だ。見藤の心に暗い影を落とす。


 途端、事務所に響き渡ったのは久保の声だ。

 

「あぁ、もう!! 腹が立つ!」

「え、ちょっ……! 久保!」

「東雲は黙ってて!」

 

 久保がさらに大きく声を上げた。その言葉通り、怒りを(あら)わにしている。彼の勢いに、東雲は困惑しながらも、制止しようと袖口を引っ張った。


 だが、久保は止まらない。東雲の言葉を遮り、一気にまくし立る。


「もう、我慢しません!! 話してもらいますからねっ! お節介だと言われようと、関係ないと突っぱねられようと! 今日という今日は!」

「久保くん……」

「あんた、いつもそうやって抱え込んで! 確かに? 僕や東雲はあんたから見れば、ケツの青い子どもですよ。でも僕達だって――」


 そこで久保は言いよどむ。――どこまで、見藤の内側に踏み込んでいいのだろうか。今更ながら、躊躇した。


 久保と東雲は知っている。見藤と霧子の縁が切られたとき、事務所に絶え間なく届いていた式。それは見藤の所在を探すものだと知った――。さらに先程、目にした(カラス)の言葉。


 見藤が何かに巻き込まれていることは、十分に想像できる。だが、その核心に触れるには、見藤が抱える問題を知らなさ過ぎた。それ故の苛立ち、疎外感。「助手として、頼ってくれ」と言葉にするには、平静さを欠いていた。


 だが――、見藤には伝わった。


「久保くん」

「何ですかっ!? 話す気になりました!?」

「ありがとう」


 霧子の髪の束を優しく握りながら、目元を緩ませる見藤。いつになく率直な言葉を口にした彼に、久保の表情は仏頂面に変わる。


「う……、騙されませんからね!」

「ははっ……」


 苦笑する見藤の声音には、どこか疲れが滲む。


「今回ばかりは、見藤の負けだなァ」

「猫宮……」


 ことの成り行きを見守っていた猫宮は呆れたように鼻を鳴らした。東雲も、ほっと胸を撫で下ろした様子で、久保の袖口を離す。そんな彼女を目にした久保は申し訳なさそうに、謝罪をしていた。――東雲から、じっとりとした目で睨まれたのは必然だろう。


 見藤を放っておけない。助手として頼って欲しい――、その気持ちは東雲も同じだった。



 そうして、喧騒が落ち着いた頃。

 見藤と久保は向かい合わせにソファーへ腰掛けた。見藤は大きな溜め息を付きながら、口を開く。


「少し、頭の中を整理する時間が欲しい……」

「分かりました」


 久保の力強い返答に、見藤は眉を下げる。思考に身を投じれば、自ずと浮かぶのは霧子の行動についてだ。


(俺を連れ戻すにしても、霧子さんの存在は本家の連中に勘づかれていなかったはずだ――。そもそも何故、霧子さんはわざわざ桐箱を壊した? 何故、ひとりで姿を消した? この違和感、どこかで――。何故、芦屋は『枯れない牛鬼の手』を保管していた箱をわざわざ変えた?)


 霧子がひとりで行動を起こすときは大抵、見藤の身が絡んでいる。その起因は、芦屋から譲り受けた『枯れない牛鬼の手』だ。

 

 しかし、中身は持ち主に返し終え、残ったのは空になった桐箱。その箱に仕掛けが施されていたとしたら――霧子が桐箱を破壊し、報復するために姿を消したのだと予測がつく。


――人を疑うのは簡単だ。信用する方が難しい。


 しかし、一度でも信用した相手ならば――、疑うには良心の呵責に(さいな)まれる。それを逆手に取れば、暗躍するのはいとも容易いだろう。


 見藤の脳裏に浮かぶのは、芦屋の姿。若くして当主という重責を背負いながらも、斑鳩を慕い年相応の笑みを浮かべる青年。彼の真意は別にあったのだと気付くには遅すぎた。

――途端、牛鬼の忠告が脳裏に蘇る。


(してやられた、という訳か……)


 心の内に呟いた言葉は暗闇に消えた。


 見藤は打ち明ける。


 怒れる牛鬼の依頼を完遂するために、芦屋との接触を是としたこと。さらに、彼の依頼を請け負い、斑鳩と共に共同作戦に望んだこと。

 牛鬼の依頼を完遂した折に、芦屋家について忠告を受けたこと。――それと、ほんの少しだけ。(まじな)い師たちのことを伝えた。


「と、いう訳なんだ――」

「見藤さん……、何というか」


 一連の出来事を知った久保から出た言葉は、呆れにも似たものだった。すると、見藤の隣で寝そべっていた猫宮が声を上げる。


「見藤ォ、お前。牛鬼の忠告を聞かなかったのかァ? 言われてたンだろ? 芦屋に気を付けろってなァ」

「それは……、不徳の致すところだ」

「ったくよォ」


 呆れ返ったような猫宮の言葉に、見藤は項垂れている。

 すると、久保と東雲は身を屈め、こそこそと話始めた。先に口を開いたのは東雲だ。


「なぁ、うちらが思うてたよりも、見藤さんって――」

「うん、良家の出身っぽいよな……」

「あれや……。由緒正しいお家柄。しきたりやら、確執やらに辟易としてた見藤さん。挙句の果てには、身に覚えのない許嫁なんかも出てきて、最終的には霧子さんと駆け落ちしたっていう――。これ、辻褄が合うと思わん?」

「どんな愛憎ドラマだよ……」


 久保の呆れ返った言葉がやけに大きく響いた。そこに大きな溜め息がひとつ。久保と東雲が肩を大きく震わせ、見藤を見やると――。


 辟易とした表情を浮かべた見藤が、じっとりと視線を送っていた。


「こら。聞こえてるぞ、君たち」

「いやぁ、あはは……」

「すみません……」


 見藤の咎めるような声音に、二人は肩をすくませる。気まずい雰囲気を払拭しようと、東雲は大きく咳払いをした。


「ご、ごほん……! 私はやっぱり、あの兄さん。()やと思いますけど?」

「僕も東雲の意見に一票」


 ――やはり、そうなるか。と見藤は眉間を押さえる。今更ながら、芦屋のやけに大袈裟な言動が、違和感として尾を引く。


 久保は小さく溜め息をつくと、口を開いた。


「それにしても――。僕らでさえ、芦屋さんを警戒していたのに。まさか、見藤さんの方からお近付きになっていたなんて」

「面目ない……」


 チクチクと見藤を刺す、久保の言葉と視線。見藤はその視線から逃れるように、顔を背けた。

 久保は言葉を続ける。


「とにかく……。一度、芦屋さんの真意を確認した方が良さそうですね。追及すれば、意外に答えてくれるかも」

「そう、なるよな……」

「見藤さん……」


 相槌を打った見藤の声音が、どこか哀愁を感じさせたのだろう。――信用した相手に、裏切られたようなものなのだ。

 久保の心配するような視線と声音。


「ん? あぁ、問題ない。人の狡猾さはよく知っている。もちろん、君たちのような――良い奴がいるってこともだ」


 見藤は困ったように笑ってみせる。久保と東雲は安堵の表情を浮かべ、力強く頷いた。

 しかし、見藤の中には残った疑念が(くすぶ)っていた。


(だが、芦屋は俺に本家の連中の情報を流していた……。一体、何が目的なんだ……)


 見藤は早々に芦屋と連絡を取る。すると意外にも、彼はすんなりと予定を取り付けたのだ。

 芦屋の思惑は一体、何であるのか――。見藤の懐疑の念は増すばかりだ。



 思考の渦から引き上げたのは、久保のひと言だった。


「見藤さん……。霧子さんと一緒に帰って来ますよね? ()()()

「ん? ああ、もちろんだ」


 彼の不安を払拭するかのように、見藤はこともなげに返答する。


 見藤と霧子が帰り着く場所はいつも事務所だと、力強く頷いて見せた。その力強い頷きに、久保は安心したようだ。強張っていた表情が少しだけ緩む。


 見藤は頬を掻くと、久保と東雲を見やった。


「君たちも忙しくなるだろう? 落ち着いたら――また、よろしく頼むよ」

「「はい!」」


 元気よく返事をした二人を見れば、自ずと目元が下がる。

 久保と東雲は身支度を終え、帰路に着こうと壊れたままの扉へ向かう。


「それでは、また来ますね。見藤さん」

「ああ、またな。久保くん、東雲さん」


 再会を約束し、別れの言葉を互いに口にした。


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