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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第七章 決別編

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69話目 立ち交わる特異②

◇ 

 

 見藤が案内されたのは、旅館の大広間。どうやら、現在は作戦会議室のような役割を担っているようだ。


 大広間には対面に配置された会議机が並び、奥にはホワイトボード。そこには富士山麓の地図と、これまで判明している『神異』の情報が張り出されていた。その周囲には複数の人影。どうやら、現在進行形でかぐや成る『神異』について詮議しているようだ。

 

 大広間の最奥に佇むのは――、斑鳩だ。見藤が斑鳩の姿を見つけると、彼も見藤の存在に気付いたようだ。

 斑鳩は腕組みをしつつ、不敵な笑みを浮かべる。

 

「よぉ、来たか」


 見藤は斑鳩からの言葉に頷いた。ここまで案内をしてくれた芦屋の付き人に軽く礼を言い終えると、斑鳩の元へ歩み寄る。すると、斑鳩と詮議をしていた(まじな)い師たちは、見藤にその場を譲るようにはけた。


 一見するに斑鳩家、並びに芦屋家の呪い師だろう。見藤は彼らに軽く会釈をした後、先程の騒ぎについて謝罪を入れておく。


「斑鳩。すまん、騒がせたな」

「いいってことよ」


 斑鳩は愉快そうに言ってのけた後、すぐにその表情を真剣なものに変える。そして、重く口を開いた。


「来てもらって、早速で悪いが――」

「あぁ、構わない。寧ろ、新月まで今日を除けば二日しかない。位置につくまでの道程を考慮すれば――、ぎりぎりだ」

「話が早くて助かる」


 見藤の言葉に斑鳩は強く頷いた。見藤が口にした通り、時間の猶予は残されていない。


 この旅館を拠点としても、富士山麓は広大だ。東西南北のとある地点四つを基点として、見藤が用意した封印の匣となる呪い道具を設置しなけばならない。しかし、予測されるのはかぐや成る『神異』の眷属、若しくは分裂したものと思われる澱みを纏った兎からの妨害だ。


 芦屋が見藤に詳細を語った際に「群れ」と称するだけあって、その数は想像以上に多いのだろう。


 それらの妨害を(かわ)しながら、各々が設置点に到達しなければならない。更には、山麓(さんろく)から少し入れば木々が生い茂る場所のために設置作業は日中に時間が限られる。

 そうでなくとも、山麓を人の足で行くのは非常に労力が掛かり、時間を要する。世間への影響を考慮し、大々的に一般へ解放されている遊歩道を使用する訳にもいかない。


 斑鳩と見藤が互いに情報の()り合わせを行っていると、大広間へ姿を現した人物。そして、その後ろから運ばれてくるのは、風呂敷に包まれた大荷物だ。


「お待たせしました」


 凛とした声を響かせながら、芦屋は見藤と斑鳩の元へ足を運ぶ。周囲の(まじな)い師たちは一礼し、場所を空けた。

 芦屋の姿を目にした斑鳩は力強く頷く。そして、後ろに続いた大荷物へ視線をやった。

 

「おぉ、芦屋も丁度来た。封印の道具はこれか?」

「あぁ、それだ」


 斑鳩の問いに、見藤は頷く。会議机に置かれた四つの大きな荷物。見藤は斑鳩の元を離れ、風呂敷に手を触れた。二人を見据えながら、見藤は口を開く。

 

「『神異』の封じ込めには()()を使う」


 そう言って見藤は大荷物のうちのひとつ、風呂敷を解いてみせた。風呂敷がひらりと落ちると、現れたのは――。幾重にも波形に重なる上質な和紙。そこに描かれた紋様は繊細かつ、緻密。


 それを目にした芦屋は驚愕の表情を浮かべ、じっと注視した。そうして、ぽつり、と――。

 

「これは……。策略の詳細は事前に聞き及んでいましたが――」


 そこで言葉を切った芦屋。名家当主として、名実ともに実力者である彼が言葉を詰まらせたのだ。見藤は用意した(まじな)い道具に何か気掛かりがあったのだろうか、と恐る恐る尋ねた。

 

「……何か、不備がありましたでしょうか?」

「い、え……。あまりの美しさに、言葉を失ってしまいまして。とてつもなく、綺麗な紋様ですね。綿密に描かれている……。これが、封印の匣になると言うのは、あまりに――」

「……?」


 芦屋の口から語られた、予想外の言葉。見藤は意味も、理由も分からず眉を寄せる。

 だが、斑鳩は芦屋の反応に思い当たることがあるのだろう。途端に声を出して笑い始めた。

 

「はっはっは! だよなぁ……」

「何がおかしいんだ」

「お前はそれでいい」


 見藤は斑鳩をじっとりと睨む。だが、斑鳩の口から理由が説明されることはなかった。それどころか、まるで諭されるような言葉を掛けられた。不服と言わんばかりにしばらく沈黙した後、見藤は諦めて小さく鼻を鳴らす。斑鳩は肩を竦めて、口元を上げていた。


 そうして、見藤はホワイトボードまで足を進め、そこに貼り付けられていた富士山麓の地図を見やる。地図には既に、封印の呪いの起点となる四点のポイントが赤い印によってマークされていた。


 見藤は起点となる四点のうちのひとつを指す。そこにはA点と記されている。そうして、策略の詳細を口にする。


「俺を起点に、封印の匣は発動する仕様だ。そこをA点をとし、枝分かれしたB、C点、最終的にD点へと包囲網が構築される使用だ。紋様の線が四点を繋ぐまでの時間はおおよそ一時間。発動さえしてしまえば、妨害を受けようとも途切れることはない」


 見藤の武骨な手が地図をなぞり、そのまま富士山頂へ到達する。


「発動した(まじな)いは、山頂へせり上がって行く。包囲網の中にいる兎は自ずと山頂まで追い詰められ、『神異』と共に封じ込めが可能だ。だが、起動時に範囲外へ逃れた兎は『神異』を完全に封印し終えるまで消えないだろう」


 詳細を語り終えた見藤は斑鳩と芦屋、その場にいた(まじな)い師たちへ視線を送る。皆、力強く頷いた。

 そうして、最初に口を開いたのは斑鳩だ。


「大方、予測通りだな。兎の討ちもらしは、俺達が引き受ける」

「あぁ、頼む」


 斑鳩の提案に、見藤だけでなく芦屋も頷いた。現状、動かせる人員が多いのは斑鳩家なのだろう。隠匿の呪いを得意とする芦屋家では、怪異に対して現場経験を積んだ斑鳩家と比べると相性が悪かったのだと予測できる。


 見藤の脳裏に、芦屋から聞かされた被害状況が蘇り、同情の念が起こる。――以前の見藤ならば、他者に対して抱かなかった感情。


 見藤の意識を引き戻したのは、斑鳩の一言だった。


「明日には配置につかせるぞ」

「あぁ」

「俺と芦屋も、最終的には配置につき、発動を確認する」


 斑鳩の言葉に見藤は頷く。すると、芦屋は重く口を開いた――。


「本音を言えば――、封印ではなく、綺麗さっぱり祓ってしまいたいのは山々ですが……。どのような認知の影響を受け、『神異』と成ったのか分からない以上、難しいのでしょうね……」


 彼の言葉に見藤はぴくりと眉を動かした。


 余程の理由がない限り。見藤が怪異や妖怪、更には『神異』までも、()()()()という手段を選択するのは、譲れない矜持があるからだ。その矜持に反する言葉を溢した芦屋に対して抱くのは、相容れない感情。


 だが、それと同時に――。芦屋は「『神異』を祓い、消滅させたい」と考える程までの犠牲を払ったのだ。その心情は理解できる――、だが、共感はしない。見藤の中に渦巻くのは、相反する感情。


 見藤は角が立たないよう、言葉を選ぶつもりだったが――。咄嗟に気の利いた言い回しができなかった。


「ご当主、依頼内容と齟齬が――」

「えぇ、分かっています。これは()()です」

「…………」


 間髪入れず、答えた芦屋の表情。彼ははっきりと私怨だと語った。

 見藤はそれ以上何も言えず、沈黙するだけだった。ちらり、と斑鳩を見やると彼も沈痛な面持ちで芦屋を見つめている。


 すると、陰鬱な雰囲気に居た堪れなくなったのか、斑鳩が声を上げる。

  

「ひとまず、この場は解散だ。俺はこれから、斑鳩家の連携確認をしてくる。お前も来るか?」


 斑鳩の助け舟だ。見藤はすぐさま頷いた。そして、ほんの少し――心情を吐露する。 

 

「あぁ、頼む。……今まで単独か、()祓い屋との怪異対策が多かった。なにぶん、こういった大規模な作戦は不慣れでな。俺も上手く連携が取れるかどうか――」

「はぁ?」

「……何なんだ」


 見藤の言葉を遮るように、斑鳩は素っ頓狂な声を上げた。その次には、斑鳩は芦屋と顔を見合わせている。


 見藤は理由がわからず、二人を交互に見やった。すると、斑鳩は額に手を当てて天を仰いだ。そのまま、蚊の鳴くような細い声で――。


「はぁ……、キヨさんの放任主義にはまいったな……」

「……ん?」


 斑鳩の言葉に首を傾げた見藤。どうしてここで、キヨの名が挙がるのだろうと、不思議に思う。更に眉を寄せた。

 すると、その様子を眺めていた芦屋がそっと口を開く。その言葉に少しだけ、畏怖の念を添えて――。 


「……あのですね。通常、単独で怪異対策に就くことはない――、ということです」

「そ、そうデスか……」


 芦屋の言葉に見藤はぎこちなく返事をする他なかった。気まずい雰囲気に、頬を掻く。

 すると、芦屋は更に言葉を続けた。

 

「寧ろ、今まで単独で行っていた貴方が特異ですよ」


 彼の歯に衣着せぬ物言いに、天を仰いでいたはずの斑鳩は噴き出した。

 

「ぶっは……!!」

「斑鳩、笑うな」


 見藤が仏頂面で斑鳩を諌めても、まるで効果はないらしい。斑鳩は更に腹を抱えて笑い出す。見藤の眉間には深い皺が刻まれた――。

 

 ひとしきり満足するまで笑い終えたのか、斑鳩はようやく口を開く。

 

「まぁ、芦屋家当主と俺が陣頭指揮にあたっている時点で――。これは大規模作戦と言えるだろう」

「えぇ、そうですね」

「それにしても、なぁ〜」


 そんな会話をしつつ、斑鳩と芦屋は足を進める。

 見藤はまさか、自分が呟いた言葉によって矢面に立たされるとは思ってもいなかった。目の前で繰り広げられる会話に、これでもかと眉を下げる。


(やっぱり、胃が痛い……)


 見藤は腹部をさすりながら、斑鳩の背に続いた――。 


呪い道具は繊細かつ綿密に作るのに、作戦は一網打尽。脳筋な見藤ですね、えぇ。

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