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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第七章 決別編

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68話目 計略と策略③


 その数日後。事務所には仏頂面の見藤の姿。事務机に向かいながら、スマートフォンを片手に通話をしている。


「で? 現場指揮はどうだ? 斑鳩」


 通話相手は斑鳩だ。芦屋が事前に告げた通り、斑鳩から連絡があった。だが、電話口でも分かる通り、斑鳩は声音からして疲労を隠せていない。

 電話口の斑鳩は見藤からの問い掛けに、しばらく時間を要すると――。

 

『あー……。斑鳩家(うち)は負傷者多数、ってとこだ』

 

 と、だけ答えた。

 芦屋からは現状、被害は芦屋家の者に留まっていると聞いていた。だが、あれから数日経過した後、共同で対策を行っている斑鳩家にも被害が及ぶとは――。見藤は斑鳩の返答に眉を寄せる。


 芦屋家は隠匿の(まじな)いに長けており、こうした大規模な怪異が起こると世間の目を(あざむ)くためにその力を振るう。

 斑鳩家は主に怪異事件の先遣、世間の怪異における認知操作を得意とする。だが、現状『神異』を鎮めるための解決策、更には決定打を持ちえない。よって、長期戦になればなるほど、()()が出る。

 

 電話口の斑鳩は言葉を続けた。その声はどこか焦りを感じさせるものだった。

 

『芦屋から聞いたぞ。何か策があるらしいじゃないか』

「あぁ」


 斑鳩の言葉に、見藤は端的に答えた。見藤は斑鳩からの連絡を待つ間、何も手持ち無沙汰で過ごしていた訳ではない。


 見藤は通話をしながら、ちらりと事務机の上を見やる。机上全体に広げられた大きな紙。そこに描かれている紋様と図式。


 それはまだ作成途中で、所々は線が途切れている。机の上には作業に使用した筆や(まじな)い道具が乱雑に転がっていた。


 斑鳩は疲労を滲ませながら、言葉を続ける。作業中の机に意識を向けていた見藤は耳を傾けた。


『富士の山開きは七月だ。それまでに、()()()を解決しないと被害は一般人にまで拡大する可能性がある』

「はぁ……、あと一ヶ月しかない」

『そうだ。頼むぞ、見藤』

「あてにするなよ。俺はただ、『神異』を封じる手伝いをするだけだ」


 斑鳩の言葉に、見藤は釘を刺しておく。だが、斑鳩は見藤の返答に思うところがあったようだ。

 斑鳩は少しの間を置き、再び語り始める。

 

『封じる、ねぇ。……お前にしては珍しいな。まぁ、世間への過大な影響を考えると『神異』の要求を退けるより、封じ込める方が確実か』

「そういうことだ。はぁ……、『神異』は俺が黙認できる範疇を超えている。これに関しては――、どうしてやることもできない。()()()()

『……相変わらずだな』


 見藤が耳にした斑鳩の声音は物寂しいものだった。――斑鳩のことだ。この期に及んで、ほんの僅かでも憐憫(れんびん)の情を残す見藤に友としての寂しさが勝ったのだろう。

 電話口の向こうにいる友の表情(カオ)が思い浮かび、見藤は煩悶(はんもん)するように眉を下げた。すると、鬱屈した雰囲気を払拭するように斑鳩は軽快な声を上げた。


『っと、いけねぇ。本題を頼む』

「あぁ」


 斑鳩の言葉に、見藤は返事をする。そして、椅子から立ち上がるとローテーブルの方へ移動した。ローテーブルの上には、見藤が資料として取り寄せた古典文学の解説本、現代語訳の本などが積み上げられている。本の下には乱雑に置かれた紙の数々。


 見藤はソファーに腰を下ろすと、手元に一枚の紙を手繰り寄せた。紙に書いてある内容に目を通し、本題を語り始める。


「かぐや伝承において、物語の最後は決まっている」

『月へ還るんだろ?』

「いや、少し違う。かぐや姫から贈り物を受けた帝は富士の火口で、不死の妙薬と天女の羽衣を燃やした」

『へぇ……』

「よって、俺は『神異』の本体が鎮座しているのは富士山頂付近と推測する」

『おいおい……。なんたってそんな……』


 斑鳩の疑問に答えるため、見藤は更に書かれている内容を読み進める。


「物語で描かれた場に類似した場所、もしくは所縁のある場所に『神異』は現れる可能性が高いと考える」


 見藤の脳裏に豊玉姫成る『神異』が浮かぶ。


 かの『神異』と遭遇した場所は水族館だった。周囲一面の水槽は水中にいるような錯覚を起こす、とても綺麗な場所だった。それは竜宮城を思い起こさせるには十分。

 奇しくも、その場に居合わせたのは見藤と霧子だ。人と怪異が契りを結び、互いを想い合っている――。これらの条件を(かんが)みれば、この仮説は十分に意味を持つだろう。


 見藤の言葉に、斑鳩は疑問の声を上げる。


『だから、富士山頂って訳か? 竹林じゃ駄目なのか?』

「霊峰富士の信仰対象は山そのものだ。竹林に土着するよりも、はるかに信仰のエネルギーを得やすいだろう」

『な、るほど……?』

「斑鳩……。理解していないのなら、そう言え」


 見藤は溜め息をついた。そして更に、斑鳩の間の抜けた返答を受け、眉間に皺が寄る。

 斑鳩は電話口で乾いた笑い声を溢すと、言葉を続けた。


『それにしても山頂って言ったって、 山開きはまだなんだぞ? 封印するために近付こうにも、登山は危険だ』

「斑鳩、お前が! 山開きの前にと言ったんだろう」


 斑鳩の矛盾した要求に、見藤は文句を言いつつ鼻を鳴らす。だが、その次にはしたり顔に表情を変えた。そして、ローテーブルに置かれていた別の紙を手に取る。そこに書かれているのは、依頼を遂行するための策略。


「それに、わざわざ山頂付近まで出向く必要はない」

『あぁん? どうしてだよ?』


 電話口の斑鳩の声音は語気を強めたものだった。未だ要領得ない見藤の物言いに、気が逸っているようだ。

 見藤はそんな斑鳩に小さく溜め息をつきながらも、計略の内容を語る。


「かぐや姫が月へ還るのはいつだ?」

『――満月だな』

「そうだ。かぐや姫が月へ還る、すなわち、人ではないことを公然と示すときだ。恐らく、認知も相まって『神異』の力が最も強まるのは満月だろう。だから人を惑わし、満月のまま月の満ち欠けが不変であるように見せかけた。そうなれば、人の認知は変わらず、力を維持することにも繋がる。そうと仮説を立てれば、その反対に。最も力が弱まるのは――?」


 見藤はもったいぶった様子で、そこで言葉を切った。その先を口にしたのは――、斑鳩だ。


『――新月だ。月が出ない』

「そういうことだ」

『あぁん? どういうことだよ』


 見藤は頭を抱えた。斑鳩の言葉に溜め息をつきながらも、策略の全貌を明かす。


「はぁ……、斑鳩。新月のとき、弱体化しているのならば、そこら辺の怪異と差異はない。そうなれば、封印も可能だ。富士の麓から四方で囲うような――封印の匣を作ればいい。そうすれば、気味の悪い兎も一網打尽だ」


 見藤の言葉に、息を呑む斑鳩の吐息が電話口から漏れる。そして、斑鳩はその規模を察したのか。戸惑いながらも疑問を口にした。


『……規模がデカくねぇか? 一体、どうやって――』

「俺が作る封印の匣は発動した瞬間、紋様が浮かび上がる。四方に点在させておいた紋様同士が繋がり、包囲網を作る。その紋様が麓から山頂までせり上がり、『神異』を追い詰める。『神異』を捉えれば、後は自ずと匣になるよう組んでおく。幸いにも芦屋家と斑鳩家、人手は多いからな。発動時の人員は問題ない、十分に可能だろう」

『まるで追い込み漁だな……。見藤よぉ、どっからその発想が――』


 見藤の策略は語った通り。斑鳩はその策略を聞いて、思い浮かんだ言葉を口にしたようだ。

 見藤は鼻を鳴らすと、辟易と口を開く。


「あいにく、去年の夏の怪異対策で山は経験済みだ」

『ははっ、そうかよ』


 軽快に笑う斑鳩の声が電話口から聞こえる。その声に、見藤は安堵する。――まだ、笑える余力は残っているようだ。

 見藤は僅かに弧を描いた口元を引き締めながら、力強く言ってのける。


「今月の新月が決行日だ」

『了解した。一週間しかないぞ?』

「それまでには、『神異』を封印する匣を完成させておく。大規模なものになるが……、やるしかない」


 見藤はそう言って、事務机の方を見やる。机上に置かれた大きな紙。描かれている製作途中の紋様や図式は、今回のかぐや成る『神異』を封じるためのものだ。見藤は着々と準備を進めていたのだ。

 電話口から斑鳩の力強い声が聞こえてくる。

 

『任せたぞ』

「はぁ……、任された」


 斑鳩は見藤に全幅の信頼を寄せた言葉を口にした。見藤は溜め息をつきながらも、その声音は確信で満ち溢れていた。

 すると、斑鳩は何を思ったのか――。とぼけるような口調で尋ねる。

 

『んで? 封印が完了したら――、誰が匣を山頂まで取りに行くんだ?』

「……………………」

『おいおい。そこはノープランなんじゃ……』

「任せた」

『あっ、おい!』


 斑鳩からの追及を逃れるように、見藤は一方的に電話を切った。


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