55話目 そして、論題へ
様々な思惑が見え隠れした、余興の催し。それは終わりを迎え、いよいよ会合の本題に突入する。
束の間の一服を挟んだ後、詮議は再会されようとしていた ――。その前に、台座に置かれていた余興の品を影響が及ばないように保管するようだ。案内役が会場内に立ち入り、余興の品を運び出していく。
『枯れない牛鬼の手』に案内役が触れる、―― 瞬間。見藤の中に渦巻くのは、悔恨。
(あぁ、くそっ……)
人知れず、心の内に悪態をつき奥歯を噛み締める。
元の体を探すことすら叶わない、動く牛鬼の手。見世物として人目に晒されたばかりか、再び封じられようとしている。それに対する怒りと、何も成せない無力さが見藤を襲う。―― だが、ここで不用意に動けば人目を引く。それに、キヨには釘を刺されている。見藤は力なく、目を伏せるだけだった。
見藤はふと、キヨに視線を落とす。すると、僅かに横顔が視界に入る。キヨは目の前の光景を眺めているだけだった。
キヨが抱く感情は見藤と同じに違いない。彼女も妖怪との縁を持つ者だ。親しい鬼人の、それも象徴とも呼べる体の一部を奪われたのだ。笑みを浮かべてはいたものの、恐らく彼女の腹の底では怒りが地獄の業火のように燃え盛っていることだろう。
見藤はキヨの心中を察すると、沸き上がる怒りを抑えようと深呼吸をした。
そして、議題は変わる。
「さて、此度も良い話が聞けるとよいな」
またもや音頭を取ったのは賀茂家当主だ。見藤と斑鳩は呆れたように鼻を鳴らし、互いに視線を交えた。一方で、道満家当主は不服そうな表情をする。先程、余興での失態が後を引いているのだろう。彼は賀茂家当主による欺瞞を疑っていた。
余興を終えた今、次の議題は各名家の現状報告を兼ねて、ここ数年で挙げた成果の開示に移る。
すると、真っ先に声を上げたのは斑鳩家当主だった。
「斑鳩家は職務全う。これだけだ」
彼は度重なる牽制と挑発に業を煮やしやのか、突き放すような物言いだ。同調するように、背後に控える斑鳩も鼻を鳴らして見せた。それは斑鳩家全体の総意だろう。
そして、斑鳩家当主は言葉を続ける。
「だが、時に呪術師の暗躍が活発でなぁ! 鼠の数が多く、ほとほと困るわ!!」
斑鳩家当主の言葉に、眉を寄せて見せたのは芦屋家当主とキヨだった。それとは対照的に平然とした様子を見せているのは、言わずもがな賀茂家当主。そして ――、見藤家当主だった。
斑鳩家当主はその反応を目にし、確信を得たようだ。そして、更に言葉を続ける。
「それに ――、一般人への呪術の流布。これは超えてはならぬ一線を越えたぞ? さて、どこから呪術の手法が漏れ出たのか……。心当たりがある者は?」
啖呵を切るような斑鳩家当主の物言いに、動揺したのは道満家当主だった。それもそのはず、彼ら道満家は呪いではなく、呪術を得意とする家系だ。派閥に属している賀茂家からの爪弾きを喰らった今、後ろ盾を失う可能性がある現状に斑鳩家からの疑いの目を恐れたのだろう。
そして、斑鳩家当主の言葉は見藤にも思い当たる節があった。呪いに手を染め影に追われていた青年、更には冥婚を行っていた呪術師。そのどちらも、名家が介入していた事象であったならば ――。
(俺はとんだ珍事件に巻き込まれていたのか)
思わずして知り得た事件の全貌。見藤は眉を寄せ、しばらく目を閉じる他なかった。
そうして、斑鳩家の糾弾にことの真相を話す訳でもなく、賀茂家と見藤家は沈黙を貫いていた。彼らの反応は、斑鳩家当主が予見していた通りだったのだろう。豪快に笑いながら、鋭い視線で彼らを射抜く。
「まぁ、よい。証拠を掴んだところで、実行犯が蜥蜴の尻尾切りに遭うのは目に見えておるわ。―― 斑鳩家からの現状報告は以上だ」
呆れたように言葉を溢した斑鳩家当主は、大きく息を吐きながら椅子に深く腰掛けた。
「で、次に発言をするのはどこだ?」
「そう言えば、道満家は大変そうだねぇ。何があったのか、気になるところだよ」
斑鳩家当主の言葉に間髪入れず反応したのはキヨだった。ふたりはまるで示し合せたかのように言葉を連ねる。
「業績が落ちていると小耳に挟んだんだけどねぇ?」
「そ、それは ――」
言い淀む道満家当主。彼の動揺は付き人にも伝わったのだろう。背後に控えた彼らも次第にざわつき始めた。
「古来より受け継がれてきた遺産はどうした?金の蚕による恩恵があったのだろう?」
「…………」
「それにより、成果をあげてきたのではないか?まぁ、それがなくなってしまえば ――。名家と謳われた道満家も、行き着く果ては同じだろう」
斑鳩家当主の言葉に沈黙する道満家当主。痛い所を突かれた、とでも言うのだろうか。彼の顔色は徐々に悪くなり、唇を噛み締めている。他の名家当主たちに動揺を気取られまいとしているのか、彼は扇子で顔を覆った。
そして、一連の成り行きを見ていた見藤は眉間を押さえた。金の蚕と聞いて、思い当たることが脳裏に浮かぶ。
(……金の蚕、か。あぁー……)
―― どうやら、またもや図らずして珍事件に一枚噛まされていたようである。
キヨから斡旋された依頼は、道満家が所有する呪物『金蚕蟲』の回収だったようだ。
(ここまで来ると、ひと言くらい……言っておいて欲しいもんだ)
見藤は心の内に悪態をつくと、キヨの背を見つめる。すると、その視線に気付いたのか、キヨが振り向いたのだ。突然のことに、思わず肩を震わせる。
そして、キヨは小さく首を傾げながら微笑んで見せたのだ。嫌な汗が見藤の額に浮かぶ。キヨが「化かし合いの場」とまで言ったこの場所で、彼女が意味深な笑みを浮かべるとなると ――。
(まだまだ、隠し玉を持ってそうだな)
見藤は辟易とした表情を浮かべたのであった。
道満家への追及を終え、斑鳩家当主は大きく欠伸をした。そして、椅子に深く座り直す。どうやら、一仕事終えたとでも言うようだ。
一方で、情報の開示を行わなかった道満家。それが示すことは明らかだろう。成果と呼べるものは何もなく、ただ、受け継がれてきた呪物『金蚕蟲』を失ったのだ。一連のやり取りを眺めていた、賀茂家当主は傘下に入る家の失態を重く受け止めているのだろうか。余裕が顔から消えている。
だが、それだけではやり込めないのが賀茂家当主なのだろう。彼はすぐさま笑みの仮面をつけ直す。そして、次に情報の開示を行うのは賀茂家だと主張した。それに反論する理由もない、と斑鳩家当主、並びに芦屋家当主は発言を促す。
―― キヨは黙ったまま、扇子を閉じた。彼女にしては些か粗雑だったことに、見藤は違和感を覚えたのだった。
そして、賀茂家当主は口を開く。
「賀茂家は降霊術を行い、天啓を得た。かの崇高な陰陽師。安倍晴明の師であった、我が祖先を降霊したのだ」
さも自慢げに語られた内容。その内容に驚きを隠せなかったのはどの当主も一様だろう。ただ、キヨだけは微動だにせず、表情ひとつ変えなかった。
キヨは隣に鎮座する賀茂家当主を半ば睨み付るように見やり、そっと口を開く。
「かつて陰陽の術に優れ、呪いの始祖、とまで謳われた実力者の霊を現世に呼び出すとは ――。その代償に何を払ったのか、気になるねぇ」
「なに、難しいことはない。賀茂家であれば、いとも容易いことだ」
キヨの追及を鼻で笑いながら躱す賀茂家当主。―― 先祖代々、受け継がれてきたのは呪物だけではない。勿論、『呪い』や『呪術』も同じだ。それが、かの崇高な陰陽師、安倍晴明の師ともなれば、より一層強力なものが口承されているというのは想像に容易い。
彼らが受け継いできた呪法や、帝の時代より受け継がれてきた結びつきのある家系。それら全てが繋がっているのだろう。現にこうして名家の派閥を形つくっており、政界に影響力を持ち介入し続けている。
言ってしまえば、一枚岩のようにも見える。ただ、それは道満家のような使い捨ての駒を多く持っているだけのことだろう。だが、その盤上が脆くなっていると、此度の会合で示されたようなものだ。
だからこそ、新たに武器となる鬼の角を入手し、さも自慢げに祖先を降霊したと明かした。賀茂家当主の虚栄心がもたらした、確かな隙。
これを好機として見たのは斑鳩家当主とキヨなのだろう。そして、それに追随する芦屋家当主。
キヨは賀茂家当主の言葉に、凍てついた笑みを浮かべる。
「それに――、生者が死者に手綱をつけようなんて、土台無理な話さ」
キヨの言葉は得も言われぬ説得力を持っていた。それもそのはず、小野家に加護をもたらしているのは地獄に住まう鬼人だ。
降霊術を行ったまでは良いものの、術者の手に負えず現世へ解き放たれた霊など数多に見てきたことだろう。そして、現世に呼び出された怒りの報復を受けた術者も然り。
暗にキヨは、術者の顛末を指摘したのだった。
いろんな事件に噛んでいたことを今更知る羽目になった見藤でした。
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