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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第七章 決別編

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66話目 『枯れない牛鬼の手』③


 そして、見藤は苦渋の表情をしながら、久保と東雲に向かい合う。胸の中に渦巻く、重苦しい感情には蓋をして――。

 

「この件、君達は関わらないように頼む。牛鬼は酷く祟る妖怪だ……。それこそ、末代まで」


 見藤の言葉に、久保と東雲はごくりと唾を飲み込んだ。――見藤がそこまで言うのだ、それはことの重大性を物語っている。そう思い至った二人は互いに目配せをすると、そっと立ち上がる。

 久保は見藤の顔色を窺うと、困ったように肩を(すく)めてみせた。


「今日のところは……、帰った方が良さげですね」

「そうしてくれると助かる……。あぁ、少し待ってくれ。身代わり木札は……、割れていないな?」


 見藤は身支度をしようとした二人を呼び止めた。


 どうして、見藤はそのようなことを聞くのか――。久保と東雲は疑問に満ちた表情をしたが、言われた通りすぐさま身代わり木札を確認する。首から提げている木札は綺麗なまま、艶やかな木目をさらしていた。


「……よかった、割れてません」

「私のも、問題ないです」


 二人の言葉を聞いた見藤は安堵の表情を浮かべた。

 以前、見藤が二人のために用意した身代わり木札。それは持ち主の危機を一度だけ、身代わりするというものだ。役目を終えた木札は欠けたり、割れたり――、何かしらの異変を示す。だが、二人の木札は綺麗なまま。


 牛鬼は酷く祟る。ほんの些細なことでも牛鬼の逆鱗に触れれば――、祟りからは逃れられない。病に倒れるか、不慮の事故に遭うのか。その祟りによって何がもたらされるのか、誰にも分からない。それを知る見藤だからこそ、二人の身代わり木札に異変がなかったか、尋ねたのだ。


 見藤は深い溜め息をつく。そして、二人を見据えながら、重く口を開いた。


「久保くんと東雲さんは、この依頼が終わるまで事務所には――」

「見藤さん」


 危険が伴う依頼の時、見藤はこうして久保と東雲を遠ざける。だが、言葉の先を遮ったのは久保だった。

 見藤は言い掛けた言葉を呑み込むと、首を傾げた。一体何を言うつもりなのか、と懐疑的な視線を送っている。


「ん、どうした……?」

「さっき、言い掛けたことなんですけど――」


 久保はそこで言葉を切る。


「この段ボール、僕に任せて下さい」


 予想だにしなかった久保の言葉に、目を見開く見藤。久保が指した段ボール、これには呪物や荒々しい付喪神が一時的に封印されているだけ。要は呪物の詰合せだ。そのような箱を「任せてくれ」と言うのであれば、後は想像できる。


 見藤の答えは聞かれるよりも前に、決まっていた。


「駄目だ」

「いい案だと思うんですけど? お祓いをしているお寺や神社などもあります。それこそ――、人が遺したモノは煙谷さんの仕事でしょ?」


 更に見藤は驚きの余り言葉を失う。ここに来て煙谷の名が挙がると思ってもみなかったのだ。

 確かに、人魂宿ると言われるような呪物に関してだけで言えば、人の死後を監視する獄卒――煙々羅(えんえんら)、煙谷。彼が適任だろう。


 煙谷は言っていた。「後継が務まるのか、どうか」()()()協力するつもりはない」「先祖代々、繋ぎ続けた縁を大事にしろ」と。そこで見藤が辿り着くのは――。


 キヨが扱っていたのはなにも、情報という『物』だけでない。『人』を使って情報を集め、拡散する。それにはやはり、情報や謀者を統括する『当主』としての器と力量が必要不可欠ということだろう。


 更に言えば、怪異である煙谷や、獄卒である榊木など――。縁によって繋がった人ならざる存在にも協力を仰ぐ。それが『小野家当主』としてのキヨだった。――長年キヨの手となり、足となっていた見藤には些か難問だったのだ。


 見藤は頭を抱えて、小さく呟く。


「…………なる、ほど」

「キヨさんの課題って、()()()()()()じゃないですか?」


 久保はしたり顔を見せている。――人に対して並外れた観察眼を持つ久保だからこそ、見藤よりも先に辿り着いた答え。

 見藤は大きく溜め息をつく他なかった。そして、ぽつりと本音を溢す。


「はぁ……、俺より久保くんの方が『当主』に向いている気がするな」

「それは褒めてます?」

「…………あぁ」


 拗ねたように口を曲げた久保に、見藤は肩をすくめた。そして、悪戯な仕草で首を傾げながら、頬を掻く。だが、その次には表情を険しいものへと変え、最後の抵抗を試みた。


「だが――、痛い目をみる可能性だってある。それこそ、命の危険だって――」

「その時は真っ先に、見藤さんへ泣きつくので大丈夫です」

「……そうならないのが一番なんだ。もし、俺が間に合わなかったら――」


 力なく答えた見藤、その先の言葉は出てこなかった。

 だが、見藤の久保を心配する心情は十分に伝わったようだ。久保は眉を下げて、少しだけ俯いた。――互いに、何も言葉を交わすことなく沈黙する。


 そこで、声を上げたのは霧子だった。


「あんたの負けよ」

「霧子さんまでっ――」

「もう! またそうやって、独りで抱え込む癖が出てるのよ? せっかく、マシになったと思っていたのに」


 見藤は反論しようとしたが、霧子の剣幕によって言葉を遮られてしまった。 霧子の言葉に見藤は何も言えなくなり、唇を噛む。

 だが、霧子のいうことは、もっともだった。――見藤の自己犠牲。それは会合後、より顕著に現れるようになった。それを、霧子は指摘したのだ。


 すると、返答を急かすように久保が見藤を呼んだ。


「見藤さん」

「う、ぐ……。……分かった。まずい状況に陥る前に! 必ず、相談すること! いいな!?」

「はい、もちろんです」


 力強く応えた久保は振り返る。その視線の先には東雲の姿。――そう、なにも助手は久保ひとりではない。


「東雲は? どうする?」

「どうするも、こうするも――」


 東雲はそこで言葉を切ると、ふふん、と鼻を鳴らして意気揚々に笑みを浮かべたのだった。


「こここで、一肌脱ぐのが助手ってモンですよ!」

「……それはちょっと違う、かも?」

「へ?」


 久保の冷静な指摘に、間の抜けた返事をする東雲。そんな彼女に久保は小さく溜め息をつくと、今度は猫宮を見やる。


「猫宮は?」

「ンあァ? 俺は気ままに呪物の悪い()でも喰らうことにするぜ。正直、もう()()懲り懲りだっ!!」

「あー……、あはは」


 久保の乾いた笑いが東雲の笑いを誘い、次第に二人は哄笑(こうしょう)する。その光景に、霧子は顔を綻ばせた。――賑やかな事務所の()()が戻ったようだ。



 そうして、見藤と久保さらに東雲は、呪物についての処理を進める詮議はまたの機会に行うとし、この日は解散となった。

 事務所には見藤と霧子の二人きり。猫宮は「気分転換する」と言い残し、縄張りの巡回に出掛けてしまった。


 事務机に向かう見藤。その隣には霧子が寄り添い、険しい表情を浮かべたままの見藤を覗き込む。すると、彼女は気が済んだのか。そっと身を離すと、笑みを溢した。


「ふふ、よかったわね。あの子たちがいて」

「そう、だな」


 霧子の問いに答える見藤の口調はぎこちない。

――未だ、『課題の正解』に対して、思うことがあるのだ。見藤は久保と東雲を、陰謀渦巻く呪い師の世界に巻き込みたくない、と願ったはずだった。彼らを遠ざけるには、限られた選択肢。その選択をするには、まだ迷いがあった。


 思考に身を委ねていた見藤の意識を引き戻したのは、霧子の声だった。


「心配?」

「それは、もう……」

「大丈夫よ」


 見藤を安心させるように霧子はそっと手を握る。


「あんたは、あんたで。()()の事を考えないと」

「そうだな……。解決、してやりたい。せめてもの、償いだ。いや、償いというのも烏滸(おこ)がましいのかもしれない」

「…………」


 見藤の言葉に、霧子は眉を寄せた。ここまで思い詰めた見藤の表情を目にするのは、霧子にとっても心苦しいものがあったのだ。

 だが、見藤は既に思考に身を委ね、霧子の些細な表情の変化に気付くことはなかった――。


(そもそも、『枯れない牛鬼の手』は芦屋家が所有している呪物だ。事情を話すもなにも、俺は芦屋家に接点がない……。それ以前に、大昔に妖怪退治で名を馳せたこともあるような家だ。牛鬼が現代まで生きながらえていることを知れば――、あの牛鬼に危険が及ぶかもしれない。それだけは避けたい)


 そこで見藤の思考を遮るものがあった。それは、ふと思い出した久保の話。

 久保が道中で()()出会った、芦屋という人物だ。彼は芦屋家当主であろう、と目星が付いている。そして、彼は見藤を探している、ということも。


(そう言えば、芦屋家当主……。こちらから接触をはかるのも手か……?)


 見藤は次の一手に、頭を悩ませることになる――。


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