65話目 婦女たちの夜会②
珍しく、ギャグ(?)回です
そうして、賑やかさを取り戻したお泊まり会。話題は未だ、見藤のことのようで――。
東雲はココアをひと口、あおるように飲む。そして再び、わっと声を上げた。
「そもそも! 初恋泥棒をした見藤さんが悪い」
完全に目がすわっている。霧子と沙織は、東雲のマグカップを見やるが――、ただのココアだ。二人は顔を見合わせると、首を傾げる。先程、東雲はいじらしい心情を吐露したのだ。その場の勢いに任せて、気分が高揚しているのだろうと、勝手に結論付けた。
霧子は頬に手を当て、昔を思い出すように話始める。そして、東雲の訴えには同意と言わんばかりに頷いた。
「まぁ、ちゃんとした身なりをすれば――、昔から顔は良かったわね」
「顔だけじゃありません!! なんですか、あの人たらし。んん? 怪異たらし?」
「怪異たらしは同意するわ。あいつ、すぐ色んな怪異や妖怪を誑し込んで来るから、困っちゃうのよ!」
「霧子さんというものがありながら!? ゆ、許せへんっ……」
「そうよ!? 猫宮だって、元々は野良だったの。それを、あいつは――」
「えっ!? 猫宮ちゃんも誑し込まれたうちの、猫一匹!?」
霧子の見藤語り。東雲はすぐさま参戦し、見藤の良さを語り始めた。すると、霧子は見藤の怪異たらしっぷりを東雲へ告げ口したのだ。
それを聞いた東雲は驚きのあまり、大きな声を上げる。――猫宮を頭数に入れるのは如何なものか、という沙織の視線は届いていないようだ。
霧子と東雲の盛り上がるやり取りを目にした沙織は、ぼそりと呟く。
「おっと、白熱してきた」
沙織の呟きは二人の耳に入っていない。霧子は更に言葉を続ける。
「少年の頃は本当に綺麗な顔をしていたのよ? 幼い顔立ちだから今じゃ……、あえてなのかしら? 冴えない格好をしているけど。ま、まぁ? 私としては、外見なんていうのは……あまり気にしていないのだけれどっ!? その、今は――。今の良さがあると言うか、その……」
徐々に語気が弱くなり、最後は口ごもってしまった霧子。思い出したことがあったのか、その頬は真っ赤に染まり、火照った体は薄っすらと汗をかいたのか、手で首元に風を送っている。そして、咳払いをひとつ。
東雲は勘が働いた。その次には、声を張り上げる。
「はぁあん!? なんですか、それ! 霧子さん、惚気てます? というか、少年の時に霧子さんみたいなお姉さんと出会っていたら、そら歪むわっ! 色々と! 見て、この霧子さん!」
「おっと、霧子姉さんの無自覚マウントが炸裂。お姉ちゃん、キレているのか羨ましがっているのか。最早、本人でも分かっていない模様」
「沙織ちゃん、心理状況を加味した的確な実況やめて」
「ふふっ、楽しくて。そんでもって、今の霧子さんはR指定だね。これは、おじさんに見せらんない」
大げさな身振り手振りで霧子を指した東雲と冷静な沙織の突っこみに、霧子は思わず声を上げた。
「えぇっ!?」
そして、どこから持って来たのやら――。さっと、東雲がブランケットを霧子の肩に掛ける。これで薄っすらと火照った首筋から胸元は隠せるだろう。霧子は照れながらも「ありがとう」と小さく礼を伝えた。
東雲はじっと、霧子を凝視していた。はっと、我に返った彼女は沙織の言葉に大きく頷く。
「同意。――え? じゃあ、沙織ちゃんは見たらあかんやん」
「人の世に居着いているから、一応は高校生だけど――。私、実はお姉ちゃんよりも、うんと年上だよ?」
「そ、それもそうか……。妖怪の年齢が外見と同じなワケないか……、よく聞くやつやな」
「そういうこと」
東雲の指摘に対し、こともなげな様子で答えた沙織。――そう、沙織は覚という妖怪だ。霧子と沙織、怪異と妖怪。東雲は二人と交流を深めるうちに、すっかり種の垣根など取り去っていたのだ。
すると、どうやら霧子の様子がおかしい。天を仰ぎながら目を閉じ、眉を寄せている。
「み、耳が痛いわね……」
「あ!? いえ!? 決して、そういう意味じゃっ――」
「分かってるわ、冗談よ」
先程の仕返しと言わんばかりに、悪戯な笑みを送った霧子。華麗なウィンクが東雲を射抜いた。だが、その次には悩ましげに溜め息をついたのだった。
「まぁ、変わらないものもあるわ――。あいつは不器用よね、今も昔も」
そう語った霧子も、耳を傾ける東雲も。沙織でさえ、見藤の不器用な優しさに触れ、その温かさを知っている。決して言葉にはしない優しさだ。もちろん、久保も知っていることだろう。――そこでふと、東雲の脳裏に浮かんだ久保の顔。
「あ、そういえば――」
ピンポーン、とインターホンが鳴る。
霧子と沙織は首を傾げ、東雲を見やった。すると、東雲はインターホンを鳴らした人物が誰なのか、見当が付いているようだ。
「ベストタイミング。 ちょっと、出てきますね」
「えぇ、分かったわ」
東雲は玄関先に向かって「はーい」と返事をすると、玄関口へと向かう。扉を開けると、そこには見慣れた顔があった。彼女はにんまりと笑みを浮かべ、労いの言葉を口にする。
「お勤めご苦労さん」
「あのなぁ、東雲……。ついでだから、いいけど。はい、これ夜食。霧子さんと沙織ちゃんにもよろしく」
玄関口に佇んでいたのは久保だった。彼は手に提げていた袋を東雲へ手渡す。すると、袋から美味しそうな香りが立ち込め、鼻を掠める。ぐぅ、と二人の腹の虫が同時に鳴った。
袋を受け取った東雲は代金と、お使いを頼まれてくれた久保へのささやかなお礼を手渡した。ちょこん、と久保の手の平に乗せられたのは女子会で持ち寄られたお菓子のアソート。
東雲は悪戯な笑みを浮かべながら、久保を見やる。
「頼むなら、久保Eats」
「茶化すなら、弊社はこれにてサービス提供を終了する予定です」
「へい、すみませんでした」
「よろしい」
軽口を言い合い、二人は同時に笑みを浮かべ、肩を竦めたのだった。すると、東雲は振り返り、部屋の中の霧子と沙織の様子を窺う。どうやら、二人は会話に夢中のようだ。
東雲はそれを確認すると、久保に向き直る。そっと、小声で尋ねるその表情は真剣そのものだった。
「煙谷さんは、なんて?」
「まぁ、そこそこ良い返事をもらえたよ」
「そっか。それは良かった」
「見藤さんには――、その時までは内緒だな。タイミングをみて、僕から話してみるよ」
「了解」
それは久保と東雲だけの秘密の会話。だが、しきりに部屋の中を見やる東雲は些か落ち着きがない。楽しそうに会話をしている霧子と沙織の声が聞こえて来る。
久保は不意に眉を寄せ、東雲に釘を刺す。
「……霧子さんにも内緒だぞ」
「わ、分かっとるって! 霧子さん、見藤さんに弱いし、もごもご……」
「……? まぁ、いいや。沙織ちゃんもいることだし、夜更かしは禁物だぞ? 見藤さんにバレたら、想像するだけで……うぅ、思い出したら身震いするよ。じゃ、おやすみ」
要領を得ない東雲の返答に久保は首を傾げる。しかし、その次には見藤のお叱りを思い出したのだろう。肩を震わせながら、別れの言葉を口にした。
東雲は久保を見送ると、久保の言葉を反芻していた。
(久保、この間の霧子さんからの依頼代行。バレたとき、見藤さんにしこたま怒られたって、言うとったっけ……。でも、煙谷さんのとこへ頼みに行った、あの件の方が――。えらい、怒られそうな事やと思うんやけど……。まぁ、ええか! うちは女子会楽しも)
それは久保と東雲が見藤には内緒で画策した、とある策略。久保が煙谷の元へ協力を仰いだのも、そのためだ。
東雲は想像する。久保の口からその策略が見藤へ告げられた瞬間を。だが、どう考えても再びお叱りを受けることになるだろうと、首を横に振った。そして、今はお泊まり会を楽しもうと、意気揚々に部屋の中へと戻るのであった。
◇
夜は更に深まり――。久保が届けた夜食も皆で堪能し、いよいよ就寝時間となった。
東雲と霧子は欠伸をしながら、就寝準備を進める。
「……さぁて、そろそろ、寝ましょか」
「ふぁ……、賛成よ」
「うーん、皆で雑魚寝しましょか。来客用布団が一組あるので、それを横に広げて川の字で寝れば――。いやぁ、狭い部屋で申し訳ない」
「気にしないで、東雲ちゃん。東雲ちゃんはいつものように過ごして。私と沙織はここを借りるわね」
東雲はベッドへ上がり、霧子と沙織は来客用布団に寝転がる。
「「おやすみなさい」」
「おやすみ」
消灯。しばらくすると、規則正しい寝息が聞こえて来た。それを合図に、沙織はこそりと――。
「ふふっ、なんだかとても楽しかったね。霧子姉さん」
「えぇ、とても」
暗闇に溶けた霧子と沙織の会話。そうして、夜は更けていく――。
翌朝、一番に目を覚ました東雲が目にした光景は凄惨たるものだった。思わず、東雲は声を上げる。
「二人とも……寝相、悪っ!!」
ベッドに一人で寝ていたはずの東雲。来客用布団で雑魚寝をしていたはずの霧子にはベッドの中でしがみつかれ、豊満な胸元が目前となっている。そして、ベッドまで飛び出した沙織の脚。東雲は沙織から腹に足蹴りを食らっていた――。
こうして、お泊まり会は幕を閉じたのであった。
当然、三人の中では東雲が小娘ですね…
霧子は齢三桁、沙織は百いかないけど、それに近い齢(でも妖怪としては幼い、みたいな感じです)




