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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第七章 決別編

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65話目 婦女たちの夜会


 煙谷の事務所からの帰路の途中。突如として、見藤が遭遇した『神異(しんい)』。


 見藤を守ろうと、霧子は応戦した。たが、澱みにあてられた彼女は取り乱し、逃げおおせたものの――酷く怯えていた。

 見藤はそんな霧子に寄り添い、夜を明かしたのだった。だが、「大丈夫」そう言った霧子の縋るような眼差しが、いつまでも見藤の脳裏から離れなかった。


 見藤は『神異』の存在をキヨ、その次に斑鳩へ報告した。しかし、それからというもの、口の『神異』に関する目撃・遭遇情報は何もなく――。ただ、時が過ぎていた。



 見藤は机上に置いた呪物を金槌で叩きながら、物思いにふけっていた。見藤が振るう金槌で叩かれた呪物は言葉通り、憑き物が落ちたように気配を変えていく。片手間に呪物を払っていく様子は、見藤の多忙さを物語っているのだが――。


(あれから、霧子さんの様子が変だ……。ずっと浮かない顔をしている――、ような気がする)


 ただ、見藤の視線はそのような呪物ではなく――、霧子へ向けられていた。見藤だけが、感じ取った霧子の僅かな変化。それだけ、見藤は彼女を想っている。

 見藤はそれとなく、膝の上でくつろぐ猫宮に声を掛ける。なるべく小声で、霧子の耳には入らないように。


「猫宮。霧子さんから何か聞いていないか?……少し、落ち込んでいるように見えてな」


 見藤の問いかけに、猫宮は怪訝な表情をする。だが、その次には霧子の様子を(うかが)おうと、机からひょっこり顔を覗かせた。


 猫宮の目に映る霧子はソファーに腰かけ、女性向け雑誌を読んでいる。彼女は悩ましげな表情を浮かべ、時折小さな溜め息をついていた。

 そして、猫宮は耳を小刻みに揺らし、見藤の膝に戻る。二又に裂けた尾を揺らしながら、呆れたように口を開いた。


「そうかァ? 姐さん、いつもと変わらないように見えるけどなァ」

「そう、か」

「惚気は他所でやれよォ〜。にゃぎゃっ!?」

「…………」


 見藤をからかった猫宮は、尻尾を思い切り掴まれるという無言の報復を受けたのだった。思わぬ報復に、猫宮は悪態をつきながら、ぴょんと見藤の膝から降りる。見藤は仏頂面で、そんな猫宮の背を見送った。


 見藤と猫宮がそのようなやり取りを繰り広げていたことなど、つゆ知らず。霧子は垂れた横髪を耳にかけると、形の良い耳が露になる。

 

「ふぅ……」


 霧子の口から漏れるのは麗しげな溜め息。

 見藤の視線は釘付けになる。しかし、抱いた雑念をかき消すように首を横に振った。仏頂面のまま、頬杖をつき思案を巡らせる。


(何か、霧子さんの気が晴れるようなこと――。……東雲さんに相談してみるか?)


 見藤はそっと手元にあるスマートフォンを見やる。――だが、それは見藤の手に取られることはなかった。

 どうしたものか、と見藤が小さく溜め息をついたときだ。霧子は顔を上げ、見藤を見やった。心なしか、憂いが晴れたような表情を見せている。鈴が鳴るような声を弾ませながら、霧子は話し始める。


「あぁ、そうだ。今週末、お出掛けしてくるわね」

「ん?」

「夜も帰らないから、そのつもりでいて」

「それは――」


 見藤は思わず言葉に詰まる。霧子の口ぶりからするに、既に決定された予定なのだろうと想像できる。だが、見藤からすれば――、怪異が活発となる大禍時(おおまがとき)から夜に、出歩くのは危険だ。それは怪異であっても同じ。それも、愛念を抱いている霧子の身を案じればなおのこと。


 言葉の先を言いよどむ見藤を尻目に、霧子は楽しそうに語る。


「お泊り会! 東雲ちゃんと沙織で女子会するの! 何を準備していこうか、悩んでたのよ」

「そ、そうか……」

「あ! 沙織はきちんと寮から外泊許可を貰ったみたいだから、お小言はナシよ!」


 怯えた様子など微塵も感じさせない霧子の様子に、見藤は目元を下げる。


(杞憂だったか……、よかった)


 ほっと胸を撫で下ろした見藤は、再び金槌を呪物に振り下ろすのだった。



 そうして、霧子が待ち望んだ日は瞬く間に訪れる。


 霧子は意気揚々と見藤の事務所を後にしようとした。その際、これでもかと眉を下げた見藤に見送られ、霧子は「心配しすぎよ!」と頬を膨らませたのだった。


 お泊り会の場所となったのは――。


「で、見藤さんとは最近どうなんですか?」

「え」


 東雲の口から出た、唐突な問いかけ。思わず霧子は口ごもり、視線を逸らす。

――そう、三人が集ったのは東雲の下宿先だった。


 既に就寝準備を済ませ、寝間着に身を包んでいる。霧子は例にもよってネグリジェ、沙織は高校のジャージ、東雲はスウェットという三者三様。ローテーブルにはココアに紅茶、ホットミルク。スナック菓子にクッキーなど、この場を楽しむためのものでいっぱいだ。

 だが、この三人が集えば、自ずと話題は見藤のことになるようで――。


 東雲と霧子のやり取りを眺めていた沙織は、小さく溜め息をついて口を開く。


「お姉ちゃん、直球」

「そうは言うてもなぁ! 気になるやろう」

「まぁ、それはそう」


 沙織は東雲の返答に頷きながら、ホットミルクを一口飲んだ。すると、東雲と沙織は示し合せたかのように、じっと霧子へ視線を送る。

 その視線に霧子は思わずたじろぎ、声を漏らす。


「あんた達……」


 しかし、その次には観念したのか――。霧子は長い脚を折り、膝を抱えた。目を伏せながら、垂れた横髪を耳に掛ける。そして、ぽつりと溢した言葉の声音は切なさに満ちていた。


「そう、ね……。もう、あいつを手放すつもりはないのよ――」


 その言葉は決意を宿しているものの、霧子は悩ましげな表情を浮かべている。

――しん、となった部屋の中。暗い雰囲気に耐えられず、声を上げたのは東雲だった。


「なんだか……霧子さん、やらしい雰囲気を醸し出してますけど」

「えっ!?」

「あ、あかん……! 大人な関係を察してしもうたっ……」

「~~~っ!!」


 霧子の言葉にならない絶叫が、部屋に響き渡る。東雲の茶々に対して、否定することも肯定することもできず。霧子は顔を赤くして、反論する。


「そ、そう言う東雲ちゃんはどうなのよ!? 東雲ちゃんだって……、好きなくせに」

「うぐぅ!! そ、そうですけど……あれは何というか、違うんです! 子どもの頃に描いた、憧れの延長線上の恋と言いますかぁ……」


 思わぬ霧子の反論に東雲は奇妙な呻き声を上げたが、その先にはぐうの音も出ず。せめてもの言い訳を並べたのだった。

 目の前で繰り広げられるやり取りに、沙織は呑気にスナック菓子を頬張っていた。そして、そっと胸の内に呟く。

 

(おもしろいなぁ)


 それは人と怪異がここまで「友達」や「恋敵」として打ち解けていることに対して抱いた興味。沙織は自身の置かれていた境遇が脳裏を掠め、思い出さないよう首を振ったのだった。

 すると、沙織は視線だけでものを言う。それに気付いた東雲は口を尖らせながら、心情を吐露したのだった。

 

「見藤さん、()()()()()優しいですから」


 それは、東雲が見てきた見藤の姿だった――。幼き日を経て、縁により再会した東雲が辿り着いた答え。それを考えると東雲は俯き、膝を抱えた。じっと霧子を見据えた瞳には、決意が宿っていた。


「だから、私は――。その時までは……子どものまま(このまま)で、いようと思います」

「東雲ちゃん……」


 霧子は東雲が言う「その時」の意味を察し、口を(つぐ)んだ。――それは「別れ」だろう。東雲は失恋を受け入れたのだ。


 人は人と結ばれるのが良い、霧子はそう考えていた時もあった。だが、見藤の魂を欲したのは紛れもなく「霧子」だ。「見藤を手放したくない」と口にした霧子は巡る感情の終着点を見つけられず、戸惑う。それは人が抱くような葛藤だった。


 霧子の沈む感情を察したのか、東雲は慌てて顔を上げた。


「まぁ、そうでなくても!? もともと、私が入れる隙間なんてなかったですし!?」

「なんで怒っているの、お姉ちゃん……」

「自分で言って哀しくなったわ!」


 沙織の指摘に、東雲はわっと声を上げたのだった。


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