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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第七章 決別編

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番外編 禍福は糾える縄の如し?③


 煙谷は手鏡を手に取り、興味津々に眺めている。すると、彼は考える素振りを見せ、口を開く。

 

「そう言えば――、手っ取り早く呪物を処理する方法なんてのもあったり?」

「え……、それは?」


 煙谷の言葉は久保の好奇心を刺激するには十分だった。思わず聞き返した久保に、煙谷はにやりと笑みを浮かべる。


(のみ)の市なんてのもあるけど?」

「蚤の市……?」

「そう。いわくつきの品を収集する好事家、なんてのもいるくらいだからねぇ~。さっさと譲ってしまえば、この面倒な呪物ともおさらばできるけど?」

「えぇ!? いや、これは人の世に出回っちゃ駄目なやつなんですって!」

「冗談、冗談。これ、婆さんが集めてた代物だろ?」


 煙谷は低く笑いながら、煙を吐き出す。煙は消えることなく事務所に充満していく。

 からかわれた久保はじっとりとした目で煙谷を見やる。すると、わざとらしく肩をすくめるもので、さらに久保は辟易とした。

 

(煙谷さんが言うと冗談に聞こえないんだよなぁ……)


 久保の胸中などお構いなしとでも言うように、煙谷は称賛するように手を叩いた。


「成長、成長。あいつの助手にしておくには勿体ないね~。こんな調子で()()に戻れそう?」

「……考え中です」

「まぁ、いいさ。誰しも、いずれ選択の時は来る」


 意味深に吐かれた言葉。――()()に戻るか、否か。それは久保の進路を悩ませる種だ。多忙を極める見藤ではなく、煙谷に相談していたことだった。

 人でありながら怪奇な世に身を置き、その生き方しか知らない見藤と、怪異でありながら人の世に居憑く煙谷。二人の答えを聞けば、何か分かるかもしれない――。


 久保は煙谷を見据え、そっと口を開く。


「……煙谷さんは、どうしてこの仕事を? どうして、人の世に?」


 それはいつか、見藤にも尋ねたことだ。どのような答えが返ってくるのか――、想像出来なかった。

 すると、煙谷はいつもの飄々とした雰囲気から一転。柔和な雰囲気を纏う。


「まぁ、僕の場合はお役目というより――。()()()()だからね。人は面白い、見ていて飽きない」


 考えるような素振りも見せず、すぐに答えを口にした。久保は驚きの声を上げる。


「えっ」

「なぁに? 意外?」

「意外も何も――」


 久保がその先の言葉を口にすることはなかった。途端、事務所に響くのは情けない声。


「はぁあぁん!? なんで俺がこないな手伝いせなあかんねん! 何やコレ! ひぃいい、ごっつ嫌な感じ!!」

「えっ……!? 白沢!?」

「あ~もう、久保!? ええ加減にせぇ! 妙なことに首突っこむな、言うたに! なんべんも!」

「た、煙谷さん……これは――」

「おい、無視すんな!」


 突如として現れた白沢に、先程までのぎこちない空気はどこへやら。気付けば、事務所に充満していた煙は消えていた。どうやら、白沢を呼び寄せるための儀式の一環だったようだ。

 煙谷は頬杖をつき、笑みを浮かべる。その表情はいつもの煙谷だった。


「人の(のろ)いと瑞獣が相見えたら、どちらが勝つのかな〜と思って。面白いだろ? 人の(のろ)いが負けたら、呪いは祓われるし、一石二鳥」

「あ〜、あはは……」


 久保は乾いた笑いを溢す他なかった。二人のやり取りを眺めていた白沢は――。


「はぁあん!? 俺の身の安全はっ!? 兄さん、酷いわ!!」


 白沢の情けない声が木霊した――。



* * *


 そうして、夜の帳が降りた頃。

 久保は見藤の事務所にて、彼の帰りを待っていた。猫宮はすっかり回復したようで、ソファーの上で毛繕いに精を出している。


 久保はソファーに腰かけ、手元のスマートフォンに視線を落とす。画面には、本日をもって呪物の詰合せ段ボールの処理が全て完了したことを伝えるメッセージの画面。すると、見藤からは了承の文面と共に、出張から帰る旨が書かれていた。


(てっきり、牛鬼の手を探して情報収集に飛び回ってると思っていたけど……。突然の出張かぁ……。また危ない怪異事件に巻き込まれてないといいけど)


 すると、久保の心中を読んだかのように猫宮が声を掛ける。


「まァ、あいつなら大丈夫だろう」

「ん? 猫宮、何か知っているのか?」

「い、いンやァ~……。別に」


 白々しい態度を取る猫宮。久保がじっとりとした目で見やると、猫宮は視線を逸らした。これでは最早、黒と言っているようなものだ。――そう言えば、猫宮は随分と眠そうにしていたことを思い出す。更に数日前は姿を見なかった。想像の域は出ないが、見藤の手伝いに出掛けていたのかもしれない。


 久保は追及するのを止めた。それに返信画面に書かれた見藤の帰宅時間まで、もうそろそろだ。――担った仕事を無事、終えたことを直接伝えたい。ローテーブルに置いた書類を見つめながら、時間が過ぎるのを待った。


 そうして、廊下を歩く足音。事務所の前で足音が止むと、扉から顔を覗かせたのは待ち人だ。


「ただいま」

「あ! お帰りなさい、見藤さん」

「久保くん、こんな時間まで待ってたのか……。ご苦労さん、大事(だいじ)なかったか?」


 久保が出迎えると思っていなかったのか、申し訳なさそうに眉を下げた見藤。一方で、久保は見藤の言葉に思わず口ごもる。大事ないかと問われれば――、首を傾げるところである。


「えぇと、まぁ……。大丈夫です」

「……」

「本当ですよ!? な、猫宮!」


 見藤の鋭い視線にいたたまれなくなった久保は咄嗟に、猫宮を巻き込むことにした。


「ンにゃァ~」

「おい。こんな時だけ普通の猫を装うなよ!?」


――薄情な化け猫である。

 すると、見藤は荷物の中から何かを取り出した。それは包装されているものの、形からして一升瓶だと分かる。


「猫宮、これ」

「んァ? にゃはァ~、酒だ!! 忘れられたかと思っていたぞ」

「わす、れていなかったぞ」


 口ごもった見藤だったが、猫宮は酒に気を取られているため気付かない。――気付いたのは久保だけだ。

 過去、二人して猫宮に齧られた出来事を思い出した久保はくすりと笑みを溢す。ふと見藤を見やれば、その顔に疲労の色が浮かんでいることに気付く。


「何だか、お疲れですね」

「ん? あぁ……、()()あってな」


 色々、というからには深く追及しない方がいいのだろう。久保が次の言葉を紡ぐことはなかった。

 見藤は簡単に荷解きを終えると、向かいのソファーに腰を下ろした。その表情は疲労を色濃く浮かべながらも、少しだけ安堵を(うかが)わせる。そっと呟いた言葉は切望が感じられるものだった。


「だが、これで牛鬼の依頼に希望が見えた……と、思う」

「それはよかった」

「まさかキヨさんの課題を久保くんと東雲さんに任せてしまうとは――。迷惑を掛けたな」


 眉をこれでもかと下げた見藤に、久保が思い出すのは彼から受けた厚情だった。――ただ、ほんの少しそれを返しただけだ。

 久保は冗談めかしながら、言ってのける。


「どうってことはないですよ、初めの方に比べれば」

「ふっ、随分頼もしくなったな」

「それ、褒めてます?」

「ははっ、褒めてるぞ」


 賑やかな時間は惜しまれながらも過ぎて行く――。



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