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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第七章 決別編

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番外編 禍福は糾える縄の如し?②



 久保と猫宮は煙谷の事務所へ向かうため、駅構内にいた。


 久保が手にしている手提げ袋の中には、件の小包ほどの段ボールが入っている。そこから抜け出した手鏡は――、久保の鞄の中だ。鎮魂(たましずめ)の札を貼っているものの、段ボールからひとりでに抜け出した代物だ。心穏やかな道中とはいかない。久保の表情は険しい。


 猫宮は妖怪としての特質を生かし、気配を消しているようだ。道行く人々の目には映らない。久保の足元で呑気に顔をあらっている。


 すると、駅構内に響くアナウンス――。


『現在、在来線にて遅延が発生しております――。路線内に人が立ち入ったため――……』


 久保ははたと電子掲示板を見やる。そこにはアナウンス通り、遅延を知らせる文言が書かれていた。これでは煙谷の事務所に辿り着くまでに、いつも以上の時間を要するだろう。久保の口から溢れた呟き。


「困ったな……」


 すると、猫宮が視線を上げた。その視線の先には呪物の詰合せ段ボールが入った手提げ袋と、久保の鞄。鞄の中には例の手鏡が入っている。猫宮は久保を見やり、口を開く。


「まァ、意味深と言えば意味深だな」

「え……、まさか――。怖い事言うなよ」

「まさかなァ」


 ケタケタと笑う猫宮。久保は青ざめた――。


 それから、久保と猫宮はバスを乗り継ぐ。その間にも、呪物の影響と思わしき出来事が度々起こったのだ。

 バスの遅延、緊急停車や下車してからの道路迂回。久保は疲労の色を浮かべている。――これは最早、呪物が祓われることを妨害しているかのようだ。


 煙谷の事務所がある、寂れた商店街まであと少し。久保は逸る気持ちを抑えつつ、足を進める。焦れば、冷静な判断ができなくなる。怪奇な経験をしてきたが故の箴言(しんげん)だ。


 すると――、ピピピピ……。スマートフォンから無機質な着信音が鳴った。

 久保はその着信音に覚えがある。――メロディではなく、あえて無機質な音に設定したのは自分だ。足を止め、立ち尽くす。

 

「え……」


 僅かに漏れた声は掠れていた。スマートフォンをポケットから取り出し、画面を確認する。そこに表示されているのは「父さん」の文字。しばらく、無機質な着信音が鳴り続ける。


 久保はじっと画面を見つめた後、ようやく電話をとった。


「父さん? 久しぶり。うん、今大丈夫。大学は問題ないよ、順調。将来……就職先は――、考え中。大丈夫だよ、就活はしてるから。そう――、じゃあね」


 矢継ぎ早に、あり大抵な言葉を並べた。通話を終えると、疲労がどっと押し寄せて来る。


「あ……、一時帰国する日。聞くべきだったのかな……」


 ぽつりと呟いた言葉は少しだけ後悔が滲んでいた。心情を誤魔化すように頬を掻き、足元で様子を(うかが)っていた猫宮に声を掛ける。


「これは禍福のどっちだろうね……」

「さァな。福なんじゃねぇか?」

「どうしてだよ?」


 どちらとも付かない答えを口にした猫宮。不貞腐れた久保はそう答えた理由(ワケ)を追及するが、猫宮は呑気に後ろ足で器用に耳の裏を掻いている。

 猫宮は満足いくまで掻いたのか、ぴたりと足を止めた。そうして、久保をじっと見上げたかと思えば、今度は(わずら)わしそうに溜め息をつく。


「見藤の奴に心配かけるなよォ。今、あいつは色々抱えているみたいだからなァ」

「ん? どういう意味だよ……」

「人間の親子関係なんて、立ち入るのは野暮だけどなァ……」


 訳が分からないという表情を浮かべる久保。どうしてここで見藤の名が出てくるのだろう、と首を傾げた。――見藤は知らないはずだ。両親との関係がぎこちないことを。


 すると、猫宮はこともなげに言葉を続ける。


「お前が(ばく)の悪夢に感染したときだ。見藤の奴、すぐに小僧の親に連絡を取ろうとしたみたいだぞ?」

「え……?」

「そりゃァ、こんな世にも怪奇な仕事の助手をしている、なんて事は言えないけどなァ。小僧の身を預かってンのは見藤だ。入院ともなると、親が心配すると考えたンじゃあねぇのか?」


 久保は先の(ばく)が引き起こした社会現象を思い出す――。自身も悪夢に感染し、疑似的夢遊病を発症した。その際に見藤が尽力してくれたと東雲から聞いたのは、目覚めてからしばらく経ってからのこと。それでも詳細は知らされなかった。


 見藤が拒み続けた人の繋がり――、それを少しだけでも繋ぎ止めることができたのだろうか。久保の中に渦巻く、得も言われぬ感情。


 すると、猫宮は二又に裂けた尾を揺らしながら、軽快な口調で言葉を続けた。


「まぁ、俺は話半分でしか聞いてなかったから、詳しいことは知らねえけどよ」


 そこまで言うと、短い足でたっと駆けだした。久保は置いて行かれないよう、足を踏み出す。


「知らないぞ、その話」

「当然だな。あいつも、わざわざ言うような真似はしないからなァ」

「……」


 猫宮の後を追い、足を速める。久保は黙ったまま、道の先を見据えた。――見藤のそれは久保の孤独感を抱いた理由を知ってか、知らずか。思わずして猫宮から聞かされた、見藤の行動と厚情。


(僕に出来ることを、精一杯やろう。それが、今だけだとしても――)


 胸に抱いた温かな気持ちを噛みしめ、また一歩を踏み出した。



* * *


 ようやく辿り着いた煙谷の事務所。そこは相変わらず、独特な雰囲気を醸し出している。

 久保は逸る気持ちを抑え、扉をゆっくり開けた。――煙谷には事前に事情を説明し、協力を取り付けている。よって、手にしている呪物も早々に片がつくだろう。


 扉を開けた久保の目に入ってきたのは、ソファーでくつろぐ煙谷の姿。いつものように煙草をふかし、気怠そうにこちらを見やる。すると、彼はソファーから体を起こし、口を開く。


「あぁ、君か。よく来たね」

「お邪魔します、煙谷さん」

「猫宮も一緒か」


 久保と煙谷が軽い挨拶を交わした後、猫宮は「にゃ」と軽快に返事をした。すると、猫宮は事務所の主の承諾もなしにソファーへ寝そべる。


「俺は寝てるからなァ~……。くァあ……」


 そう言って、丸くなると寝息を立て始めた。


 久保は猫宮が寝入るのを溜め息混じりに見届けた。その後、ソファーの前に置かれたローテーブルへ、呪物の詰め合わせ段ボールを置く。小包ほどの大きさのそれを目にした煙谷は面白そうに口角を上げた。


「ふうぅん……。助手クンの強運。それがなければ――、大事(おおごと)になっていたかもね」

「えっ」

「東雲サンの直感は大正解だ」


 煙谷はそう言うや否や、鎮魂(たましずめ)の札を勢いよく剥がして見せた。久保は驚きの余り、目を大きく見開く。

 途端、鎮められていたはずの呪物は次々と動き出す――。


「僕に任せなよ」


 にやり、と笑みを浮かべた煙谷。大きく息を吐き、煙草の煙が充満する。すると、ローテーブルの上にきらり、と光る物があった。先程まで、そのようなものはなかったはずだ――。

 久保は怪訝に思い、眉を寄せる。よく見るとそれは見覚えがあった。途端、弾かれたように声を上げる。


「あっ……!? それは――、煙谷さん! 鏡を見ては駄目です!!」

「んん?」


 久保の言葉とは裏腹に。煙谷は興味津々に鏡を覗き込んでいる。これで――、三回目だ。三度鏡を覗き込めば、誰かに死が訪れる。ありきたりな(のろ)いにしては、祓う代償は大きいだろう。

 しかし、煙谷の目に映っているのは――、なにもなく。彼は意気揚々と(おど)けて見せた。

 

「やだなぁ、僕は煙の怪異だからね。鏡には映らない」

 

――煙谷の姿は映らない、らしい。手鏡はなんら変哲もない事務所の風景を映していた。

 

 久保は呆気に取られ、言葉を失う。そもそも、例の手鏡は誰かが鏡を覗かないように布で覆ってあった。更には、怪奇が起こらないよう鎮魂(たましずめ)の札を貼り、鞄の中にあったのだ。それでも尚、こうして怪奇が起こるほどに強い(のろ)い。――悪寒が背中を駆け巡る。


 煙谷は久保の顔色を見るや否や、飄々と言ってのけた。


「まぁ、僕の所に持ってきて大正解という訳だね」


 その一言に、久保は大きく溜め息をつく。安堵の溜め息だ。そこでようやく、久保はソファーに腰掛けることができた。


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