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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第七章 決別編

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72話目 隠匿されし詭計と憂いごと②


 見藤が案内されたのは応接室だった。畳に陽の光が当たらず、暗い。それが返って息が詰まるような空気を醸し出す。

 互いに、用意されていた座椅子に腰を下ろす。見藤が視線を上げると、机上には桐箱が置かれていた。恐らく、これが『枯れない牛鬼の手』だろう。しかし、見藤ははたと気付く。


(会合の時に見た桐箱と違うな……。保管していた箱を変えたのか)


 目の前にあるのは古めかしい桐箱ではなく、真新しいものに変わっていた。譲り渡すとなった『枯れない牛鬼の手』、これもまた芦屋の心遣いなのだろうか――。見藤はじっと桐箱を見つめる。

 すると、見藤の視線に気付いた芦屋は桐箱に触れ、そっと蓋を開ける。


「こちら、依頼の報酬となります。ご確認を」


 そこに鎮座しているのは紛れもなく『枯れない牛鬼の手』だ。張りのある艶やかな黒い皮膚、浮き出た血管は脈打ち、生を示す。

 見藤はそれを目にした途端、湧き上がる感情の名前が分からず。ようやく開いた唇は僅かに震えていた――。


「はい、確かに」


 そう言葉を口にして、軽く頭を下げる。すると、芦屋は困ったように肩をすくめて見せた。

 得も言われぬ空気が流れる。そこで僅かに空気が揺らいだ。何事かと、互いに桐箱を覗き込めば、微かに動く『枯れない牛鬼の手』。特徴的な指は方角を定めるように左右に動き、手首は狭い箱の中で位置をずらそうと這う。


 静けさの中、息を呑む音が見藤の耳に届く。芦屋は険しい表情を浮かべ、注視していた。


「……やはり、動きますね」

「そうですね」


 芦屋の言葉に頷く見藤。だが、彼の様に困惑した感情もなければ、畏怖の念を抱くこともない。ただ、目の前の事実に対し、端的に答えたのだ。

 すると、芦屋は早々に桐箱の蓋を戻してしまった。朱赤の絹糸を結び、封をする。見藤の手元まで桐箱をやると、重苦しく口を開く。


「こちらはこのままお渡し致しますので」

「あり、がとうございます……」


 怒れる牛鬼の存在を知る見藤は複雑な心持のまま、礼を伝えた。その際、思わず言葉に詰まってしまった。

 芦屋は軽く首を横に振る。そこで、はたと思い出したかのような仕草をして見せ、おもむろに問い掛けた。 


「これは好奇心が故の質問なのですが――」

「はい……?」

「怪異に心を砕き過ぎると、人としての何かを失うのでは――?」

「あり得ません」


 これだけは断言できる、と力強く言い放つ。一体なぜ、彼は突然そのようなことを口にしたのだ、と怪訝に眉を寄せた。それに、どうして怪異に心を砕くという言葉を口にしたのか。芦屋には一切、その片鱗を見せていないはずだ。

 見藤は目を伏せて、そっと口を開く。


「それに――、キヨさんも鬼との(えにし)を大切にしている」

「そう、ですね」

「それでは、頂戴します」


 言いよどむ芦屋に対して、見藤は颯爽と言ってのけた。キヨの名を出された手前、反論するには難しいのだろう。

 見藤は『枯れない牛鬼の手』を譲り受けようと、桐箱に触れた。途端――、指先に走る僅かな痛み。


(ん……? 今、指に――)


 違和感に眉を顰めたが、これといって変化はない。見藤の目に()()()ものは何もなく――。


(気のせいか……)


 もう一度、手元の桐箱を見据える。ひと呼吸置くと、持参した風呂敷で優しく包み込んだ。――後は帰路につくだけだ。ようやく達成される切願にふっと目元が緩む。

 すると、芦屋は先程と打って変わった様子で、年相応の笑みを浮かべた。


「ところで――。折角ここまでおいで下さったのですから、お食事でも如何でしょう?」

「はい? いえ、私はこれで失礼しま――」

「えぇ……!?」

「………………」


 早々にお(いとま)しようと考えていた見藤。しかし、芦屋にこの手の反応をされると、どうにも苦手意識が先を行く。口にする答えは意図しないものに変わった。


「ご相伴にあずかりマス……」

「あぁ、それは嬉しいです!」

「……はぁ」


 嬉しそうに声を弾ませた芦屋。見藤は小さく溜め息をつく他なかった――。


 そうして、芦屋邸にて振る舞われた食事。芦屋と共に、食事の席に着いた見藤。

 途中、彼と色々な会話をした。しかし、そのどれもが記憶が曖昧だ。更には――。


(……居心地が悪すぎて味がしない)


 固形物を咀嚼し、無理やり胃に送り込む。その繰り返し。食事を終える頃には、疲労が色濃く浮かぶことになってしまった。


 互いに食事を終え、出立の時。門前には芦屋と付き人の姿があった。

 見藤は一礼し、別れの言葉を口にする。


「それでは、失礼します」

「はい。此度の依頼、ありがとうございました」

「い、え……。そんなことは……」


 芦屋は深々と頭を下げたのだった――。見藤は慌てて、姿勢を直すように身振り手振りで伝える。

 ()()()()やり取りを繰り広げる光景。付き人はじっとその様子を眺めていた。


 ◇


 見藤を見送った芦屋は依然、門前に佇んでいた――。背が見えなくなるまで見送った名残で、そのままじっと。

 すると、付き人は不安げに揺れる瞳を芦屋へ向けた。様子を(うかが)うように、そっと声を掛ける。


「坊ちゃん、これでよかったのでしょうか……?」

「えぇ。そうでもしなければ、我々が賀茂家からの糾弾から逃れる術はありませんでしたからね。見藤家の言いなり、というのは些か不本意ですが」


 不満げに鼻を鳴らしながら、そう答えた芦屋。――それは、見藤家の令嬢からの要求。しかし、本当の思惑は別にある。

 付き人はおずおずと、言葉を口にする。


(わたくし)めには、それだけではないように思えるのですが――」

「余計な詮索は身を滅ぼしますよ?」

「…………はい」


 芦屋の思惑を知ってか知らずか、詮索するような付き人の言葉に芦屋は睨みを利かせる。彼の冷酷な一面を知る付き人は、小さく返事をする他なく――。口を閉ざし、一歩後ろに下がった。


 芦屋は未だ、道を見つめていた。


(こうでもしないと、あの方は救われない――。怪異は人に(あら)ず、祓ってしかるべきなのですから)


 胸に秘めた思いは、決して理解されないだろう。しかし、これは善行だと信じて疑わない。


(芦屋家に代々伝わる、当主のみが知る隠匿の(すべ)。掛けた(まじな)いそのものを隠す、特異。それに気付く眼は失われつつあった……好都合でしたね)


 しかし、懸念すべき点がひとつ。彼が事務所の神棚に祀っている怪異だ。芦屋は思考する。


(恐らく、彼と何か誓約を交わしていると見ていいでしょう。そうすると、彼らは持ちつ持たれつの関係。私を仇成す者として、認知したならば――)


 思い至った結末に、溢した言葉は諦めにもにた心情。


「気付かれたときには――。私の首を差し出しましょう」

「っ……、それは!? 坊ちゃん!」


 芦屋の言葉を耳にした付き人は咎めるように声を荒げた。しかし、芦屋の目に宿った火種は燻り続けている。


「あぁ、もちろん。タダでとは言いませんよ」


 そっと呟いた言葉は冷え切っていた。


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