表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第七章 決別編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

232/270

71話目 救いの手、そして仰望②


 腑に落ちない点がひとつ。何故、芦屋は見藤がその(まじな)いを返したのだと断定できたのだろうか。


 見藤はさらに眉を寄せた。――胃痛は増すばかりだ。すると、顔色を悪くした見藤とは対照的に、芦屋はすぐに柔和な笑みに表情を浮かべる。


 芦屋は声を弾ませながら、楽しげに語る。


「あぁ、大河(たいが)君からの告げ口ですよ。当時は社会問題にまで発展しそうな火種でしたから、斑鳩家の捜査の対象だったようです。その折に、(くだん)の話を聞きまして、興味を持ったのです。ですが、その直後に当主交代。()()ありまして、すっかり記憶の彼方に――」


 芦屋が語ったのは芦屋家に起きた過去の出来事。恐らく、芦屋は旧体制に懐疑的な感情を抱いていたのだろう。先の会合において、見藤が目にした賀茂家派閥からの脱却、斑鳩家との繋がり。


 見藤が想像するだけでも、彼の気苦労は計り知れない。しかし、引っ掛かることがあった。――斑鳩からの()()()という言葉だ。


(……あの野郎(バカ)、余計な話を)


 見藤は小さく舌打ちをした。豪快に笑う友の顔が脳裏に浮かんだ。

 すると、芦屋は眉を下げ、困ったような表情を浮かべている。どうやら、舌打ちが聞こえていたようだ。


「怒らないであげて下さい、私が教えて欲しいと頼み込んだのですから。会合の時、呪詛を素手で祓った貴方はきっと――」


 その先の言葉を芦屋が紡ぐことはなかった。ふっと目を伏せ、美麗な顔は憂いに満ちていた。

 見藤は沈黙を受け入れる。――だが、疑問は尽きない。


 しばらく経った後、見藤はそっと口を開く。


「しかし、ご当主。一体何故、私にその話を……?」

「えぇと、そうですね……。まぁ、私としては大いに助かりました、と感謝をお伝えしようと。お陰様で今は芦屋家当主ですから。旧体制をひっくり返せるだけの実権を握る事ができました。何の因果が働いたのか……、こうして貴方に出会えるとはとても面白い」


 見藤の問いにそう語った芦屋は微笑む。それはどこか底知れない何かを感じさせる笑みだった。しかし――、その次には影を落とす。


()()()()ですよ。もう、疲れたのです」


 哀愁を帯びた声音が事務所に響く。芦屋は隠していた心情を吐露したのだった。


「宗教にすがり、存在しない神にすがり、人にすがり……。自らの頭で考えることを止めてしまった人達を見るのは……もう、疲れました」


 芦屋は消え入りそうな声でそう言った。彼の本心、彼もまた人の醜い一面を見続けたのだろう。芦屋家は宗教を傘に、力を振るう名家()()()

 見藤は昔、キヨから教示された名家の情報を無理やり引き出す。だが、それ以上思い出すものは何もなく、徒労に終わった。


 芦屋は見藤の紫黒(しこく)の瞳をじっと見つめる。それはどこか意味ありげな仕草にも見て取れた。だが、その理由は分からない。見藤はじっと、その視線を受け入れる他なかった。


「それに私は、私の救いを見出しましたので。呪物『枯れない牛鬼の手』という武器は、()()芦屋家には不要なのです」


 にこり、と笑って見せた彼の表情はとても晴れやかだった。



 見藤と芦屋の談話は続く。

 窓を叩く雨音が心地よいのか、芦屋はそっと目を閉じた。そのまま、彼は心情を吐露する。


「貴方に抱いた仰望(ぎょうぼう)も、間違いではなかった」


 消え入りそうな声で言葉を紡いだ。その言葉が何を意味しているのか――、見藤には分からなかった。ただ、大袈裟な物言いだと気まずさから視線を逸らす。


 すると、芦屋は何かを思い出したのか。はたと顔を上げ、見藤へ視線を送った。


「そうです、ひとつお耳に入れておきたく……。先の会合でのことです」

「……会合」

「えぇ」


 言葉を反芻した見藤に、芦屋は力強く頷く。


「見藤家との密談のとき――。彼らは人を探していました」

「…………」


 芦屋の言葉に、見藤は喉がつかえた。

 よもや、会合において芦屋家は斑鳩家とキヨに協力関係を示し、賀茂派閥と対立を明確化したにも関わらず。見藤本家が芦屋に接触を図っていたとは、思いもよらなかった。更に、それを芦屋の口から聞くことになろうとは――。


 見藤は予期せぬ情報に眉を寄せた。そもそも、見藤本家の動向を知るために会合へ赴いたのだ。結果得たのは、見藤本家の現状という情報だけではなかったが――。

 心の内に、悪態をつく。


(奴らの目的はおおよそ想像がつく)


 見藤は黙ったまま、芦屋の次の言葉を待った。その意を汲んだように、芦屋は密談での内容を語る。


「貴方のように(まじな)いに秀でた特異。『大御神の落とし物』である深紫(こきむらさき)色の眼を持つ、見藤家の人を」


 じっと、見藤を見据える芦屋。先の言葉は意味深で、どうやら()()を入れているようだ。しかし、芦屋は真意を明言する訳でもなく、ただ口を閉ざしている。

 見藤はどう答えるのが最善か、判断できずにいた。ようやく口を開いたが、思うような言葉が出て来ず口ごもる。


「それは――」

「あぁ、いえ。別に貴方が()()、だとは言っていません。あくまでも、私が()()であればいいなと思った次第ですから」


 言葉の先を遮ったのは他でもない、芦屋だ。この場が作中作であるかのように語る。彼の言動はあまりにも、分かりやすい。――芦屋は()()に辿り着いたのだ。見藤が『大御神の落とし物』の持ち主()()()という確信に至った。


 見藤の脳裏によぎる一抹の不安。――見藤本家に所在を知られる訳にはいかない。奥歯を強く噛み締め、目を伏せた。

 そこでふと、抱いた違和感。思い返せば、芦屋の物言いは、()()()()()ものだった。


(しかし……、芦屋家当主は何故、素知らぬふりをした? 信用、してもいいのか……?)


 見藤が抱いた僅かな期待。しかし、これまでに経験した苦い思いからして、直ぐに答えを出すことは出来なかった。

 すると、芦屋は憂いに満ちた声音で語り始める。


「『先導者』などと仰々(ぎょうぎょう)しいものではなく。もっと身近で、親しみやすい。そんな貴方は――」

「……?」

「独り言です、お気になさらず。貴方はキヨさんの後継です。そうでしょう?」


 首を傾げた見藤に対して、微笑んで見せた芦屋。彼の真意が分からず、見藤は怪訝な表情を浮かべた。


 見藤は頭の片隅にあった記憶を呼び起こす。


 先の会合で明らかにされた人の世において『大御神の落し物』と呼ばれる神の遺物を身に宿した者。それは『先導者』と(うた)われ、人の世に過大な影響を及ぼした。芦屋家は『先導者』を信仰している。

 しかし、目の前の芦屋はそれを否定するかのような言動を取った。名家の武器とも言える呪物の譲渡、宗教的権威からの脱却。それは先程、芦屋が吐露した心情に基づくのだろう。


 それを語る理由。見藤は理解が及ばず、つい正直な言葉を口にした。


「……それを、私に話して――。ご当主の利になりますか?」

「えっと……。他意はないのですが、その言葉は少し傷つきますね」


 答えた芦屋は年相応な表情を浮かべ、眉をこれでもかと下げた。見藤はしまったと、顔を青くする。

 すると、芦屋はくすくすと笑いを堪えきれない様子だ。ひとしきり笑い終えると、今度は真面目な視線を送る。

 

「本当は弟子にして頂きたいくらいです」

「お断りします……」


 見藤は即座にそう答えた。すると、芦屋は――。


「ふふっ、残念ですね」


 この期に及んで冗談めかして話す芦屋。それはキヨにも似た物言い。当主ともなればここまでの器が必要とされるのか、と得も言われぬものを感じ取った見藤だった。

 芦屋はまたも表情を変え、今度は申し訳なさそうに口を開いた。


「報酬の品につきましては後日、連絡致しますので。流石に、呪物を易々と持ち運べるものでもなくて……」

「……畏まりました」


 芦屋が言うことはもっともだ。見藤は承諾する他ない。しかし、これで『枯れない牛鬼の手』を入手する算段がついた。張り詰めていた緊張の糸が緩む。

 見藤は芦屋に頭を下げ、重く口を開いた。


「それでは、よろしくお願い致します」

「えぇ、失礼いたします」

「ご当主、傘を――」

「あぁ、これは! ありがとうございます」


 事務所を後にする芦屋へ、見藤は傘を手渡した。雨が止む気配はない。


 雨足が強まる――。扉を閉める寸前、芦屋は何か言葉を口にしたようだ。しかし、激しさを増した雨が窓を叩く音によってかき消され、見藤の耳に届くことはなく――。ここで引き留めるのも(はばか)られ、見藤は彼の背を見送った。

 

 扉が閉まるのを見届け、深い溜め息をつく。胸中を締めるのは芦屋からの話。


(芦屋家当主にまで接触していたのか……。本当に、見藤本家(あいつら)は見境がないな。大方、没落寸前の見藤家の再興を目論んでいるんだろう)


 見藤本家の思惑を推測するのは非常に簡単だった。それに伴い、浮かび上がる感情は薄暗い。


(だが、これで牛鬼の依頼は完遂できる)

 

 それを思えば、じんわりと胸に広がる安堵。振り返り、神棚を見上げる。霧子の顕現を知らせる紙垂の揺れが、見藤の疲弊した心を癒やした。


茶封筒(¥)忘れて帰ってるよ……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ