59話目 画策する思惑
密談の場を終えた見藤とキヨは予め用意されていた休憩室にて、束の間のひと時を過ごしていた。キヨはソファーに腰掛けており、見藤は例にもよって彼女の傍らに佇んでいる。
見藤は室内を見渡すが、他家当主の姿は見当たらず。どうやら、家ごとに割り振られているようだ。
すると、部屋の扉がノックされる。キヨが返事をすると、姿を現したのは案内役だった。彼が手にしているのは――、桐箱だ。先の密談の後だ、桐箱の中身は想像に容易い。
キヨは満足そうに頷くと、案内役から桐箱を受け取った。案内役が一礼し、退室するのを見届けた後。キヨは桐箱をそっと開けた――。
「違いない。受け取った」
キヨの言葉を受け、見藤は彼女の肩越しに桐箱をそっと覗く。すると、そこには艶やかな漆黒をした角が鎮座していた。
――どうやら、賀茂家当主は取引に対して、真摯に応じたようだ。
長年、中立だった小野家が斑鳩家への協力を表明したのだ。これまでの賀茂家との関係を鑑みるに、紛い物を掴まされる可能性も十分にあった。だが、キヨの言葉然り、見藤の目から視てもその角は正真正銘、鬼の角だった。
キヨは安堵したように溜め息をつくと、椅子に深く座り直す。彼女の膝の上には桐箱が大事そうに抱えられていた。
「さて、あとは待つだけだ」
「はい」
キヨの言葉に見藤は端的な返事をする。すると、キヨが見藤を振り返りじっと視線をやっている。物言わぬ視線に、見藤は気まずさを覚え、さっと視線を逸らしてしまった。
だが、キヨはそんな見藤をからかうように、口を開いた。
「何か、物言いたげだね?」
「……」
「お前さんに相談もせずに、当主の座に推したことかい?」
「……ソウデスネ」
――図星だ。見藤はキヨの言葉に思わず、ぎこちない返事をした。
それから、気まずさを誤魔化すために首の後ろを乱暴に掻くと、大きな溜め息をつく。
「はぁ……。正直、俺には荷が重い」
「そうかい? お前さんなら、上手くやるだろう?」
「俺は――」
少しだけ心情を吐露した見藤。そんな彼を目にしたキヨは激励するかのように、背中を思い切り叩いた。だが、その次には眉を下げてそっと言葉を紡ぐ。
「あぁ、分かっているよ。呪い師なんて、人の蟲毒のようなもんさ。どの家がどこと手を組むか、はたまた家自体を取り込むか、家の繁栄を望むのか。没落を受け入れるのか――。私のように、ね」
キヨの言葉はどこか哀愁を感じさせ、見藤に呪い師とは何たるかを考えさせるような物言いだった。
「そんな渦中に身を置くよりも、連れ合った怪異と共に老いるのが幸せだろう……。人の寿命は、彼らからすれば息をするように一瞬だ」
「それは」
「そうさせてやりたいのは山々だけれど……でもね、私には当主としての責務もある。厄介なことにね。先祖代々、小野家が貯めこんだ呪物や情報が、品のない連中の手に渡るのは避けたい」
キヨは見藤を慮った言葉を掛けた。しかし、彼女の当主としての立場や代々継承されてきた情報や呪物に関して、理由を述べられると見藤は何も言えなくなった。
――現に、怪異や妖怪の情報は金を生んでいる。その利用法が身を守るためという限定的なものだからこそ、人の世への影響は少ない。
その情報を邪な考えをもって使用すれば、人の世に及ぼす影響は過大なものとなるだろう。さらに、呪物ともなれば更に被害が拡大することは想像に容易い。だからこそ、キヨは斑鳩家への協力を他家に示したのだろうか。
キヨは不敵な笑みを浮かべ、見藤を見やった。
「まぁ、隠れるよりも当主の座に就いて好きにやるほうが簡単だという話さ」
「……斑鳩にも同じことを言われマシタ」
「ほほほ。あの、やんちゃ坊主も大したもんだ」
キヨの言葉を聞いた見藤は、斑鳩から言われた言葉を嫌でも思い出す。
苦虫を噛み潰したような表情を見せた見藤に、キヨは笑いをこらえきれなかったらしい。珍しく、斑鳩を称賛するような言葉を口にした。そうかとかと思えば、その次にはすっと表情を変えた。キヨはそっと口を開く。
「それにしても、私が賀茂に封印の匣をくれてやると提案したとき――」
「はい」
「よく黙って見ていたねぇ。てっきり、怒り出すかと」
「そんなこと、しまセン」
「ふふ、普段の通りでいいさ」
キヨの問いかけに見藤は不服そうに口を尖らせた。
「はぁ……、キヨさんまで俺をからかうな」
「何だい? あの別嬪さんにも、からかわれたのかい?」
「……」
キヨの言葉に見藤は口を噤んだ。――どうにもキヨは霧子との仲を揶揄して、会話を楽しんでいる様子だ。そんな彼女の手には乗らない、と見藤は話を逸らした。
「とにかく! まぁ……、あの封印の匣は誰にも解けない」
「そうだろうねぇ。あの匣を造った、お前さんでないと解くのは土台無理な話だろう」
見藤の言葉にキヨは深く頷いた。
その実、封印の匣から一時的に獏を解き放ったのは見藤だ。キヨは匣を渡しただけにすぎない。だが、会合という場で見れば当主が付き人に手渡した匣、という見方になる。
――付き人の男が匣の封印を解いたのであれば、誰であっても可能だろう、と甘い算段を持たせるには十分な見世物だった。賀茂家を謀るには十分な舞台だったという訳だ。
キヨの謀りに見藤は鼻を鳴らし、匣についての説明を口にする。
「ひとつ、可能性があるとすれば奴が内側から封印を破ったときだが――。それも無いに等しい。破ろうとすればするほど封印はより頑丈に、強固になる仕様だ」
そこで言葉を切り、少し考えるような仕草をする見藤。だが、それもすぐにしたり顔に変えた。
「まぁ、百歩譲って……。後世に生まれた腕の立つ術者が封印を解いたとしても、待ち受けているのは破滅だろうな」
見藤の言葉に、キヨは驚いたように目を見開いた。ただ、その表情は芝居じみたもので本心ではないことが窺える。
「あらあら」
「……キヨさん、それを見越して賀茂家に封印の匣をやったな?」
「ふふふ、何のことやら。れっきとした取引、物々交換だ」
「……はぁ」
大きく溜め息をついた見藤。キヨの謀りは大いに成功したようだと、ことの大きさに眉間を押さえた。
――会合で一時的に封印を解いたとき、獏は怒りに身を任せて、襲い掛かろうとしていた。
仮に後世で封印が解かれたとしても、怒りに呑まれた獏と会話が成立するとも思えず。寧ろ、暴れ尽くすことは想像に容易い。そもそも、神獣である獏を手懐けることは不可能に等しいだろう。
(まさに、武器だな……。送り込まれた爆弾もいい所だ)
憐れな末路を想像した見藤はそっと溜め息をついた。そうでなくとも、封印の匣を解くこと叶わず、泣き寝入りする賀茂家を想像しただけでも憐れに思えてくる。――それほどまでに、賀茂家はキヨを怒らせたようだ。
すると、キヨは声音を変え、神妙な面持ちで見藤を見やった。
「あぁ、それと……もうひとつ。お前さんに聞かないと――。いや、これは締めの儀が終わってから聞くことにするよ。もう少しで呼ばれそうだ」
途中まで言い掛けた言葉をしまい込み、キヨは視線を扉へやった。見藤もつられるようにして、扉を見る。
「ほら、来たね」
キヨの言葉通り、扉を数回叩く音。どうやら、会合の終わりを示す、締めの儀が行われると案内役が知らせに来たのだろう。彼女は膝に抱えた桐箱を見藤に手渡すと、立ち上がる。
「さて、行こうか」
キヨの言葉と共に、見藤も後に続いた。
これにて年末年始の投稿強化期間は終わりを迎えますが、今後とも拙作をよろしくお願い致します。
次回更新は1/8になります。




