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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第六章 京都会合編

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61話目 帰りを待つひと


 見藤が(まじな)い師名家が集う会合へ列席するため、事務所をしばらく留守にしていた間。事務所には、竜胆(リンドウ)の植木鉢に水をやる日課を楽しむ霧子と、窓辺で日向ぼっこをする猫宮の姿があった。


 時刻は既に昼過ぎを回っている。だが、彼らは特に代わり映えせず、それぞれが日課を楽しんでいた。


 すると――、事務所の扉が数回ノックされた。見藤不在の場合、事務所の扉には『休業中』と貼り紙がされているため来客はない。それ故に、霧子は扉の方へ視線を向けながらも、わざわざ水やりの手を止めることはしなかった。


 霧子が返事をすると、事務所へ入って来たのは久保と東雲だった。ふたりの姿を目にした霧子は目元を(ほころば)ばせる。


「あら、いらっしゃい」

「こんにちは、霧子さん」

「お邪魔します!」


 久保は霧子の姿を目にすると軽快に挨拶を交わして、東雲もそれに続く。すると、久保は事務所内を見渡すや否や、見藤が不在であることに気付いたようだ。


 その実、見藤は彼らに呪い師が一堂に会する会合が開かれることや、列席することを伝えていない。見藤なりに、彼らの身に災難が降りかかることを危惧しているのだ。

 

 水やりを終えた霧子は小さなジョウロを片手に、見藤の現状を簡単に伝える。


「ちょっとね、立て込んでるみたいなの。今は京都にいるわ」

「そうなんですか……」


 少し残念そうに言葉を溢した久保に、霧子は首を傾げた。すると、久保は遠慮がちに口を開く。

 

「僕達、もうしばらくインターンで忙しくて……。今日は空きがあったので、お邪魔したんです」

「そうなの……?」

「見藤さんに相談したいことがあったので――。昨日、事前に連絡しておけば良かったかな……」


 久保の口から『昨日』という言葉が出た瞬間、びくりと霧子の肩が跳ねた。


 猫宮はそんな霧子の反応を訝しみ、顔を覗き込んだ。霧子の表情は何かを思い出したのだろうか――、赤く染まっていた。心情を誤魔化すかのように、そっと、顔にかかる艶やかな黒髪を耳にかける仕草をする。


 すると、猫宮の視線に気付いたのか。霧子ははっと、窓辺でくつろぎ、にやけた顔を晒している猫宮を見やった。じっとりと、睨み付けるような視線を送り、おずおずと口を開く。


「な、なによ」

「いやァ、別に」


 猫宮は何かを察した。――そう言えば、昨晩のことだ。霧子は見藤に呼ばれ少しの時間、事務所から姿を消していた様子だった、と思い出す。野暮なことは言うまいと、大きな欠伸をひとつしたのだった。


 すると、そんな猫宮の反応を目にした霧子はわなわなと震えている。


「ち、違うわよ!? ただ、話をしただけなのよ!」

「にゃはは! 俺は何も言ってないぜ、姐さん」

「こんの、化け猫!」


 猫宮のしたり顔に腹を立てた霧子は精一杯の抗議をしたのだった。

 そんな霧子と猫宮のやり取りを目にした東雲はそっと、久保に耳打ちをする。


「何かあったんかな、霧子さん」

「さぁ、()()()()()()じゃないかな?」

「ほほぅ」


 久保の言葉に東雲はしたり顔をしたのであった。

 猫宮への制裁を終えた霧子は「こほん」と咳払いをして、ふたりをソファーへ座るよう案内する。

 

「私でよければ、話を聞くわよ?」

「はァ、姐さん……」

「化け猫は黙ってなさい」

「にゃい」


 霧子に睨まれた猫宮は縮み上がっていた。

 そんな猫宮に苦笑しながらも、久保はそっと悩みを打ち明ける。


「就活。どうしようかな、と」

「うーん……、人の世のことはあまり分らないけれど……。あいつをアテには出来ないわね」

「え、そうなんですか」


 霧子の思わぬ返答に、久保は驚きの声を上げた。すると、霧子は頬杖をつきながら溜め息をひとつ。


「色々あるのよ。しがらみの中、もがいているみたい」

「色々、ですか……。難しいですね」


 そう言葉を溢しながら、久保は考える素振りをする。――見藤は世の奇絶怪絶な相談事を請け負う仕事をしている。だが、それだけではないと霧子から聞かされたのだ。しがらみ、と言う程のことが今、見藤の身に起こっている。と、なれば久保が思うことは見藤の心労を増やさないこと。


「あまり、心配掛けるのも気が引けるなぁ……。東雲は?」

「いやぁ、うちはなぁ……。とりあえず、保留で。まずは単位」

「……。見藤さんにばれたら怒られるぞ」

「それな」

「いや、単位がやばいのは東雲だけだから! 僕を巻き込むなよ!?」


 久保が慌てて東雲に抗議した。ふたりの様子を目にした霧子と猫宮は久々の談笑に声を上げて笑っていた。

 

――楽しい時間というものは、瞬く間に過ぎていく。その頃になると、すっかり夕刻間際になっていた。


 久保と東雲は折を見て、帰宅する旨を伝える。


「それじゃ、僕達は帰りますね」

「また来ますね、霧子さん!」

「えぇ、気を付けね」


 笑みを浮かべた霧子はふたりを見送った。



 そうして、見藤が事務所へ帰ったのは翌日の昼下がりだった。


 霧子はソファーに腰掛けて、雑誌に目を通していた。(うら)らかな気候が眠気を誘い、欠伸をひとつ。すると、廊下から聞こえて来る足音。その特徴的な足音は霧子であれば誰なのか、予測するのは簡単だった。鼻歌混じりに雑誌を閉じ、扉へ視線を向けた。

 ゆっくりと扉が開かれ、姿を見せたのは見藤だ。見藤は霧子の姿を目にすると、ほっと肩の力を抜き、笑みを浮かべる。


「ただいま」

「おかえり」


 互いに言葉を交わすと、見藤は手荷物を事務机に置いた。それは風呂敷に包まれた物で、身の回り品やスーツが入ったガーメントバックはひとまず適当に。そうして、霧子が座るソファーに歩み寄るとそのまま腰を下ろした。

 どちらからともなく身を寄せ合い、ふたりは会話に花を咲かせ ――。


「昨日はね、久保君と東雲ちゃんが来てたのよ?」

「ふっ、そうか」

「でね、あの子たちの悩みごとを聞いたり――。むぅ、なによ」


 意気揚々と話す霧子を見つめる見藤の柔らかな視線に気付いたのか、彼女は少し照れたように眉を下げた。


「いや、霧子さんが楽しそうに話すから。ふはっ……、可愛いな、と」

「そこで笑わないでよ!」

「霧子さんなりに、気を遣ってくれたんだな」

「あ、当たり前でしょ!」


 見藤が不在の中、訪ねてきた久保と東雲を思いやり相談に乗った霧子。そんな彼女を想うと、見藤の胸は愛しさで溢れる。そして、彼らに異変はなかったようだと、胸を撫で下ろした。


(でも、いつかはこの()()も――)


 見藤は目を伏せ、時の流れを愁いた。久保と東雲、ふたりには多くの時間が残されている。当然のことながら、いつまでも助手として事務所へ出入りする訳にもいかないだろう――。

 見藤が物思いにふけっていると、遠慮がちに霧子から声が掛けられる。


「ね」

「うん?」

()()、しないの……?」

「………………」


 霧子からの思わぬ言葉に、見藤は驚きのあまり身を固めて、じっと彼女を見つめる。

 霧子が可愛らしく首を傾げると、艶やかな髪がはらりと肩から落ちる。少しだけ拗ねたように尖らせた唇も、その言葉の裏にある意味を理解して照れるように伏せられた瞳も――、見藤は全てが愛しく思えた。すると、一際大きな溜め息をつき、両手で顔を覆った。

 

「はぁ…………。俺は今、猛烈にあのときの自分を殴りたい」

「ちょっと、意味が分からないわ」


 霧子は拗ねた口調でそう言うと、シャツの裾を控えめに引っ張った。


 霧子に促され、見藤はおずおずと顔を覆っていた両手を取り払う。年甲斐もなく、霧子に抱いた愛欲を示した気恥ずかしさからか――。眉を寄せ、困ったような表情で赤面していた。耳はかじかんだように紅潮している。霧子に袖口を引かれながらも、最後の抵抗と言わんばかりに顔を隠そうとする。


 霧子はそんな見藤を目にした途端、真顔になった。


「なによ、可愛い顔するじゃない」

「…………勘弁してくれ」

「ほんとよ?」


 形勢逆転と言わんばかりに、霧子はにんまりと笑みを浮かべる。少し強引に見藤の袖口を引っ張った。


 見藤は霧子の猛攻に抵抗する。すると、力加減を見誤ったのか――、その拍子に見藤はバランスを崩した。ソファーの肘掛け側へ倒れ込んだのだ。それには、流石の霧子も袖口を離す間もなく一緒に倒れ込む。

 

「わっ!?」

「あぁ、もう……。ほら」


 霧子を抱き留めた見藤は呆れたように呟きながらも、彼女の腰にそっと手を添えた。霧子はそれに応えるように、胸元に擦り寄る。


 見藤はじっ、と霧子の顔を見つめながら――人の気も知らないで、と口から出そうになるのを必死に留める。空いた手で霧子の艷やかな髪を()きながら、溜め息をついた。


「はぁ……」

「なによ」


 拗ねた口調で上目遣いに見藤を見やる霧子は、不服と言わんばかりに鼻を鳴らした。だが次には体を起こし、覆い被さるようにして鼻先を寄せた。見藤も受け入れようと、目を伏せた。


 しかし――、ガチャガチャ、ガチャッ!! と、何かがぶつかり合う音が響く。ふたりは驚きのあまり身を固めた。


「……!?」

「あー……、すまない」


 驚きの声を上げた霧子に、見藤は謝罪を入れた。どうやら、音の原因となる物に心当たりがあるようだ。体を起こした見藤は事務机の方を見やり、霧子もそれにつられる。


 ふたりが事務机を前にすると、そこには――。見藤が事務所に戻ったとき、手にしていた品物。それは確かに風呂敷に包まれていたはずなのだが、いつの間にか風呂敷は解かれ、桐箱が(あらわ)になっている。そして――、小刻みに動いているではないか。どうやら、先程の物音はこの桐箱から発せられたようだ。


 目の前の不自然な光景に、霧子は眉を寄せた。


「なによ、これ」


 霧子の問い詰めるような声音に、見藤は気まずそうに首の後ろを掻く。そして、おずおずと答えを口にする。


「昔、キヨさんが回収した()()

「あんた! どうして、いわくつきの物を持って帰って来たのよ?」

「これには理由が――」

「もう!!」


 霧子は一段と拗ねた様子で声を荒げると、霧になって姿を消してしまった。澄んだ空気だけがその場に残される。


(こ、れは……。久々にやらかした……)


 事務所には、項垂れる見藤だけが残されていた。




これにて6章完結です。6章は3〜4章で見藤が知らず知らずに噛んでいた事件と、見藤が持っていた目の伝承(人側視点)について明かされた章でした。お付き合い頂き、ありがとうございました!

会合編ということもあり、必然的に久保や東雲、霧子などの出番が少なくなってしまいました……が!次章からはまた事務所メンバーでわいわいする予定です(?)

次章もよろしくお願いします。


活動報告にて6章の詳しい振り返りや小話をしています。気になった方は是非!

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