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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第六章 京都会合編

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54話目 余興、佳境②

 

「芦屋家からは、これを」


 芦屋家当主が言葉を発すると、運ばれてきたのはこれまでより大きな桐箱だった。その大きさ故に、箱を抱える案内役はふたりがかりで運ぶ。台座に置かれ、桐箱の蓋が開けられようとしていた。

――刹那、体の内からざわざわとした得も言われぬ感覚が見藤を襲った。


(この、気配は……)


 蓋が開けられ、中の物が目に入る。そこに鎮座している物。

 見藤は目の前が真っ暗に覆われるような錯覚に陥る。――早く脈打つ心臓の鼓動が耳にまで聴こえてきそうだ。体の水が枯渇したような錯覚を覚え、喉が渇く。


(俺が見間違える、はずがない……)


 息を呑むとひゅっ、と喉が鳴る。見藤は目の前の光景が目に焼き付いて離れなかった。先程までの冷静な思考は、怒りで塗りつぶされたのだった。握る拳に力が入り、爪が食い込んだ。


 台座に置かれた、古めかしい桐箱。中に保管されている物を包みこんでいた布は年季を感じさせる。完全に姿を現した、箱の中身。そこに鎮座していたのは、動物の脚とも異なる。(ひづめ)ではなく、指なのだろうが明らかに自然のものとは異なる本数。


 芦屋家当主は息を短く吐くと、神妙な面持ちをしながらそっと口を開く。


「『枯れない牛鬼の手』です。昔、討伐を帝から命じられた際、当時の当主が得た戦利品だと言い伝えられています」


 芦屋家当主はそう言って、憂いを感じたように目を細めた。


「枯れない、と言われる所以(ゆえん)はこちらですね」

「ほぅ」


 周囲は感嘆の声を上げた。特に、見藤家と賀茂家の反応は顕著だった。――まさに、()()()だ。それは、見藤の神経を逆撫でするには十分過ぎた。


 箱の中に鎮座する、牛鬼の手。それは血が通っているかのように、艶やかな黒い皮膚は張りがあり、浮き出た血管は脈打っているようにも見える。それこそが、『枯れない』と称される理由なのだろう。


 平安の時代より現代に至るまで、討伐されたと伝承が残る妖怪は数知れず。その中でも牛鬼は酷く祟りを起こし、愚鈍で卑劣極まりない妖怪として口承されているのは有名な話だ。


――もちろん、見藤から言わせてみれば、それは知に優れた牛鬼が人間を欺くために自らが広めた虚偽の話にすぎない。初めから敵が侮ってかかって来れば、必ず隙が生まれるという訳だ。


 だが、それでも陰陽道が盛んであった時代。(まじな)い師たち、強いては禁色の名を冠する名家の術者の素質や力量は、現代の術者とは比べ物にならないほど、実力者揃いだった。――よって、討伐された個体は数知れず。


 穏やかに輝く翡翠の瞳を持つ牛鬼が見藤の脳裏に浮かび、目を伏せる。


(俺が知る牛鬼はその時代を生き抜いた奴だった……)


 討たれた牛鬼は討伐の証明として寺院などに、頭蓋や手と言った肉体の一部が保管され、現代まで保管されているものが多い。討たれた妖怪の体の一部、それは白骨化やミイラと化していることは想像に容易い。


 見藤は伏せた視線を上げ、『枯れない牛鬼の手』を注視する。依然として、それは血が通っているようにしか見えない。

 見藤は考えられる、ひとつの可能性が脳裏に浮かんだ。

 

(もしかすると、この手の持ち主はまだ生きている―― ?)


  妖怪は怪異と異なり、認知による存在の有無に影響を受けない。それは「妖怪は()()として存在するからである」という、見藤が勘案した定義に基づけば妖怪としての特質なのかもしれない。

 見藤がじっと注視していると、周囲の反応は嘲笑に満ちたものだった。だが、芦屋家当主は構わず言葉を続ける。


「最近になり、禍々しさが色濃くなったと感じたのですが――」


 そこで言葉を切った。すると――、牛鬼の手首はもぞもぞと指を動かし始めたのだ。

 世にも奇妙な光景。会場の視線が一点に集中する。息を呑む者、胡散臭いと鼻で笑う者、感嘆の言葉を溢す者、反応は様々だ。そして、芦屋家当主は更に言葉を続けた。

 

「こうして、動くのですよ。一体、なにをきっかけにしたのか……分かりかねますが」


 芦屋家当主の話によれば、こうして牛鬼の手首が動き始めたのは最近であると言う。先代、先々代の時代には観察されなかった事象らしい。それが何故、今になって動き始めたのか――、彼にも分からないと首を横に振った。

 そして、彼は美麗な顔を惜しみなく晒しながら、笑みを浮かべる。

 

「まるで、もとの体を探しているかのようでしょう?」


 まるで挑発するかのような、()()()としての価値を存分に高めたその言葉は、見藤の神経を更に逆撫でする。

 見藤は腹の底から湧き上がる怒りに従い、大きく顔を歪ませる。奥歯をかみしめ、拳は震えた。


(こいつ……!!)


 心の内に大きく悪態をつき、目を見開く。沸き上がる怒りに目の奥が熱くなる。

 怒りに燃えた紫黒(しこく)色の瞳は、僅かにその色を変えた。血流の増加によって、紫黒色が赤黒く変化する。だが、見藤自身は気付かない。

 

「いっ……!?」


 見藤は突如として体に走る痛みに思わず声を漏らした。ふと視線を落とせば、キヨが手にしていた扇子が目に入る。痛む場所に意識を集中させた。どうやら、脇腹に扇子で()()をくらったようだ。


 痛みで平静さを取り戻した見藤は、後ろを僅かに振り返るキヨを見やった。

 彼女は表情を変えず、視線で訴えている。無言の圧力をかけてくるキヨの意図を()み取った見藤は、その表情を仏頂面に変えた。


(……今は黙って見てろってことデスか)


 不服そうな見藤の視線に、キヨは己の意図が伝わったことを理解したのか、扇子を元に戻す。そして、再び正面に向き直ったのだった。

 見藤はキヨの背をしばらく見つめると、その視線を芦屋家当主へと向けた。

 

(芦屋家当主……。こいつも腹の底が読めない。なんの思惑があって、こんな……。いや、俺が過敏に反応しているだけだ、落ち着け……)


 ひとつ、深呼吸をする。そうすれば、少しだけ怒りを抑えることが出来た。


 僅かに、平静を取り戻した見藤の瞳は紫黒色に戻っていた。――じっ、と見藤を注視する視線があったことを本人はおろか、キヨでさえも気付かなかった。


 すると、指先を動かした『枯れない牛鬼の手』を見た周囲の反応がひと段落した頃。所々から、疑念の声が上がり始めた。

 

「それにしても、到底本物だとは思えない」

「戦利品として名家に保管されているような妖怪の肉体の一部は大方、白骨化しているのが定石だ」

「もとの体を探しているとなれば、その牛鬼は未だ生きていることになる……。人に害を及ぼすような妖怪を討伐すること叶わず、おめおめと手首だけを持ち帰ったということだぞ?寧ろ、そんな品を余興の場に用いること自体、恥ずべきことではないか?」


 それは芦屋家に対する反発なのだろう。疑念の声が上がったのは、道満家、見藤家からだった。珍しく、賀茂家は静観している。まるで、彼らの視線は他家に及ぼす影響力、持ちうる呪物(武器)を品定めしているかのようだ。


 一方で、矢面に立つ芦屋家当主は周囲からの嘲笑など、相手にする必要はないとでも言うように涼しい顔をしている。寧ろ、『枯れない牛鬼の手』の価値が分からない、または本物であると見抜けない程度の実力であると、程度の低さに呆れているようにも見受けられる。


 彼は美麗な顔を歪ませることなく、笑みを浮べている。寧ろ、それは敵対する家を煽るには効果が高い。すっかり、道満家と見藤家からの野次はなりを潜めた。


 すると、見計らったかのように案内役が声を上げる。


「では、余興の品は全て出揃いましたので、しばしのご歓談をお楽しみください」


 その言葉が会場内に響き渡るほど、周囲の反応はなかった。それもそのはず――、腹の探り合いによって思惑が外れた者、未だ腹の底を見せない者、密かに刃を研ぐ者。そして、目的を持ち、好機を狙う者。名家の思惑は三者三様だ。


 巻き込まれた見藤は辟易とした表情を浮かべる。そして、案内役の言葉を受けて密かに舌打ちをした。


(この状況下で何を楽しめって言うんだ)


 見藤の心の内のぼやきは、瞬く間に消える。


 そうして会場内に運ばれて来たものは、喉を潤すための茶と茶菓子だった。当然、手をつけることを許されるのは名家当主のみ。給仕役がそれぞれに、日本茶と茶菓子を丁寧な所作で配膳していく。


 その様子を眺めながら、見藤が抱いた不快感。その正体は単純明快だった。――芦屋道満が遺した呪符、鬼の角。そして、牛鬼の手。呪物と呼ぶべき遺物の数々。それを、余興として見世物にする(まじな)い師たち。

 見藤は心の内に、悪態をつく。


(こうも、呪物が揃うとまるで蟲毒だな……)


 未だ会合は始まったばかり。見藤はこれから起こるであろう一波乱を予見し今一度、深呼吸をした。


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