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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第七章 決別編

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68話目 計略と策略


 翌日。見藤は重苦しい心持ちを誤魔化すように、事務所の窓の外を見やった。今日も相変わらず、曇天だ。日中だというのに、外は薄暗い。視線を戻すと、机上にある芦屋から譲り受けた連絡先のメモが嫌でも目に付く。


「はぁ……」


 深い溜め息をつき、受話器を手に取った。少しでも、機が好転することを祈って――。


 ◇

 

 電話口に出たのは、芦屋だった。名家当主ともあろう人が、直接繋がる連絡先を教えているとは思ってもみなかった。見藤は驚きのあまり、言葉を詰まらせたのだった。加えて、芦屋の反応は意外なもので――。

 見藤は平静を装い、先日の返事を口にする。

 

「今回のご依頼。お受け致します。報酬はしかと頂きます、そのつもりで。つきましては――」

『あぁ! ありがとうございます。これで!』

「つきましては、詳細を教えて頂けると……。なにか『神異』に関する手掛かりに繋がるかもしれませんので」


 芦屋は見藤の言葉を遮るほどの反応を示した。それほどまでに、かの『神異』に頭を悩ませていたのだろうか――。だが、見藤は芦屋の反応に構うことなく、遮られた言葉を言い直した。

――「手掛かり」、その見藤の言葉に、芦屋ははたと平静さを取り戻したようだ。先程と打って変わって、冷静な声音で語り始める。


『ことの発端は夏に向けた怪異対策の一環として、富士に赴いたことでした。そこで遭遇したのです、『神異』に――』


 芦屋の話によれば、今年の夏に行われる怪異対策、その一端。霊峰、富士を任されたのは芦屋家だという。彼らは自然災害における畏怖の念、または夏の怪談話などによる認知の高まりによって、新たな怪異が出現、強大な力を持たないよう調査・対策を行っていた。


 ただ、流石は霊峰富士。その大きさたるや、たった数日では怪異対策が終わるはずもなく。人員を割き、時間を掛けて遂行していった。

 そうして、何事もなく、終えるはずだった――。だが、芦屋家の誰かが気付く。


「満月の日から、いくら日が経とうとも、月が欠けていない」


 疑問が疑念へと変わるのは早かった。会合のちに、斑鳩から芦屋へ『神異』の存在は情報共有がなされている。都市伝説などの集団認知により生まれ出でるような怪異の力では、到底引き起こすことは不可能な現象。そして、霊峰富士という特殊な土地。


 『神異』という存在が引き起こした事象であると仮説が立てられ、別途調査がされた。まず、先遣隊が遭遇したのは()だった。だが、ただの兎ではなく――。


 芦屋は電話口で語る。その声音は重く、沈むようなものだった。


『遭遇した兎は見るからに異質だったと。皮膚は(ただ)れて(うじ)が湧き、その体は澱みを(まと)っていた。そして、人語を操り、『神異』と思しき存在からの要求を口にしました。さらに調査を進め、行き着いたのは――』


 芦屋はそこで言葉を一度切り、息を吸った。


『まるで、物語のように輝く少女でした。薄暗い樹海の中だというのに、煌々と光るその姿は異質。さながら、怪異と呼ぶには似つかわしくない。まさに『神異』と呼ぶに相応しい』


 そうして、芦屋は辿り着く。()()()()()において『神異』と成った存在なのではないか、と――。時の流れを忘れた月の満ち欠け、月と連想すれば兎。そして、光る少女。それらが揃えば、自ずとかぐや伝承が思い浮かぶだろう。


 見藤は芦屋の物言いから察したことがあった。話の途中までは、芦屋家の者から受けた報告内容を語っただけだ。しかし、『神異』に遭遇したのは彼自身だ。それ故に、事態の大きさを理解しているのだろう。

 すると、芦屋は先程の重苦しい声音と打って変わって、軽快に語り始めた。


『神の名を冠し祀られた怪異は、それこそ()の名に相応しく、人の願いや祈りを聞き届けることが存在意義。更には願いの力、要は信仰心を力の糧にしています。よって、神から人に物を要求するという行為は逸脱している。まさに異変、まさに『神異』。ふふ、言い得て妙ですね』

「ご当主」

『あぁ、すみません、つい――』


 言葉遊びを始めた芦屋。見藤は思わず、(いさ)めるように言葉を溢した。すると、叱られた子どものような声で呟いた芦屋に、見藤はどうにも調子が狂う。

 気を取り直して、見藤は尋ねる。


「現状は?」

『依然として『神異』は供物を要求しています。――恐らく、現在『神異』本体と(おぼ)しき、輝く少女は別の場所に移動したのではないか、と。遭遇した地点から、いくら調査範囲を広げても、出て来るのは蛆が湧いた兎だけですので』


 見藤は芦屋の言葉に眉を寄せた。想像するだけで悪寒が走る光景だ。

 芦屋は更に言葉を続ける。

 

『兎自体は眷属、若しくは本体から切り離されたものだと思われます。こちらが祓っても、無尽蔵に()()()湧いて出てくる。極めつけは――。要求している供物ではない、代替え品だと分かると……血を見ることに、なりまして』


 芦屋は言葉を詰まらせた。言葉の端々から伝わってくるのは後悔と、当主としての采配を見誤ったことの己への怒りだ。

 見藤は彼の心中を慮り、口を(つぐ)む。

 

(これは供物が、何であるのか――。聞かない方が良さそうだな)


 それから更に、言葉を続けようとした芦屋。だが、見藤はその先を遮る。


「もう、良いです。その先は――」

『はっ……! すみません、つい……。ここまでの情報を得るまでの犠牲を思い出してしまって、頭に血が上ってしまいましたね』

「それは……、心中お察し致します」


 犠牲、その言葉に見藤は眉を寄せた。そして、はたと自分らしからぬ感情を抱いたものだと、少しだけ目を見開いた。だが、今は不要な感情(もの)だと言わんばかりに首を横に振った。


 見藤の言葉を受けた芦屋は電話口で小さく礼を述べる。そして、鎮痛な思いを誤魔化すように声音を変えて、再度、依頼内容を口にした。

 

『依頼としましては、先日にも申しました通り。『神異』の要求を退ける妙案、または可能であれば封じ込め、です』

「はぁ……、善処します」

『小野家、次期当主としての貴方の手腕。楽しみにしております』


 芦屋の期待に満ちた言葉と声音。それを耳にした見藤は眉間を押さえた。

 

(余計なひと言だ)


 そっと心の内に悪態をつく。

 芦屋は見藤からの返答がないことに不思議に思ったのか――、一瞬間を置いたが、すぐさま言葉を続けた。


『折を見て、大河(たいが)君から連絡があると思います。彼とも詮議し、この『神異』に関しては芦屋、斑鳩、小野で対処するべきである。との結論となりましたので――』

「そう、ですか」

『はい。ですが、貴方は現在キヨさんの元から独立されているとお聞きしたので、こうして依頼という形でお誘いしてみました』

「はぁ……、承知しました」


 見藤は力なく返事をした。そして、芦屋から聞き及んだことに対して抱く、率直な印象。


(えらく()()()だな……。いや、違う。今まで、俺が知ろうとしなかった。関わろうとしなかっただけで。これが本来の――)

 

 見藤が抱いたのは、『神異』に対処するためとは言え、過大な人員を割いているのではないか、という疑問だった。だが、その疑問はすぐに消え去る。これまでキヨの手腕の元、見藤は斡旋された怪異事件・事故の調査をほぼ単独で行っていた。


 見藤は、会合の場で啖呵を切った斑鳩の言葉を思い出す。


(俺が一致団結、なんて性に合わないな……)


 そして、思い浮かんだ言葉に自嘲する。


 これまでの芦屋の口ぶりからして、事務所の所在を話したのは斑鳩だろう。悪友の、屈託のない笑みが思い浮かぶ。

 見藤は余計なことをしてくれた、と言わんばかりに鼻を鳴らした。――斑鳩は見藤と共に、次期当主として肩を並べる未来を思い描いているのかもしれない。

 

 更に言えば、芦屋は見藤の名を一度も口にすることはなかった。斑鳩は見藤の名を伏せたのか、またはキヨの後継とだけ伝えていたのか――。恐らく、これも斑鳩の気遣いなのだろう。

 

 見藤はふと目を伏せる。――会合時に明かされた『大御神の落し物』深紫(こきむらさき)色の瞳を持つ、見藤家の人間の存在。芦屋もよもや、その尋ね人がこうして事務所を設けて依頼を請け負っているなど夢にも思わないはずだ。そう思い至った見藤は、芦屋に対する警戒心が少しだけ緩んだ。


 思考の渦に身を投じていた見藤の意識を引き上げたのは、芦屋の声だった。


『それでは、何か気になることがありましたら、ご連絡を』

「はい、畏まりました」


 差し障りのない返答で通話を終えた。



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