表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第七章 決別編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

227/270

70話目 残月と『神異』⑤

* * *


 事態は急変する。

 見藤が放った(まじな)いの鷹による捜索は功を奏し、陽が昇ると同時に、地点B周辺において遭難したと思われる斑鳩家の人員の居場所を特定。芦屋の指揮の下、直ちに救助隊が編制された。


 救助隊が目にしたのは、暗闇の中で夜を明かした斑鳩家の人員の姿。負傷者二名、残り二名を保護。


 総指揮をとっていた斑鳩は――。拠点となっている旅館の一室、救護室へと姿を変えた場所にいた。


 見藤は険しい表情を浮かべながら、斑鳩の容体(ようだい)(うかが)う。

 

「低体温症か」

「まぁ、この程度で済んだってことで」

「……」

「に、睨むなよ……」


 点滴を受けながら、肩をすくませる斑鳩。しかし、見藤は表情を変えることなく無言の圧を送る。

 斑鳩の軽口に異議を唱えたのは、救護にあたっていた医務官だ。彼女は血相を変えて、斑鳩を叱責し始めた。


「低体温症は危険です! 一歩、間違えれば昏睡状態、心肺停止! 何を言っているのです!?」

「……怖い」

「斑鳩家次期当主とあろう人が!!!」


 彼女の剣幕に気圧(けお)されている斑鳩。見藤は黙って、その様子を眺めるだけだった。

 見藤の助け舟は期待できないと悟ったのか、斑鳩は最後の抵抗と言わんばかりに声を上げる。


「け、怪我人を優先させたまでだ! それに、実力的にも殿(しんがり)を務めるのは俺の――」

「あんたも怪我人でしょうがっ! これ以上うちの(芦屋家)坊ちゃんの心労を重ねるのはやめて頂きたい!」

「痛ってぇ……!!」


 斑鳩は情けない悲鳴を上げる羽目になった。隠していた腹部の傷の手当が始まったのだ。

 凝固した血の洗い流し、消毒、手際よく行われていく応急処置。その間、斑鳩はじっと痛みに耐えていた。だが、痛みは生きている証でもある。ふっと、目元が緩んだ。


 一方の見藤はその様子を眺めながら、仏頂面で言い放つ。


「怒られておけ、斑鳩」

「助けてくれよ~……」

「助けた後だ」


 斑鳩は言い返す言葉もなく、項垂れていた。だが、見藤の指摘は斑鳩家の若い衆にとって染みる言葉だったようだ。しきりに頷いている。

 彼らは斑鳩の容体を心配し、救護室となっている一室の扉の外からしきりに顔を覗かせていた。さらに、見藤が放った鷹の式に助けられた者は同室で処置を受けながら、羨望の眼差しを送っている。


 見藤は不慣れな状況に、これでもかと眉を寄せた。


(……視線が痛い。ついでに胃も痛い……)


 視線から逃れるため、退室しようとした時だ。斑鳩が神妙な面持ちで口を開いた。


「あぁ、そうだ。遭遇した怪異だが――」


 その言葉に、見藤はぴたりと動きを止める。

 斑鳩は言葉の先を続けた。その視線は腹部の傷に向けられている。


「怪異封じが効かなかった。はぁ……、生きた心地がしなかった……」


 斑鳩の言葉に、見藤は眉を下げる。今こうして、互いに言葉を交わすことが出来ているのは幸運と呼べるだろう。

 斑鳩も同じ思いだったようで、点滴を受けている左腕を見やる。その視線の先には、薬指にはめている指輪。それを見つめる彼の表情は柔らかい。


 しばらく指輪を眺めた後、斑鳩は視線を見藤へ向ける。


「奴は()()を探していた。言葉を操ってはいたが、意思疎通は出来なかった。それに、意味のある言葉だったのかも不明だ」


 斑鳩は表情を険しいものに変えた。そのときの状況を脳内で整理しているのだろう。


斑鳩家(うち)は認知によって新しく生まれる怪異を監視しているが、奴はどの報告にも挙がっていない」


 そこで言葉を切ると、斑鳩は見藤を見据えた。


「挙がっているとすれば――。お前が道端で遭遇した『神異』と類似する」

「……なんたって、富士山(ここ)に」

「さぁな、俺には見当もつかない」


 見藤の疑問に対する答えはない。斑鳩は更に言葉を続ける。


「それに加えて、奴に()はなかった。目が体中に埋め込まれているような――」

「それはまた……」

「はぁ……。次は何だ? 鼻か? 手か? ったく、怪異ってのはよく分からねぇ。そんでもって……おぞましい」


 斑鳩の悪態に、見藤は沈黙する他なかった。現状、判明している『神異』の数は極端に少ない。類似している特徴があるのならば、同種の可能性も捨てきれない。

 見藤は、ぽつりと呟く。


「『神異』は信仰があればそこに土着する、物語と所縁(ゆかり)のある場所に土着する。早くも、イレギュラーだ……。はぁ……、頭が痛い」

「俺もだ」

「斑鳩。お前は一旦、休め」


 見藤の言葉に斑鳩は鼻を鳴らした。すると、その場に響く、怒りを孕んだ声。


「お話は終わりましたか?」

「げっ!?」

 

 斑鳩は蛙を踏み潰したような声を上げた。彼の視線は見藤の背後に注がれている。

 見藤が振り返ると、そこに佇んでいたのは芦屋だ。――彼は見るからに、(いか)っている。だが、見藤と視線が合うと、軽く会釈をしてみせた。


「これは、お見苦しいところを――」

「い、いえ……。お気になさらず……。私はこれで、退室しますので」


 ぎこちなく、そう返答すると見藤は救護室を後にした。その背に、助けを求める斑鳩の悲鳴を浴びながら。

 見藤は斑鳩を見放した――。斑鳩はこれから、芦屋の説教を受けるに違いない。



 そうして、見藤は斑鳩の容体が回復したのを見届けた(のち)。旅館を発とうとしていた――。


 見藤はいつもの使い古されたスーツを身に纏い、手には木目の美しい木箱だけ。見藤が持ち寄った、例の大荷物は封印の匣に姿を変えたのだ。


 匣の回収は山開きの後、斑鳩家が行う手筈になっている。そのため、かぐや成る『神異』()()で言えば一件落着だろう。斑鳩を襲った、新たな『神異』については追加調査が行われる方針に決まった。

 もちろん、見藤としても異変や得た情報があれば斑鳩家、並びに芦屋へ情報提供、助力する方針だ。


 見藤を見送るのは芦屋、そして、斑鳩家の若い衆だ。見送りは不要だと申し出ても聞き入れてもらえず、それならばと見藤が承諾した少人数だ。


「それでは、ご当主。私はこれで」


 見藤は一礼すると、別れの言葉を口にする。

 すると、芦屋は自らも頭を下げた。見藤は驚きのあまり言葉を失う。


「此度の依頼を受けて頂き、感謝します」

「い、え……。とんでもない」


 見藤は言葉に詰まる。

 芦屋は美麗な顔に、年相応な笑顔を浮かべている。どうやら、彼の憂いは少しだけ晴れたようだ。芦屋の後ろに控える若い付き人も、安堵の表情を見せていた。

 芦屋はそっと口を開く。


「報酬やお礼の相談はまた後日、事務所へ(うかが)いますので」

「よろしくお願いします」

「車を手配していますので、それで駅まで――」

「……助かります」


 そうして、見藤は車に乗り込んだ。芦屋と斑鳩家の若い衆の見送りは、車が遠く離れるまで続いた。

 憂いに充ちた溜め息をつくと、車窓の(ふち)に肘をつく。胸中を占めるのは、芦屋の依頼を受けた本当の理由――。


(これで、少しでも『枯れない牛鬼の手』に近付けるといいんだが……)


 芦屋に恩を売るのがひとつ、それをきっかけに『枯れない牛鬼の手』を譲り受けるための交渉材料とすること。

 見藤は()()()()()計略に目を伏せた。


(打算的だが、仕方がない)


 流れゆく車窓の景色を眺めながら、見藤は『枯れない牛鬼の手』に思いを馳せる。しかし、そこでふと――。


「あ、猫宮への土産――」


 すっかり忘れていた。富士山麓を覆う程の大量の(まじな)い道具を運ぶ、という任を務めた猫宮への報酬だ。

 見藤の脳裏に蘇るのは――、猫宮に(かじ)りつかれたときの鋭い痛みだ。それは土産を忘れたときに受けた報復。見藤は顔を青ざめさせると、慌てて運転手に声を掛ける。


「すみません! ここで降ろしてくれ!」

「お客さぁん、ここ山ん中ですよ!? どこか行き忘れた場所でもあるんです?」


 運転手は驚きの声を上げ、バックミラー越しに視線を送る。

 運転手の言う通り、旅館から出立したはいいものの。 車が走るのは鬱蒼とした木々に囲まれた山道だ。見藤は気まずいながらも、先程の言葉の理由を語る。


「地酒か、何か土産にしようと……」

「あぁ、それなら――」


 見藤の答えに、運転手は思い当たる場所があったようだ。目的地を変更すると共に、地酒にどのようなものがあるのか、分かりやすく説明してくれた。見藤が再三の礼を伝えると、運転手は人懐っこい笑顔を浮かべていた。


(た、助かった……)


 見藤は安堵の溜め息を漏らす。富士の湧き水で造られたという銘酒を抱えて、帰路に着いた。



人の輪の孤立からの決別でした

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ