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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第七章 決別編

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66話目 『枯れない牛鬼の手』②


 その場に立ち尽くす見藤を他所に、牛鬼の高圧的な態度は目に余るものがある、と霧子は牛鬼を睨みつけた。


「ちょっと、それがものを頼む態度なのかしら?」


 霧子の言うことはもっともだ。だが、彼女をなだめるように見藤は首を横に振った。目を伏せ、抑揚のない声でその理由を口にした。


「牛鬼のような知に優れた妖怪は、種族単位で物事を捉える。よって、この牛鬼にとっては左手を奪った人間と、俺は同列だ」


 それは個体数が少ない妖怪である、牛鬼特有の考え方なのだろう。見藤の言葉に、霧子は不服と言わんばかりに溜め息をついた。

 すると、牛鬼は見藤の言葉に気を良くしたのか、大きな角をもたげて力強く頷いて見せたのだ。

 

「然り。我らは人なんぞ個で判別しない。数が多すぎる……。だが如何にして、人と怪異が馴れ合っている?」

「あんたに関係ないでしょ」


 そう言って首を傾げた牛鬼に、霧子は突き放すように言い放った。見藤はまたも、そっと目を伏せる。


 古の時代、人の手によって討伐された牛鬼は数知れず。この牛鬼の首筋や腕には古傷と思しきものが多数見受けられたのは、その時代を生き抜いたからだと想像に容易い。そして、人の悪意や殺意に晒されたため、姿を隠すことで生き長らえてきた妖怪。


 そのような牛鬼が人里に姿を現し、依頼を申し出ている。それは異質な状況だ、と見藤へ知らせるには十分だった。

 

 一方、牛鬼にとって、(まじな)い師である見藤に助力を求めることは屈辱に他ならないだろう。さらに彼は、人と怪異が連れ添う光景を目にした。妖怪を討伐し、怪異を祓うことを生業としてきた呪い師を目にしてきた彼にとっては到底、理解し難い光景だったに違いない。


 牛鬼は見藤と霧子を一瞥(いちべつ)するや否や、大きく鼻を鳴らした。それは嘲笑にも似たものだった。気を取り直してとでも言うように、大きな角をもたげる。


「他の(まじな)い師には他言無用。もし、儂の存在を口外し、刃を向けるようなことがあれば――」


 牛鬼はそこで言葉を切ると鋭い眼光を放ち、久保と東雲を捉える。

 

「そこにいる童共を祟る」

「……っ」


 その言葉に見藤は血相を変えた。牛鬼の視線を遮るように、久保と東雲の前に歩み出る。そして、強い意志を眼に宿し、牛鬼を見据えた。

 

「それは、させない。祟るなら俺にしろ」

「それでは意味がない。人はこうして、他者を支配下においていたではないか。それを真似ただけだ。ふむ……どうやら、効果はあるらしい」

 

 語気を強め、牛鬼へ詰め寄った見藤を彼は(わら)う。牛鬼が口にした言葉は憎悪を孕んでいた。

 恐らく、過去に人から受けた仕打ちを、人に返したのだ。見藤はそれを察し、牛鬼の言葉に何も言い返せなかった。


 だが、見藤の背後に佇む霧子からしてみれば、許し難い仕打ちだ。彼女は目を見開き、怒りを(あらわ)にしている。牛鬼に文句のひとつでも言ってやらねば気が済まない、と霧子は見藤の前へ出ようと足を踏み出した。


「あんた! いい加減にっ……!」

「霧子さん」

「止めないでよ!」

「いいんだ……。仕方のない、ことだ」


 しかし、見藤は霧子を止めた。彼女を振り返り、首を横に振る。霧子を見つめる瞳はくすんでいた。


 そんな見藤を目にした霧子はぐっと唇を噛み締め、彼の意思を()むことを選んだ。ふたりの背に庇われている久保と東雲も、下手に言葉を口にすれば見藤の足枷になると理解していた。何も言わずただ、場の緊張感に耐えていた。


 すると、牛鬼は何かに気付いたような素振りを見せ始めた。しきりに鼻を動かし、匂いを嗅いでいる。そして、その答えに行きついたのか――。今度は大きな角をもたげて首を傾げる。


「して、お前。何故だ、懐かしい匂いがする。……()()の匂いだ」

「……?」

「黙っていないでものを言え」


 名指しされた見藤だが、牛鬼の求める答えが見つからず沈黙を貫く。すると、牛鬼は呆れたように鼻を鳴らした。

 

「まぁ、良い。所詮、誤魔化し、我ら(あやかし)を油断させるためのものだろう。香のようなものか?」

「……何のことだ?」

「ふん、素知らぬふりをするのが上手いな」


 牛鬼の問いに見藤は聞き返す。だが、答えは得られなかった。どうやら、話すつもりもないようだ。それを察した見藤は短い息を吐くと、強い意志を示すように力強く言葉を紡いだ。

 

「その依頼、心して請け負う」


 それは会合で抱いた悔恨を晴らすため、師の同族への贖罪から出た言葉だった。だが、その次には、厳しい視線を牛鬼へ送る。


「だが、祟るなら俺にしろ。彼らは関係ない」

「ふむ……、交換条件というものか? ならば、約束を違えたときには……。よし、そうしよう」


 深く頷いた牛鬼。――どうやら、交渉は成立したらしい。

 そうして、牛鬼は依頼内容の詳細を語り始めた。


「儂の手は人の世にある。探せば、すぐに見つかるであろう。それは、世にも珍しい故――」

「あぁ……。心当たりがある」

「ふん! そうであろうな。その昔、人が己の力を誇示するためだけに、儂ら(牛鬼)を狩った。亡骸でさえも、見世物にしたのだからな。血が通った妖怪の手など、人の世に広く知れ渡って当然だろう」


 牛鬼は声を荒げながら、怒りを露にする。戦に明け暮れた過去を思い出したのだろう――。彼の深紅に燃えた瞳がより一層、深い色に染まる。

 次の瞬間、我に返ったのか、はっと目を見開く。そして、怒りを振り払うように大きく首を振ったのだった。


 その光景を目にした見藤は訝しげに牛鬼を見つめている。その視線に気付いた牛鬼は、ばつが悪そうに顔を背けた。


「……では、また来よう」


 そう言い残し、牛鬼は去って行った――。

 事務所の扉は開かれたまま、耳障りな軋む音を立てている。それは怒れる牛鬼の訪れが、白昼夢のように感じられる出来事だった。


 一時(いっとき)の静寂が場を包む。それを破ったのは霧子だった。


「二度と来なくていいわよ!」


 声を荒げた霧子。彼女の怒りによるものか――。扉がバタンッと勢い良く音を立て、ひとりでに閉まった。それを合図に、細々と場の緊張が解け始める。まず、東雲が蚊の鳴くような声を上げた。

 

「こ、怖かったぁ……」


 そのひと言で、一気に緊張感の糸が切れた。猫宮はおずおずとソファーの下から這い出てくると、しきりに顔をあらう。久保は肩の力を抜くと、ソファーへ腰かけた。そして、久保は見藤へ声を掛ける。


「何なんですか、あの妖怪……」

「………………」

 

 だが、見藤は牛鬼の背を見送ったまま、一向にその場から動こうとはしなかった。久保の問いかけに答えることなく、その背は哀愁を漂わせている。

 久保がどうしたものかと戸惑っている最中、東雲が間の抜けた声を上げる。


「あかん、腰抜けた」

「東雲、ちょっと黙って」


 厳しい久保の言葉と声音に、東雲は意気消沈し、肩を落とした。

 久保はもう一度、見藤に尋ねる。


「あの妖怪は何なんですか?」


 追及するような久保の視線に、見藤は観念したように口を開く。その声音は小さく、弱々しいものだった。


「……牛鬼だ」

「伝承と姿が随分と違う……。って、そういう事ではなくて! 祟るとか左手とか! 一体、何の話なんですか!? 見藤さん、また危ない橋を渡ってるんですか!?」

「…………そういう、訳じゃないんだが。その……」


 久保の剣幕に言い淀む見藤。――久保の追及は見藤を心配したものだった。

 久保からすれば、牛鬼は突然に現れた得体の知れない妖怪。その妖怪が無理難題ともとれる依頼を寄こした。さらには「祟ってやる」と脅しまで受けたのだ。黙っていられるはずがない、と久保は勢いよくソファーから立ち上がり、険しい表情で見藤を見つめる。


 見藤はどう説明しようか、と悩む。しかし、上手く言葉が出て来なかった。そこへ助け舟を出したのは――、霧子だった。


「ごめんね、久保君。それ以上は、こいつの口から話させる訳にはいかないのよ」

「霧子さん……」


 不服そうに眉を下げた久保だが、霧子にそう言われてしまえば食い下がるしかない。

 立ち尽くす久保。そこで、くんと袖を引かれた。久保が視線を落とすと、袖を引いたのは東雲だった。

 彼女は先程のお調子者の雰囲気など一切感じさせず、真剣な眼差しを送っている。そして、そっと口を開く。

 

「久保。霧子さんがそう言うのなら……。うちらは、それ以上踏み込んだらあかん」

「そ、そうだけど……」


 それは至極当然の指摘だった。東雲の視線に、いたたまれなくなった久保は口ごもり、視線を逸らす。そして、東雲に袖を引かれ、再びソファーに座り直したのだった。


 二人のやり取りを目にした見藤。二人の険悪な雰囲気を感じ取ったのか――、申し訳なさそうに眉を下げる。

 

「すまん……」

「見藤さんが謝ることなんて、ひとつもないですよ」


 謝罪の言葉を口にした見藤だったが、東雲はあっけらかんと言ってのける。そんな彼女に、見藤と霧子は目を細めたのだった。


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