56話目 『大御神の落とし物』②
見藤家当主が語った、秘匿されていた情報。それは、見藤が持っていた深紫色の瞳であろうことは想像がつく。だが、それを『大御神の落し物』と呼び、各名家も周知しているなど見藤にとって知らないことばかりだ。
(こいつらは、一体何の話をしている……?)
見藤は思わず、困惑の表情を浮かべる。会合の末席に顔を列ねたのは身を隠すためでもあり、見藤家の動向を知るための情報収集を兼ねたものだった。まさかそれが、不思議な力を持つ深紫色の瞳について語られ、詮議されるなど――。見藤の思考は暗く淀む。
見藤家当主が話し終えた今。口を開いたのは、またも賀茂家当主だった。
「先代当主が秘匿していた情報を何故、代替わりによって開示しようとしたのか疑問だが」
「今はまだ話せない」
「そうか、ならばよい」
苦渋の表情をした見藤家当主を珍しく慮ったのだろうか、賀茂家当主はそう言って口を閉ざす。しかし、その次には興味を抱いた眼差しを向けた。
「その眼を持つ者が見藤家に生まれ落ちていたとは……。残念だな、祟りによって失われてしまったのだろう」
「……」
見藤家当主は沈黙を貫いていた。何をもってして「残念」なのか、行きつく答えは簡単なことだろう。
―― いつの時代も、どの家も。考えることは同じだと、彼らの様子を注視していた見藤は目を伏せた。
すると、見藤家当主が開示した情報に懐疑的な表情を浮かべる人物がいた。――斑鳩家だ。斑鳩家当主、そして彼の背後に控える斑鳩は見藤家当主と賀茂家当主が話す内容に対して、眉を寄せている。
彼らを目にした賀茂家当主は嘲笑うかのように鼻を鳴らし、口を開く。
「あぁ、新参の斑鳩家は知る由もない。古来より、名家に口承される逸話があるのだよ」
「そうか!! ならば、お聞かせ願いたいものだな!」
斑鳩家当主は挑発をものともせず、斑鳩家当主は豪快な物言いで言葉を返す。そうして、賀茂家当主の口から語られたのは見藤が昔、牛鬼から聞かされた話と酷似した内容だった。
(あの話は人の世にも伝わっていたのか……。それも古参の呪い師名家だけに――。それに、芦屋家に至っては宗教を興していたとは……。珍妙だな)
見藤はじっくりと語られた内容を反芻する。
決まって人に現れるという、不思議な力を持つ眼。それは時代によって『色』が違えば『力』も違った。人々はその眼を持つ者を時代を築く者として『先導者』と呼んだ。
賀茂家当主は口承されている物語を語り終えると、一呼吸置き再び口を開く。
「よって、その不思議な力を持つ眼には『大御神の落し物』と言う名がつけられた。大御神が高天原へお還りになる際、人の世に落としてしまった、忘れ置いてしまった瞳の力をそう呼んだのだ」
賀茂家当主の口から出た言葉――、大御神、高天原。いずれも神話の中で描かれる存在と神々の棲む場所だ。それは見藤が牛鬼から聞かされた昔話とは、また違った伝承だった。見藤は眉を顰めながらも、じっと耳を傾ける。
賀茂家当主はそのまま、次の言葉を続けた。
「まぁ、落し物と言われるだけあって。いつ、どこで、どの人間に大御神の落し物が宿るのかは不明だがな。伝承によれば、これまで現れた瞳の色は翡翠、藍、深紫である」
――深紫と聞いて、見藤の心臓が再びはねた。
賀茂家当主の言葉が本当だとすれば、見藤に宿っていた深紫色の瞳は『大御神の落し物』ということになる。そして、それを捨てたのも ――、見藤自身だ。
賀茂家当主は頬杖をつき、大きな溜め息をつきながら更に言葉を続ける。それはまるで、稀有な力を持つ大御神の落し物を探し求めていた――、だが、長年掛けても見つけられなかった。そんな憂いを帯びていた。
「名家のうち、どこの家に顕現するのか。はたまた、普通の人間に顕現するのか。血筋、血縁、そういった因果関係は何もないようだが……。『分からない』それ以外、何も分からぬ――、まさに落し物なのだよ」
その言葉を耳にした見藤は血の気が引くのを感じた。
――深紫色の眼は偶然、持ち主に見藤慎を選んだのだ、と理解した。見藤家の特異的な体質でもなく、本当にただの偶然。
不運な偶然にも、その稀有な瞳を持って生まれた。それは身に受けた因習を肯定されているかのようで、見藤の思考に暗い影を落とす。
更に言えば、大御神の落し物とまで呼ばれた、稀有な代物が次世代に遺伝するとは考えにくい。もし、遺伝するような不思議な力であれば、それは先祖代々続いてきた名家の記録にも残っていることだろう。
(それが、ないということは――。俺はとんだ、損な役回りだったと言う訳か)
――明かされた事実。過去の外傷体験の記憶。
見藤の中で交錯する感情、今直ぐに折り合いをつけるのは困難だった。それを誤魔化すように、血が滲むまで唇を噛み締める。
この場の誰もが、予想だにしていなかったことだろう。彼らの探し求めていた『大御神の落し物』を宿していた人物が呪い師の集う会合の場に赴き、密かに計略を練っていること。そして、彼らの探しものは消え去ったこと――。
賀茂家当主に至っては、妖怪の祟りによって持ち主が死んだとまで曲解しているようだ。それは好都合だと言わんばかりに、見藤は嘲笑する。僅かながらに残った思考の余白を留めていた。
そのようなことなど、つゆ知らず。賀茂家当主は大御神の落し物についての知識を披露する。
「神に代わり『先導者』となり、人を導いた。ある時代では国が興り、またある時代では宗教が興った。そして、かの崇高な陰陽師――安倍晴明も『大御神の落し物』を持っていたが故。我が祖先をも凌ぐ力を持っていたと言い伝えられている」
彼はそこで言葉を切るとわざとらしく、鼻を鳴らして見せた。
「まぁ、安倍晴明の子孫とやらは、いつぞやの時代からは隠居してしまったがな」
その言葉に反応したのはキヨだった。背後に控える見藤でも分かるような大きな溜め息をついてみせた。その溜め息の大きさから、彼女の表情が想像できるというものだ。
没落した安倍晴明の子孫というのは、来栖だ。最近知った事実が思い起こされ、見藤は頭の片隅に彼の顔を思い浮かべた。
至高と謳われた陰陽師の子孫でさえも、時代の流れに逆らうことはできない。そんな中、こうして残った名家は足掻いている。なんとも滑稽なものだと、見藤は鼻を鳴らした。
キヨの反応や見藤のことなど眼中にない賀茂家当主は更に言葉を続ける。
「まぁ、現代に生まれ落ちれば利用するに越したことはない。それ程までに眉唾ものだ」
「喉から手が出るほど、欲しがる輩もいるだろう。大御神の落し物が見つかれば、向こう数代先まで安泰だからな」
それに乗りかかるのは道満家当主だ。半ば吐き捨てるように言い放つ。その言葉は、見藤が昔どこかで聞いたものと同じだった。
――すると、突然。
会場に響き渡ったのは、豪快な笑い声だった。その快活な笑い声は、まるで突風のように陰鬱な雰囲気を消し飛ばす。
「うーむ、聞いて損した!! 気分が悪い!! がっはっはっ!!」
「ふふ、流石だねぇ。斑鳩家の暴れん坊は」
「儂には腹の探り合いなんぞ、性に合わんのだ。寧ろ、よくここまで我慢したわ!」
斑鳩家当主の大声が反響する。そして、キヨも言葉とは裏腹に、その声音は安堵を滲ませていた。――密かに、見藤も同じ思いだった。暗く濁った思考を吹き飛ばすような、笑い声だった。
斑鳩家当主はひとしきり笑うと、目を据えて口を開く。
「さて、さて! どんな思惑があって、秘匿された情報を開示したのかは知らんが!! なにか良からぬことを企らんでいるのなら、止めておけ」
「…………それは、如何にしてそう言うのか」
「儂の次がいる。子獅子はいずれ獅子になる」
斑鳩家当主の言葉に、これでもかと顔を歪ませたのは賀茂家当主だ。そして、斑鳩家当主の言葉に応えるように力強く頷いたのは斑鳩だった。
ここにきて中二病っぽい名称が登場。見藤も呆れて眺めていることでしょう、えぇ。
ご覧いただきまして、誠にありがとうございました。
皆様、よいお年をお迎えください。




