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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第七章 決別編

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70話目 残月と『神異』②

* * *


 満月の光が、煌々と木々の枝を照らす。その木々をすり抜けながら微細な光を放ち、そそり立つ紋様の壁。見藤と小隊を組んだ、斑鳩家の若い衆は動物用捕獲網を手に、兎を迎え撃っていた――。


 澱みを(まと)った兎は酷く好戦的で、隙あらば人の肉に(かじ)りつこうと長い前歯をもたげる。危険極まりない怪異だ。


 見藤は捉えた兎を捕獲檻へ移動させる。もう何羽目を捕獲檻へ入れたのか、途中で数えるのを止めてしまった。見藤は不慣れな集団行動の心労も相まって、溜め息をつきながら任にあたる。

 

「ふぅ……、こんなものか?」

「もう捕獲檻がいっぱいですよ……。包囲網から、こんなに抜け出していたなんて。まるで、一斉にこちらへ向かって来たような……。それに澱みも酷い。安易に触れると皮膚が(ただ)れます、お気をつけて」


 斑鳩家の若い衆が、見藤に向かい注意を促す。彼の言葉からして、経験則なのだろう。

 見藤は被害を想像すると、眉を(ひそ)めた。ふと、視線を捕獲檻へ向けると許多の兎。兎らしからぬ形相で、檻を(かじ)っている。あれが人間の体だと想定すると、身の毛がよだつ。


 見藤は力なく呟いた。


「……流石に、しばらく普通の兎も見たくないな」

「ははっ、同感です」


 見藤の言葉に、彼は乾いた笑い声を溢した。周囲にいた斑鳩家の若い衆も同じ思いだったようだ。しきりに頷いている。

 丁度その時、腰に提げていた無線機に通信が入る。耳を澄ますと、斑鳩と芦屋の声が飛び交う。


『こちら地点C。芦屋家人員からの報告です。どうやら、以前に比べて澱みを纏った兎の数が少ないようです』

『こちら総指揮、斑鳩。了解した。どんなもんかなぁ、『神異』が何かを察していても不思議じゃない。妨害に備えておけよ。どうぞ』

『えぇ、確かに』

『こちら総指揮、斑鳩。先程、封印の呪いが地点Bと繋がった。問題ない、どうぞ』

『こちらも問題なく、繋がりましたね。最終D地点は隠匿の呪いを施してあるので、『神異』に所在が暴かれる心配はないでしょう』

『よし、順調だな』


 そこで一旦、通話は途絶えた。見藤は力強く頷く。


「よし、無事に地点B、Cと繋がったようだな。そこまで行けば地点Dまでは早い。もう、そろそろ一時間。紋様の壁がせり上がり始める」

「「はい!」」


 活気良く、斑鳩家の若い衆は声を上げた。


 すると、兎は人語を理解しているのだろう。許多の兎は激しく檻を(かじ)る。だが、捕獲檻の方が頑丈だ。無意味だと理解すると、今度は一斉に後ろ足を地面に打ち付け始めた。

 叩きつけられた音は幾重にもなり、空気を轟かせる。威嚇として十分な効果を発揮するだろう。その実、鬼気迫る光景に、斑鳩家の若い衆は顔が青ざめる。


 一方の見藤は平然とその光景を眺めていた。考えるように腕を組み、彼らに語り掛ける。


「兎は眷属か、本体の一部か……。まぁ、本体の封印が完了すれば消えるだろう。それまでの辛抱だな……」

「よ、良かった……」


 斑鳩家の若い衆は見藤の言葉に安心したようだ。安堵の表情を浮かべている。

 しかし、そこでふと――見藤は得も言われぬ感覚を抱く。()()を感じ取り、本能が警戒している。


(包囲網も、封印の匣も上手くいっている。それなのに、何だ――。この胸騒ぎは……)


 ざわざわとした、胸中を掻き乱されるような不快感。見藤は眉を寄せ、周囲を警戒する。しかし――、何も変化はない。

 凶事を予感させる、何か。それが分からなければ、見藤が取る行動は決まっている。


 見藤は持参していたバックパックから、(まじな)い道具を取り出した。

 

「念のため、これも持って来ておいてよかった」

「それは何です?」

「ん? 偵察用のやつ」


 尋ねられた見藤は手に取った道具を見せる。偵察用と言うだけあって、それは自立型の式のようなものだ。

 しかし、それを目にした家の若い衆は申し訳なさそうに眉を下げた。彼は気まずそうに頬を掻く。


「あ……、見藤さん。一応、ドローンで上空から監視をしているので、封印の(まじな)いの進行確認は問題ないかと」

「現代的だな……」

「そ、そうですかね?」

「…………」


 気を遣った返答に、見藤は口を(つぐ)む他なかった。

 作戦内容は事前に聞き及んでいたはずなのだが、彼らの言うドローンが何であるのか――。見藤には想像出来なかったのだ。途端、久保の呆れた表情が脳裏に浮かぶ見藤。思わず、首を横に振った。


 しばしの沈黙の後に、それを破ったのは無線機の通信だった。

 見藤は無線に耳を傾ける。


(無線――、誰だ?)


 しかし、いくら待てども音声が入らない。怪訝に思ったのは見藤だけではない。斑鳩家の若い衆も、首を傾げている。

 見藤は胸元のマイクを手に、応答を呼び掛ける。


「はい。こちら地点A。一体、どうし――」

『ザザ――……』


 無線から聞こえて来たのは、音割れを起こしたような雑音。――見藤の第六感が働く。


「おい! 斑鳩!」


 気付けば、友の名を口にしていた。

 次の瞬間、無線機から流れてきたのは緊迫した状況を知らせる友の声だった。

 

『標的外の怪異と遭遇! 意思ザッ――が困難! ザザッ――……、人員は速やかに撤退!』

「斑鳩っ!!」


 ザザッ……ピー……残ったのはノイズ音。見藤は途端に血の気が引いた。

 考えられる最悪の事態、斑鳩の安否。


 目前の標的、かぐや成る『神異』に意識を集中させ過ぎていたのだ。ここは霊峰、富士。人々の信仰がある山だ。そうすれば、自ずと認知によって新たな怪異が生まれ出でも不思議ではない――。若しくは、かぐや成る『神異』が台頭するよりも前に居た、何らかの存在なのか。現状、判明していることは何もない。


 見藤の中に、先程の胸騒ぎが蘇る。

 予期せぬ、怪異との遭遇。斑鳩の無線からして、状況は(かんば)しくない。それこそ、人を襲う類の怪異であることは想像がつく。万が一、その怪異を退ける、若しくは逃れたとしても――。状況によっては、遭難の可能性も捨てきれない。


「くそっ……」


 見藤は己の浅慮さに悪態をついた。すると、僅かな空気の揺れを感じ取る。奇しくも、このタイミングで紋様の壁がせり上がり始めたのだ。かぐや成る『神異』を封じるための、呪いが完全に発動した。


(最優先事項は、かぐや成る『神異』の封印だが――。地点B(あっち)の状況が掴めない)


 徐々にせり上がっていく紋様の壁を注視しながら、見藤は眉を(ひそ)める。

 封印の呪いが完全に発動した今。余程のことがない限り、この包囲網が破られることはないだろう。そして、封印が完了すれば――残るは、かぐや成る『神異』が封印された匣の確認、回収作業だけだ。


 目前の任に対して、成すべきことは遂行したのだ。これ以上、見藤にできることは何もなく――、無力感が襲う。


 呆然と立ち尽くす見藤に、斑鳩家の若い衆が声を掛ける。

 

「見藤さん。ここは指示通り、一旦拠点へ戻りましょう! 夜が明ければ、俺達も動きやすい」

「だが――」

「ここからでは、どうあっても――。大河さんのいる地点Bまで駆けつけるのは不可能です! もし、二重遭難ともなれば――」


 彼の言う通りだと、頭では理解している。だが、心情は別だ。

 見藤の脳裏に浮かぶ――、会合後の宴を終えた翌日、斑鳩家に見送られた心温かな光景。

 

 斑鳩には帰りを待つ人がいる。彼の妻や子ども達だ。それこそ、義弟である芦屋も先程の無線を受け、(はや)る心情があるだろう。斑鳩を慕う、斑鳩家の若い衆も同じだ。

 それは、見藤が持たない繋がり。――だからこそ、無事に家族の元へ帰してやりたいと願う。


 見藤自身、死に対してさほど恐怖心はない。死を迎えても、魂は最愛である霧子の元へ必ず帰る。怪異と本当の意味で契る、とはそういう意味でもある。


――斑鳩は、違う。

 いくら怪異や霊をその目に映す、(まじな)い師であろうと死を迎えれば、あの世の摂理に従うだけだ。失われた体温、柔らかな声。生者と死者、二度と触れることはできない。

 

(だから、こそ――。斑鳩の無事をっ……)


 逸る心情とは裏腹に、見藤は成す術がない現状から、悔しさで唇を噛む。


 見藤と同様に、斑鳩家の若い衆は心情を押し殺している。成すべきことを優先させ、速やかに撤収の準備を終えたようだ。彼らは見藤に撤退を呼びかける。


 後ろ髪を引かれながらも、見藤にはふと思至ったことがあった。見藤は斑鳩家の若い衆を呼び止める。


「待ってくれ。こいつを放ってから、撤収したい」

「それは――!」

(タカ)の式だ。こいつなら――、速い」


 苦肉の策だ。せめて斑鳩の居場所だけでも把握できれば、陽が昇ると同時に捜索は可能だ。

 見藤は仕込んでいた呪いを発動させる。平面な和紙に描かれていた鷹は、祝詞(のりと)が終わると同時に雄大な翼を羽ばたかせた。


 (まじな)いによって生み出された鷹は、見藤の腕にとまる。和紙で出来た体は軽く、翼は風を味方につける。鋭い瞳は煌めき、虹色をしていた。


「よし、頼んだぞ――」


 見藤が腕をもたげると、鷹は任を承知したと言わんばかりに、伸びやかな鳴き声を上げる。その次には、満月の光が溢れた空へ飛び立った。

 その場に残された見藤と、斑鳩家の若い衆。満月の光を翼に受けながら羽ばたく鷹の姿を見送った。


 鷹の姿が完全に見えなくなると、斑鳩家の若い衆が意を決したように、口を開く。


「行きましょう」

「あぁ」


 見藤は力なく返事をするだけだった。


 そうして、一行は足取り重く、山道を行く。満月に照らされた山道は非常に明るく、手元の懐中電灯の光が霞むほどだ。隊列を組み、周囲を警戒する。

 見藤は殿(しんがり)を務めていた。すると、道すがらのある物に視線を奪われる。


(あれは……、地蔵か?)


 山道に建てられた石の祠。そこに鎮座する小さな地蔵。登山客の無事を願い、置かれた地蔵なのだろう。しかし、その願いとは相反するかのような状況。

 不意に見藤の脳裏をよぎる、過去の記憶。血塗られた地蔵を目にしたことがある。


(どうして今、思い出すんだ……)


 泥で塗りつぶされたように重い記憶を、これ以上思い出さないように――。見藤は視線を逸らしたのだった。


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