55話目 そして、論題へ②
『それに――、生者が死者に手綱をつけようなんて、土台無理な話さ』
キヨの言葉を聞いた斑鳩家当主は噴飯ものと言わんばかりに、豪快な笑い声を上げた。
「がっはっは! まさか、ご先祖も現世に呼び出されるとは思ってもみなかっただろうなぁ!! 天啓が必要となると、賀茂家は先行きが不安とも受け取れるが――、如何かな?」
「ははは、負け犬の遠吠えは聞くに堪えがたいな」
互いに牽制し合う斑鳩家当主と賀茂家当主のやり取りに、周囲は巻き込まれまいと沈黙していた。
そんな中、キヨの背後に控える見藤はじっと目の前の光景を見据えながら、思考の渦に身を投じていた。
(死者への冒涜も甚だしいな……。それにしても、地獄の門番は不用意に現世に魂が出て行くことを善しとしないはずだ。盂蘭盆会の時期ならまだしも……)
見藤の中で巡る思考は加速する。
地獄の釜の蓋が開く、盂蘭盆会。現世に渡った霊が悪さをしている、という話は煙谷から微塵も聞かなかった。
時に、煙谷はこうして霊に関する情報を時折見藤に漏らしていた。今となっては、面倒事を押し付ける魂胆だったのだろう。何せ、煙谷は自由な煙のように移ろう煙々羅だ。見藤は脳裏に浮かんだ煙谷の顔に辟易とする。
それは神獣 白澤の策略により、怪異の異変が多かった時期だ。だが、あくまでも神獣の介入と夏の怪談話という集団認知によるものだった。そこでふと、煙谷と言えば思い出すことがあった。
(成程な、あの世とこの世が限りなく近付く彼岸の時期に降霊術を行ったのか 。……待てよ、確かその時期は煙谷から人手不足で増員の依頼があったような……。そういうことか。榊木の角の件も恐らく――)
見藤の中で繋がっていく点と線。それはまるで見藤ひとりの人間など、ただの歯車であると示されているようなものだった。
一通り語り終え、満足したのだろうか。賀茂家当主は締めの言葉を口にする。
「まぁまぁ。とにかく賀茂家は変わらず、世を席巻していくことだろうよ」
「世とは、また大きくでたな」
呆れたように呟いた斑鳩家当主。彼の言葉に同調したのは芦屋家当主だった。二人は視線を交え、互いに肩を竦めた。――筆舌に尽くし難い空気が会場に流れる。
そうして、声を上げたのはキヨだった。
「残るは小野家と見藤家だね。先に発言させてもらうよ。いいね?」
「勿論」
有無を言わせないキヨの物言いに、見藤家当主に残された答えは承諾のみだった。そして、キヨは言葉を続けた。
「小野家はこれと言って変わらずよ。怪異事件調査の斡旋、事件解決の報告を受ける。情報収集を行い、統括する」
粛々と現状を述べて行くキヨは表情ひとつ変えない。
平常時、各名家は彼女から情報を買っている。当主達は小野家にさほど変化はないだろう、と高を括り興味を示さなかった。無論、斑鳩家当主はこれから何が起こるのか――、予見しているようだ。彼はじっと、キヨを注視している。
すると、キヨは咳払いをひとつして、口を開く。
「あぁ、そうそう。そう言えば……。余興にと思っていたけどねぇ、これは成果物でもあるから。――ここで、お披露目といこうか」
キヨがそう言い終わるや否や、案内役が姿を現した。彼の手には伝統紋様が描かれた風呂敷に包まれた物。見覚えのある物に、見藤は眉を寄せた。
(……あれはキヨさんが持参した物だ。なんたって、この場に)
疑問に思うも、見藤はことの成り行きを見守るしかない。じっと、風呂敷に包まれた物を注視する。案内役はキヨの元まで、風呂敷に包まれた物を運ぶ。そうして、キヨに一礼をして机上に置き、退場した。
キヨは風呂敷に包まれた物を見据える。そして、風呂敷をほどいてみせた。そこに現れたのは札が貼られた木箱。――札が貼られた木箱となれば、よくないモノというのは定石だろう。
だが、キヨは平然とその札を剥がした。ざわつく会場。そして、キヨの手に持たれたのは――。見藤はぎょっと目を見開き、キヨを見やる。
(おいおい、キヨさん……。確かに俺は置物にしてしまえと言ったが――!?)
キヨが成果として持ち寄ったのは、淡く光る朱赤の匣だった。あれには神獣――、獏が封印されている。
確かに、店の置物にしてしまえと言ったのは見藤だ。しかし、それを呪い師が集う会合の場で、成果物として見世物にするとは想像だにしなかった。
見藤の立ち位置からでは、キヨの表情を伺うことはできない。彼女が何を考え、どんな思惑を持って行動しているのか到底、理解が及ばなかった。
キヨは声の抑揚を変えることなく言い放つ。
「この匣には――、神獣が封印されている。これが小野家の成果だ」
キヨの言葉に、周囲の反応は分かれた。斑鳩家、芦屋家、見藤家は静観し、ことの成り行きを窺っている。賀茂家、道満家は疑わしいと声を上げた。その声に応えたのは勿論、キヨだ。
「紛い物と疑うのなら、開けてみましょう。金輪際、この眉唾物はお目にかかれないだろうからねぇ」
――開けてみよう。
その言葉が示すのは、封印を解くことに他ならない。
道具屋であるキヨの言葉は重い。騒ぎ立てた各家々は無礼の陳謝を述べる者、頑なに口を閉ざす者、三者三様だ。
だが、周囲の反応がどう転んでも匣の封印を解いてみせる、というのはキヨの中で既に決めていたようだ。彼女は匣を手にすると、見藤に声を掛ける。
「まぁ、いいさ。これ」
「はい」
「見せておやり」
「……」
見藤はキヨの指示に従う他ない。仏頂面のまま、キヨから匣を受けとる。
――これから正真正銘、見世物が始まる。
何気に『禁色』一周年を迎えました。活動報告にて思いの丈をぶつけてます。




