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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第六章 京都会合編

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58話目 密談②


 見藤家当主とその付き人は次なる部屋に向かう。扉の向こうには既に、次なる密談の相手が鎮座していた。重苦しい空気の中、涼しい顔をしていたのは車椅子を押す彼女だけだった。


 例にもよって、見藤家当主は車椅子のまま卓上へと向かい、相手と向かい合う。その密談の相手とは――。


「して、内容は何かな?」

「先の会合で話した『大御神の落とし物』について、だ」


――密談の相手は、賀茂家当主だった。


 彼は会合時とまた違った雰囲気を(まと)っており、椅子に深く腰掛けている。時折見せる、怠惰的な表情は密談という場に似つかわしくない。すると、欠伸をひとつしたかと思えば、粗暴に頬杖をついた。そして、見藤家当主を見据えて口を開く。

 

「あぁ、結局()()は逃げおおせているのだろう?儂が『大御神の落とし物』を持った者は祟りによって失われたと話したとき、貴殿は肯定しなかったからな」


 賀茂家当主の言葉に、見藤家当主は苦虫を噛み潰したような顔をした。そして、無言は肯定とも捉えられる。渋々、賀茂家当主の言葉を受け、悔しげに現状を話し始めた。

 

「使いの(カラス)を放ったが、どうにも居場所までは分からない。分かったのは生きているのか、死んでいるのか――、だけだった。どうにも、()()を隠している怪異の存在があるようだ」

「成程」


 見藤家当主が語ったのは、彼らが探し求める『大御神の落とし物』を持つ者の所在についてだった。

 会合の場において他家に語ったことは噓偽りであり、おおよそ斑鳩家への牽制。それほどまでに、『大御神の落とし物』を手にした家は繁栄を享受し、権威を得ることができるのだろう。

 

 見藤家当主は更に表情を険しいものに変え、その先の言葉を続ける。


「忌々しいことに、()()は昔から怪異、妖怪に好かれる」

「それは(くだん)の眼を持つ者であれば、致し方のないことだろう。『大御神の落とし物』を持つ者は決まって怪異や妖怪に好かれてきたと、伝承にも残っているではないか。その奇絶怪絶な力を借り、時代を(おこ)したとも口承される場合がある」


 賀茂家当主はそこで言葉を切り、鼻を鳴らした。些か、その伝承は滑稽だと言わんばかりだ。


「まぁ、それもいつぞやの時代からは、力欲しさの怪異や妖怪から追われる身となったようだが」


 そこまで言葉を述べると、賀茂家当主は頬杖をついた姿勢から、ふんぞり返るように椅子へ深く腰掛ける。見藤家当主へ向ける視線はどこか懐疑的だ。


「して、儂はどうにも腑に落ちない」

「……」


 どこかもったいぶった様子で話す賀茂家当主。そんな彼に見藤家当主は無言を貫いていた。


 しばらくの静寂の後、またも口を開いたのは賀茂家当主だった。


「『大御神の落とし物』を宿した者が生まれ落ちていたのなら、どうして賀茂家(うち)に一報を入れなかった」

「それは、先代当主の意向だったからだ。私の意思ではない」

「そうか。そういう事にしといてやろう」

「……」


 含みを持たせた賀茂家当主の言葉に、眉を寄せた見藤家当主。だが、すぐさまその表情を変え、くすんだ瞳は野心で燃えていた。


「私は『大御神の落とし物』を手にし、見藤家を再興する」

「その野心には感服するな」

「よって、賀茂家にも協力をお願いしたく――」


 そこで初めて、目的を口にした見藤家当主。見藤家の再興――、それが意味することは明白だ。彼の背後に控える付き人である彼女はそっと目を伏せた。


 野心を覗かせた見藤家当主の変わりように、笑みを浮かべて見せたのは賀茂家当主。


「なんの見返りもなしにとは言わんな?」

「勿論だ」


 見藤家当主は力強く頷いた。ひっそりと、交わされた密約を知るのはこの場に居合わせた者だけだった。



 見藤はキヨと共に扉の向こうへ足を進める。すると、そこには既に密談の相手が鎮座していた。その相手はキヨの姿を目にするや否や、下卑た笑みを浮かべる。


「珍しいな、小野家が賀茂(うち)に密談を申し出るとは」

「いい取引をしたいと思ってねぇ」

「取引?」


 キヨは言葉を交わしながら、席に着く。

 見藤はキヨのために椅子を整え終え、彼女の背後に控えた。「取引」という言葉を耳にし、見藤は怪訝に思う。だが、この場で感情を出すことは得策ではない、とじっと堪える。


(……キヨさん、まさか賀茂家と密談を。それも「取引」だなんてな――)


 背を向けているキヨの背中から推し量れることは何もなく。見藤はただ、ことの成り行きを見守るだけだった。


 キヨは静かに言葉を続ける。その声音は会合のときのように楽し気な雰囲気はない。寧ろ、相手方に有無を言わせない気迫を纏っていた。


小野家(うち)が持ち寄った、神獣を封じた匣。それと、賀茂家が持ち寄った鬼の角。それを――、交換しようじゃないか」

「…………」


 賀茂家当主はキヨからの提案がよもや、そのような内容だとは思ってもみなかったのだろう。僅かに目を見開き、言葉に詰まっている。

 そうして、ようやく開いた口からは掠れた声が聞こえて来た。


「それは……、何か企んでいないか勘繰(かんぐ)ってしまうな」

「なに、他意はないよ」


 賀茂家当主の言葉に、キヨはふっと笑みを溢したようだ。背から感じ取れる、嘲笑。賀茂家当主の言葉を否定しながらも、その奥底には計り知れない計略があるのだろう、と見藤は推察する。


 その間にも、「取引」は進められていく。キヨは穏やかに言葉を続けた。


「これを目にしたとき、喉から手が出るほど欲しいという顔をしていたからねぇ。ほほほ……なんとも、分かりやすい」

「……女狐め」

「褒め言葉と受け取っておくよ」


 賀茂家当主の悪態に、こともなげに返すキヨ。どうやら、やはりキヨの右に出る者はいないのだろう。見藤は密かに鼻を鳴らした。

 そうして、キヨは軽く首を傾げる仕草をして取引理由を語った。


小野家(うち)が保管していても、無用の長物だからねぇ。うちが保管するのは、人の世に影響を及ぼす可能性がある呪物だけだ。神獣を封印したものは呪物とは言えないからね。―― それに比べて、鬼の角は人の手に余るだろう?」

「……成程」


 キヨの言葉を受け、賀茂家当主は納得したようだ。おおよそ、賀茂家(彼ら)が鬼の角を粗悪な手段を用い、手に入れた理由は会合における権威を示す為――、という利己的なものだったのだろう。それをキヨは見抜いている。


「此度の取引、応じよう」

「ふふっ、賢明な判断だ」


 賀茂家当主の言葉を聞いたキヨは微かな笑い声と共に深く頷いた。

 すると、賀茂家当主は緊張が解けたと言わんばかりに大きな溜め息をつく。だが、見藤から見ればそれすらも、相手を油断させるような作為的な振る舞いに思えた。それはキヨも同じだったようだ。じっと身動きせず、次の言葉を待っている。


 賀茂家当主は頬杖をつきながら、口を開く。


「まぁ、中立()()()小野家と言えど、こうして裏で画策しているとは。もしや、斑鳩家との協力関係も偽りか?」

「ほほほ、それは想像にお任せするわ」


――見藤が僅かに感じた空気の揺らぎ。だが、見つめる背は何も変わらない。

 

(キヨさん。腹の底では……相当、怒っているな)


 見藤は思わず溜め息をつきそうになり、咄嗟に咳払いをする仕草で誤魔化した。見藤の様子に構うことなく進んでいく「取引」――、賀茂家当主は足早に席を立つと、会合のときに見せていた下卑た笑みを浮かべたのだった。


「では、件の品は後ほど」

「あぁ、そうだね」


 そうして、(つつが)なく密談を終えた。



 見藤とキヨが密談を終えて会場に戻ると、そこには扉を開く前と同じく順に並んだ各名家当主と付き人の姿があった。

 案内役が姿を現して木札を回収していく。そうして、全ての木札をもらい受けると、一礼してその場から少し離れた。


「よき密談の場となったようで――。それでは、残るは締めの儀となります。各御当主様方はしばらくお休みください」


 案内役はそう告げると姿を消した。


「さて、しばらく休憩だ」

「……」

「まぁ。お前さんも言いたいことのひとつやふたつ、あるだろう?」


 振り返り様にキヨは悪戯な笑みを浮かべ、そう言った。どうやら、顔に出ていたようだと見藤は困ったように眉を下げた。


「休憩室が用意されているからねぇ、そこへ行こうか」

「……ハイ」

「ふふ、不服そうだね」


 キヨはどことなく、楽し気に笑みを溢したのだった。キヨは見藤に背を向け、歩き始める。

 見藤はそんな彼女の後を追おうと足を一歩、踏み出した。


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