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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第六章 京都会合編

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56話目 『大御神の落とし物』


 各名家の現状報告を兼ねた、成果の開示と現状報告。順に斑鳩家は職務全うを示し、道満家は沈黙を貫いた。賀茂家は自らの祖先である大いなる存在を明らかにした。芦屋家は武器である呪物を失ったと、権威失墜を公表した。


 そして――、小野家は神の一端である神獣を()()()とした。『化かし合い』と称された場に相応しく、目に見えて大きな混乱に陥ることはなかった。だが、その場にいた誰もが心の内に抱いたものがあった。


 神獣に対する畏怖の念、それを封じてしまった小野家への恐怖、嫌悪。それらが相まって、小野家に取り入る方が得策だと、当主に進言する者が現れることは容易に想像できるだろう。そんな中、成果並びに現状報告を残すは見藤家のみとなった。


 見藤はじっと、静寂に耐える。見藤家当主が何を語るのか、予測すら付かない。(のろ)いの(カラス)を用いて生死、居場所を突き止めようと画策していたのだ。彼らが何をしようとしているのか――、その情報、現状を掴むため。そして、敢えて身を隠すためにこうして会合の場にまで赴いた。


 ことがどう動くのか――、見藤は緊張を和らげようと喉仏にそっと触れた。そうすれば、霧子の存在を感じられるような錯覚を覚える。細く、長い息を吐く。そうすれば、目の前が明瞭に映った。

 

 見藤家当主は険しい表情を浮かべながらも、ようやく口を開く。


「先代、見藤家当主が死去したことにより、新たに当主に就いたことを、この場で報告させてもらう」

「あぁ、先代はよくやった。不幸なことに、見藤家を妖怪の祟りが襲ったのだ。その中で祟りを鎮めようと尽力した先代は称えられるべくして――」


 見藤家当主がまず初めに語ったことは、先代当主からの代替わりだった。そして、次に賀茂家当主が労いの言葉を掛ける。――そこから先に並べられた言葉は見藤の耳に入って来なかった。


(……成程な。自分達が引き起こした厄災を牛鬼(あいつ)の祟りのせいにしたのか。……いかにも本家の連中がやりそうな事だな。そもそも、没落寸前まで追い込まれたのは山神を悪神に貶めたからだ)


 見藤は眉を寄せながら唇を噛む。先代の見藤家当主は、事実と異なった事象を他の名家に語っていたのだろう。過去の悔恨を思い出しながらも、噛んだ唇の痛みでなんとか平静を保つ。

 見藤が胸の内に秘めた悔恨を(なだ)めている間にも、当主達の会話は進んでいく。

 

「心遣い、痛み入る」

「して、何か話しておくことはあるか?」


 沈痛な面持ちで礼を述べた見藤家当主。そして、賀茂家当主は彼に尋ねた。その言葉に眉を動かしたのは見藤家当主ではなく、背後に控えている妙齢の女性だった。


 どうやら、彼女は賀茂家に対してあまり好い印象を受けていない様子だ。だが、没落を目の前にした今、権威を持つ賀茂家に取り入るのは必要不可欠なのだろう。彼女の表情はすぐさま涼しい顔に戻った。

――当主の意向は絶対である。

 その光景を目にした見藤は、未だ覆しようのない事実に鬱屈とした感情を抱く。


 そして、見藤家当主は神妙な面持ちをしながら、意を決したように口を開く。心なしか、顔色が暗い。


「先代は隠匿すべきとの考えだったが、私は違う。先代当主が秘匿していた話が、此度の会合で開示できるものだ」


 見藤家当主の言葉に、各名家当主は眉を(ひそ)めた。先代当主が秘匿する程の情報だ。それを開示しようとは、何か裏があるのではないかと勘ぐった表情を浮かべる道満家当主と芦屋家当主。興味なさげに欠伸をする斑鳩家当主。キヨはじっと、見藤家当主を注視している。唯一、期待感を示したのは賀茂家当主だった。


 そして、最も勘ぐっているのは見藤だった。没落寸前とは言え、見藤家も名家に名を連ねている。名家ともなれば外に出さない情報のひとつやふたつ、あったとしても何ら不思議ではない。寧ろ、会合と言う場でその情報を明かそうという方が腑に落ちない。


(一体、なんの話をするつもりだ……?)


 どうやら、見藤自身も気付かないうちに見藤家に対して、懐疑的な視線を送っていたようだ。不意に、視線がかち合う。

 

(いつから視られていた……?)


 かち合った視線は見藤家当主の後ろに控える妙齢の女性だった。見藤が眉を(ひそ)めると、彼女はすぐに視線を逸らしたのだった。疑問に思うも、今は当主の話が優先だと思考を切り替える。

 そうしている間に、見藤家当主は本題と言わんばかりに声音を変えた。そして、語るのは――。


見藤家(うち)は目のいい者が多い。名の字の通り、怪異がよく見える。中には怪異の僅かな痕跡をも、その目に映す者もいる」

「それは口外していることだろう? よって、見藤家の者を婚姻により自らの家に引き込もうとした者も多かった」

「ふん。正式な婚姻関係であれば、まだ人道的だっただろうな」


 見藤家当主が語り始めたのは、見藤家の特異体質だった。だが、そこまでなら他の名家も周知のことだったようだ。見藤家当主の言葉の後に、道満家当主が続いた。意外にも、その言葉に不快感を示したのは見藤家当主だった。


 そのやり取りを受け、見藤の中で腑に落ちたことがあった。それは、生まれ故郷の特異的な環境だ。

 まじないを施し、山奥に隠れ住んでいた見藤家の血筋の者達。見藤家の本家筋、分家筋、そして遠縁の者、代々見藤家に仕える使用人の血筋まで。囲われた環境下にしては中規模な村ひとつで、ほぼ生活のすべてがまかなわれていた。


(あんな山奥に籠っていた理由(ワケ)があったのか……。いや、だが現当主は()()()()をしようとしているんだぞ……、本当に本家の連中は)


 その理由を初めて知った見藤。しかし、それと同時に抱くのはやはり本家――、現当主への厭悪(えんお)だ。記憶の奥底に仕舞いこんだ感情と感覚が呼び起されそうになり、見藤は慌てて思考を放棄した。


 そうして、見藤家当主は短く息を吐くと、再び重く口を開いた。


「だが、その中でも稀有な者がいた。怪異、妖怪だけでなく、その僅かな痕跡と残滓。人魂、霊体はもちろん、人の嘘まで視える者だ」


――見藤家当主の言葉を耳にした見藤は、心臓が跳ねた。

 心臓の鼓動が耳まで聞こえてくるような錯覚を起こす。血の気が引き、手足が冷える。今ほどキヨに「しっかりしろ」と扇子で()()を食らわせて欲しかった瞬間はない。だが、キヨは見藤の過去を多く知らない。彼女の中ではただ、(よど)みに呑まれた故郷から命からがら逃げてきた少年、だ。見藤も自らの過去を誰にも話したことはなかった。


 見藤は唇を噛み、じっと息を殺す。


(落ち着け、予測はしていた……。俺の生死は既に知られている、なら後は居場所を探し出す。あいつらは、そうする)


 見藤は無意識に喉仏を触っていた。

 

 一方、斑鳩は仰々しい場の雰囲気に眉を(ひそ)め、ことの成り行きを静観していた。そんな中、ちらりと見藤を見やれば、顔色が悪いことに気付く。

 キヨの養子となった経緯を頑なに語ろうとしない親友。没落寸前の生家を忌み嫌う、斑鳩からすれば理解し難いことだ。しかし、見藤家当主の言葉、見藤の様子を目にした斑鳩。彼の中で()()繋がった。だが、今は深入りすべきでないと首を横に振った。


 そこで声を上げたのは芦屋家当主だった。彼は怪訝な表情を浮べている。

 

「ですが貴殿の話を聞くに、その者が類稀(たぐいまれ)なる才能を持っていただけのことではないですか?」


 芦屋家当主の言葉に、見藤家当主はうわ言のように同じ言葉を繰り返す。


「違う、違うのだ。明らかに他の者と比べると異質だった」

「そう、なのですか……」

「その眼で視られると、全てを見透かされたような錯覚を起こす。それに、異様なまでに怪異に好かれていた。故に、()()は恐れられ、忌み嫌われていた」

「………………」


 見藤家当主は芦屋家当主の言葉を完全に否定した。そして、囲われていた環境下において、その者が置かれていた状況を語る。

 その内容に眉を(ひそ)めたのは芦屋家当主だけではなかった。沈黙を貫いていた斑鳩家当主、キヨも人の道理に反するような言葉を受け、嫌悪感を示したのだ。


 しかし、見藤家当主はそれにすら気付かず、言葉を続ける。


「芦屋家当主殿も知っているはずだ。過去に稀有な瞳の色を持ち、時代を築いた者の存在を」

「……本当に実在したとでも? 私が言うのもおかしな話ですが」


 その言葉を受け、芦屋家当主は思い当たる存在を脳裏に思い浮かべていた。芦屋家が先祖代々に渡り、崇め教えを興した存在のことだ。それは時に救いとなり、時に金に変わった。


 そして、ふと思い出す。芦屋家が所有している教会、そこに訪ねて来た見知らぬ青年。彼にどのような教えなのか尋ねられたとき、嬉々として語ったこと。「会ってみたい」と素直な心情を吐露したこと。ただ、会合の場に置いては不要であると、胸に抱いた想いを掻き消すかのように首を横に振った。

 

 二人のやり取りを眺めていた賀茂家当主は、ぽつりと言葉を溢した。

 

「生まれ落ちていたのか」

「……そうだ」


 賀茂家当主の言葉に、見藤家当主は力強く答えた。そして、言葉を続ける。彼の瞳は病に侵されながらも力強く、野心に煌めいていた――。


「見藤家に『大御神の落し物』を持つ者がいた。この話こそ、先代当主が秘匿していたものだ」


――『大御神の落し物』と呼ばれた瞳。

 見藤は怪訝に眉を(ひそ)め、じっと息を潜める他なかった。



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