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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第七章 決別編

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番外編 禍福は糾える縄の如し?


 見藤が富士山麓で過大な依頼を遂行している最中。

 事務所に残った久保と東雲、猫宮。彼らは呪物の詰め合わせとも呼べる段ボールの処理に追われていた――。



 久保は数少なくなった段ボールを運び出す準備のために、見藤から事前に渡されていた鎮魂(たましずめ)の札を手にしている。鎮魂(たましずめ)の札を貼れば、ひとりでに動き出す呪物は封じることができる。


 足元には猫宮の姿。猫宮は久保の札張り作業を見守っていた。時折、段ボールから漏れ出した悪い()を寝ぼけ眼で()んでいる。その猫らしからぬ形相は筆舌に尽くし難い。


 猫宮は欠伸を噛み殺しながら、久保に話し掛ける。


「くァあ……。それにしても、随分と減ったなァ」

「ん? 呪物段ボール?」

「それ以外に何があるんだァ?」


 猫宮の挑発的な態度にも、久保は慣れたものだ。特に気にする素振りも見せず、札を貼る手を止めることはない。時折、段ボールがカタカタと小刻みに動くが、久保は動じない。こともなげに猫宮との会話を続ける。


「まぁ、東雲の霊感と直感を頼ったのが正解だったよ」

「えっへん!」


 得意げに鼻を鳴らした東雲は相変わらずだ。

 東雲は同じ事務所内にいるというのに、久保や猫宮から大きく距離を取っていた。それも、戸棚で(わず)かに隔てられた給湯スペースに身を隠すように縮こまっている。東雲の行動と言葉の違いに、久保は苦笑しながら肩をすくめた。


 そうして、久保は最後の札を貼り終えると、段ボールを景気よく叩く。小刻みに動いていた段ボールは完全に沈黙したようだ。

 それを目にした猫宮は久保と出会った頃を思い出したのだろう。しみじみと語った。


「新人だった小僧が大したモンだなァ」

「一応、()()()()()ね」


 久保は猫宮に視線を落とすと、どこか誇らしげに笑って見せた。そうして、これまでの経緯を語る。――この短期間で、事務所を埋め尽くす程の「呪物の詰合せ段ボール」を減らした妙案だ。


「呪物が及ぼす影響――、不幸をランク付けして仕分け。(のろ)いが軽いものは、お寺でまとめてお焚き上げをしてもらったんだよ」


 久保の言葉に反応したのは東雲だ。彼女は苦い体験を思い出したのか――。給湯スペースから顔を覗かせて、恨めしそうに視線を送っている。


「軽い(のろ)い言うても、足の小指をぶつける――、だったけどなぁ……。それも執拗に」

「そう、あれは最悪だった。お焚き上げが終わるまで続いたから」

「同感」


 東雲が力強く頷く。久保も件の出来事を思い出し、思わず足先を動かした。

 一方の猫宮は、小包ほどの段ボールをじっと見つめている。先程、久保が札を貼ったものだ。二又に裂けた尾を揺らしながら、もったいぶった様子で口を開く。


「ンで? 残ったのは――。まァた、一段と禍々(まがまが)しいなァ」

「霊感のない僕でも、何となく嫌な感じがするから……。東雲は視た途端、青ざめた」


 久保は振り返り、東雲へ視線を送る。すると、東雲が声を上げた。彼女は執拗に段ボールを睨み付けている。


「それ、うちはパス。絶対に近付きとうない」

「東雲はこの調子で――」


 久保は猫宮に視線を落とす。すると、猫宮は東雲の珍妙な行動に納得したようだ。ケタケタと笑っていた。


 東雲が大きく距離を取り、縮こまっているのはこれが原因だ。「絶対に」をやけに強調した物言いは、彼女の確固たる意志を示していた。

 猫宮の笑いが収まるのを待って、久保は口を開く。それは今回、見藤が抱えている課題についてだ。


「キヨさんは見藤さんが跡を継ぐための課題として、あれだけの数の呪物を寄こした。でも、それは見藤さんに人を使い、情報を扱う術や人脈の重要性を分からせるための課題にすぎなかったんだよ」


 久保は事務机まで足を進め、机上に置かれていた書類の束を手に取った。それは見藤が事務所を発つ前に、久保と東雲にあてた資料だ。事務所を埋め尽くす勢いだった呪物の詰合せ段ボール。そこに入っていた呪物をひとつ残らず編纂(へんさん)したもの。


 久保がページを捲ると、そこには判明している(のろ)いの事象や呪物と成った背景などが細やかに書かれている。――それだけで見藤の情報収集能力、分析力が垣間見えるというものだ。もちろん、それはアナログな手法に限る。


 実のところ。久保は見藤が残した資料を基に、先程の妙案を思いついたのだった。


「見藤さんが本腰を入れて祓わないといけないような――。そう、例えばコトリバコの認知を得た箱の時みたく、周辺の人にも影響を及ぼすようなヤバいやつだ。その手のやつはなかった」


 久保はページを全て捲り終え、力強く頷く。事務所を埋め尽くす勢いだった段ボール。その中身を思い出す。――経年劣化したキーホルダー、手鏡、日用品や、冠婚葬祭に使用されたであろう服飾品など。さらには、古びた人形。そのどれもが禍福を願い、人の手によって作られた品や人の想いによって呪物と成ったものだ。


 久保は言葉を続ける。


「ここにあったのは(のろ)いの強さは様々にしろ、僕達でも判断できるような呪物だけ。中には荒々しい付喪神も混じっていたけど……鳴釜に比べたら静かだったよ」


 そこで久保は猫宮に視線を送った。瞳は確信に満ちている。


「――ということは、キヨさんは初めから僕達、助手がこの呪物に触れる、関わることを想定していたんだ」

「なァる程な……」


 猫宮は顔をあらうと、久保を見やる。彼の推測は核心を突いていることだろう。

 久保は視線を小包ほどの段ボールへ移す。それは依然として、得も言われぬ雰囲気を醸し出している。しかし、久保は平然とした様子を崩すことなく、言葉を続ける。


「まぁ、この一段と嫌な感じのする段ボールだけど。これは特別な場所へお願いするから問題ない」

「んァ? 特別ぅ?」

「そう、根回しをしておいたんだ。猫宮も一緒に来てくれ」


 久保はしたり顔をして見せる。何も策なしに、任せてくれと見藤に申し出た訳ではない。事務所を発つ準備をしようと、書類の束を机上に戻す。そうして、身支度を始めた。

 猫宮は待つ間、毛繕いをするためソファーへ飛び乗った。すると、そこで目にしたのは――。


「んァ? こんな所に手鏡が落ちてるぞ。ちゃんと片付けておけよ~」

「え……? 手鏡なんて――」


 久保は言いかけた言葉の先を紡ぐことはなく――。猫宮は手鏡を興味津々に覗き込んでいる。


「あ、あかん! 猫宮ちゃん……! それは一番ヤバいやつ――!?」


 咄嗟に声を上げた東雲の切羽詰まった様子。久保は直感的に体を動かした。手鏡を覗いた猫宮を抱き上げる――。


「猫宮!」

「んにゃァ!?」


 久保の大きな声と、突如として抱き上げられた体。猫宮は驚きの声を上げる。猫特有の柔軟性に富んだ体を捻り、本能的に拘束から逃れようとする。――久保が盛大に尻もちをつくのは必然だった。そのとき、ちらりと覗いた手鏡に映ったのは黒い影。


 喧騒が治まると、久保は臀部をさすりながら立ち上がる。鏡の中を見ないよう少し視線を逸らし、手鏡の方を見やる。


「痛ったぁ……。この手鏡、段ボールの中にあるのを確認したはずだ」

「待って。見藤さんの呪物リストにあるはず……。どっかで見た」


 東雲はおずおずと給湯スペースから移動し、書類の束を手に取った。ページを捲る音がやけに大きく聞こえる。ぴたり、と音が止むと東雲は大きく声を上げた。


「あった! 鏡を三回覗いたら死ぬ、って言う手鏡や……。安直だけど物騒極まりない」

「どうして、三回?」

「さぁ? 三回見たら死ぬ絵、とか都市伝説でもあるやろう。よくあるやつ」


 なんとも適当な答えだ。久保は眉を下げながら、溜め息をつく。すると、猫宮が呑気に声を上げる。


「仏の顔も三度撫でれば腹立てるってなモンだなァ?」

「仏と(のろ)いは全然、違うだろ。それに――、僕も猫宮を抱き上げたときに鏡の中を見た」


 冷静な久保の言葉に、東雲は息を呑む。――猫宮が鏡を覗き込んだ一回、久保が見た一回。既に二回、鏡を覗いている。


「とにかく! 恐らく、あと一回。この手鏡を覗いたら、何かしらの原因によって、誰かが死ぬ」

「何かしらって……何だァ?」

「「……さぁ?」」


 猫宮の問いかけに応えた久保と東雲の返答は同時だった。しばらくの沈黙の末、口を開いたのは東雲だ。


「その手鏡。段ボールに片付けたはずやのに、勝手に出て来たということは――」

「なんだか、怪異よりもタチが悪いな」

「同感。いっそのこと……鏡を割る?」

「絶対、駄目」


 東雲ならやりかねない――、久保は語気を強めた。鏡を覗かないよう、なるべく距離を取りながら布を被せる。布で手鏡を覆うと、急くように鎮魂(たましずめ)の札を貼った。ほっと、息をつき顔を上げる。


「とにかく、急いで煙谷(たばたに)さんの事務所へ行かないと――」

「ンにゃァ? どうして煙谷の所なンだ?」


 久保と東雲は事前に見藤から、身の危険を感じた場合はすぐに知らせるようにと言い付けられている。しかし、久保が口にしたのは煙谷の名だった。猫宮の言葉に、久保は得意げに鼻を鳴らして見せる。


「言っただろ? 特別な場所だって」

「はァ~ん、成る程な」


 事務所に残った呪物の詰め合わせ段ボールは東雲に任せ、久保と猫宮は煙谷の事務所へ向かった――。


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