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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第六章 京都会合編

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60話目 労いの集い②


 そうして、始まった斑鳩家の大宴会。


 見藤の目前に並んだ懐石料理。それを目にしたとき、腹の虫が小さく鳴った。

 会合のときには嘔気(おうき)をもよおしていた食事も、不思議とこの宴では食欲が湧いた。見藤自身も不思議と首を傾げたが、箸を進める度に頭の片隅に追いやられ、ついには気にすることはなくなった。


 次々と御膳台へ運ばれてくる懐石料理に舌鼓を打ちつつ。見藤は頭の片隅で霧子に食べさせてやりたい、とぼんやり考えていた――。


 斑鳩家の若い衆を労うために席を回っていた斑鳩だが、その役目を終えたようだ。とうとう見藤の隣に狙いを定め、腰を下ろした。片手にグラスを持ち、景気よく見藤に声を掛ける。


「よぉ、飲んでるか! 見藤ぉ」

「…………、お前にやる」

「おぉ、もらっておくぞ!」


 見藤はキヨから注がれた酒杯を(ことごと)く斑鳩へ横流しし、酒から逃れる。そっと、隣へ視線をやればキヨは表情ひとつ変えずに酒をあおり続けていた。丁寧な所作で懐石料理を口に運んでは、一杯あおる。心なしか、その表情は機嫌が良さそうだ。


 そんなキヨを目にした見藤は先の使用人とキヨの会話を思い出し、ほっと胸を撫で下ろした。だが、ことりと御膳台へおかれた酒杯にこれでもかと眉を(ひそ)める。キヨを見やると、こともなげな様子で微笑み返された。


(俺が酒に弱いと知っているだろうに――、はぁ……。斑鳩へ回すに限るな)


 見藤はキヨの視線が外れたときを見計らい、隣で楽しげに酒を飲む斑鳩のグラスを取り替えた。ほどほどに酔いが回っている斑鳩はそれに気付かず、グラスをあおる。これ幸いと言わんばかりに、見藤は次々に斑鳩へ酒杯を運んでいた――。


 見藤は頃合いを見て、腰を上げた。念のため、斑鳩へ声を掛けておく。

 

「少し、風に当たってくる」

「おう、そうか!」


 景気よく返事をした斑鳩に目を細め、見藤は席を立った。



 見藤は廊下を行く使用人に尋ね、斑鳩家の庭園へと足を運んでいた。やはりと言うべきか、そこは夜中にも関わらず客人の目を楽しませるために、煌々とした灯りが風情を感じさせる造りをした庭を照らしている。

 

 見藤は周囲に誰もいないことを確認すると、いつぞやと同じように斑鳩邸を覆う結界の根幹となる呪いを探す。


「これで、よし……と」


――パキッ……と、割れるような音が小さく響く。掛け声と共に見藤は斑鳩邸に施されている結界の一部を解呪した。

 

「……霧子さん、いるか」

 

 しゃがんでいた腰を上げ、見藤はそっと、彼女の名を呼んだ。たった丸一日、その名を口にしなかっただけだと言うのに、心は酷く渇望していた。そんな心情を誤魔化すかのように、見藤は首を横に振った。


 すると、見藤の背後から澄んだ声が響く。


「なによ、もう」

「なに、じゃない」

 

――霧子だ。

 彼女は、見藤の(たしな)めるような言葉と声音に、拗ねたように口を尖らせた。心なしか、目が泳いでいる。どうやら、見藤が言わんとしていることを理解しているようだ。そして、おずおずと口を開く。

 

「むぅ……、だって! あの時、あんたに触れた奴はっ――」

「霧子さん」


 見藤は霧子の名を口にし、言葉を遮った。そして、そっと彼女の手を取る。

 

「俺に何があっても出てくるなって、言っておいただろう……。俺としては……、霧子さんの存在を勘付かれないか、相当に肝を冷やした」

「う、ん」

「霧子さん」


 心から霧子を想う見藤の言葉に、霧子は何も言えなくなったようだ。ぎこちなく相槌を打ち、握られた手にそっと力を込める。

 

 二人は、彼らが目的の為に手段を選ばない残忍さを、身をもって知っている。


 見藤だけであれば、その知識を以てすれば見藤家に太刀打ちできるだろう。だが、怪異である霧子は別だ。

 例え、見藤が譲渡した深紫(こきむらさき)色の眼の力をもってして、純粋な力で太刀打ち出来たとしても人の狡猾さには敵わないときがある。見藤が牛鬼を引き合いに出されていたように、今度は見藤を引き合いに出されるかもしれない。逆もまた然り。

 

 見藤家は怪異を封印、囲うことに秀でている。怪異に力で太刀打ちできなければ、封印してしまう方が容易い、という訳だ。そうでなくとも、彼らにとって怪異は利用するもの、時には贄となる存在、という思考を持っている。だからこそ見藤は身を省みず、霧子の存在を隠し通すことを貫いた。


――愛しく、大切な存在を彼らに知られる訳にはいかない。見藤の中に渦巻くのは決意。

 

「明後日には戻る。それまで――」

「分かってるわよ」

「そうか」


 少し拗ねたように見藤の言葉を遮った霧子。すると、彼女は少しだけ目を伏せて、残してきた助手ふたりの近況を語った。彼らは今、学生の本分に精を出していることだろう。

 

「久保君も東雲ちゃんも、いつもと変わりないわ。……少し、忙しいみたいで愚痴を溢してるくらいかしら?」

「ははは、それは頂けないな。――それじゃあ」

「…………っ、!?」


 途端、霧子の肩が跳ねた。見藤の太陽のような香りが霧子の鼻を掠め、彼女は己が抱き締められていることに気付く。


 見藤はそんな彼女の花恥ずかしい反応に悪戯心が湧いたのだ。そっと、腰に手を回して霧子の耳を()んだ。途端、彼女の口から漏れる熱に浮かされた吐息。堪らず、彼女の薄く開いた唇に深く口付けた。

 途切れた霧子の吐息が見藤の熱を上げるには十分で――、名残惜しそうに体を離す。


「戻ったら、続き――。う、べっ!?」


 突然、視界が夜空を捉えた。見藤が頬に感じるのは、霧子の低い体温。どうやら、手で顔を押しのけられたようだ。霧子の力が弱まったとき、そっと顔を戻せば見藤の視界に映るのは、顔を真っ赤に染めた霧子のなんとも可愛らしい表情。


 見藤が無言でその表情を凝視していると、霧子は不服と言わんばかりに頬を膨らませた。

 

「ばばばっ、馬鹿なんじゃないの!? ここ、人の家でしょ!?」

「…………そうでしたネ」

「ふん!! 危うく、流される所だったわよ」

「………………」


――なにも追及しない方が身のためだろう、と見藤はじっと霧子を凝視していた。


 一方の霧子はそんな見藤の視線に居たたまれなくなったのか、目を泳がせる。そして、寄り添っていた見藤の体からそっと離れ、動揺を隠すように艶やかな長い髪を振り払った。


「そ、それじゃあ……私は戻るわね!!」

「あぁ」

「〜〜〜〜っ、ばか!」

「ふっ」


 穏やかな声音で返事をした見藤に、霧子は再び顔を赤くした。彼女は精一杯の悪態をつき、姿を霧に変えてその場から消えたのだった。

 残された見藤は――。


(……流されていたら、霧子さん……どうしてたんだろうな)


 解呪した結界を元に戻しながら、そんなことを考えていた。


色々吹っ切れた見藤、むっつり。

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