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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第六章 京都会合編

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57話目 新風をもたらすものは


「子獅子は獅子になる」


 斑鳩家当主の言葉に力強く頷いた斑鳩。しかし、各名家の当主達は怪訝な表情を浮かべている。――もちろん、キヨ以外。


 会場を沈黙が支配する中、芦屋家当主はすぐに思い当たることがあったのだろう。彼は美麗な顔に微笑みを浮かべ、頷いた。そして、もうひとり。見藤は斑鳩家当主の言葉を受け、即座に斑鳩を見やった。


(そうか、()()()でついに ――)


 なにも会合は名家当主が代替わりを終えたときにのみ、開かれるものではない。斑鳩家のように次期当主を他家に示す場でもある。見藤の視線に気付いた斑鳩は不敵な笑みを浮かべたのだった。それはまるで、対立している名家の悪行を許さないとでも言うようだ。


 そんな斑鳩の表情を目にした見藤。これまでの鬱々とした感情が少しだけ、晴れたような気がした。


 斑鳩家当主は椅子に深く腰掛けていた姿勢から、体を起こし腕を組み直す。そうして、もったいぶった様子で口を開く。


「さて、次の話といこう」


 そして、賀茂家当主が語った逸話を快活に笑い飛ばした先程と打って変わって、威厳ある雰囲気を身に纏い、斑鳩家当主は口を開く。


「儂、斑鳩家現当主は次期当主として、この斑鳩大河(たいが)を推す」


 斑鳩家当主の言葉を受け、後ろに控えていた斑鳩は一歩前に足を踏み出した。斑鳩家の若い衆が彼の背に送る期待の眼差し。彼はその視線を一身に受ける。斑鳩家当主の座る椅子の真横に並び立った斑鳩。彼の表情は決意に充ちていた。


 斑鳩家当主は隣に立った斑鳩を一瞥(いちべつ)すると、自慢げに語った。


「こやつは儂よりも()()()()。良からぬことは企まない方が身のためだぞ?」

「はっ、えらく自信があるようだな。若造に当主の役目が務まるのか?」


 斑鳩家当主の言葉に食ってかかったのは道満家当主だ。『鼻が利く』と言われ、些か都合が悪いのか。彼は苦虫を噛み潰したような顔をしている。そして、まるで道満家当主に同意すると言わんばかりに賀茂家、見藤家当主は斑鳩をじっと注視している。

 どうやら、彼らは斑鳩が当主の座に就いたとき、どのような影響を及ぼすのか品定めをしているようだ。


 斑鳩家当主はそのような視線をものともせず、自信ありげに口を開く。その口角は上がり、不敵な笑みを浮かべている。


「芦屋の坊主が代替わりしたときも、そう言っていたな。侮っていると痛い目に遭うぞ」

「…………」

「現状、芦屋の坊主は上手くやっている。家の者からの信頼も厚い。勿論、儂からの信頼も、だ」


 そう言うと、力強く頷いてみせる斑鳩家当主。彼の言葉に嬉しさを滲ませながら、口を開いたのは芦屋家当主だ。


「お褒め頂き、光栄ですね」

「がっはっは!!」


 豪快な笑い声を上げる斑鳩家当主。彼の笑い声がひとしきり響き渡る。それを咎める者も、遮って声を上げる者も――、誰もいなかった。それは、賀茂家当主が舵を切っていた会合の流れを一気に吹き飛ばしたのであった。

 

 すると、次に声を上げたのはキヨだ。彼女は斑鳩家当主の言葉に強く頷くと、口元を覆っていた扇子を景気よく畳んだ。


「斑鳩の暴れん坊が先陣を切ったんだ。小野(うち)からもひとつ」


 キヨの声音は、どこか楽しげだ。――不意に、見藤は嫌な予感がした。

 背筋が凍るというような嫌悪するものではなく、キヨの底知れぬ思惑を感じ取ったのだ。それは寧ろ、見藤がよく口にする『面倒事』の予感だった。それは先の余興の件でもそうだ。キヨの行動は全く予測がつかない。


(まずい、キヨさん……。一体、何を言うつもりだ)


 見藤は思わず身構える。内容によっては、中立から斑鳩家の新興派閥に限りなく寄っている現状を明確に変えることになる。賀茂家、道満家、見藤家との完全対立を示すのか。そうなれば、会合という場において直接的な報復は禁忌という暗黙の了解を破る者が出てもおかしくはない。――不測の事態に備え、隠し持っていた木簡に触れる。


 だが、キヨはその状況すらも楽しんでいるようで、それが声音からも分かる。恐らく、彼女は悪戯な笑みを浮かべていることだろう。そして――、そっと口を開く。


小野家(うち)も代替わりをする」


 断定する物言いをしたキヨを、すぐさま鋭い視線が射抜く。視線に射抜かれた動揺など微塵も感じられない、と見藤はそっとキヨの横顔を見た。やはりというべきか、彼女は笑みを絶やさず、この状況を楽しんでいる。


 キヨは心底楽しそうに、その先の言葉を口にした。


「後ろに控えている者が私の跡を継ぐ。よって、怪異の情報も(まじな)い道具も――、全てを統括するのは()()()()だ。機嫌を損ねないようにしないと、どうなることやら。ほほほ、この子は私より気性が荒いからねぇ」

「……………………」


――完全に、寝耳に水だ。見藤は驚愕のあまり言葉を失った。

 せめてもの救いは驚きの余り、表情を変えることを忘れていたことか。賀茂家や道満家、そして見藤家に悟られずに済むだろう。


 これまで見藤はひっそりと事務所を構え、キヨから斡旋される依頼や怪異からの相談事を請け負ってきた。それがよもや、呪い師名家の ―― それも当主の座を譲渡されることになろうとは、予想だにしなかった。ただ、霧子と共に時を過ごし老いて行く ――、それを望んだはずだった。


 願いとは裏腹に、(まじな)い師名家のしがらみは絡み付いて振りほどけないようだ、と見藤は目を伏せる。


(どうして、こうなった……)


 口に出されることはなかった見藤の呟きは心の内に消えて行く。そこでふと、視線を上げると斑鳩と目が合った。


 斑鳩の視線は鋭く、表情は力強い。まるで、見藤に次期当主として共に肩を並べる未来を期待しているかのようだ。斑鳩の思考を推し測った見藤は「面倒ごとはごめんだ」と言わんばかりに眉を(ひそ)め、視線だけで抗議する。


(まさか斑鳩の奴……、知ってたな。完全に外堀を埋められたワケだ)


 見藤は気付かれないよう、小さな溜め息をついた。恐らく斑鳩は、会合が開かれると伝えに来たときにはすでに知っていたのだろう。上等なスーツを仕立てるように再三言っていたキヨ、そして斑鳩。彼らに埋められた外堀から逃れる術を見藤は持たない。


(一旦、考えるのはやめだ……)


 そう思い至り、見藤はひとまず思考を止めた。



 すると、刺すような視線が向けられた。その視線に気付かない見藤ではない。その視線を辿ると、そこには怪訝な表情を隠しもせず、見藤を睨みつけている賀茂家当主の姿があった。彼は重々しく口を開く。


「当主決定であれば、それは構わないが ――」

「何か問題でも?」

「怪異憑きだろう、その者は」


 その言葉に嫌悪感を示したのは、言わずもがな斑鳩、キヨ ――、そして芦屋家当主だった。当の見藤はというと、他の名家からの視線を集めてしまったことに対して気が気でない。彼らの中で己の認知がどのようなものか、想像がつかない。


(……目立つのは避けたかったんだが)


―― どうやら、そういう訳にはいかないようだ、と腹を据えた。目の前の光景を受け入れる。見藤はじっと、視線に耐えた。

 

 恐らく、現当主であるキヨが隠居、若しくは他界すれば小野家が統括していた怪異の情報を管理、事件解決を依頼として斡旋する者がいなくなる。そうすれば、利益を得るのは対立している名家達だ。そして、遺された膨大な怪異の情報は無用の長物になるか、金を生む情報となるか。


 キヨが代替わりを断言したことで、対立している名家が難色を示したのはこれらの理由だろう。もっとも、キヨのことだ。斑鳩家にでも情報を託すよう先手を打っているかもしれないが、それは想像の域を出ない。


 すると、嫌悪感を示した三家にたじろぎながらも、賀茂家当主は口を開く。


「それに余興の ――」

「いつ、誰が、余興の()()()だと言ったんだい?」

「………………」


 キヨの言葉は()()だった。『怪異憑き』と呼ばれ、好奇の視線に晒されていた見藤。キヨはそんな彼を余興の見世物だと断言していない。

 キヨの物言わぬ笑みひとつで、周囲の僻見と憶測によってもたらされた盛大な誤認。それは道満家当主に始まり、賀茂家当主にとって強い屈辱感を抱かせることになっただろう。


 そして、真っ先に『怪異憑き』である見藤を、余興の見世物だと言い放った道満家当主は顔を青くしている。次に発せられたキヨの言葉に、賀茂家当主は完全に沈黙した。


「おやまぁ、気が利きすぎるのも考えものだねぇ」

「がっはっは!! 流石は女傑だな」


 キヨの盛大な嫌味は斑鳩家当主を大いに楽しませたようだ。再び、会場内に豪快な笑い声が木霊した。


明けましておめでとうございます。

本年も拙作をよろしくお願い致します。

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